第96話 静かな開戦
バルドニア王国に広がる山岳地帯の上空を、王子オリオーンの友人であるルディンを先頭に、3体の飛竜が首都の要塞都市ガーグラを目指して飛んでいた。山の頂上はまだ冠雪していて冬の名残を残している。
飛竜も寒さによって体が固まり、思うように翼を動かせず速度も普段に比べて大分遅い。それでも起伏のある地上の道を避けられる事で、時間の短縮にはなっていた。
先頭を飛ぶルディンの騎乗する飛竜の後ろでは、テイルボット領の領主の娘アルティナが騎乗した飛竜のポチと、その真横を飛ぶ護衛のゴンベエが騎乗する飛竜が居た。
「ゴンベエ!飛竜にも大分慣れて来たようだな!」
「ああっ、姫さんの教育のおかげでな!」
海賊のダルダロスとの戦いの後、水着大会を手伝うと言う罰を与えられ、正式に帝国の騎士となったゴンベエだったが、アルティナに勧められて【ドラゴンライダー】の道を歩む事になった。
アルティナの飛竜ポチにも気に入られていたので、相棒となる飛竜にはすぐに馴染んでいった。
アルティナ曰く「短期間で飛竜に慣れるには努力以上に相性の良さが重要なのだ!」と、上から目線で助言するが、ゴンベエは真に受けず「そうか」と答えるだけで、地道に訓練に取り組んでいった。
訓練の成果もあって、飛竜に騎乗できるようになると練度の高い竜騎士並みの扱いを見せ付けていた。
元々ゴンベエの強さは海上騎士団でも一目置かれていたが、飛竜をも扱う多彩なゴンベエに騎士達は驚いていた。
それをアルティナが自慢気に鼻を高くして、自分の護衛なんだぞと自慢気に周りにアピールしていた。
先頭を飛んでいたルディンがアルティナの横へ下がると、要塞都市ガーグラに到着する事を伝える。
「アルティナ様、間もなく要塞都市ガーグラに着きます。私の後に付いて来て下さい」
「分かった、ルディン卿、よしゴンベエ、しっかりと付いて来いよ!」
「はいよ!」
そう言うとルディンの案内で要塞都市ガーグラの飛竜の発着場へ降下を始めて行く。
発着場に着地すると全員が飛竜から降りて、監視人に飛竜を預ける。ルディンの案内でアルティナ、ゴンベエがカイネルの居城に向かって歩き始める。
そして町の中心部を通って行くが、途中で見た町のようすは酷いものであった。どの店も扉が固く閉じられ、開いていると思えばカビの生えたパンや傷んだ果物が数個、店先に並んでいる。
品質の悪い状態でも食料が無いのか購入する者も居た。中心街だというのに歩く人々も疎らで、虚ろな目で寒さをこらえながら彷徨っている。
ガーグラにあった有名な商会はすでに店を引き払い、残って居るのは昔からこの地で商売をする商人達だけであった。余りの酷さにアルティナが顔をしかめていた。
「噂以上に酷いな……」
「ああ、これじゃまるで乱取りされた後の町って感じだ」
ゴンベエは東の国の出身で、大きな戦いには何度か参加している。その中で勝者の兵士達が、褒美の代わりとして町の子供をさらったり、金目の物を奪ったりする、乱取りという行為が横行していた。その景色と同じ惨状に、ゴンベエも同情するような顔になっている。
するとルディンが、悔しそうな顔でこの事態に陥った理由を静かに話し始める。
「町がこんな姿になったのも、カイネル陛下が軍事費に財源の全てを投入したからなのです……」
「あんなに優しかった叔父上が、そんな事をするとはやはり信じられないな」
「私も何度かオリオーン殿下と共に諫言したのですが、受け入れてもらえず。今は部下に命じて炊き出しを行っている始末です……」
「……おいルディン、前からこんな状況が続いていたのか?」
「……いえゴンベエ殿、昨年の秋の終わり頃でしょうか、急に人が変ったようにカイネル様が軍備を整え始めたのです」
昨年の秋というと丁度、コスモがリフィスの教育の依頼を受けた日であり、ユズリハ商会の支援を受けた冒険者エヴァンズが要塞都市ガーグラを訪れ、カイネルに【ブラックオーブ】を手渡した日でもある。
急に人が変ったと聞いて覚えのあるゴンベエが、何か嫌な予感を感じていた。それにカイネル王の居城に近付けば近づくほどに、その嫌な予感が増していく。
そんな話をしているとカイネルの居城へ到着する。
「ささ、すでにカイネル様には話を通しておりますので、私が王の間まで案内します」
ルディンの案内で城の中に入ると、王の間までアルティナとゴンベエが付いて行く。城内は町のようすとは違い、綺麗に清掃され管理が行き届いている。すれ違うメイドや竜騎士達も綺麗な衣服に鎧と、外の様子が嘘のような格好をしている。
王の間に着くと大きな扉をルディンが叩き、到着した事をカイネルへ伝える。
「陛下!お話した通り、アルティナ様とその護衛ゴンベエ殿をお連れしました」
「うむ、ご苦労ルディン、お前は屋敷に戻っていろ。アルティナとゴンベエはこちらで面倒を見る」
「は……ははっ!」
退去を命じられたルディンが返事をすると、アルティナとゴンベエへ申し訳なさそうな顔を向ける。
「すみませんアルティナ様、私にできるのは、ここまでです」
「安心しろルディン卿、私にはゴンベエが付いている。それにあの優しい叔父上だ、私の説得も聞いてくれるだろう」
「……後を、殿下をよろしくお願いいたします」
ルディンが頭を下げると、そのまま王の間の扉から去って行く。それをアルティナとゴンベエが見送ると、扉を開けて王の間へ入室して行く。
中に入ると幅広い赤いカーペットが玉座まで続き、その両脇には赤いカーペットに沿って、大きな大理石の柱が均一に並び、高い天井を支えている。玉座の近くのそれぞれの柱の前には屈強な近衛兵が4人、銀の槍を持って立っている。
歓迎とは思えない雰囲気だが、玉座に座るカイネルは不気味な微笑を浮かべていた。そのカイネルが玉座から立ち上がると、アルティナ達に向かって声をかける。
「久しいなアルティナ、こちらへ来て良く顔を見せてくれぬか?」
「ははっ!カイネル様!」
「ああ、カイネル様はよしてくれ、我らは同じ身内だぞ、叔父上で良い」
「はい、叔父上」
そう言うとアルティナがゆっくりと赤いカーペットの上を歩き始め、カイネルの居る玉座の手前で跪く。後ろに付いていたゴンベエも続けて跪く。
普段から笑顔を見せないカイネルだが、身内であるアルティナには甘いようすで、慣れない笑顔を見せていた。
「妹のバミーネに似て、美しくなったなアルティナ」
「ありがたきお言葉、叔父上もお元気そうで何よりです」
「で、後ろに居る男は一体誰だ?」
ゴンベエを見つめるカイネルの顔に笑顔が無くなると、体から覇気を出して威圧する。するとアルティナが慌ててゴンベエの紹介を始める。
「この者は東の国の騎士で、名はゴンベエ、訳あって帝国騎士となり私の護衛を務めている者にございます」
「……ゴンベエと申します。バルドニア王国の国王カイネル様に会えた事、光栄の極みにございます」
「ほう、東の国とな……確か我が妹の居るテイルボット領を襲った賊も東の国であったような……」
すでにカイネルはゴンベエの素性を知っていた。敵意を剥き出しにして跪くゴンベエへ近寄って行く。それをアルティナが跪いた状態で体をそわそわとさせ、ゴンベエの顔を泣きそうな目で見つめる。
その目をみたゴンベエがやれやれと言った顔になるとカイネルが突然、肩に手を乗せる。手を乗せられたゴンベエの肩から、身に覚えのある邪悪な気配を感じ取る。
そしてゴンベエは、それが【ブラックオーブ】を装着した時と同じ感覚であることに気付く。そんなゴンベエの気持ちとは裏腹にカイネルが覇気を抑え、微笑して態度を変える。
「……だがテイルボット領を救ったのも東の国の者と聞いている。それがお前だなゴンベエ」
「ははっ……」
「お前のような屈強な騎士であれば、アルティナは安心して任せられるな」
そう言うとカイネルが手を肩から離し玉座へ戻って行く。ゴンベエが表情を崩さず汗の滲んだ顔を下げ続ける横で、アルティナが安堵した表情を浮かべていた。
玉座の側で立った状態でカイネルがアルティナにこの場に訪れてきた理由を尋ねる。
「して、アルティナ、わざわざ遠くのテイルボット領からこの私に何用で参ったのだ」
「はい、叔父上、1つは従兄のオリオーン兄様と合わせて頂きたい願いと、もう1つは、今すぐにでも、市中の者達に恵みを与えて頂きたいのです!」
「うんうんなるほど、アルティナは優しい子だな」
口では褒めているが、カイネルの目は完全にアルティナのことを敵を見るような目になっていた。それに気付いたゴンベエが警戒感を露わにすると、カイネルがじっと見つめる。
そして先手を打つようにカイネルがアルティナの願いを受け入れる。
「よし、ではその願いこの叔父が叶えるとしよう!」
「あ、ありがとうございます叔父上!」
「では早速だがオリオーンの下へ案内しよう、しっかりと付いて来るのだぞ」
微笑しながらカイネルが案内を申し出ると、玉座の横にある槍掛けに置いた魔槍【グリンブル】を手に取る。竜の口を模した装飾から、吐かれたファイヤーブレスのような形をした刃が特徴の、片刃の穂先をもった槍である。
ゴンベエが槍を取るところを見て、なぜ案内に槍が必要なんだと疑問に感じるが、カイネルが王の間から扉へ歩き出すと、後ろから無警戒のアルティナが続いて行く。
(俺の勘が言っている……何か……凄く嫌なことが起こると……)
「こ、こらゴンベエ、そんなにくっつくんじゃない、恥ずかしいだろう」
素直に願いを聞き入れるカイネルに、不信感を持ちつつもゴンベエが立ち上がると、浮かれているアルティナの体にくっつくように歩き始める。何も知らないアルティナが頬を赤く染め何気なく嬉しそうにしていた。
カイネルの後には近衛兵4人も同行し、物々しい行軍のような雰囲気だ。城内の廊下を歩き階段を下って行くと、上層の明るい華やかさとは反対に薄暗い、じめっとした場所に変わって行く。
ここまで来ると浮かれていたアルティナも何かを察して、ゴンベエの腕に抱き付き一緒に歩いて行く。
地下3階まで下りると正面にある両扉を開き中へ進んで行く。石造りの床に真っ直ぐ続く通路、その左右には堅牢そうな牢屋が並んでいた。
その通路をしばらく歩くと、カイネルが振り返りアルティナとゴンベエに分かるように牢屋を指を差す。
「ここにオリオーンが居る、アルティナよ確かめると良い」
その言葉を聞いてアルティナがゴンベエから離れ、小走りになって牢屋に近付くと、格子を掴み中を覗く。
「き、君はアルティナか……」
「オリオーン従兄様!」
「に、逃げろアルティナ……父上は変わってしまった……」
牢屋に居たのは確かに従兄のオリオーンであった。全身は汚れ、衰弱しているようすだが、何とか生を繋いでいるといった状況である。
逃げろとオリオーンが言った瞬間に、アルティナの背中に向けて近衛兵4人の銀の槍の穂先が向けられる。
その瞬間、ゴンベエが背中に抱えていた騎士殺しの剣と斧を両手に素早く握ると近衛兵の方向へ跳躍する。
「てめえら、何をしやがる!!」
着地と同時に近衛兵の2人を騎士殺しの剣を薙ぎ払って吹き飛ばすと、残りの2人の近衛兵の持つ銀の槍の柄を騎士殺しの斧で叩き折る。余りにも素早い攻撃に反応ができなかった近衛兵達が戸惑っている。
すぐにゴンベエがアルティナを背に隠すと、騎士殺しの剣と斧をカイネルに向かって構え、睨み付けるように対峙する。
「これは一体どう言うつもりだ、カイネル王!アルティナは自分の身内じゃないのか!」
「何、ルディンという若造が邪魔だったのでな、アルティナをさらった事にして、国から追放しようと思っただけだ。危害を加えるつもりはない」
「な、何を言ってるのですか叔父上!ルディン卿はバルドニア王国に長く仕えて来た忠臣なのですよ!」
「今、国は1つにならねばならぬ、重要な時が来ておる。私のやり方に異論を唱える者は国全体の士気に影響するのでな……解ってくれるなアルティナ!!」
そう言うとカイネルの目の色が赤く染まり黒い瘴気が体から溢れ出してくる。その姿を見たアルティナとゴンベエは【ブラックオーブ】の事を思い出す。【ブラックオーブ】を装着した者は邪神竜の力を借りて人並以上の力を発揮する。
そしてカイネル自身、歴戦の勇士で手に構えている魔槍【グリンブル】で、邪神竜の眷属との戦いにも参加している。
「さあ、どうするゴンベエ、アルティナを守りながら私と刃を交えるか?それとも降伏するか?」
「ゴンベエ、私のことは構うな!叔父上を止めるのだ!」
「く、くそが……」
【ブラックオーブ】の力を身に染みて知っているゴンベエに、戦うと言う選択肢は無かった。ここでカイネルと戦えば互角以上に渡り合える自信はあった。だが確実にアルティナを危険に晒すことになる。
悔しそうな表情を浮かべると、カイネルの言う通りに構えを解き、手に持っていた武器、背負っていた武器を全て地面へ放り投げる。
「さあ、これで全部の武器を捨てたぞ。姫さんの命だけは勘弁してくれ……」
「なんでだゴンベエ!お前の力なら止められるだろう!!」
「ふっ……アルティナ、お前は本当に良い騎士をもらったな。……ゴンベエ、約束通り命までは取らん、大人しく牢屋に入ってもらおうか」
素直に降伏するゴンベエに、アルティナが背中の後ろからカイネルを止めるように命令するが、ゴンベエは降伏を選ぶ。その勇気ある判断にカイネルが称賛を送ると、近衛兵に捨てた武器の回収と牢屋の扉を開くように命じる。
牢屋の扉が開き、中にゴンベエとアルティナが押し込まれると外側から鍵を閉める。アルティナがすぐに格子にしがみつくと、カイネルに問いかける。
「叔父上!こんなことがばれたら、貴方は帝国の敵になってしまいます!それでも良いのですか!」
「……その時はその時、気付いた時にはもう遅いだろうがな。バンディカ帝国もバルドニア王国が、いや、この私が飲み込んでくれる!!ははははははっ!」
狂気じみた表情でカイネルが、大きな笑い声を上げながら牢屋の前から去って行く。それをアルティナが悔しそうな顔で見つめていた。
牢屋の中ではゴンベエが倒れているオリオーンの容態を確認していた。
「怪我は無いみたいだが、食い物がまともに与えられてないな……」
「ゴンベエと言ったな……従妹のアルティナを守ってくれて感謝する……」
「そんなこたあいい!俺の持って来た陣中食がある、これでちょっとでも体力をつけてくれ」
「す、すまない……」
ゴンベエが懐にしまってあった、陣中食の親指ほどの豆粒を取り出すと、オリオーンの口へ入れて行く。蜂蜜や生薬を練り込んで乾燥させた物で、栄養価も高く腹持ちも良い。
戦いの中に身を置き続けたゴンベエの習慣で、携帯食を持ち歩いていたのが功を奏していた。
格子を掴んでいたアルティナも落ち込んだようすで、ゴンベエの隣へ座り込む。
「一体、叔父上はどこで【ブラックオーブ】を手に入れたのだ……」
「さあな……だが、この事を早くレイグ様や皇帝さんに伝えないとヤバい事になるぜ」
【ブラックオーブ】の存在を知るのは、アルティナとゴンベエだけだが今は囚われの身。カイネルの急変した理由も分かったが、今はどうすることもできない。
そして静かな牢屋の中で、アルティナにはある不満が溜まって行く。
「しかし、ゴンベエ。私は2度目だぞ、捕まって牢屋に入るのは。これって領主の娘としておかしくはないか?」
「ぷっ……確かにな、2度も牢屋に入れられる姫さんなんか、どこを探してもいねえな」
「……まさかまた同じ牢屋で過ごす事になるとは思いもしなかった……」
「だけど姫さん、今回は違うぜ。この鬼神と呼ばれたゴンベエ様も一緒に捕まっているからな!」
「はははははっ、全くその通りだな!」
前回とは違う状況を冗談にしてゴンベエが言うと、つられたアルティナが笑顔で大笑いする。緊張が少し解れると絶望的な状況にも余裕が生まれて来る。今は脱出の機会を窺い、静かに時が来るのを待つ事にした。
~
雪解けが終わって辺りに暖かい風が吹き始める。樹々も緑色に染まり、花が開き始め白の景色から色鮮やかな景色へ変わっていく。とうとう長い冬も終わり、アセノヴグ大陸には春が訪れていた。
バンディカ帝国の首都、城塞都市アウロポリスにも春が訪れていた。その季節に合わせて皇帝ウェイリーの居城、ヴィオーラル城に飛竜に乗った老紳士が訪れて来ていた。
皇帝の間で玉座に座る皇帝ウェイリーに対して、老紳士が強い口調で訴えかける姿があった。
「我がバルドニア王国は治安維持に心血を注いで参りました!何卒、ジョストン領の返還をお認め下さいますようお願い致します!」
「ストロフ宰相、貴公の言い分は分かるんだけど、私の耳にはまだ、村人が賊に襲われていると報告が届いてるんだよね。もう少しだけ待つ事はできないかな?」
「皇帝陛下、我がバルドニア王国は十分に約束を果たしました。それに再三にわたって返還を願い出る書状を受け取られているでしょう。はっきりとした返答が無いので、宰相である私めが直接参ったのですぞ。もう待つ事は出来ませぬ」
ストロフが厳しい顔付きでウェイリーの要望に断りを入れると、大きく息をついて困ったような表情でウェイリーは天井を見上げる。
皇帝ウェイリーによる、ジョストン領の返還の延期させる策略も、効果を失いつつあった。それもバルドニア王国の宰相でもあり、コスモ達をカイネルの下へ案内した老紳士ストロフが、直談判をしに帝国に訪れて来たからだ。
さすがの皇帝ウェイリーも、同盟国の要人を無視する訳にも行かず対応していた。
コスモを送り出してからもう少しで半年近くになるが、ジョストン領からの連絡は何も無かった。
あるのは自ら送り出した斥候のパフィからの定期連絡だけで、それも領主のリフィスが白嶺大熊を倒したという情報と、そのリフィスが商業都市ウキレアの冒険者に金貨10枚を支払う事で町に滞在させていると聞いてるだけだ。
他には数日前に、メデウス商会の会長メデウスから北方連合国の動きが妙であると話は聞いていた。
バルドニア王国が、軍備を整えつつあることはさることながら、スーノプ聖国とリンティス魔導公国が、示し合うかのようにバルドニア王国との国境に軍を集めていると言う。
それを聞いたウェイリーは眠たそうな目をピクリと大きく開き何かに気付く。
そこから何としても時間を稼ごうと、今日まであの手この手を使って、ジョストン領の返還を延ばしてきたが限界が近付いていた。
すると皇帝の間の扉が勢い良く開き、帝国大臣のプレイトルが慌てて部屋に駆け込んでくる。綺麗に整えられた銀髪を乱しながら、顔に汗を流し息を切らせて、普段の冷静な面影はない。
その慌てぶりを、玉座に座った皇帝ウェイリーが手を組み静かに見つめていた。
「はあはあ……へ、陛下……き、緊急事態です……」
「プレイトルくん、客人がいるのだけどねえ」
「も、申し訳ありません!!ですが、これをご覧ください!!」
来賓のストロフが何事かと驚いた表情で見守っているなか、プレイトルが手に握っていた書状をウェイリーへ手渡す。プレイトルが玉座の前に下がると、ウェイリーが真剣な眼差しで受け取った書状に目を通し始める。
少しのあいだ皇帝の間が静寂に包まれる。目を通してから10秒ほど経つと、ウェイリーの体から尋常では無い覇気が放たれ始める。離れて立っていたプレイトルとストロフも、その覇気に気圧され顔に汗をにじませていく。
プレイトルはこの覇気を一度だけ感じた事がある。それがスーテイン領、領主のレオネクスの父、グレンドルが山賊王ゴンドラに討ち取られた時だ。
同年代であり、友人でもあったグレンドルが討ち取られた報を聞いたウェイリーの怒りは凄まじかった。表情は変えていないが、顔面が硬直し握り込んでいた拳から血が出ていた。
それと同様の覇気が今出ている。玉座からすっとウェイリーが立ち上がると、物凄い剣幕でプレイトルに指示を出す。
「プレイトル!!ただちに帝国全土に総動員体制を発令するのだ!!」
「は、ははっ!」
総動員体制と聞いたプレイトルが慌てて、皇帝の間から飛び出していくと各機関の長の下へ奔走して行く。
この状況が飲み込めないストロフが狼狽えながら、恐る恐るウェイリーに書状の内容を聞き出す。
「こ、皇帝陛下……一体その書状には何が……」
ストロフの言葉の終わりを待たず、ウェイリーが怒りを抑えるような表情で謝罪すると書状の内容を伝える。
「ストロフ宰相、大変申し訳ない……ジョストン領の領主であったリフィス公爵が……」
ここまで言うと、怒りを抑えていたウェイリーが我慢の限界を超え、怒りの表情に変わっていく。
「我がバンディカ帝国を裏切り、ジョストン領を独立させたのだ!!」
「な、何ですとっ!?」
怒りに体を震わせながらウェイリーが、リフィスが独立したことを伝える。
書状には皇帝ウェイリーに対する感謝と謝罪の言葉と、独立を果たそうとした自分の考え、そして書状が届く頃にはジョストン領、改め、新生ウキレア公国と名乗る事が記されていた。
『ウェイリー皇帝陛下、父フィアンが亡くなった幼い頃から私の事を目にかけて頂き感謝しております。そしてこれから私が断行する事も、相談をせずに勝手に決断した事をまずはお詫び致します。北方連合国の安寧は我がジョストン家の悲願であり、皇帝陛下の願いでもあります。時は急を要しています、バルドニア王国に対抗するため、私の独断ですがジョストン領を独立させてスーノプ聖国、リンティス魔導公国と手を取り、帝国では無い第三の国、新生ウキレア公国として彼らと共に戦って行きます。戦場で相まみえた時は敵となりますが、こちらも全力を以ってお相手させて頂きます。リフィス公爵改め、リフィス公王より』
バンディカ帝国の長い歴史の中で、初めて貴族による領地の完全な独立。この事実に皇帝のウェイリーが衝撃を受けていた。
つまるところ独立とは、皇帝の意向に従えないという意思表示である。この事が大陸中に広まれば皇帝としての面子は丸つぶれである。他国からは軽く見られ、麾下の貴族達も不甲斐ないと信用を失う、その皇帝に力が無いと分かれば国内にいる賊も活発に動き出す。
だからこそウェイリーは声を荒らげながら、総動員体制を指示したのだ。他国に舐められないために、失った信用を取り戻すために本気で動き出そうとしていた。
呆然としているストロフにウェイリーが近付き、両肩を掴むと怒りの顔を近付け言伝を頼む。
「ストロフ宰相は、直ちにバルドニア王国に戻ってカイネル王に伝えて欲しい、我が帝国軍も必ず後詰めで向かうと。我が帝国はリフィス公王というまがい物の王は絶対に認めん!!」
「そ、それはもう!帝国軍が我が軍に加わって頂けるのは心強い、必ず国王陛下にお伝えしましょう!」
「しっかり言伝を頼みましたよ」
少し油断したストロフが笑顔を見せるが、すぐに真顔に戻るとそそくさと皇帝の間を出て行く。
ストロフにとって、いやバルドニア王国にとってジョストン領の独立は吉報である。同盟国のバンディカ帝国を裏切り、独立した新生ウキレア公国の領地を取り戻すという大義名分ができたからだ。
それにウェイリーの変貌振りを見れば、怒り心頭である事は誰の目から見ても明らかだ。リフィスの取った行動はまさに、飛んで火にいる夏の虫のようなものである。
飛竜に騎乗したストロフが、待機していた2人の部下と簡単な会話を交えると、一緒になってバルドニア王国へ向かって飛び去って行く。それを皇帝の間のバルコニーからウェイリーが見つめていたが、その表情はすでにいつもの飄々とした顔に戻っていた。
そしてすぐに振り返り室内へ戻ると、近くにいた近衛兵に声をかける。
「ちょっとそこの君、ひとっ走りして斥候部隊が居る宿舎に行ってくれるかい?スーテイン領に居る領主のレオネクス君を呼び出して欲しいんだけど、お願いできないかな?」
「は、ははっ!すぐに行って参ります!」
近衛兵が敬礼をしてウェイリーの指示を受けると、小走りになって皇帝の間を出て行く。そしてウェイリーが大きく一呼吸置くと、総動員体制が発令された事で、各機関の長が集まる会議室へと向かって行った。
~
それから数日後、帝国首都の城塞都市アウロポリスに総動員体制で呼び出された、各地の領主が兵を引き連れ集結していた。すでに大陸全土には帝国領であったジョストン領が領主リフィスによって独立した事が広まっていた。
集まっていた領主達もその話は知っている。ヴィオーラル城の会議室に用意された円卓には、ロンフォード領の領主ジルト、スーテイン領の領主レオネクス、テイルボット領の領主レイグが椅子に着席して皇帝ウェイリーの到着を待っていた。
今回の戦争はバンディカ帝国も総力をもって臨むつもりで、領主達は鎧を着用し戦時下の体勢で、準備を整えていた。
その中でも特に浮かない顔をしているのがレイグだ。バルドニア王国に向かった娘のアルティナと護衛のゴンベエが、いつまで経っても戻らないからだ。
お陰で妻のバミーネも狼狽してしまい、心労がたたって再び倒れてしまう。
2人が戻らない事はすでにウェイリーに報告済みで、ウェイリーがバルドニア王国の国王カイネルに書状で2人の安否を確認している。そして今日その返答が伝えられる予定でもあった。
レイグの浮かない顔を見て、事情を知っているジルトが元気を出すように声をかける。
「レイグ卿、そんなに心配をする事はないですよ。セリオスからも聞いていますが、ゴンベエという者は、かなりの強者と聞きます。きっとアルティナ嬢は無事でいるでしょう」
「う、うぅ……ジルト卿……☆絶対にアルティナとゴンベエは生きてるよね☆」
「ええ、大丈夫ですとも、元気を出して下さい」
「……ありがとう☆少しは元気が出たよ☆」
少し元気の出たレイグをジルトが苦笑いで見ていると、今度はレオネクスのようすが気になり始める。いつもなら元気のないレイグに、真っ先に声をかける性格のはずなのだが、妙に大人しい。ジルトがそこに違和感を感じていた。
すると会議室の扉が開き、皇帝ウェイリーが帝国軍司令官のローレスを伴って入室してくる。
ローレスが上座の椅子を引くと、そこへウェイリーが座り、ローレスがその横に、手を後ろで組み立つ。今回の軍団の長が全員揃っているのを確認すると、ウェイリーが今後の動きについて説明を始める。
「皆、良く集まってくれた。もうすでに話は聞いていると思うけど、ジョストン領のリフィス公爵が独立して国を興した。僕としては、それは絶対に認められない事だというのは分かってくれるよね」
ウェイリーが円卓に座る各領主の顔を眺めると、全員が静かに頷いて答える。その返答を受けたウェイリーが、続けて各領主が率いる軍団について話をする。
「我が軍は同盟国であるバルドニア王国の軍と連動して動くことになった。そこで君達の軍団の担当地域を決める事になったんだけど、兵の数もそれぞれ違う。そこで混乱が起こらないように僕がローレスと事前に協議して決めておいた」
各領主が治める領地は、それぞれが違う特色と事情がある。戦力に差がつくのは必然であった。
最も兵の数が多いレオネクス率いるスーテイン領は、山岳地帯であるが鉱山とムリギュの洞窟によって財政が潤い、山賊王ゴンドラが討伐されたことで治安も落ち着き、一気に人口が増えていた。
次にレイグ率いるテイルボット領だが、先に起こったダルダロス海賊団の鎮圧で、怪我によって離脱した兵士の代わりに、元ハーバル海賊団、ゴンベエ率いる水軍を取り込み、戦力の増加はしていないが、強化はされていた。
最後にロンフォード領だが、未開の森の開拓が進み、新しい都市、アインザスの建設中である。以前よりも兵士は増えたが、他の領地に比べて少ないのは土地柄、仕方の無いことである。
もちろん皇帝ウェイリーはそれを把握した上で、各軍団の割り振りを考えていた。
「スーノプ聖国と対峙する北方軍にはレイグくん、リンティス魔導公国と対峙する西方軍はジルトくん、そして我が帝国で最も力のある地上軍を持つ、レオネクスくんには新生ウキレア公国の中央軍を担当して欲しい」
「はっ!!陛下!!この私にお任せ下さいっ!!!」
いつになく大きい声でレオネクスが胸を叩き、ウェイリーの指示を受け入れる。その声量は近くにいたジルトとレイグが耳を抑え、顔をしかめるくらい大きかった。
「君達が先行した後で、ローレスが本隊である帝国軍を率いて最後の詰めとする。常に戦況を報告して、戦力が足りないところへはローレスの本隊から補充する形にする。いいね?」
「ははっ!」
「はい……」
「お任せを!」
ジルト、レイグ、レオネクスのそれぞれが返事をすると、ウェイリーが元気の無いレイグの方を向き、アルティナとゴンベエの安否について説明をする。
「レイグくん、カイネル王からの返事だけど、バルドニア王国から逃亡したルディン伯爵が2人を誘拐したとして、懸命な捜索が行われている、とあった。誘拐した理由についてはカイネル王の方針について行けず国を裏切り、誘拐した2人を手土産に新生ウキレア公国へ亡命しようと企んでいる……みたいだね」
「あのルディン卿が2人を人質に?……信じられない。ルディン卿はハニ……バミーネとも顔見知りで、親しい間柄です……」
カイネルからの報告を聞いて、レイグが信じられないような顔をする。ルディンは顔見知りのバミーネを頼り、オリオーンの幽閉された所在を明らかにするように説得を頼みに来ていた。
それに護衛のゴンベエは、英雄級の能力値を持つアルティナの専属騎士、ルディンだけでは到底敵う訳がない。そんな事を頭の中で考え、レイグが円卓に肘をつき不安な気持ちになっていく。
ウェイリーが椅子から立ち上がると、レイグの下へ寄って笑顔を見せる。
「アルティナちゃんとゴンベエくんは必ず助けるよ、レイグくん、今は君にできる事だけに集中して欲しい」
「はい、陛下!も、申し訳ございません」
レイグの肩を優しくウェイリーが叩くと、レイグも総動員体制である事を思い出し、真剣な顔付になっていく。
ウェイリーが帝国軍の本隊指揮官のローレスに向かって、手の平をひらひらとさせ、後の説明を任せると扉へ歩き出す。
「後の事はローレスに任せる」
そう言うとウェイリーが扉を開けて外へ出て行く。後を任されたローレスが、円卓に座る3人に向かって、事前に考えていた、ある別行動について説明を始める。
「さて、リフィス公爵の裏切りについてだが、ウェイリー陛下は寛大なお方でな。独立の宣言を取り消す機会を与えようと考えておられる」
その言葉を聞いてジルトとレイグが驚きの表情を見せるが、レオネクスが珍しく落ち着いた顔でローレスを見つめている。
「そこでリフィス公爵の説得を行うための先遣隊を……レオネクス卿、貴公に頼みたい」
名前を呼ばれたレオネクスが椅子から立ち上がると、直立し右腕を胸に当て敬礼する。
「はっ!必ずやリフィス公爵を説得してみせ、独立などという下らない野望を止めてみせます!」
「ジルト卿、レイグ卿はそれぞれ予定通りに行軍を始めるように……それとバルドニア王国との盟約は必ず守るようにな」
ここで言う盟約とはバンディカ帝国、バルドニア王国、どちらかが襲われた時に援軍を送り合う事、互いに不可侵を守る事、自国の範囲を守る事、という国家間の条約である。今回は返還予定のバルドニア王国の領土を奪還するという名目で動いていた。
念を押す様にローレスが2人に言い付けると、椅子からジルトとレイグが立ち上がる。
「「ははっ!」」
そしてローレスがウェイリーから頼まれていた最後の忠告を全員に伝える。
「良いか、今回の戦の相手はリフィス公爵だけではない、かの冒険者コスモも敵となる可能性が高い、くれぐれもコスモと接触した場合は、相手にする事がないように頼んだぞ。これは陛下の願いでもある」
コスモを相手にするなと言われた、ジルトとレオネクスとレイグがキョトンとした顔になると、一斉に笑顔になって行く。
「ローレス将軍、ここに居る領主達は全員、コスモ嬢に助けてもらった者ばかり、頼まれたとしても戦いを挑む者はいません」
「ジルト卿の言う通り、俺にとっても父の仇を手伝ってもらった恩人……例え本気で俺が挑んでも相手にならないでしょうね」
「さすがにあのコスモちゃんに挑もうとは思わないかなー☆なにせ、大破した船を人力で動かしたからねぇ……☆」
ここに居る者は全員コスモに恩がある者ばかりである。ローレスもコスモの実力と活躍を知っている。だからこそ領主達の反応を見て笑みを浮かべていた。
しばらくコスモについて談笑すると全員が会議室を出て行く。そしてそれぞれが任された進行計画通りに準備を進めて行く。
今回の戦いも極力コスモと出会わないように、帝国軍を後方の予備軍として配置する事を、ウェイリーがカイネルに注文をつけていた。その返事も先ほどレイグに伝えた書状と共に戻って来ていた。
カイネルからの返事は「帝国軍が後方に居るだけで十分に頼もしい」と色好い返事であったが、ウェイリーは喜べないでいた。むしろ眠そうな目をひくつかせ、イラつきが隠せないようすだ。
それもアルティナとゴンベエの2人が、誘拐されたということが真っ赤な嘘だと解っていたからだ。
証拠は無いが、王子のオリオーンの消えた時期が開戦前、そしてルディンと共に行動していたアルティナとゴンベエが同時期に行方不明になるなど、あまりにも都合が良過ぎた。
例えその事がウェイリーにばれたとしても、カイネルは気にしていないような素振りである。同盟国とは言え皇帝ウェイリーを軽く見るような、雑な見え透いた策略に怒っていた。
一早く、私室に戻っていたウェイリーが、新生ウキレア公国に居るパフィに向けて、伝書鳩を飛ばしアルティナ、ゴンベエ、オリオーンの行方を探る命令と、今後の山賊ディグダ達の行動について命令を出していた。




