第89話 麒麟児の片鱗
・コスモ(女)
元騎士団の39歳のおっさん冒険者
職業は【ソードアーマー】
領主騎士団時代に負傷した右膝を治す為に飲んだ森の魔女の秘薬、万能薬の効果により39歳のおっさんモウガス(男)から見た目が20歳前後のコスモ(女)となる
上皇アインザーによって<インペリアルオブハート>の称号を得るが、それを象徴するハート型の盾と共にビキニアーマーがますます外せなくなる、ある意味呪われた装備と化していた
リフィスに間合いを詰めていた白嶺大熊の鼻に、小さな布袋が飛んで来る。ぶつかった布袋から粉が舞い散ると、それを鼻に吸い込んだ白嶺大熊が動きを止めてくしゃみを始める。
それに合わせて暗闇の中から丸太が飛んで来る。
「どっせええええーーーーーーーーい!!!」
大きな声と共に動きの止まった白嶺大熊の胴体に向かって、白い修道服を着た女が長い丸太を勢い良く薙ぎ払い命中させるが、丸太が鈍い音と共に手元から折れていく。多少のダメージは通ったのか白嶺大熊が身を屈め、鼻を抑える仕草をしながらくしゃみを続けていた。
「て、手が痺れてる、なんて硬いの……まるで岩でも殴ったみたい!」
「でもちょっとは効いてるみたいだぜレシェナさん!」
「レシェナとジュリーダンか!助かった!」
現れたのは応援に駆け付けたレシェナとジュリーダンであった。2人が息の合った連携で一時の間だが、時間を稼ぐ事に成功する。そしてその時間を無駄にしないためにリフィスは、すぐにレシェナにパフィの治療を指示する。
「レシェナ、そこに倒れているパフィの傷を治してやってくれ!」
「分かりました!」
「よし!ジュリーダン、今の攻撃を続けて時間を稼ぐぞ!」
「へへっ、任せろリフィスさん!まだまだ香辛料爆弾はあるぜ!」
白嶺大熊は鼻が非常に良く利き、遠く離れた獲物の匂いを捉える事が出来る。そして敏感な器官でもあり、香辛料などの辛味が鼻に入るとわずかの間だが行動が取れなくなる弱点があった。
その弱点を突いてリフィスはダメージが無いと分かっても諦めずに銀の槍を突き続け、ジュリーダンは援護をする様に香辛料爆弾を定期的に投げ付ける。その後ろではレシェナが【ヒールの杖】をパフィに掲げ治療に専念していた。
だが白嶺大熊はただ黙ってこの状況を見過ごす事は無かった。リフィスの攻撃を受けながらも姿勢を2本足立ちから前に倒れ込む様に4本足立ちに変えると、頭を低く下げて後ろ足に力を溜めて行く。
「こいつ何か仕掛けようとしているぞ!気を付けろジュリーダン!」
「なんか……やばい気がするぜ……」
2人が距離を取ろうと後ろに下がるが、白嶺大熊が後ろ足に溜めていた力を解放して一気に突進を始める。巨大な体とは思えない俊敏さでリフィス達に迫ると避けきれずに直撃する。そのまま足を止める事無く突進を続けて背後に居たレシェナをも巻き込んで行く。
「うわっ!!」
「ぐあっ!」
「ぐっ!!」
リフィスとジュリーダンが跳ね飛ばされると民家の屋根の高さまで体が打ち上げられ地面へ叩き付けられる。レシェナはパフィを庇う様に抱え込むと突進を受けて水平方向に横へ跳ね飛ばされ、民家の壁にぶつかりめり込んで行く。地面に叩き付けられたジュリーダンは身動きしていないが、リフィスは辛うじて【体力】が残り、体を起こそうとする。
白嶺大熊が村の北門から南門まで続く道を駆け抜ける様に突進を終えるとゆっくり振り返り、倒れているリフィス達へ近寄って行く。この圧倒的な戦力を前にリフィス達はもう成す術が無かった。迫りくる白嶺大熊がぼやけた状態で視界に映る。
「ぐ……こ、ここで……僕が倒れたら……ジョストン領は……北方連合国は……」
リフィスが最後の力を振り絞り、銀の槍を支えにして立ち上がって行く。今ここで自分が倒れたら、ジョストン領のみならず北方連合国はバルドニア王国によって蹂躙されて行く、そう考えたらリフィスの体の底から力が湧き出していた。
しかし無情にも立ち上がったリフィスの前には2本足で立つ白嶺大熊がトドメと言わんばかりに右の爪を大きく振り上げていた。
今まさにその爪が振り下ろされようとした時、南門を空高く飛び越えた黒色の馬が、白嶺大熊の後頭部に目がけて上空から4本足を揃えた状態で蹴りを喰らわす。その衝撃で白嶺大熊が体をよろめかせる。
「グガァ!!」
蹴りを喰らわせた黒色の馬がリフィスの前に器用に着地をすると大きくいななく。
「ヒヒィーン!!」
「よーしよし、良い蹴りだったっぺよ宝船ー」
「しっかし、本当にぎりぎりじゃない!間に合って良かった!」
「あ、貴方達は?」
「私はフィオーレ、そしてそっちの黒い髑髏の騎士がセルシル、えっと……パフィちゃんに呼ばれた応援ってとこかな?」
「おったまげたー、こんな大きな熊っころ相手に良く頑張ったべな!後は任せるっぺ!」
現れたのは冒険者のフィオーレと相棒のセルシルであった。コスモからの要望を受けて援軍にやって来たが、本当に全滅するぎりぎりのところであった。
その2人に一緒に付いて来たコスモだが南門の外側に隠れてアエク村のようすを窺っていた。
「ぬぬう……頑張れリフィス!お前ならやれる筈だ!」
今すぐにでも駆け付けて白嶺大熊をやっつけてやりたい衝動を抑えコスモが見守っていた。相手が誰であろうともこれは実戦訓練の一環、ここでコスモが手を出そうものなら、せっかく立ち上がったリフィスの努力を無駄にする。その事を考慮して必死に歯を食いしばって耐えていた。
思いがけない邪魔者に白嶺大熊が怒り狂っていた。もうすぐ獲物が食べれるのに次から次へと邪魔が入ったからだ。表情は鬼の様に眉間に皺を寄せ、口からは大きく剥き出しになった鋭い歯が見える。だがその迫力にも動じないフィオーレとセルシルが立ち向かって行く。
「グガァアアアアアア!!!」
「じゃあフィオーレどん、いつもの様にいくっぺか!」
「こういうデカイのは細切れってのが相場だからねー!」
セルシルが腰から悪魔の剣を抜くと、フィオーレが馬から降りてレイピアを構える。白嶺大熊が左右の爪を交互に振り下ろしセルシルに迫ると、馬と一体化した様に飛び跳ねて器用に避ける。
そして伸びきった白嶺大熊の腕に悪魔の剣で斬りかかると、フィオーレがその攻撃に合わせて手の爪の付け根を狙いすまし体を横回転させながらレイピアを踊るように斬りつける。
すると斬り飛ばされた爪先が上空へと飛んで行く。
「グガッ……グガァアアアア!!」
絶対的な【守備】を自信にしていた白嶺大熊が久しぶりに感じた痛みにのたうち回る。
フィオーレの攻撃が効いたのはセルシルの装備する【死神の鎧】の持つ特性で技能【宵闇剣】のお陰である。効果は相手の【守備】【魔防】を半減させるという恐ろしい技能で、セルシルの攻撃に合わせ一撃を加える事で【守備】が半分の状態で相手にダメージを与えられる。
「こんなでっかい魔獣でも、指1つだけならこのレイピアでも斬れるってこと!」
「さすがフィオーレどん、狙いもばっちり!頼りになるっぺ!」
「ふ、2人共凄い……」
フィオーレとセルシルの見事な連携攻撃にリフィスが驚嘆していた。阿吽の呼吸が無ければセルシルの【宵闇剣】は本人だけの攻撃になる。そこにフィオーレの攻撃を合わせる事で相乗効果を発揮させていた。
痛みにのたうち回った白嶺大熊が息を荒くし、口から涎をぼとりぼとりと落とし、フィオーレとセルシルの事を最大限に警戒を始める。すると爪の攻撃では同じ反撃を受けると判断したのか、再び4本足立ちになり突進の兆しを見せる。
「フィオーレ、セルシル、突進が来るぞ!さっきそれで僕らはやられたんだ!」
「リフィスくん、助かるっぺ!」
「ぺっ、やれるもんならやってみろってーの!」
リフィスの言う通り、白嶺大熊が勢い良くフィオーレとセルシルに向かって突進するが、ひらりと躱される。
「突進と分かればどうって事ないっぺ!」
「踊り子に当てようなんざ、100万年早いっての!」
「……2人共、何か様子が変だ!気を付けてくれ!」
突進を避けられた白嶺大熊が止まる事無く、円弧を描く様に体を反転させると再び突進して向かって来る。そして躱される度に同じ事を繰り返す。
「ま、まさかこいつ、俺とフィオーレどんの連携をさせない為に突進を続けるつもりだっぺか!」
「これじゃあ、いつまで経っても倒せないじゃない!」
「学んでいるんだ……同時に攻撃されなければ問題の無い事を」
白嶺大熊はフィオーレとセルシルの同時攻撃を一度受けただけで体で覚えていた。そしてすぐに対策として動き続ければ同時攻撃をやり難いとも理解をしていた。超獣化した魔獣らしい知恵の働かせ方である。
「くそ……大人しくしろ!」
リフィスが突進を続ける白嶺大熊に向かって、苦し紛れに銀の槍を突き出すと穂先が白嶺大熊の横腹を大きく斬り裂く。リフィスの横を抜けて後方に転がった白嶺大熊が痛みにのたうち回り始める。
それを見ていたフィオーレとセルシルが驚いていたが、一番驚いていたのは攻撃をしたリフィス自身であった。
「ぼ、僕の攻撃が効いた?」
「う、嘘だっぺ?俺の技能【宵闇剣】は使って無い筈だっぺ……」
「何よリフィス、あんたやるじゃん!私達より【力】があるのに隠してるなんてさ、私達を試したね!」
「い、いや……これは僕の【力】じゃない……誰かの凄まじい【力】を感じるんだ」
先ほどまでは何度もリフィスが銀の槍で突いても、白嶺大熊の【守備】を超える事はなかった。虚しく跳ね返される音だけが響いていた筈であった。
不思議に思っていたリフィスも自分の腕を見て異変に気付き始める。薄らと黄色に輝くオーラが体を包み込んでいたのだ。オーラはリフィスの足元から村を包み込むように地面に広がっていた。まるでアエク村だけが光に照らされた形だ。広がった光がリフィスの足元から体へ集まって行くと黄色の輝きをより増して行く。
そしてリフィスが体内に想像を絶する【力】が取り込まれて行くのを実感すると頼もしい顔付に変化していく。
「フィオーレ、セルシル……すまないけど、ここは僕に任せてくれないか?」
「何言ってんの、さっきの攻撃はたまたま効いたけど、次は効かないかもしれないじゃない!」
「……フィオーレどん、ここはリフィスくんに譲るっぺ、なんか彼なら出来る気がして来たっぺ」
「セルシルまで……どうなっても私、知らないからね!」
セルシルに説得されたフィオーレが一緒にリフィスの後ろへと下がって行く。横腹から血を流しながらもまだ余力のある白嶺大熊が、痛みをこらえて4本足で立ち上がるとリフィスを睨み付けるように見つめる。絶対に生かしておかないと言った目付きだ。
その目付きに負けずにリフィスが腰を落とし銀の槍を両手でしっかり握ると白嶺大熊に穂先を向ける。
「なぜか分からないけど、僕の体から力が湧いてくるのが分かる。白嶺大熊、お前はこの僕が倒す!!」
「グゴオオオオオオオーーーーーー!!!」
白嶺大熊がリフィスの言葉に応えるように吠えると勢い良く突進を始める。しかし今までとは違い、突進の勢いが付いたまま両手を広げて覆いかぶさるように大きな口を開いて噛付こうと飛びかかって来る。白嶺大熊の全身全霊を込めた一撃である。
巨大な鋭い歯がリフィスへ迫ると、銀の槍を両手でしっかり後ろへ引き、白嶺大熊の口へ向かって一気に突き出す。
「槍奥義【流星突!】」
突き出した銀の槍の穂先が黄色のオーラをまとい流星のように鋭い閃光となって白嶺大熊の開いた口へ突き刺さる。その勢いは口を貫通し、放物線を描いて後方に見える森にまで届いていた。凄まじい破壊力で森からは木の倒れる音が聞こえて来る。
口を貫かれて頸椎を断たれた白嶺大熊が意識を無くし、そのままの勢いで覆い被さるようにリフィスへもたれかかって来る。
「リフィスくん危ないっぺ!」
「ぼーっとしてんじゃないわよ!」
フィオーレとセルシルがリフィスの外套を引っ張り後方へ逃がすとリフィスが尻餅をつく。目の前で白嶺大熊の巨大な体が地面にうつ伏せに倒れ込み体を痙攣させるとしばらくして力尽きる。
白嶺大熊の倒れた姿を見て、銀の槍を握ったまま座り込むリフィスが呆気に取られていた。まだ自分が倒したという実感が無かったからだ。
「ほ、本当に僕がやったのか?あの白嶺大熊を?」
「凄いじゃない!最初はなよっとした男かと思ったけどさ、やるじゃん!」
「見事な技だっぺリフィスくん、さすがコスモ師匠から訓練を受けてただけの事はあるっぺな!」
フィオーレとセルシルの称賛の言葉でようやくリフィスが白嶺大熊を倒した事を実感し始める。震えた手で銀の槍を強く握り締めて、勝利の味を噛み締めていた。
そこへ南門に隠れていたコスモが物凄い勢いで飛びかかるようにリフィスへ抱き付く。
「よおおおおおおおくやった!リフィスゥーーーーーー!!」
「ぐはっ?コスモ?なんでここに?」
「お前はやれば出来るって俺は信じてたぜ!!うりうり!!」
「ちょ、胸が当たって息が……もがもが……」
リフィスの勝利が嬉しくて仕方なかったコスモがリフィスの頭を胸に挟みしっかり抱き締めていた。最初の頃に出会った情けなかったリフィスがここまで成長したら、コスモでなくても嬉しく感じるところだ。
近くにいたセルシルが馬から降りて羨ましそうにその様子を見ていると、フィオーレが肘でセルシルの脇を小突く。超獣化した白嶺大熊の討伐が達成され、やっとアエク村から危機は去って行った。
しかしリフィスがコスモの胸から脱出すると、一緒に戦っていたレシェナとパフィ、ジュリーダンが重傷である事を伝える。
「ぷはっ!コスモ!それよりもパフィ達がやられてるんだ!すぐに助けないと!」
「それなら大丈夫みたいだぜ?ほら、あっちを見て見ろ」
コスモの指差す方向を見ると、なんと山賊のガザイクと仲間達が【きずぐすり】を使ってパフィとレシェナ、ジュリーダンを治療している。フィオーレとセルシルが応援に駆け付けた時に、【竜篭り】から出て隠れて様子を見ていたガザイクがパフィ達を安全な場所へ避難させていた。
自分より年下の若者があの恐ろしい白嶺大熊に立ち向かっているのだ。何もせずにいられなかったガザイクは、せめて倒れたパフィ、レシェナ、ジュリーダンだけでも救おうと動いていた。大人の意地というものである。
それを見たリフィスが立ち上がると、ガザイク達の方へ向かって歩き出す。その姿に気付いたガザイクが仲間を呼び集め、ガザイクを先頭にして土下座をして頭を下げる。
「リフィス様……俺たちの命を救って頂きありがとうございます!食われていった仲間の仇も取って頂き、俺は、俺は……」
「何、お礼を言うのはこっちだよ、えっと……」
「ガザイクって言うケチな山賊です!重傷だったご友人達はしっかり治療しましたので、安心してください」
村人達から受け取った【きずぐすり】を使っていたようだ。ガザイクの後ろで年配の村人達が笑顔で手を振っている。すると、ガザイクが再び頭を下げ自分の処置について言及を始める。
「あの狂暴な白嶺大熊を倒したお姿に俺は感動しました!しかし山賊としての罪を償わなきゃなりません……俺はこいつらのまとめ役、なのに仲間も見捨てて逃げた外道です……俺はどうなっても良い、こいつらだけは軽い罰にしてやって下さい!」
「か、頭……あんたは嫌々まとめ役を引き受けてただけじゃねえか……」
ガザイクの申し出にリフィスが困った顔になるとコスモに視線を向ける。しかしコスモの顔は嬉しそうな顔で見つめ返すだけであった。自分で決めろ、そう言っているようにも見えた。そして村長にリフィスが問い掛ける。
「村長、この者達の行動はどう感じたか、屈託のない意見を聞かせて欲しい」
「そうですな……村人を避難させる時も非常に丁寧に誘導をしていましたし、なによりも私達の止める言葉も聞かず、危険を承知の上で外へ飛び出したのです。山賊をさせるには惜しい男達かと」
「そうか、分かった……」
村長の意見を聞いたリフィスが頭を下げ続けるガザイク達に沙汰を伝える。
「山賊ガザイクとその仲間達、あの恐ろしい魔獣の白嶺大熊に執拗に追われた事は罰を受けたと言っても良いだろう、その上でアエク村の住人となり助けになるならば、お前達の罪は無いものとする!受けるか?」
「俺達はリフィス様がいなけりゃ、とっくにこの世にいません!喜んでお受け致します!」
バンディカ帝国の信条である、投降する者には寛容であれ。それを地で実行したリフィスの判断にガザイク達が心服していった。
すると年配の村人達から「良かったねえ」「頼りにしてるよ」などの言葉がガザイク達にかけられる。その言葉はガザイク達にとって今まで感じた事の無い温かい言葉であった。
その後はコスモが隠し持っていた【ヒールの杖】を使って、パフィ、レシェナ、ジュリーダンを完全に回復させる。そして村長の家の中へ移すと暖を取って夜を明かす事にした。
翌朝、朝早くからガザイク達が村人の手伝いで村の壊れた門の修理を始めていた。そしてリフィス達は村長から依頼完了のサインを受け取るとアエク村を後にする。
パフィは元山賊ディグダの隠れ村へ戻って任務を続け、フィオーレとセルシルは一緒になって先に商業都市ウキレアへ帰って行った。帰りの道中では、コスモとリフィス、レシェナとジュリーダンだけとなり、昨晩の白嶺大熊について大いに語り合っていた。
「私が気を失った後、リフィス様があの白嶺大熊をやっつけたんですか!」
「信じられねえよ、あんなでっかい熊を倒すんだもんな……」
「僕だって今も信じられないよ、まさか僕があんなに大きな魔獣を倒すなんてね」
「でも本当に良かった、突進を受けた時はもう駄目かと思いましたから」
「本当だよなレシェナさん、俺も一瞬だけあの世が見えたからな」
3人が白嶺大熊と戦い生きている事が奇跡と会話をしながら歩みを進めていた。そしてリフィスが心配そうな顔で後ろから付いて来るコスモを振り返る。
「あ、あのコスモさ……本当にそれ持って帰るの?アエク村に置いていった方が良かったんじゃないかな?」
「嫌だ、絶対に持って帰る!そんで皆にリフィスが倒したんだって自慢するんだ!」
「よ、良く持てるね……僕には一生無理だよ」
コスモは両腕を上げ、あの巨大な白嶺大熊の亡骸を持ち上げて歩いていた。村を出る前に何度もリフィス達が説得をしたのだが、頑なにリフィスの勝利の証と言って言う事を聞かないのだ。
コスモにとって教え子の初勝利の獲物だ、何が何でも皆に見せ付けてやるという親心のような気持ちであった。
大きな獲物であったがコスモの驚異的な【力】のお陰で歩みは遅れる事無く、陽が暮れる頃には商業都市ウキレアへ到着する。
コスモの持ち上げていた白嶺大熊を見た商人や冒険者、町民達がこぞって集まって来る。人だかりの中を歩きながら、コスモが大きな声で喧伝を始める。
「この白嶺大熊を倒したのはジョストン領、領主リフィス様だ!いいかリフィス様だぞ!<インペリアルオブハート>の称号を持つコスモがこの目で見たんだ!この事を他の国に広めてくれよな!はははははは!」
「あのリフィス様が……本当か?」
「しかし<インペリアルオブハート>の称号を持つコスモ様が言っておられるのだ、まず間違い無いだろう」
「あれだけ、巨大な白嶺大熊を見た事が無い……本当なら英雄級の力を持つ事になるぞ」
周りからはコスモの言葉に対して疑問を持つ者や、納得する者、そして白嶺大熊の巨大な体を見て感嘆する者がいた。その者達の口から他の者へと伝わり、一気にウキレア中に噂が広まって行く。騒がしい中でリフィスは顔を真っ赤にして俯いていた。
「や、止めてくれコスモ、僕は凄く恥ずかしいぞ……」
俯きながら恥ずかしがるリフィスをよそにコスモが声を上げて、リフィスの武勇を知らしめるように宣伝する。それは少しずつだが【無能のリフィス】という不名誉な二つ名が消え去る切っ掛けとなって行く。
そして仕事斡旋所へ入ると、依頼の報奨の他に討伐報奨として金貨100枚を受け取る。通常個体の白嶺大熊は上級冒険者が10人以上集まってやっと倒せる魔獣で、その報奨金も高額に設定されていた。
引き渡した白嶺大熊の亡骸はコスモの願いもあって、貴重な臓器や肉を取り出した後に討伐をした証として全身の毛皮を残す事が決まる。仕事斡旋所が抱えている解体屋が噂を聞き付け、久しぶりの大仕事に嬉しそうに作業を始めて行った。
腕に自信のある冒険者達が集まっている中で、討伐をしたリフィスに羨望の眼差しが集まっていた。冒険者は腕っぷしの強さが何よりも重要で完全実力主義である。そしてリフィスがジョストン領の領主である事を知ると更に驚いていた。
「貴族の領主様がなあ……リフィス様よ、こんだけの大物を仕留めるには、ここに居る俺達でもかなり厳しいぜ!」
「いや、僕の力だけじゃないんだ。仲間の助けもあったし、それで何とか討伐出来たんだ」
「おい、聞いたかよ、これだけの大物仕留めて謙遜するなんざ、大したもんだ!」
「そこはもっと自慢して良いんだぜ領主様!はははははは!」
囲っていた冒険者達が謙遜をするリフィスを見て、もっと喜んで良いんだと笑いながら称賛していた。それを離れた場所から見ていたコスモが上機嫌でにこにことしていた。冒険者達から認められるには圧倒的な実力を見せる事、それが何よりも大事である。
白嶺大熊の襲撃は実戦訓練としては想定外であったが、結果的にはリフィスの名声を高める事に一役買った形になっていた。
リフィスが冒険者の囲いから抜け出すとコスモ達と一緒に自分の屋敷へ帰って行く。
屋敷に到着して扉を開けると目の前には涙を流して立ち尽くす軍師のグストと、にんまりと笑う軍師のエーシンが待っていた。
「お、おいグスト、どうしたんだ一体……」
「坊ちゃん……いえ、リフィス様!このグスト、長くジョストン家に仕えて参りましたが、今日ほどリフィス様を誇らしく思った日はありません!本当に立派に成長なされた……うっうっ」
「何、グスト殿はなリフィス、お主の成長に感動しておるのだ。あの白嶺大熊はこの辺りでは山の主と言われる位に恐れられている魔獣、コスモの手助け無しで討伐した事は英雄級の活躍と言っても差し支えないだろう」
「エーシン先生……僕は、僕は本当に成長したのでしょうか、まだそんな実感がしないのです」
「そのような事をな、東の国では麒麟児の片鱗と呼ぶのだ。人には稀に隠された力が思わぬ場所で発揮される事がある。それが自分の力なのか、自問自答して確かめて行く、その段階にお主は居るのだ」
「麒麟児の片鱗……」
「焦る事は無い、閉じた蕾が太陽の力を得て開き始めるようにその実感も次第に感じて来るだろう」
導くような優しい口調でエーシンが諭すと、リフィスが自分の両手の平を見て考え込んでいた。屋敷の扉から全員で会議室へと移動すると、コスモ達を椅子に座らせ教壇に立つエーシンが泣きじゃくるグストに今後の予定について話をするように促す。
「ではグスト殿、打合せした通りにこの後の予定をリフィス達に話してくだされ」
「恥ずかしい所を見せてしまいましたエーシン殿……リフィス様、そしてコスモ様、今回の白嶺大熊で十分な実戦訓練が達成されたと判断して、予定を前倒しで進めたいと考えています」
「まあ、実戦訓練としたら最高の結果だ、それには俺も異存はないな」
「その予定とは一体何なのだグスト」
リフィスの問にグストが顔を一段と引き締め答えていく。
「北方連合国との外交、つまりは私達が仲介役としてバルドニア王国、グーラグラン王国を除く国々と協力関係を結ぶのです!」
コスモによる教育はすでに達成されたと判断したグストとエーシンが次の段階へ駒を進めていた。それが北方連合国による対バルドニア王国の同盟である。バンディカ帝国の皇帝ウェイリーもバルドニア王国に匹敵する軍事力を持つ国があれば、北方連合国は安定すると考えていた。
もちろんエーシンもグストもそれが最も重要且つ、達成しなくてはならない条件である事は分かっていた。だがその外交を行う際に一番の問題がある事をリフィスは理解していた。
「ちょっと待てグスト、僕達は帝国側の人間なんだ、同盟を結んでいるバルドニア王国に敵対するような同盟を組めと言っても、相手は信用しないんじゃないか?」
「もちろん承知しております、恐らくこちらの言葉は信用はされないでしょう、しかし、人とは顔を合わせると相手の懐を探るもの、それが国の王ともなれば、より真剣に見定めなくてはなりません」
「つまり、顔合わせするだけ……という事か」
「その意味合いもありますが、大事なのは本気で協力関係を結ぼうとさせる真実味です。良いですかリフィス様、本気である事を相手に伝えるのです」
外交の場では、友好関係であれば何気無い日常会話に互いに恩恵のある話を、敵対関係であれば虚勢の張り合いに相手に不利益になる言葉で脅し駆け引きをする。この結果によって国の王達は今後の国全体としての方針を固めて行く。
その方針に一石を投じるように持って行く事が、グストの言っている外交の目的である。
「リフィス様達が訓練を行っている間に、私が北方連合国の各国に書状を送りました、返事が戻って来たのはスーノプ聖国、リンティス魔導公国だけです。聖竜アルティリア共和国からは返事はありませんでした……」
聖竜アルティリア共和国はスーノプ聖国の西側、リンティス魔導公国の北側に位置する国である。
ちょうどジョストン領の対角の位置に存在する。邪神竜との戦いで竜人でありながら敵対した伝説の竜人、聖竜ティンキーの出身地でもある。聖竜ティンキーを崇める人々と生き残った竜人達が集まる自然豊かな丘陵地帯と山岳地帯で、今はトルガーマ総督が国をまとめている。
他国とは争いになった事は無いが、竜人で編成される軍は北方連合国の中でも一目を置かれていた。
「聖竜アルティリア共和国から返事が無いのは厳しいところですが、スーノプ聖国はいつでも場を設けると返事を頂いております。すぐにでもスーノプ聖国に向かって頂きたいのです」
「……分かった、今日はもう遅い明日の明朝に出立するようにしよう。グストとエーシン先生も準備を頼む」
「そ、それがその……リフィス様、私共は一緒に付いて行けません……」
「何を言ってる、外交の場なら軍師を連れて行くのが当然だろう」
「……うっ、そ、それは……」
「グスト殿の口から言うには辛かろう、拙僧が代わりに理由を話そう」
国との交渉の場に軍師が居ないのは不自然だとリフィスが指摘をするが、グストが辛そうな顔をして言葉を濁らせていた。そこでエーシンが前に立ちその理由を説明する。
「戻って来た書状にはな、冒険者のコスモが来るのであれば交渉に応じると書かれていた。恐らく冒険者という中立の立場で帝国とも繋がりの深いコスモならば話す価値があると考えたのだろう。そして最後の条件に、付き人は1人のみを認めると書かれていた」
「何だよそれ、まるで俺が居ないと話に応じないって言ってるようなもんじゃねえか」
「ちょっと待ってくださいエーシン先生、という事は僕は……」
「うむ、領主のリフィスはあくまでもコスモの付き人という立場、スーノプ聖国の王から話す価値が無いと見られておる」
すでにジョストン領に有名な冒険者コスモが居る事は他国にも知られていた。コスモとならば有益な話が出来ると見込み、グストの書状に応じていた。
そしてリフィスはカイネル王に良いように使われている【無能のリフィス】として他国の王達には認識されていて、交渉相手として信頼も信用も全く無い状態であった。グストが辛そうな顔をしていたのも分かって来る。
「しかし今回の外交はリフィス、お主がやり遂げなければならぬ。他国の王は本当のお主を知らん、存分に見せ付けて交渉を進めるのだ」
「……昔の自分を悔やんでも仕方ないですね。分かりました!僕はコスモと向かいます!」
「うむ、リフィスももうしっかりとしたおのこの顔だな!……そしてコスモ、良いか?相手は国の王だ、下手な探り合いはせんで良い。お主の得意とする素直な心で交渉に臨むのだ、良いな」
「俺にはそれしか出来ないからな、リフィス、やばい事があったらそん時は助けてくれよ」
「僕がコスモを助けるか……それも面白いな!」
いつも助けられていたコスモに助けを求められる、リフィスはそれが嬉しくてたまらなかった。どんな交渉になろうとも、必ずコスモを助けて同盟を結ばせようという気持ちが一層強くなって行った。
続けてグストが返事のあったリンティス魔導公国について話を進めていく。
「次に返事のあったリンティス魔導公国ですが、こちらもコスモ様が交渉に来るようにと条件が提示されています、しかし国内で騒動があってすぐには交渉が行えないと書かれていました」
返って来た書状にはリンティス魔導公国の国内で騒動が起こったと書かれていた。詳しい内容は書かれていないが、エーシンには心当たりがあった。
「その騒動だが、恐らくカイネル王による策略と見て良い、リンティス魔導公国は元はバルドニア王国から独立した新興国、カイネル王が最初に取り戻したい国でもあるのでな、まず間違いは無かろう」
リンティス魔導公国は元バルドニア王国の貴族であったクリマ・リンティスが興した国である。そうなった経緯は先代バラント王の亡き後、カイネルの方針によって【ペガサスライダー】部隊の廃止を決めた事にあった。
女にしか乗れない事と、上位互換である【ドラゴンライダー】部隊に統一する事で戦力の増強を狙っていたからだ。カイネル王が女を見下していたのはこれが理由だ。
しかし【ペガサスライダー】の中にも貴族は存在し、その夫である風魔法の名手と謳われていた貴族クリマ・リンティスが旗頭となってカイネル王に反旗を翻す事になったのだ。
最初は交渉で説得を試みるが、強硬なカイネル王はそれを拒否し武力によって制圧を始める。しかし【ドラゴンライダー】に特効のあるクリマの持つ風の上級魔法書【ヴォルテクサーの書】によって阻まれていた。
互いに多くの犠牲が出た為、以降は膠着状態が続き今に至っていた。
「これはグスト殿とも話したのだが、リンティス魔導公国については返事を待つ必要は無い、スーノプ聖国の交渉が終わり次第、すぐに向かうのだ。何せそこには対バルドニア王国に必要なものがあるのだからな」
「となると……クリマ公が持つ有名な風の上級魔法書【ヴォルテクサーの書】の事ですか?」
「リフィス、それは違う。バルドニア王国にあって我々には無いものだ。それが2つもあるのだ」
「ふ、2つもあるんですか?」
「そうだ、まず1つはペガサスの産地である事、もしコスモが騎乗できるペガサスがいれば、天地人の条件が満たされる」
以前リフィス達がエーシンから習っていた天地人の条件、天に見守られ、地の恵みによって、人は生きている、天と地が同等の力が無ければ人、つまり国を治めるのは難しいという話である。
ジョストン領は地と人の条件は満たされていたが、天だけはどうにもならなかった。しかし英雄級の能力値を持つコスモがペガサスに騎乗出来れば、天を制すという事になる。
「確かに俺が空を飛べたら、バルドニア王国の竜騎士達には好きにはさせねえ……しかし【ペガサスソードアーマー】ってのも何か響きが良いな、むふっむふふ……」
「後、もう1つはオルコン鉱石、別名【キングストーン】と呼ばれる鉱石だな、それが最近リンティス魔導公国内で鉱脈が見付かったのだ」
「オ、オルコン鉱石!リンティス魔導公国にもあったのか!」
地方都市カルラナの鍛冶師ミリットが言っていた、オルコン鉱石よりも高い強度を誇る鉱石である。
コスモの盾に使用されているのはミスルン鉱石で以前の戦いでは、魔剣によって切り裂かれていた。その事を不安に思っていたコスモにとって朗報であった。それと同時になぜそんな事をエーシンが知っているのかコスモが疑問に思っていた。
「というかなんで、エーシンがそんなことを知ってるんだ?」
「これはグスト殿が得た情報だ。なんでも贔屓にしている商会から聞いたそうな……」
「コホン、そこは私が話しましょう。いつも当家を贔屓にしてくれている【ラムセイ商会】の会長が教えてくれたのです。ラムセイ会長はリンティス魔導公国の出身、その伝手で情報を手に入れたのです」
グストが誇らしげに説明をしてくれる。どうやらエーシンとの打ち合わせで重要な事柄と褒められた事が相当嬉しかったようだ。
「それさえ手に入れば、リフィス、お主の神器と代わりになる立派な武器が造れるだろう」
「新しい槍か……それさえあれば……」
「俺にも余ったらほんの少しだけでもいいから、譲ってくれると嬉しんだが……」
「もちろんコスモ、手に入ればお主にも装備を強化してもらう、そうなれば大陸でもっとも硬い空駆ける女子、空飛ぶ城塞となろう」
「う、うーん、空飛ぶ城塞か……何か酷い例えだが、まあ今以上に強くなるのは間違いないな!」
「レシェナとジュリーダンには2人には直接関係は無いが、コスモとリフィスが外交に行っている間は、拙僧の手足となって働いて貰うぞ」
「もちろんですエーシン先生。そうすればエシェラント兄様の役に立ちますものね」
「レシェナさんがそう言うなら俺も喜んで協力するぜ!へへっ」
こうしてコスモとリフィスがスーノプ聖国との協力関係を結ぶ交渉に向かう事になった。だが残された時間はあと僅か、その時間を無駄にしないようにとコスモとリフィスが旅支度を始めると、グストとエーシンは商業都市ウキレアでバルドニア王国の動きに対抗する準備を始めて行った。
ここまで読んで頂きありがとうございましたワン!




