第88話 超獣化
・コスモ(女)
元騎士団の39歳のおっさん冒険者
職業は【ソードアーマー】
領主騎士団時代に負傷した右膝を治す為に飲んだ森の魔女の秘薬、万能薬の効果により39歳のおっさんモウガス(男)から見た目が20歳前後のコスモ(女)となる
上皇アインザーによって<インペリアルオブハート>の称号を得るが、それを象徴するハート型の盾と共にビキニアーマーがますます外せなくなる、ある意味呪われた装備と化していた
ベイト村をディグダ達が襲っていた事情をコスモが理解すると顔をすっきりさせる。冒険者のフィオーレ達が言っていた賊のやる気の無さというのは、ジョストン領の返還を遅らせる為にディグダ達がわざと逃げていたからだ。
賊による襲撃という事実があれば、仕事斡旋所にも依頼が無くならない上に、治安の安定化が果たされていない事を理由にジョストン領の返還を断る事もできる。やり方としては強引ではあるがそれはカイネル王も同じ事である。
すると家の扉から叩く音が聞こえてくる。
コンコン……
「あのコスモさん、お知らせしたい事が……」
「どうしたんだディグダ、中に入ってもいいぞ」
「では、失礼して……」
扉を叩いていたのは村の長である山賊のディグダであった。銀の弓を背中に携えた若い青年を連れて家へと入って来るがその表情は曇っていた。何か思わしくない事が起こったようすだ。
「実は、こいつが魔獣の狩りに出ていた時に賊の集団を見かけたようでして」
「賊の集団?それはこの村の者じゃないって事か?」
「はい、コスモさん、昨日の事なんですが俺が見たのは盗賊、山賊、海賊が混じった集団でした。どうも足取りもフラフラとしていて、何かに追われているみたいでまともな状態じゃなかったんです」
「数はどのくらい居たんだ?」
「それが……ざっと50人程……」
「50人……おい、パフィ、そいつらに依頼はしていないよな」
「はいー、私が依頼したのはーディグダさんの所だけですー間違いないー」
賊の集団は50人程、パフィの依頼を受けていない所を見ると、帝国領から逃げて来た賊である事は間違いない。だが問題は賊達が向かっている方向であった。
「しかも、そいつらがアエク村の方に向かっているんです」
「アエク村……アエク村だって!」
リフィス達が向かった村の名が【アエク村】であった事をコスモが思い出す。そしてアエク村はベイト村から雪道を歩いて2日程の場所にある。
50人の集団ともなると、流石にリフィス達だけでは荷が重い、本当ならば隊を編成して対処しなければならない事案である。
商業都市ウキレアに常駐しているバルドニア王国の竜騎士は30騎程、それに頼っても良いが森に囲まれた山で捜索させるにしても長時間の飛行はできないので捜索にも時間が掛かる、かと言って今から他の冒険者達に助けを求めてもアエク村に到着するまで時間が掛かる。どう考えても今から援軍を呼んでも間に合わないのだ。
アエク村に向かって進む50人の賊をどう対処するかコスモが必死に頭を悩ませていた。すると商業都市ウキレアの仕事斡旋所で出会った冒険者フィオーレとセルシルを思い出す。セルシルの騎乗する馬は特別でコスモと同等の速度で走る事ができるのだ。
そしてすぐに椅子から立ち上がるとパフィに自分の考えを伝える。
「これから俺は商業都市ウキレアに戻って、ある冒険者に援軍を頼む、パフィ、悪いがその賊達の後を追ってもらえないか?」
「……本当は任務以外の事は受けないようにしていますー、ですが陛下からコスモさんのお願いなら聞いて上げなさいって言われているのでー追う事はできますがー……始末します?」
パフィの体から異様な殺気が漏れ始める。可愛らしい見た目に似合わない殺気にディグダと若者が唾を飲み込み背筋を凍らせていた。
だがコスモはその殺気を気にする事無く返答する。
「そこまではしなくていい、できればアエク村に居るリフィス、レシェナ、ジュリーダンって奴を助けてやって欲しい」
「あーなるほどー例の件ですねー分かりましたー教育の一環として私が先生になりますーえっへん」
「相変わらず飲み込みが早くて助かる、ディグダ達も念のために村の周辺を警戒していてくれ、この件が片付き次第、山賊の振りを再開していいからな!」
「安心してくれ!こう見えても俺はコスモさん以外に負けた事がねえ!アエク村には物々交換で良く世話になってるから助けてやってくれ」
「おう、任せておけ!じゃあ、皆頼んだぞ!」
方針が決まったコスモが空き家を飛び出すとディグダの隠れ村を駆け抜けベイト村へと向かう。すでに道は分かっているのでベイト村の村長に事情を話してから依頼完了のサインを貰うと、急いで商業都市ウキレアへと戻って行った。
~
その日の夕暮れ時、天気も良く予定より早くアエク村に到着したリフィス達が村長の家を訪れていた。暖炉には火が灯され部屋にはその熱気が籠り暖かい。羊毛で編まれた帽子を被った年配の村長が、リフィスに襲ってくる賊について説明をしていた。
「……という事でして、最近は賊の襲撃もめっきりと減ったのですが、村人から不安の声がありましてな、それで念の為にと仕事斡旋所へと依頼をしたのです」
「そうでしたか、村長の言う通りここに来るまでは賊の襲撃も無かったので、本当に減って来てるかもしれませんね」
「何も無い事が一番良いんですけど……」
「何もないならさ、美味い飯でも作って村の人に振舞おうか?」
アエグ村に向かう道中、リフィス達は賊の襲撃にも備えてはいたが結局襲われる事は無かった。バルドニア王国の常駐軍や噂を聞き付けて集まっていた、凄腕の冒険者達によって賊はほとんど討伐されていたのだ。今回の依頼もアエク村の村人が冬を越すまでは警戒しようと念を押して仕事斡旋所へ依頼していた。
しかしリフィスは不謹慎ながらもこれでは実戦訓練にならないと思っていた。戦場には出た事はあるが、実戦は全て他の大人達に任せリフィス自身は経験をした事は無い。人とは知らない事、経験をしていない事を不安に思い、余計に気を遣うものである。
そんな事を考えていると村長が懐かしそうな素振りで思い出す。
「しかし領主のリフィス様が来て頂けるとは思いもしませんでしたが、その御姿を見てあのキリアン様が再び現れたのかと思いましたぞ」
「僕のお爺様をしっているのか!」
「ええ知ってますとも、キリアン様がこの地を任されてからこの村にも来て頂きましてな、本当に生まれ変わりのようですぞ」
「そうか……私がお爺様に似ているか……」
ジョストン領の初代領主キリアンは神器【ゲイボーグ】の使い手で邪神竜を討伐した英雄の1人、リフィスの祖父に当たる。そのキリアンと出会った事がある村長がリフィスの顔を見て懐かしそうに微笑んでいた。
だがリフィスは内心複雑であった。自分は祖父のように神器は扱えないし、領主とは言っても現状を維持するだけで精一杯であった。偉大な祖父と比べられるとその事を思い出し、力不足の自分に悔しい気持ちになる。
その気持ちを紛らわそうとレシェナとジュリーダンに声を掛ける。
「2人共、賊の襲撃があったとしても夜になるだろうし、その間は村の手伝いでもして時間を潰そうか」
「分かりましたリフィス様、いつもの訓練も無いのでその代わりと言う訳ですね、ムキッ!」
「それじゃあー俺は夕飯時だし、熱くて美味いスープでも作って振る舞っておくよ」
「村の事をよろしく頼みますリフィス様」
リフィス達が村長の家を出て依頼であるアエク村の手伝いをしつつ依頼の村の護衛を開始する。レシェナは老婆に代わって勢い良く雪掻きを行い、ジュリーダンは民家の釜を借りて料理を始める。リフィスも老人から斧を受け取ると薪割りを始めて行く。
アエク村は小いさい村で周りを囲うように高い石垣が積まれている。門は北と南に設置され、門と門の間には大きな通りが整備されていた。煉瓦作りの家が8軒並び、村人が寒い中で薪割りや狩りで仕留めた魔獣の処理をしている。
そして村の中央部にある村長の家の横には古びた【竜篭り】が静かに佇んでいた。
リフィスが薪を割り終えると丁度ジュリーダンの作った野菜を煮込んだスープが村人に振る舞われる。和やかな雰囲気の中、アエク村がこの後に起こる災難に巻き込まれる事を知らないままに夜を迎えようとしていた。
~
「依頼お疲れ様です、コスモ様、流石、噂に違わず素早い対応で助かります!」
「あんがとよ、悪いが急いでるんでな!金は預かっておいてくれ!」
「は、はい、分かりました!」
商業都市ウキレアに陽が落ちる前に到着したコスモが受付窓口で依頼報告を終えると、仕事斡旋所を飛び出して急ぎ足でフィオーレの泊まっている宿へ向かっていた。
宿に到着すると勢い良く宿へ入り、勘定台に居た店主にフィオーレの部屋の場所を聞き出すと、足早に部屋の前に向かって扉を叩き始める。
ドンドンッ!
「おい、フィオーレ居るか!」
「えっコスモ?もう依頼が終わったの?」
部屋の扉が開くと驚いた顔でフィオーレが出て来る。今朝会ったばっかりなのに移動だけで1日かかるベイト村から日帰りしたのだ。しかしすぐにコスモの異常な力を思い出したフィオーレはすぐに冷静になって行った。スーテイン領では嫌と言う程にコスモの実力を見せ付けられたからだ。そしてコスモの慌てた顔を見ると只事では無い事を感じ取る。
「……コスモ、何かあったの?」
「お前の実力を見込んで頼む!……アエク村に行ってる若い冒険者の3人を助けてやってくれないか……」
「アエク村って、ここから歩いても1日掛かるよ!今から急いでも半日は掛かって夜中になるじゃん!」
「この通り、頼む!」
コスモが泣きそうな顔で拝み倒すようにフィオーレに懇願する。その光景に少しサゾっ気があるフィオーレがにやりと微笑むが、すぐにいつものコスモじゃないような気がして真顔に戻る。
「それだったら、コスモが助けに行けば良いじゃん、あんたの足ならここから数時間で着くでしょ?」
「……俺じゃあダメなんだ」
「はあ?意味分かんないんだけど?」
「俺が助けたら、あいつらは……いやリフィスは人に頼った人生を抜け出せなくなる……やっと1人で歩き出したんだ。その邪魔だけはしたくねえ、だから頼む!あいつらがやられそうになった時で良い、助けてやってくれ!」
「ちょっとコスモ、分かりやすく説明しなさいよ、私だって事情も分からないではいはい言う馬鹿じゃないんだからね!」
時間が無かったので端的にコスモが説明を始める。リフィスの教育を行っている事、仕事斡旋所の依頼が実戦訓練を伴っている事、アエク村に賊の集団が現れる予兆があった事、それを聞いたフィオーレが大きく溜め息を付く。
「まあ、大体分かったけどさ、本当に甘いよねコスモって、私なんか修行だーって言われて師匠から崖から蹴り落とされた事もあるのにさ」
「本当にすまないと思ってる。だけど頼れるのはお前しかいないんだ!」
「ふふっ、何て響きの良い言葉なの……あのコスモから頼られるなんて……超気持ちいい、えへへ……」
コスモの困る姿を見るのが人生の生き甲斐であったフィオーレが、大きく顔を歪ませ涎を流し邪悪な笑みを浮かべていた。そこまで気分良くされたらフィオーレも黙ってはいない。
「分かった、あんたに協力する。だけど、セルシルのあの馬鹿、あそこに行ってるのよねー」
「あそこって言うと?」
「決まってるでしょ、【ビキニパラダイス】よ」
「ぐっ……ウキレアにもあるのかよ……メデウス商会恐るべし……」
フィオーレの相棒である黒騎士セルシルは商業都市ウキレアにある【ビキニパラダイス】で遊んでいた。ここまで支店ができていたとは思っていなかったコスモが、歯ぎしりをしながら込み上げる怒りを抑えていた。
事情が分かったフィオーレが部屋へ戻り、厚手の外套と衣服に身を包み、細身の剣【レイピア】を腰に携えるとコスモと一緒に【ビキニパラダイス】ウキレア支店へと向かって行く。
「それではービキニ嬢のルーレットハグタイムを始めたいと思いますー!イエァ!」
「いんやーウキレアの【ビキニパラダイス】は積極的で、俺も大満足だっぺ!」
全身を茶色のローブに身を包む丸坊主の男の活気のある声に反応したビキニ嬢達が、席を入れ替わるように移動して客である男達の腕に抱き着いて回る。その積極的なサービスに髑髏の兜から覗く赤い目の光を輝かせセルシルは楽しんでいた。
ウキレアの【ビキニパラダイス】は最近できたばかりで、他の支店とは違うサービスを提供しようと努力をしていた。それがビキニ嬢が入れ替わりで男達の腕に抱き着くと言うギリギリの所を攻めたサービスである。
「ヨー、ヨー!セルシル様ー!楽しんでるー?」
「ドルベ店長、最高だっぺ!あんたは天才だっぺ、こんな事他の支店じゃあ思い付かないっぺ!」
「ヨー、ヨー!セルシル様が楽しいなら!私も楽しい!どんどんいってみよー!!」
店内に居た数人の演奏者が重低音ある曲を演奏すると、店長のドルベも曲に合わせて踊り始める。それをセルシルが楽しそうに眺めていると、両脇から腕を積極的に絡ませて来るビキニ嬢が現れる。
両脇から来るとは想定外のセルシルが赤い目を輝かせ、髑髏の兜の頬を赤く染めて行く。
「なんだっぺなんだっぺ!両脇同時に攻めて来るなんていやー天にも昇る気持ちだっぺ!でも……右側の子は胸の感触が無いっぺなあ……左側の子はやわっけーのに……」
セルシルが胸の感触を感じない右側を見ると見慣れた顔が見えて来る。その顔は殺意が籠っていた。
「胸の感触が無くて悪かったな!この野郎!」
「フィ、フィオーレどん!?なんでここに……」
「人生最後の願いが叶って良かったじゃねえか、左側には本物が居るぞ!」
「えっ?」
左側のビキニ嬢からそう言われたセルシルが恐る恐る左側を見ると、本物のビキニ嬢コスモが居た。しかもコスモは笑顔なのに顔中に青筋を立て怒っていた。こんな場所に来たくなかったのもあるが、大変な時に楽しそうにしているセルシルを見て物凄く腹を立てていた。
「随分楽しんでるじゃねえか、天にも昇る気持ちなんだろう?じゃあ、本当に送ってやろうか?あーん?」
「た、例えだっぺよーコスモ師匠ー、やだなーもう、はははは……」
コスモとフィオーレに両脇を抱えられたままセルシルが体を持ち上げられると、そのまま【ビキニパラダイス】を出て行こうとするが、そこへ店長であるドルベが立ち塞がる。
「ヨー、ヨー、ちょっと待ちなヨー!」
「ドルベ店長!」
思ってもみなかった救世主に常連のセルシルが髑髏の兜から覗く赤い目から涙を流し感動していた。しかし救世主では無かった。
「あの、本物のコスモ様ですよね?後で全然構いませんので、ご来店の記念としてコスモ様のサインを頂けないでしょうか……」
「ああ、事が済んだらいくらでも書いてやるよ!」
「あ、ありがとうございます!ではセルシル様、お店の為にぃーいってらっしゃいませ!」
「いってらっしゃいませじゃないっぺ!ドルベ店長ーーーーーーーー!!」
こうしてあっさりと見捨てられたセルシルが外へ連れ出されると愛馬の【宝船】に乗せられ、命の保証と引き換えにアエク村へと向かう事になった。アエク村へ向かう道中、セルシルの背後にいつものようにフィオーレが乗るが、その後ろから殺意の籠ったオーラを放ったコスモが後を追うように走って付いて来る。
訳の分からない状況でセルシルが泣き出しそうになりながら馬を走らせる。それを見てさすがに可哀想だと思ったフィオーレが事情を説明すると、泣き出しそうだったセルシルも落ち着きを取り戻し始める。
「フィオーレどん、目的は分かったけんど、到着はぎりぎりだっぺな!」
「そこはもう運に任せるしかないわね、あっと!この道を真っ直ぐね!」
「了解だっぺ!」
セルシルの愛馬【宝船】で移動する時はいつもフィオーレが案内役に徹する。セルシルは呪いの装備によって【方向音痴】の呪いが掛かっているからだ。そのお陰で2人はコスモと勝るとも劣らない移動速度で移動ができていた。
(頼む、間に合ってくれ……)
コスモが暗くなって来た道を走りながらリフィス達の身を案じて、アエク村を目指していた。
~
一方、アエク村に向かって移動する賊の集団に追い付いたパフィが木の枝の上からようすを窺っていた。隠れ村の若者の言っていた通り、盗賊、山賊、海賊の残党らしき姿が確認される。しかしその姿は異常なものだった。
(追い付いたは良いですけどー何で全員、必死な顔なんでしょーかー、まるで何かに追われてるみたいなー)
賊達は大人数でまとまり、何かから逃げるように急ぎ足で雪の積もった山道を歩いていた。夜中も行軍を続けていたのか顔色も悪く、足取りの遅い者はどんどんと置いて行かれる。何より賊達の衣服には所々に血痕が残っていた。
「はあはあ……た、頼む……置いて……置いていかないでくれ……はあはあ……」
「ぜえぜえ……ガザイクの親分、仲間がどんどん置いて行かれてます……もう少し……ぜえぜえ、速度を……」
「はあはあ……お前らは外から来たから知らねえだろうけどな、奴はどこまでも追って来る!はあはあ……もう少しでアエク村に着く、あそこの【竜篭り】ならさすがの奴も手出しはできねえ筈だ!……付いて来れないモンは諦めろ!」
ガザイクと呼ばれた男は苔色の頭巾を被り、年齢は中年程、太い眉に骨太な顔付きで筋肉質な体を魔獣で作った毛皮の派手な外套を纏っていた。ガザイクは元々ジョストン領の山を根城にした山賊であったが、流入してくる他国の賊のまとめ役を成り行きで引き受けていた。
しかしバルドニア王国の竜騎士達が常駐してから活動も制限され、冒険者達によって仲間達も少しずつ討伐されて行った。そしてやっと活動のしやすい待望の冬が訪れたのだが、そこである者から襲撃に遭っていた。
「ギャアアアア!!!……」
遠くの方から置いて行かれた賊の悲痛な叫び声が山彦になってガザイク達に聞こえて来る。その声を聞いた賊達は我先にと争うようにアエク村へ早歩きを始める。
パフィもその叫びを聞くと賊達が逃げている原因がそこにあると考え、木の枝を飛び移りながら叫び声の聞こえた場所へ素早く移動して行く。数分すると声のした場所へ到着するが、そこで恐ろしい光景を目撃する事になる。真っ白な雪の上に血だまりができていて、何かに引きずられた血の跡が森の中へ続いていた。
(まさか……これはー)
捕らえた獲物はその場で息の根を止められ、自分の縄張りへと持って帰る習性を持つ魔獣をパフィは思い出していた。過去にスーノプ聖国で【北国の狂犬】シャガリアンが率いる盗賊団を壊滅させた帰り道で、この習性を持つ魔獣に襲われた事があった。
今と同じ冬の季節で隠密行動していたパフィは都市や村には寄れず、山の中で野宿する場所を探していると、血だまりに引きずられた血の跡を発見する。最初は賊の仕業と考えたが足跡を見ると人間のものでは無かった。立ち止まって考えていると草むらの中から白い大型の魔獣が飛び出して奇襲をかけて来た。
なんとか反応して避けたが襲って来た魔獣の姿を見てパフィが息を飲む。白い大型の魔獣はこの辺りでは山の主と恐れられていた【白嶺大熊】であった。立ち上がると背丈も体の幅も腕を伸ばした大人2人分で【灰色熊】より遥かに大きい。
この時期は冬眠をしている筈だが、稀に血の匂いを嗅ぎ付け目覚めてしまう事があった。そうなると血の匂いが無くなるまで、目に見える物は全て自分の食料と認識して執拗に追って来る。
英雄級の能力値を持つパフィが白嶺大熊に立ち向かうが、その圧倒的な【力】【速さ】【守備】に苦戦を強いられる。最後は秘伝の猛毒を刃に塗り込んだ投げナイフが、白嶺大熊の目に刺さり辛くも勝利した。
(この足跡はー私が以前倒した白嶺大熊より大きい個体ー……思った以上にやばいですー)
そして今、同じ足跡を確認すると自分が出会った時以上の大きさがある白嶺大熊なのが分かった。賊は白嶺大熊に襲われて逃げていたのだ。パフィがこの事実を伝える為、急いでアエク村に向かって木の枝を飛び移り移動を始めて行く。
~
アエク村では森に面する北門の外にリフィスが銀の槍を持って歩哨として立って居た。南門は商業都市ウキレアへと続く街道がある。もし賊から襲われるとしたらこの北門以外に無いからだ。すでに空は暗くなり、無数の星達が輝きを見せていた。それを見上げ、近くに設置した焚火で暖を取りながら依頼の護衛を行っていた。
「ふうー……星空はいつも変わらないなあ……この星の数だけ僕に力があったら、また違った人生だったのかもな」
無数にある星が力強く輝きを放っている。その力を自分のものとすれば神器が無くても【無能のリフィス】とは呼ばれる事は無いと物思いに耽っていた。
レシェナとジュリーダンは民家を間借りして仮眠を取っている。夜中の間は4時間置きに交代する手筈になっていた。
北門から見える森は白化粧されていて、時たまに小動物の鳴き声が聞こえるくらいで静かなものであった。何事も無くこの護衛依頼も終わりそうだと、少し残念そうにしていると森の方向から人影が見えて来る。
「山賊か!」
リフィスが銀の槍を構えこちらに向かって来る人影を注視する。焚火の明かりでその姿が段々と見えて来ると、黒い厚手の装束に身を包んだ女の姿が見えてくる。その女もリフィスの手前5歩ほど離れた位置で立ち止まりこちらのようすを窺っていた。
「あのーもしかしてアエク村の護衛をされてる方ですかー?」
「そうだが、君は一体何者なんだ」
「そんな事より緊急事態ですー、あの白嶺大熊がこちらに向かって来ていますー村人に知らせて竜篭りに避難させて下さいー」
「何だって?あの白嶺大熊が来るって?」
ジョストン領の領主であるリフィスも白嶺大熊の存在は知っていた。幼い頃に軍師のグストから冬山の行軍で一番注意する対象として教わっていたのだ。普段は人の往来する道を避けて生活する臆病な性格だが、冬眠ができなかった個体は恐ろしく獰猛で執念深い、一個大隊が簡単に壊滅させられる力を発揮すると教わっていた。
しかしあくまでもそれは山の中での話であって実際に村を襲う事は今まで一度も無かった。
「嘘を付くな!僕を騙そうたってそうは行かないぞ!今まで一度も村を襲った白嶺大熊は居ない、そうやって賊を引き入れるつもりだろう!」
「違いますー!白嶺大熊はその賊達を追ってアエク村まで来てるんですー!恐らく山の中で討伐された賊の血を嗅ぎ取って冬眠から目覚めてしまったんだと思いますー」
白嶺大熊が村を一度も襲った事が無い、その認識を持つリフィスが余計に警戒してしまう。そこでパフィはなぜ迫って来ているのか、その原因は山の中で討伐された賊の血のせいだと推察するが、それが見事に当たっていた。
バルドニア王国から派遣されて来た竜騎士の部隊は山を飛竜に乗って飛び回り、逃げ惑う賊に集団で急襲し離脱するという戦闘を繰り返していた。当然、地形の入り組んだ場所で討たれた賊の亡骸を処理する者はいないので野晒しとなる。
今アエク村に迫って来ている白嶺大熊も、それが原因で冬眠から目覚めてしまったのだ。
「だとしても、証拠も無いのに村を騒ぎ立てる訳にはいかない」
「その証拠ですがー数分したら賊がこちらに向かって来る筈ですーそうしたらもうー時間は無いですよー」
「……分かった、だが、賊が本当に現れるまでは君もそこに居て貰う。これも村を任された者としての役目なんだ、分かって欲しい」
「分かりましたー貴方の言う事にも一理ありますのでー」
仕方なく説得を諦めたパフィがリフィスとの距離を保ったまま、森の方を心配そうに見つめる。リフィスもパフィのようすを見て冗談や嘘で言ってる訳では無いのは分かっていた。しかしすでに村人達は寝静まっていて、ここで混乱させれば慌てた年配者が転倒して怪我をする恐れもある。確実に襲って来るという事が証明されない限り、思い切った行動が取れなかった。
しばらくすると、森の方から木の枝が折れる音、草同士がぶつかる音が騒がしく聞こえて来る。そして森の方から村へ続く道へ転げ出るように賊達が出て来る。先頭を走っていたガザイクが後方を振り返りながら、必死な顔でアエク村を目指して走って来る。
「た、助けてくれー!白嶺大熊がそこまで来てる!」
「ほ、本当に賊が現れた!」
「さあもう十分確認しましたよね!早く村人達を避難させて下さい!!」
パフィが普段の口調を崩してまでリフィスに警告する。それ程までにパフィも切羽詰まっていた。リフィスも話の通りにやってきた賊を見て白嶺大熊の襲来が本当である事を理解する。なぜならガザイクを含めた賊達は全員武器を持っておらず隊列もバラバラ、足元をフラフラとさせながら体中に返り血を浴びていたからだ。
すぐにリフィスが北門の柱に設置されている鐘を鳴らし始める。その鐘の音で村人達が起き始めるが、レシェナとジュリーダンは一早く目覚めるとすぐに準備を整え北門へ向かう。これもコスモが寝静まった夜に稀に行っていた訓練の賜物であった。
北門の内側に着くと、勝手口から次々とガザイクを含めた賊が転がるように入って来る。そのようすを見てレシェナとジュリーダンが事態を理解できないでいた。そしてようやく、最後の賊が逃げ込むとパフィ、そして最後にリフィスが入って来て勝手口を固く閉ざし、門の内側に荷車や木材などを置いて補強を始める。
「どうしたんですかリフィス様、賊を入れ込むなんて!」
「そうだぜ、これじゃあ俺達が賊になっちまうじゃねえか」
「いいか2人共、急いで村長の所へ行って村人達を竜篭りに避難させるんだ!」
「2人共、聞いて下さいー外には白嶺大熊が居ますー門が破られるのも時間の問題ーさあ急ぐのですー」
レシェナとジュリーダンがリフィスとパフィの真剣な顔を見るとすぐに事態を飲み込み行動に移す。足の速いジュリーダンが村長の家に向かい事情を説明すると一緒に竜篭りの扉を開けに向かう。そしてレシェナが1軒1軒民家を回って村人達を避難させていたが間に合いそうにも無い。それを見たリフィスが震えて座り込むガザイク達に手伝うように指示をする。
「お前達、動けるなら村人達を竜篭りへ避難させてやってくれ!」
「ふ、ふふふざけるな!もう生き残ってるのは俺を含めて6人しかいねえんだ!白嶺大熊は今、食事中だ、この隙に逃げねえとやられちまう!」
「どの道、村人全員が竜篭りに入らない限り扉は閉めないぞ!そうしたらお前達も白嶺大熊の餌食だ!」
「く、くそったれ!こんな若造に脅されるなんて……おい、お前らさっさと村人を避難させるぞ!」
リフィスが叱責するような強い口調でガザイク達を説得すると、その気迫と白嶺大熊の迫る恐怖に押され民家に向かって行った。一気に人手が増えた事で民家から出てきた村人達がレシェナとジュリーダン、ガザイク達の助けで次々と竜篭りへ避難して行く。
そして北門の外側から物凄い獣の匂いと血の匂いが内側に居たリフィスとパフィの所まで漂って来る。匂いを感じてからすぐに北門を外側から叩き付ける大きな衝撃音が響く。
ドガァッ!バキバキ……
「あ、あの頑丈にできた門が一撃で割れるなんて……」
「いいですかーリフィスさんー絶対にあれの攻撃を受けたらダメですー大振りになった後に隙が生まれますーそこを付いて反撃するのですー」
「ああっ分かった!えっと、君は……」
「パフィと言いますー【アサシンシーフ】をしている冒険者の1人ですー」
「そうか、パフィ助力してくれる事を感謝する」
パフィが本来の職を詐称してリフィスに名を明かす。コスモの思いを汲み取りあえて普通の冒険者と偽った。
割れた門の隙間から白い姿が確認できる。門の高さは丁度、大人2人分はあるが上部の部分が破壊され白嶺大熊がそっと中のようすを窺うように覗き込んでいた。まるで自分の餌が何人居るか確かめているようでもあった。そして確認すると強烈な爪による斬撃を門へと叩き付け始める。
その衝撃音は村人達の避難を終えた竜篭りの所まで響いていた。
「あの音、白嶺大熊が来たって本当みたいだな」
「さあ、これで全員避難できました!リフィス様を助けに行きましょうジュリーダン!」
「分かったぜレシェナさん、と言っても俺は遠くからチマチマと嫌がらせするくらいしかできねえけどな!」
「な、何言ってんだお前ら正気か!最初は80人は居た俺の仲間が今じゃあたった6人なんだぞ!それも全部あの白嶺大熊の腹の中に入っちまった、あれはただの白嶺大熊じゃねえ!!」
北門へ戻ろうとするレシェナとジュリーダンをガザイクが必死に引き止める。ガザイクの言う通り襲って来ている白嶺大熊は特別な個体であった。長年を生き抜き、好敵手を出し抜き、最も喰らっていた。そして長く生きた魔獣は知恵を付け狡猾になり竜に近い存在となる、それを昔の伝説の魔獣から名を取り【超獣化】と呼び狩人達から恐れられていた。
しかし話を聞いたレシェナとジュリーダンは恐れながらも逃げようとはしなかった。
「……ガザイクさんの言う通り、無謀なのかもしれません。ですが、ここで逃げたら私は一生後悔すると思うんです」
「俺は料理を作るしか能がねえけど、レシェナさん1人だけにさせるのは男としてありえねえってだけよ!」
「ふふっ、ではガザイクさん、村人達を頼みます!」
そう言い残すとレシェナとジュリーダンが竜篭りから北門へ向かって行く。その姿を村人達と一緒に竜篭りの中で見ていたガザイクが体を震わせ俯いていた。
「俺より若造の癖に何を言ってやがる……くそったれが!人ってのはな生きてりゃどうにかなるんだ……それを諦めてどうする……」
「お、親分……」
超獣化した白嶺大熊の圧倒的な力を見せ付けられ、完全に心を折られていたガザイクが悔しそうにしていた。自分よりも若いレシェナとジュリーダンが死地へ向かう事を止められない、何もできない己の無力さを痛感していた。
北門では門が跡形も無く破壊されのっそりと侵入してきた白嶺大熊がリフィス、パフィと対峙していた。その巨大な姿を見たリフィスが銀の槍を構えながら足を震わせていた。
(わ、解る……今の僕じゃあ絶対に勝てない……それにこの絶望感……僕はここで終わるのか……)
人とは自分に危機が迫った時、この先助からないであろうとしっかりと実感する事がある。海で溺れそうになったり、険しい山道から落ちそうになったり、一歩間違えれば命を落とすという時である。超獣化した白嶺大熊は存在自体が人の生命を脅かす、その現実感と迫力にリフィスは全身で絶望を感じ取っていた。
「リフィスさん!ここは私が引き受けますー!」
震えて動けないリフィスの代わりに、パフィが悪魔の剣を構えて白嶺大熊に立つと大きく振り上げた右の爪をパフィに向かって振り下ろして行く。重い風切り音を鳴らし空振りすると風圧が辺りに広がる。
見事にパフィが屈んで紙一重で避けると、振り切った隙を狙って白嶺大熊の横っ腹に一撃をお見舞いする。
ギィィィィン!!
「か、堅い!悪魔の剣でも刃が立たないー」
恐ろしい事に英雄級の能力値を誇るパフィの一撃が白嶺大熊の【守備】を超える事ができなかった。白嶺大熊が振り切った右の爪を返すかのように逆に振り、それをパフィが後方回転しながら飛んで回避をする。そしてリフィスの側に寄ると竜篭りへ避難する事を提案する。
「リフィスさん、これを倒すのは無理ですー!竜篭りに避難して助けを待って下さいー!」
「ほ、本当はその通りにしたいけど、今竜篭りの扉を開けたら村人達も襲われる危険がある!」
「じゃあ、必死になってあいつの攻撃を避けて下さいー!きっと私が呼んだ援軍が来てくれる筈ですー!」
「援軍か、こういう時にコスモが居れば頼もしいんだろうけど……頑張って時間を稼ぐか!」
リフィスが震えた足を叩くと気合をいれ銀の槍を構えて行く。すると白嶺大熊が大きく息を吸込み、村を包み込む咆哮を上げる。
「グオォォォォォォォーーーーーーーーー!!!」
「ぐっ!な、何だこれは!か、体が動かない!!」
「ま、まさか!たかが魔獣が技能を持っているなんて……」
超獣化した魔獣は技能を持つ事がある。もっと長く生きる魔獣は技能【意思疎通】などで人と会話する事もできる。そして白嶺大熊が持っていた技能は【威圧】で、相手の動きを僅かの間止める事ができる。白嶺大熊は人との戦いにも慣れていて、人は徒党を組むと厄介な存在になるのを知っていた。
リフィスとパフィが動けないでいると、白嶺大熊が再び右の爪を高く振り上げ一気に振り下ろす。
「舐めるなよ……!これしきの技ー!」
「う、動けるのかパフィ……くっ、これまでか!」
パフィが自力で【威圧】から抜け出すと、動けないリフィスの体を庇うように押し倒す。パフィの背中に白嶺大熊の右の爪先が掠るが直撃は避けられた。だがパフィが苦悶の表情を浮かべる。
「ぐっ……ちょっと当たってましたか……」
「パ、パフィ、僕なんか放っておけば避けられただろう!」
「い、いえ……【威圧】が使えると思っていなかった私の油断です……」
ほんの少しだけ掠っただけなのにパフィの背中の出血が酷かった。白嶺大熊の爪一本は人の手ほどの大きさがあって鋭利である。それに加え野生の尋常で無い膂力が加われば魔剣に匹敵する切れ味になる。その傷を見たリフィスが自分のせいと思い詰めると、パフィを守るように前に立ち上がり銀の槍を白嶺大熊の胴体に向かって鋭く突き出す。
「くそお!このままやられてたまるか!!」
コン!!
「リ、リフィスさん……私の悪魔の剣も通じない【守備】です……逃げて下さい……」
「ぼ、僕には女の子1人守れる力も無いのか!くそっ!くそっ!!」
アエク村に居る人間で最も【力】のあるパフィの攻撃が通用しない、その事は白嶺大熊の討伐が不可能である事を意味していた。それにも関わらず、リフィスは一心不乱に銀の槍を突き続けていた。
その人間の足掻く姿が面白いのか、取るに足らない生き物と見たのか、白嶺大熊は防御態勢も取る事無く、ゆっくりと間合いを詰めて行く。
ここまで読んで頂きありがとうございましたワン!




