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11/17

10/15 明日は明日の風がブロウ 昨日は昨日の風がブリュウ



「いいか、おまえら」


 百人のオタクと、三人の高校生、関係者数十名にカナさん。彼らは縄で縛られ、オタクの中には涙を流している者もいる。当然といえば当然かもしれない。


「口封じのために、おまえらはここで死んでもらう」


 予想していたことだが、改まって聞くと心によく響く。ついに、大声を出して、いやだぁ!! と泣きわめく者が現れ、空気は殺伐、混沌とした。


「ふん。さて、準備ができたようだな」


 クロカワは悲鳴の一切を無視し横に一瞥を加えた。その目線の先にいるのは、時限爆弾に括りつけられたキリヤの姿があり、ロープの間から血液が滴っている。爆弾のモニターは、爆発まで残り十五分であることを示していた。


「スイッチでいつでも爆発できるやつもあるんだが、威力が弱くてね。それにさせてもらった」


「はぁ・・・はぁ・・・。この爆弾、『小屋』の時のやつと、似てるな。モニターの表示形式と、電子音が同じだ」


「詳しくは俺も知らない。同種かどうかはこいつら新派に聞いてくれ」


 クロカワは親指で警備員達を指した。どうやら『小屋』の焼失事件を企んだのは、新派と呼ばれるサクラングループの新しい勢力らしい。サクラングループに革新を求める新派と、クロカワをリーダーとする保守旧派。覇権争いが絶えず、そのためかクロカワへの報告書にも不備が生じる。

 今いるビルも、上の階の方は一つの『小屋』のようなもので、爆弾を含め怪しげなものがいくつも隠されていた。


「はぁ・・・はぁ・・・。まぁ、今更知っても・・・な」


 おそらくこの爆弾が爆発すれば、サッカーコート一面分くらいの屋上は跡形もなく消え去るだろう。


「くく・・・。我々のヘリが来るまでの十五分、せいぜい死に怯えるがいい。ちなみにこの事件は、指名手配の爆弾魔の乱入及び自爆ってことにしておくから、何も問題はない」


 クロカワの放った言葉が、その場の人間達を威圧した。

 問題は大アリなのだ。自分達は、ただ殺される。世間で大きな変化があるわけもなく、あってもなくてもいいように、殺される。跡形もなく。


「不審な行動を起こしたら、即座に射殺するから。気をつけてな」


 警備員に扮装していたクロカワのグルも、クロカワと同様に銃を持っていた。

 場の空気が凍り付き、息すらままならないほどに重苦しい雰囲気が漂った。



*** *** ***



 皆が縛られてから十分程の時間が経った。キリヤの顔色は蒼白で、今にも気を失いそうだ。


(なんで、こんなことに・・・)


 ユウキはそう思った。きっと他の者達も同様に考えていることだろう。

 

「ユウキ・・・?」


「・・・ツバメ」


「大丈夫? 顔色悪いわよ」


 平気平気と言って、ユウキは強がってみせた。本当は、全身ガクガクだ。妙に冷たい汗も、服がずぶ濡れになるほどにかいていた。

 対して横にいるツバメも、少し前方に見えるレンジやアンザイも、怖じ気づいている素振りを見せない。レンジとアンザイはバレないように会話をしている。


「嘘ばっかり。全身震えてるじゃない」


「・・・ツバメは怖く、ないのか・・・?」


「怖いに決まってるじゃない」


 ツバメの顔には微かに余裕が見て取れる。全然怖がっているようには到底見えなかった。


「ビビってたって、何も始まらないでしょ? 確かに今の状況、助かる可能性はゼロに近いかもだけど」


 沈黙したユウキに向けて、ツバメは言葉を発する。その言葉達には力があって、重みがあって、勇気を伴っていて。何より、希望に満ちている。これこそ、ツバメがそうやって、何事にも諦めず生きてきたことの証だった。


「ゼロじゃないから。必ず助かる、そう信じてれば、何かほんとに助かる気がしてこない?」

 

「ツバメ・・・」


「まずはそうやって信じ込むことからじゃない? でないと、何も始まらないし」


 ユウキはハッとした。

 もしかしたら、こんな状況だったからかもしれない。今の命の危機が、創り出したのかもしれない。

 分からないけれど、ユウキの心に、小さな明かりが灯ったのは確かだった。


ーーーーそうか。


 ツバメのこの目だ。自分が恋をした理由は。ユウキはツバメの瞳にある炎に触れた瞬間、自分の弱さを見せつけられた。

 いくら精神修行をしたって追いつけないような光が、ユウキの目の前には横たわっていた。後ろを振り向いたって、そこにあるのはチキンな過去だけ。

 だからこそ、そう思った刹那、ユウキはハッとしたのだ。


ーーーーなんで忘れてたんだろう。


 俺は、つい最近までチキンな過去を忘れてしまっていた。思い出してさえいれば、一昨日のようなトラウマは感じずにいられたのに。

 今更気づいたって遅い。俺が、チキンな過去を忘れてしまっていた理由。

 こんなに、簡単なことだったなんて。


ーーーーただ、忘れたかっただけだ。


 そういえば野良犬から隠れた俺は、あの後家で泣いてたんだ。自分の腑甲斐なさに。あの頃はまだなんで悲しいのか、それすら分からなかったけど、涙の雨が止んだ頃には、次は俺がツバメを守るんだって決意してた。

 お化け屋敷が怖くて、ツバメに縋ったあの夜も、泣いたんだ。俺はなにやってんだろって。でもやっぱり夜があける頃には、もう怖がらないって決心して、怖いDVDを借りて、一日中見てた。 

 そうやって、未来ばかりを見て、要らない過去を置き去りにして、今だけを、信じてたんだ。

 信じれば何かが始まる。裏を返せば、信じないと何も始まらない。

 そう思って、一心不乱に、真っ直ぐ、そして何より必死になってツバメを追いかけてた。だから、過去はずっと後ろの方へ後ろの方へと、追いやってしまっていたのだ。

 悲しいことは忘れよう。そう思って、しまってたんだ。そうすることが正しいんだって、信じていた。

 本当に必死だった。一途に、ツバメだけを想ってた。

 何度諦め、終わらせようとした恋でも、ツバメの笑顔をみる度に、ユウキの中の歯車は周りだし、また『道』を歩ませる。

 それこそが正しいことだ、これが恋だ、と思いこみ、信じてしまった。 

 でもそれだけじゃ駄目なんだってことに、今気づいた。

 『道』を振り返った時、後ろの方に見えないほど小さくなってしまった過去がある。けれど、大切なものが、その過去にはある。


ーーーー自分の残した足跡まで、置いてきてしまってたんだ。


 たかが一歩。されど一歩。

 思い返せば、野良犬のことやお化け屋敷だけじゃない、無数の忘れたい過去がある。

 それすら背負わなければ、いけなかったんだ。

 嫌な過去、辛い過去、忘れたい過去。まだまだ沢山あるけれど、どれも自分にとって大切なもの。

 幾つもの苦しみを背負って前に進まなければ、意味がない。なぜなら、それじゃ前に進んだ自分は、本当の自分じゃないから。

 俺は、これが本当の自分だって、過去を忘れて今を生きる自分こそ真の自分だって、信じていた。

 きっと、信じていれば、自分の世界だけではそれが、真実になり得ていたのかもしれない。

 でも、恋は一人じゃない。他の人がいて、その人ととの思い出すら信じられたときに、想いは伝わるはずだ。ゴールに、ちゃんとたどり着けるはずなんだ。


ーーーーそれを忘れて、忘れたことすら忘れて・・・。俺は・・・。


 ちゃんと過去を見なければ。

 過去をその小さな背中で、背負わなければ。

 時間が経つにつれて、その過去は重みを増していく。もしかしたら、その重みに俺は耐えられないかもしれない。一歩も踏み出せず、また涙を流すかもしれない。

 でも、一歩だけ踏み出せたなら、今の『道』には、過去の重みの分、しっかりとした足跡が残るはずだ。誰にも消せやしない、深々とめりこんだ足跡が。

 もう振り返らない。振り返る必要はない。だって、過去は自分だから。過去が、今の自分をつくってるから。そうやって、今度こそこれが本当の自分だって、胸を張れるから。


「ツバメ・・・」


 迷いのないユウキの瞳は、ツバメだけを見つめていた。ツバメを信じ、ツバメとの過去や思い出を信じ、自分を信じる。


「・・・何?」


 魔法の二文字を、急に叫んだら、困惑するだろうか。うちはそんな風に思ってないって、いつもの毒のある言葉とともに一蹴するだろうか。

 たくさんの不安がユウキの心にのし掛かる。しかし、ユウキの今の心には、もどかしさという大切な埃が積もりに積もって、溢れだしている。

 明日の命も危ない今の状況が、直接そうさせたわけじゃない。確かに、最後くらい思いを伝えようとは考える。

 でも、ユウキは心から助かると信じていた。だからこれは最後じゃない。


ーーーー最初の、足跡を残す言葉だ。


 気づいたから。本当のことに。

 そして分かったから。たとえ、振られようようとも、それすら過去になって、大きな足跡を残してくれるって。

 

「あ、あのさ、俺・・・」


「・・・・・・」


 突如畏まったユウキに、ツバメは驚いた。しかしユウキの目を見たとき、その気持ちは消え去った。


「・・・俺・・・俺!! ツバメのことが・・・!!」


 その時、目を瞑るほどの激しい風が吹き荒れた。その風はユウキとツバメの横顔を殴りつけ、ゴゥッと音をたてている。

 二人は黙り込んで、音のする方を見た。


「やっと来たか」


 クロカワの真上には、すぐそこまでヘリコプターが来ていた。これこそ、死への合図。

 ヘリコプターからロープで繋がった梯子が垂れ、クロカワがそれに捕まった。


「じゃぁな、一般人。俺のために、死んでくれ」


 警備員も梯子に捕まろうとした、ちょうどその時。


「んっ! な、うぅっ・・・!!」


 クロカワは頭を押さえてその場で立ち眩みを起こしたのだ。そして銃をとりこぼす。しかし、梯子からは手を離さず、そのまま爆発から逃げようとした。


「ぐ、ぐうおおぉぉっ!!!」


 その時キリヤが叫び、立ち上がった。巨大時限爆弾ごと。

 頭には血管の線がほとばしり、腹からは血が流れる。しかし、そんなことは一切お構いなしに、今まで蒼白だった顔面を真っ赤にしてクロカワへ飛びついた。

 一瞬の隙をつき、キリヤはクロカワにしがみつく。


「逃がさねぇっ!! てめぇも、ここで死ぬんだっ!!」


「がっ!! おい、お前等ぁ!!」


 最後の力を振り絞り、キリヤはクロカワを押さえる。爆弾の重みもあってか、クロカワを梯子から引きずりおろし、地面へと叩きつけた。

 クロカワは警備員に自分を助けるよう指示する。

 しかし。


「おらァッ!!」


「どっせいっ!!」


 今度は、レンジとアンザイが警備員達に向かって飛んだ。その体に縛られた部位はなく、まったく自由の身で跳び蹴りを、警備員にくらわせる。そしてマウントポジションをとり、動けなくした。


「え・・・? レンジ・・・? アンザイ・・・?」


「ユウキ、ちょっと見て!!」


「え? ええ? ええっ!?」


 オタク達が全員立ち上がっている。彼らの手は縛られたロープからいともたやすく抜け、足のロープは、はさみのようなもので解いていた。


「何が、どうなって・・・?」


 そんな表情を浮かべていたのは、ユウキとツバメだけではない。カナさん含め、会場関係者、そしてクロカワ達までもポカンとした顔をしていた。


「簡単なことですよ」


 再起動したエレベーターに逃げ込むオタク達の群。

 横にある階段で七階分下りると、エレベーターが十七個あるフロアに出る。だから階段の方に駆け込む者も少なくない。エレベーターは、オタク達がラッシュアワーの如く飛び乗るもんだから、とてもじゃないが、全員はさばけない。

 そんな中、一人のオタクがはさみを携え、ツバメのロープを解きにきてくれていた。


「簡単なこと・・・?」


「ええ。『マジカルゲッチュー』秘伝、縄抜けの術です」


 そのオタクは手で、バレーボールのレシーブのような形をつくった。それはちょうど四日前、ユウキ達が行った指スマのよう。

 ただ、相違点が一つだけあった。それは親指をクロスしているということ。


「縛り方、少し雑だったでしょ? 手ごとグルグル巻きにして」


「え、ええ・・・」


「この手の形で縛られると、簡単に解けるんです」


 解けるといっても実質的には、抜けるといった方が正しい。

 通常、人間の力の範囲において、どんなに強く縛っても、指の一本や二本は微かに動かせる。だから、オタク達は縄の中でクロスした親指を元の形、つまり指スマの形態に戻したのだ。

 そうすることで、縛られたロープに若干の隙間ができる。どんな風に縛っていても、隙間ができれば簡単に抜けられるのだ。


「これはね、清涼院アスカの師匠、清涼院コフンがアスカに教えた術で、第四話『アスカ、縛られる』の番外編『ジュゲーム、ミートボールと呼ばれる』で実際にアスカが使用したんだ。登場はこれっきりだったけど、『マジカルゲッチュー』でも珍しい、エッチなエピソードだったからね、ファンの間では結構浸透しているんだ。あっ、ちなみにジュゲームていうのは、マリモみたいな姿の山田中島之上君麿の弟、ヴァリュエンスピー・ダイナマイ佐々木のストラップで・・・」


「長ーいっ!! 早く解けっ!!」


「あっ、そうだった。ごめんごめん」

 

 ツバメが甲高い声で高らかに叫んだ。オタクはツバメの手首に巻かれたロープを、持参していたハサミで切った。足首の方も切ろうとしたが、ツバメはそれを拒絶。自分でやる、と言って、オタクからハサミを奪った。


「あの、俺は・・・?」


「え。あ、うん。今助ける」


 ユウキの存在は、間違いなく忘れ去られていた。



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