11/15 燎原フレイム
「おい、このままでいいのか?」
「助けようよ」
「おいお前等も・・・」
一人のオタクが一人の少女を救った。ついでに隣にいた奴も助けた。この事実が、オタク達の良心を突き動かし、救助活動へと導いていった。
「何か、すげぇな・・・」
「うん・・・」
確かに何人かはもう逃げた。高速エレベーターだから、もしかしたら既に地上に到達したかもしれない。
しかし、この場に残ったオタク達がいる。彼らは、まだ縛られて動けない関係者達のロープを、総出で解きにかかっていた。ユウキとツバメには、目の前に広がる光景が少し奇妙に見えてしまっていた。
「おい! 早く爆弾止めろ!」
レンジの叫び声が周りに響いた。警備員の体にのし掛かったまま、クロカワに指を刺している。巨大な時限爆弾はオタク達の力により、キリヤから切り離されたものの、刻々とタイムリミットを減らしているからだ。
「分かったよ。でも、これじゃ動けないな」
クロカワはわざとらしく皮肉りながら、自分を押さえ込んでいるキリヤに目をやった。
キリヤは、ゆっくりとクロカワの体から離れ、クロカワを自由の身にした。しかし、クロカワに銃を突きつけることは決して忘れない。
「ふぅ・・・さて、と」
「ん? あいつ・・・」
ユウキはクロカワを見て何か不振な点に気づいた。
クロカワは何やらキリヤ達の死角で、手首をごにょごにょしている。
「あれって・・・? ちょっ! 何だあれ!」
その時ユウキが勢いよく立ち上がった。急に動くもんだから、ツバメは肩をすくめて、ひゃっ、と声を上げて驚いた。
ユウキはクロカワがニヒルに笑うのを見た。そして、腕時計の中からスイッチらしき物を取り出すのも。
「くくっ・・・」
「待てっ!!」
ユウキの体は勝手に動いていた。間に合いそうにないことも理解していた上で、全力疾走していた。
きっと、今までの自分だったらこんなこと、できやしないだろう、とユウキは操縦のきかない体のまま、思った。
何か行動することに意義がある。例え結果が伴わなくても。ただ、今回ばかりは最悪の結果がそこに待ち受けていた。
ズドオォンッ!!
ユウキは間に合わず、爆裂音が床を揺らす。同時に、皆に膝が崩れるほどの振動が伝わった。空気の波が、ユウキの鼓膜を襲う。気持ちが悪くなるほどの白い光が、周辺一帯を包んだ。
「ぐわぁっ!!」
「きゃっ!!」
「くッ!! 何だ!?」
この場は爆破されていない。ならばさっきの爆発音は何だ、と皆が思った、その直後。
「うおっ!!」
屋上の床が傾いていた。バキバキと音をたててその傾斜はゆっくりと上がる。
開会式のために設けられた簡易ステージにマイク、アンプ、人工観葉植物。これらが全て、独りでに動き出した。
「下を爆破しやがった・・・!!」
クロカワが取り出したのは紛れもない、ユウキの見間違いじゃない、爆破スイッチ。それとつながる爆弾は屋上より三階下の端にあったのだ。元々は使用する予定などなかったが。
その爆弾は、カナさん達のいる場所のちょうど真下の方で爆発。ビルの側面を吹き飛ばし、ガラスが無人の駐車場へ降り注ぐ。
キリヤは爆破の衝撃でよろけ、クロカワの姿を一瞬見失ってしまっていた。クロカワはその隙にヘリコプターの梯子に掴まり、逃亡をはかっていた。
「しゃ、社長っ!! わたしらは!!」
「悪いな。お前等までは助けられそうにない」
警備員二人が叫んだのに対し、クロカワはまったく意のこもらない謝罪を送った。クロカワをぶら下げたヘリコプターは少しづつ高度を上げ、キリヤ達から離れる。
「くそぉっ!! クロカワぁっ!!」
キリヤが叫ぶ。
「ちくしョォ!!」
レンジが叫ぶ。
皆が諦めかけた、その時。
「ん? なっ!?」
「うらぁぁっ!!!」
「でぇぇいっ!!!」
クロカワに飛びついた、二人の姿があった。
「ユウキ!! ツバメ!!」
ヘリコプターはキリヤやレンジ達から離れるとともに、エレベーターの方に近づいていた。そこへ、ユウキとツバメが渾身の力で飛びついたのだ。
クロカワは右足をユウキに、左足をツバメに捕まれ、屋上の床に再び叩き落とされた。
「ぐあっ!!」
あとは押さえ込むだけ。ツバメがクロカワの体を押さえ込もうとしたその瞬間、ユウキの目には鋭利で、太陽光で輝いている、銀色のナイフが映った。
クロカワはそれでツバメを切り裂こうとしている。
「ツバメぇっ!!」
「え・・・?」
ツバメの目に、ナイフの先が飛び込んでくる。まるでそれはスローモーションのように。
そして、鮮血な血が、床に滴った。
「いつっ・・・!!」
「ユウキ!!」
流れ出る血の元を辿ると、そこにあるのはユウキの足であった。間一髪間に合って、ツバメを庇えたようだ。しかし、ナイフが深々とユウキの脹ら脛に刺さり、血が滲み、床に垂れている。
ユウキは激痛に耐えた。なるべく、ツバメに格好悪いところ見せないために。
「くそがぁっ!!」
ツバメが呆然と座り込んでいたところ、クロカワはもう一度ヘリコプターの梯子を掴もうと、立ち上がって手を延ばした。
ズドォォンッ!!
どこからともなく再び爆裂音。
「なにっ!!」
クロカワの視界はぐらつき、世界が反転する。
キリヤに取り付けられていた時限爆弾が爆発したらしかった。ただそれはこの場で、ではない。
床が傾き、事故防止用の柵の一部分に器具やら道具やらがつもり、ついに柵を倒壊させてしまっていた。その下は、大きな駐車場で、休日であったので人は一人もおらず、けが人は出ていない。
しかし、問題はそこではなく、その開いた隙間から、傾斜で滑った時限爆弾が落ちてしまったことだった。ちょうど爆弾は、落下中にビルの真ん中より少し上の辺りで爆発し、ビルの側面をさらに吹き飛ばした。
今ある状況を完全に理解する者は、この場には誰一人としていなかった。それでも、全員が傾く床を見てこの状況はまずいと思っている。
「まずいな・・・。全員、早く逃げろっ!!」
アンザイが叫び、それを合図にロープを解き終わったオタク達と、ロープを解いてもらった関係者達が走った。皆、安心と不安が入り交じった、非常に複雑な表情をしていた。
「階段で七つ下に行けば、別のエレベーターがあるフロアに出る!! そこのエレベーターに乗り損なった奴は、階段で下りるんだ!!」
アンザイの指示が皆を動かした。
当初はやれ俺が先だの、やれ私が先だの言っていた者達も、この危機を経験した者同士、連帯感を感じたのか。怪我をした者に優先的にエレベーターを譲り、至極効率良く逃げることができていた。
また、何人かはユウキやツバメの代わりにクロカワを押さえ込み、連行しようとしていた。
そして怪我をしたユウキの元へ、一人のオタクが話しかけた。
「大丈夫かい!? 運ぼうか!?」
「大丈夫。ありがとう。片足くらいなら、歩けるから」
ユウキは嬉しかった。見も知らずの人が、自分の心配をしてくれている。こんな状況でそんなことを思うのは失礼だろうか。
たとえそうであっても、嬉しいという気持ちには変わりはない。