第86話 継承者としての覚悟
・コスモ(女)
元騎士団の39歳のおっさん冒険者
職業は【ソードアーマー】
領主騎士団時代に負傷した右膝を治す為に飲んだ森の魔女の秘薬、万能薬の効果により39歳のおっさんモウガス(男)から見た目が20歳前後のコスモ(女)となる
上皇アインザーによって<インペリアルオブハート>の称号を得るが、それを象徴するハート型の盾と共にビキニアーマーがますます外せなくなる、ある意味呪われた装備と化していた
翌日の早朝ジョストン領の商業都市ウキレアにある領主の屋敷の裏口の外で2人の男女が立っていた。2人はエシェラント公爵の妹レシェナと元盗賊のジュリーダンでコスモの訓練を受ける為に体をさすりながら待機していた。
「さみぃ……しっかし、コスモさんおっそいな、約束の時間になっても現れないなんて話が違うじゃねえか」
「ジュリーダン、コスモ様は必ずやってきます。それまで、待ちましょう……ぜえぜえ」
約束の早朝の時間になっても訓練場にコスモが現れないことにジュリーダンが愚痴を漏らすが、レシェナはコスモの事を信じて息を切らせながらも静かに待っていた。
陽が昇り始め陽射しが辺りを照らすと少しだけだが暖かさを感じる。すると遠くから見慣れたピンク色のビキニアーマーが見えて来る。遠目に見てもコスモという事は分かるのだが肩に何かを担いでいた。担いでいる物は人らしく、激しく手足を動かし暴れてコスモから逃げ出そうとしていた。
「は、放せ!僕はジョストン領の領主だぞ!こんな事をして冒険者が続けられると思っているのか!」
「はいはい、冒険者は独立した組織に所属しているので、たかが領主如きにどうこう出来ませんから!」
「くっそ!なんて馬鹿力なんだ!それにここから1日は掛かるエシェラント領のナンナ村まで逃げてたのに、何で追い付けるんだよ!それにナンナ村は僕しか知らない筈だぞ!」
「俺の健脚を舐め過ぎだな、言ったろう地の果てでも追いかけるって、それにナンナ村は軍師のグストさんに教えてもらったんだよ、リフィスが困るとすぐにその村に逃げ込むってな」
「グストーーーーーーーー!!あのハゲ絶対に許さん!!」
コスモに担がれていたのは逃走を図ったリフィスであった。文句を垂れるリフィスにエーシンから聞いた仕事斡旋所の知識を早速コスモが反論として活用していた。担がれていたリフィスが逃走先まで簡単に追いついたコスモに驚きながらも必死に抵抗していた。
こうなった理由だが、昨日の夕方リフィスは領主の間を飛び出してからすぐに旅支度を整えると、エシェラント領のナンナ村へ馬を走らせ向かっていた。商業都市ウキレアから歩いて1日はかかるナンナ村に到着すると、流石のコスモも1日では追い付けまいとリフィスが安心してナンナ村の宿屋に入る。しばらくナンナ村に隠れてコスモの訓練をやり過ごそうとしていた。
リフィスも安心して就寝するのだが、辺りが暗い早朝にコスモがナンナ村の宿に現れた。
つらい事があるとナンナ村の宿へ逃げ込む癖を軍師のグストが把握していたのだ。リフィスが屋敷に居ない事にグストが気付くとコスモに逃走先のナンナ村の場所を伝えていた。そうして馬よりも早い足を持つコスモに難なく捕まり、連行されると今の状況となっていた。
コスモが担いでいたリフィスをレシェナとジュリーダンの前へと放り投げると訓練の内容の説明を始める。
「それでは全員揃ったところで騎士団式の訓練を始める、まずは体を温める前準備だ。この訓練場は1周が大人の足で500歩ある。そこをまずは……最初だから10周にしておくか、それが終わったら朝食にするいいな!」
「ふう、何だ!びびって損したぜ、たった10周なら軽いもんよ」
「じゅ、10周!!……聞いただけで眩暈が……ぜえぜえ」
「ふん、誰がやるもんか!馬鹿馬鹿しい」
「ああ、それと言い忘れていたが、足を止める奴や、やる気の無い奴にはこんな罰を与えるからな!」
コスモが屋敷の側に置いてあった薪にする為に乾燥させていた丸太を一本持ち上げると、3人の前に持って来る。丸太を縦に真っ直ぐに立てると右手の手の平を大きく開き、右後方へと振りかぶると丸太の中腹へと勢い良く手の平を叩き付ける。
ズバーーーーン!!ズゴゴゴゴゴ!!
丸太の中腹は衝撃によって粉微塵になって吹き飛び、丸太が2つに分かれて転がって行く。コスモの技能【乙女の怒り】が発動し必殺の一撃が放たれたのだ。
それを目の当たりにしたリフィス、ジュリーダン、レシェナの顔が引きつる。
「これをケツに食らわすからな……本気でやれよ」
「「「は、はいっっっ!!!」」」
コスモが普段と比べより一層厳しい顔をしていた。そして3人を見る目が完全に生殺与奪の権利を持つ者の目、狩人の目になっていると3人が気付くと裏返った声で返事をする。
あんな平手打ちを衣服の上からとは言えお尻に喰らえばどうなるか、火を見るよりも明らかである。
「では、始めっ!!」
コスモが開始の合図を出すと3人が一斉に走り始める。それを見るとコスモも後ろから殺気を放ちながら追う様に走り始める。
迫りくる恐怖というのは人の限界の力を呼び起こす力がある。その迫りくる恐怖が英雄級の能力値を持つコスモであれば尚更効果が上がるというものだ。今のコスモはまさにピンク色をした悪魔と言われても違和感は無い。
3人が必死の形相となってコスモから逃げる様に訓練場の周りを走っていた。
しかし1周を過ぎた頃にレシェナの速度が落ち、フラフラと歩く速度になって行く。それに気付いたジュリーダンが足を止めてレシェナの元へと駆け寄る。
「レシェナさん、頑張れ!」
「ぜえぜえぜえぜえぜえぜえぜえぜえ(先へ行って下さいジュリーダン私は覚悟を決めました)……」
「俺が肩で支えるから、諦めるな!」
「ぜえぜえぜえぜえぜえぜえぜえぜえ(ジュリーダン、貴方という人は)……」
激しい息継ぎで言葉にならないレシェナの言葉を理解したジュリーダンが体を支え止まらない様に助ける。その助け合うようすを見ていたコスモが背後まで迫って来ていた。2人がもう駄目だと諦めて目を閉じてケツビンタを食らう覚悟を決めると、諦めていた2人にコスモが近寄るとそっと小声で呟く。
「2人共、速度は落ちてでも良い、絶対止まらない様に10周を走り切るんだ、いいな」
「「え?は、はい!」」
そう言って2人をコスモが追い抜くと先頭を走るリフィスに向かって速度を上げて行く。リフィスも一般人以上の体力があるのか軽快な速度で走り続けていた。そのリフィスの背後へコスモが迫ると笑顔で明るい声で話しかける。
「よし、良い速度だリフィス、もう少し速度を上げて行こうか!もちろん俺が追い付いたらケツビンタな!」
「なっ、ふざけるな!これでも精一杯に走ってるんだぞ!」
「言っただろうが、お前には時間がねえんだ!ほれほれ、追い付いちまうぞ!」
「な、なんで僕がこんな目に!!」
コスモがリフィスの背後でケツビンタをする素振りを見せ始める。空気を裂く様な重低音が聞こえてくると、恐怖に駆られたリフィスが必死な形相で速度を上げて行く。
その調子で追われるように10周を見事に走り切ると、全身から汗を噴き出しながらリフィスが倒れ込む。
「はあはあはあはあはあ……」
「何だ、やれば出来るじゃねえか」
「はあはあはあ……覚えていろよコスモ……はあはあ、絶対に仕返ししてやるからな……はあはあ……」
「元気が余ってるな、よし、明日は重装鎧を着て20周にしようか!」
「な、何だと!!はあはあ、そんな事出来る訳ないだろ!……はあはあ」
「俺達【アーマー職】は出来てるんだぜ、お前にも出来ない事は無いさ」
「く、狂っている……そんな狂気じみた訓練……」
騎士団の【アーマー職】は長い遠征と継続する戦いをする為に必要な【体力】の鍛錬を重要視している。モウガスだった頃も騎士団では日々この様な鍛錬をしていたのだ。
そして遅れる事、1時間程でレシェナとジュリーダンが10周を走り切る。商業都市ウキレアへ向かっていた時と比べ、ほぼ歩いていた速度とは言えそれよりも速く歩けていた。
走り終えたレシェナが全身を汗まみれのまま、その場にゴロンと極太の猫の様に地面に転がり息を切らせていた。
「ぜえぜえぜえぜえぜえぜえ(お、終わった……)」
「レシェナさんすげえよ!ここに来るときよりも速かったぜ!」
「ぜえぜえぜえぜえぜえぜえ(ありがとうジュリーダン、貴方の助けがあったからです)」
「良いって事よ!明日も一緒に頑張ろうぜ!」
(俺には息継ぎしている様にしか聞こえないんだが、ジュリーダンの奴、良くレシェナの言葉を理解出来るな……)
ここで新しいジュリーダンの特技を見たコスモが心の中で感心していた。そしてコスモが思っていた以上にレシェナに対するジュリーダンの思いやる行動に驚いていた。愛の力と言うべきものを初めて目の当たりにした気持ちになるが、その元凶はジュリーダンである事を忘れてはならない。
早朝の走り込みを終了すると全員で屋敷へと戻り朝食を取る。そして再び訓練場へと戻ると、続けて筋肉を鍛える訓練に移るのだがここからが本番であった。
「よし、じゃあ本格的な基礎訓練に入るぞ、まずは腕立て20回、上体起こし20回、上体そらし20回、屈伸運動20回……」
「何だ、思ったよりも簡単じゃないか……」
「が終わったら1分休憩して5セット連続で行う。その後10分の休憩を挟んで同じ事を10回……と言いたいが今日は最初だから5回でいいぞ」
「えっと……5セットを5回って言うと……」
「ジュリーダン……5セットで100回、それを5回行うという事は……合計500回やると言う事です……ぜえぜえ」
「ふっ、ふざけるな!そんな事をしたら体が持たないぞ!」
「おっと、言い忘れていたが、俺に反抗したら腕立て10回追加するからな。という事でリフィス、腕立て10回!」
「だ、誰がやるか!おいグストはどこだ!」
「20回!!」
「くっ、くそ!!覚えてろよコスモ!!」
無慈悲なコスモの言葉に、助けが望めないと判断したリフィスがその場にうつ伏せになり腕立てを始める。
「よし、じゃあ早速最初の5セット行くぞ!始め!!」
すでに腕立てを始めているリフィスを除き、レシェナとジュリーダンが腕立ての姿勢に入るとコスモの提示した回数を目指して筋肉の鍛錬が始まる。自重の重いレシェナは出来ないので、膝を付いた状態にさせて回数を達成させることを目的とさせる。
個人個人の達成速度はバラバラではあるが、まず最初に達成したのはジュリーダンであった。その後にリフィスと続き残るはレシェナなのだが未だに回数を達成出来ずにいた。
時間が刻々と過ぎて行き、陽が真上に上る頃になっても回数はこなせないと見るとコスモがレシェナに声を掛ける。
「よし、今日はここまで!本当なら模擬戦もやりたかったんだが、この後はエーシンによる座学もある。昼食を取ったら屋敷の会議室へ行けよ、それじゃあ解散!」
「ぜえぜえぜえぜえぜえ……」
コスモがそう言い残すと屋敷へと向かって去って行く。そのコスモの背中を息を切らせたレシェナが目に涙を浮かべ、睨む様に見つめていた。
「はあはあ……レシェナさん……気にするな、はあはあ……悔しい気持ちは俺にも分かる……だが焦る事は無いぜ」
「ぜえぜえぜえ……皆に付いて行けない自分が情けなくて……ぜえぜえぜえ、こんな悔しい気持ちは初めて……」
(く、くそ何で僕がこんなことをしなくちゃならないんだ……)
レシェナが悔しがる横でリフィスは訓練の意味を見出せないでいた。今もまだ内心では無駄な事だと思っていた。どうせコスモも教育を任された手前やっているだけで、いつか飽きるだろうと高を括っていた。だがそれは思い違いである事を後で嫌と言う程に知る事になる。
3人が筋肉痛で思うように動かせない体を徘徊死者の様にして這いずる様に屋敷へと向かって行く。そして屋敷のメイド達に遅れて昼食を取ろうとするのだが、出された昼食を見つめたまま動けないでいた。あの食い意地の張ったレシェナですら食べられずに居た。
人の体は限界ぎりぎりの激しい運動をした後、食欲が無くなるものである。それを3人が初めて経験しているのだ。
結局、リンゴ一切れを口にするだけで精一杯でそのままエーシンの座学を受ける事となった。廊下の壁を支えにして3人がフラフラと屋敷にある会議室へ入るとエーシンがすでに教壇の上に立っていた。その前を通って用意されていた机の椅子に雪崩れ込む様に3人が座る。
「そのようすだと、コスモに相当に絞られた様だな」
「騎士団式の訓練……相当きついぜエーシンさん……」
「ふふ、何、その内その疲れにも体が慣れてくるだろう。そうすればお主らの実力は今の数倍に飛躍する」
「ぜえぜえ……エーシン様の言う通り、ぜえぜえ……やり遂げてみせます……」
「馬鹿らしい……明日は絶対に行かないからな……」
「では、これから拙僧の座学を始める。その間に体を休めておけ、良いな」
エーシンの座学はコスモの提案によるものであった。陽が真上に昇るまでは体の訓練を、陽が落ちる始めるまでは座学を行い頭の訓練を行う。騎士団式の訓練になるべく近付ける様にコスモが考案したものだ。そうする事で1日を無駄にする事無く体と頭の全てを効率良く訓練できるのだ。
早速エーシンが木板に貼った洋紙を見せ座学を始めて行く。
「さて、初めは竜騎士【ドラゴンライダー】について学ぶとしようか、そうだな、ここに居る者で【ドラゴンライダー】の長所を答えられる者は居るか?」
「そりゃー空を飛べて一方的に攻撃が出来る所だろ」
「山でも川でも地形を無視して移動出来る事ですか?ぜえぜえ……」
「ジュリーダン、レシェナ、その通りだ。……リフィス、お主はどうだ?」
「……圧倒的な速度と移動力による攻勢力、場所を選ばない展開出来る範囲の広さ、そしてジュリーダンの言う通り、こちらの攻撃が届かない空からの攻撃、何より戦場の兵種として最強の能力値を誇る……」
「うむ、満点の答えだな!リフィスの言う通り、【ドラゴンライダー】は圧倒的な機動力と武力を有する、特に足場の悪い砂地や沼地では無類の強さを発揮する、野戦では最強の兵種と言っても良いな」
【ドラゴンライダー】は飛竜による機動力を使った強襲を得意とし、空から一方的に相手を撃滅出来る事が特徴である。特に地上軍が足場の悪い砂地や沼地によって機動力を奪われたら、【ドラゴンライダー】の独壇場となる。
領主のリフィスもバルドニア王国の戦力については調べていた。だが調べれば調べる程に精強で非の打ち所がない強さに、希望が見出せずに諦めていた。真っ向からぶつかれば戦力が少数で地上軍しか無いジョストン領の騎士団が、蹂躙される光景しか思い浮かばないからだ。これもリフィスがカイネル王に反抗するのを諦めていた理由の1つでもある。
エーシンがリフィスの表情を見て何を考えているのか見抜くと静かな口調で語り始める。
「だが世の理とは良く出来ておってな、圧倒的な強者には必ず短所がある。それは【ドラゴンライダー】とて例外ではない」
「短所?そんなのがある訳が無い!僕は小さい頃に見た事がある、スーノプ聖国やリンティス魔導公国の軍が一方的にやられていたのを!」
スーノプ聖国が誇る星光騎士団、リンティス魔導公国が率いる捻嵐魔導団に天馬騎士団、そして大盗賊団【黒の戦斧】に所属する賊。
国境で起こった戦いを間近で見ていたリフィスは、今挙げた者達が健闘虚しく散って行くのを目の当たりにしていた。相手も【ドラゴンライダー】の対策を行い、バリスタを搭載した戦車隊【チャリオット】などの対空兵器などを用意していたがカイネル王の巧みな指揮によって無力化されていた。
それも幼いリフィスに己の軍事力を見せ付ける事で逆らう意思を無くさせる、それがカイネル王の狙いでもあった。信じられないという反応をするリフィスに続けてその短所を説明する。
「まずは代表的なのが、矢による攻撃だな、空中では矢より早く動くのは困難、故に全方位が無防備となる。そして、動き出すまでの行動が【アーマー職】よりも遅い事だ。敵襲に気付き飛竜に騎乗して空に飛び立つまでは、かなりの時間を要する。奇襲や強襲を得意とする者はその反面、同じ戦術に弱いのだ。そして最後に最大の短所がある」
「さ、最大の短所……そ、それは一体何なのですか!」
リフィスが藁にも縋る思いで食い入るようにエーシンの言葉に聞き入っていた。
「それは、地上を制圧する力だ」
「ち、地上を制圧する力?」
「如何に空で無双を誇っていても、人は地で生きておる。その者らを従えるには空から降りなくてはならない。即ち、天と同じ力を持つ地の力が無くては、人は統べられぬ事を意味する。これを東の国では天地人と呼んでおる」
天地人とは天に見守られ、地の恵みによって、人は生きている。その言葉をまとめたものだ。東の国では国を治めるのも攻めるのも守るのも、この3つの要素が必要不可欠な条件であると認識していた。
「【ドラゴンライダー】にはその力が足りておらぬ、結局の所、最後には地上の軍に制圧を任せていたのではないか?リフィス」
「……確かに、最後は僕の軍と、グーラグラン王国の軍が敵地を占領した……カイネル王は周囲の安全を確保してから、来たのを覚えている」
グーラグラン王国とはカイネル王と遠縁にあたるオジール王が支配する王国である。とはいえ実質、バルドニア王国と隣接した属国として地上軍を派遣している国家でもある。
空のバルドニア王国、地のグーラグラン王国と呼ばれ北方連合国内では恐れられる存在だ。
「という事は、その地上軍さえ止めてしまえば、カイネル王は指を咥えて見守るだけとなろうな」
(地上軍を止めると制圧が難しい、そんな事考えもしなかった……あのグストでさえ、思い付かない事だ……)
結局の所、最後の詰めは地上で行われる。それが出来なければ何時まで経っても国を制圧出来ず状況は変わらない。【ドラゴンライダー】という戦力はその為の手段であり、その地を抑える決定力にはならない。
そしてリフィスも気付いてはいないが、エーシンの座学は対バルドニア王国を想定した敵国分析の場でもあった。話題をエーシンが提示しつつ、リフィス達にどう対処すれば良いのか考えさせる。エーシンが考えた教育方法の1つである。
【ドラゴンライダー】の新たな弱点に気付いたリフィスとは違い、レシェナとジュリーダンが難しそうな顔で頭を悩ませていた。
「エーシンさん、【ドラゴンライダー】の長所と短所は分かったけどよ、結局、地上の軍を抑える事が出来なきゃ意味ねえよな」
「……ジュリーダンの言う通り、実行する戦力と決断力が無いと厳しいですね……ぜえぜえ、それに空と地が同時に攻めてきたら対応が出来ない……ぜえぜえ」
「そうだな、だがその様な一面がある事を知るか知らないかで、人の行動と決断は大きく変わる。今はその為の知識とでも思っててくれれば良い」
エーシンがレシェナとジュリーダンに優しく諭すが、リフィスだけは内心でエーシンの言葉が引っ掛かっていた。人は知らない事で幸せに生きる選択も出来る、しかし知る事で辛く過酷な道を生きる事も出来る。
もちろんリフィスは知らない事で幸せに生きようとしていたが、エーシンの言葉で自分の置かれた立場を覆せるのではないかと考え始めていた。後はリフィス自身の決心によってその道は開かれるのだがその一歩が遠かった。
長年の諦観がその決心を邪魔していて結局はエーシンの言葉を忘れさろうとしてしまう。しかしリフィスの心の中は大いに迷っていた。そして中途半端な気持ちのままいつもの様に流され日々を過ごす事になる。
こうして初日の騎士団式の訓練は終了し、翌日も早朝から訓練が開始される。初日に比べ2日目からは回数が増え、より過酷な訓練になって行くが、コスモの迫りくる恐怖に追われながらも順調に行われていた。
しかし訓練を開始してから5日目、とうとう肉体的にも精神的にも限界が来ていたリフィスが訓練場へと姿を現さなかった。
「リフィス様は……今日はいらっしゃらないのですね……ぜえぜえ」
「リフィスさんは、いつも文句言ってたからな、仕方ねえよレシェナさん」
「この場に居ない奴なんか放っておけ!2人共、重装鎧を着て20周、いつも通りに走るんだ!……ちょっと今日は野暮用があって、俺はこの場を少し離れるけど、さぼるんじゃねえぞ!」
コスモがレシェナとジュリーダンに厳しく言い付けると訓練場を後にする。その背中を見ながらレシェナとジュリーダンが訓練場を走り始める。
「フフフッ……コスモ様はプリンの様に甘いお方ですね……ぜえぜえ」
「本当だよな、厳しいんだか、甘いんだか、分かんねえよなコスモさんは……」
2人はコスモがこれから何をしようとしているのか、普段のコスモの言動から予想が出来ていた。
屋敷から離れた商業都市ウキレアを囲む城壁の端の上で、リフィスが座り込み遠くの山々の景色を見つめていた。顔に当たる風はすでに冷たくなり始め、間もなく冬の到来を告げようとしていた。
町中はいつもの様に商人達が声を上げて商売に勤しみ活気に溢れていた。下の城門からは馬車と人が絶え間なく出入りして、それぞれの目的地へと向かって行く。雪が積もれば移動するのが難しくなる、それもあって最後の追い込みと言った感じだ。
リフィスの軍師グストからリフィスの訪れる場所をいくつか聞いたコスモが、全ての場所へと走って向かい、やっとの思いで城壁の上に居たリフィスを見つけ出していた。
しかし、リフィスの姿を見ても遠くから声を掛ける事は無く、城壁の上に続く階段をゆっくりと上り、リフィスの背後から側へ近付いて行くと、わざと気付かれる様に隣へと座り込む。
「よっこらせっと……」
「コ、コスモ!なんでここが……ってまたあのハゲが教えたんだな……」
「まあ、そんな所だ、それとグストさんの事をハゲって言うのは止めておけよ」
コスモが微笑みながらリフィスにそう言うと、リフィスが見ていた山々の景色を同じ様に見つめ、何も言葉を発しなくなる。隣に居たリフィスは居心地が悪いのか、肩を揺らしそわそわとし始める。
その時、無断で訓練をさぼっている罪悪感がリフィスの心の中を支配していた。そしてコスモから次に発せられる言葉は、自分を非難する言葉や叱責の言葉だろうと頭を巡らせ怒られる立場の思考に染まっていた。
しかしコスモから発せられた言葉は意外なものであった。
「この広大な領地をよ、リフィス、お前とグストさんだけで今まで保って来たんだよな」
「えっ?あ、ああ……ほとんどグストに任せっぱなしだけどね……」
「それでもよ、この場に踏ん張って立って保ち続けたのはリフィス、お前だろ」
「ち、違う……エシェラント卿や他の地区領主達の助けもあったからだ。僕にはそんな力は無い」
「陛下もそう言ってたけど俺はそうは思わねえ、カイネル王だって一度会ったが並大抵な男じゃねえ、会っただけで身震いしたもんな、それと長く付き合うだけでも半端ねえよ」
「コスモ!お前は上皇様からも称号を貰ったバンディカ帝国が誇る英雄だ!そんな事は無いだろう!」
「いーや、俺も元からこうだった訳じゃねえ、この力だって能力だってたまたま運が良くて授かったもんだ」
コスモが優し気な顔でリフィスの立場を理解し、しっかりと領主として務めを果たしていると褒め称えていた。事実、コスモの持つ英雄級の能力値も言葉通り、森の魔女アンナによって処方された万能薬の影響で偶然に授かったものであった。
それ以前のモウガスの能力値は並より少し上の【ソードアーマー】だった。それもあって逆境に置かれたリフィスの立場を理解し、どんな過酷な状況下で足掻いていたのかも理解していた。
「出来る奴はよ、何も理由を考えずに出来ない奴を軽蔑するんだ。反論しようものなら情けないの一点ばり、なぜ出来ないのか、出来る様にするにはどうしたらいいのか一緒に考えもしねえ……」
「それは僕にも心当たりがある……神器を扱える領主の名を出しては頭ごなしに批判するだけの者も多かった」
「いいかリフィス、人ってのはどんな偉そうな事を言っても1人じゃ何も出来ねえ、俺みたいに強い力や能力値があってもできる事は限られる。そうするとな人に頼らざるを得ないんだ。それが当たり前なんだ」
「人を頼るか……まるで僕の人生の様だな」
「人を頼るにも頼られるにも【体力】が要る。それさえ身に付いていりゃ、【力】【魔力】【技】【速さ】【守備】【魔防】【運】の能力値が低くても何とかなるもんさ」
頼ったり頼られるとは人としての互助関係の成立を指す言葉であり、一方的に頼るのは利用と呼び、それが当然となれば支配と呼ぶ。
利用や支配を受けず、吊りあう様な関係性が人として一番重要である事をコスモは本能で理解していた。リフィスが利用され支配を受けない様に、また逆の立場にならない様に【体力】を付けさせる為に過酷な訓練を課したのである。
伝えたい事を言い終えたのか、コスモが立ち上がるとお尻に付いた埃を払いその場から離れようとする。
「さて言いたい事も言ったし、そろそろ訓練場に戻るか……」
「ちょ、ちょっと待ってくれコスモ!!僕を呼び戻しに来たんじゃないのか?」
「それは違うなリフィス、俺が決めるんじゃねえ、お前が自分で決めるんだ。そうじゃなければ今までと何も変わらねえぞ」
何もしないで立ち去ろうとするコスモに焦りを感じ、リフィスが呼び止めるが自分を連れ戻しに来た訳では無いと否定される。
そして決めるのはお前だ、その言葉にリフィスが煮え切らない表情のままに立ち上がる。
「なら1つ答えて欲しい!……僕は、僕は今の自分の生き方がもう嫌なんだ。何も出来ずに流される様に生きるのは……だから、こんな僕でも変われるんだろうか!それを教えてくれコスモ!」
リフィスが声を震わせ、真剣な表情でコスモに問い掛ける。
コスモの騎士団式の訓練やエーシンの座学を受けてリフィスの心には迷いが出始めていた。今までは何も変わらない状況、立場でやり過ごす事だけを考えていた。だが訓練によって【体力】が付き始め能力値が上がると自信が湧き、座学を受ければ希望が湧く。それと同時に諦めの気持ちが邪魔をする。この様な中途半端な気持ちで訓練を受けても意味が無いと逃げ出すようにこの場に来ていた。
そして理解を示してくれたコスモが立ち去ろうとした瞬間、長年、利用され支配され良い様に扱われてきた人生を変えたい、その強い気持ちが一気に現れていた。リフィスの決死の思いの問いに、コスモがあっけらかんとした表情で答えて行く。
「答えも何も……もう出てるじゃねえか、この場にリフィスが居る事がもう答えなんだよ」
「えっ?」
「じゃあな、待ってるぜ」
そう言い残すとコスモが城壁の階段を下り始めて行く。城壁の上に残されたリフィスが1人立ち尽くしていた。そしてコスモの最後に残した言葉が全てを物語っていた。
自分を変えたいと考える人間が、変えられない原因となっている立場と居場所に居続けるものだろうか、いや、殆どの者はその立場と居場所を去るだろう。変えたいのならば立場と居場所を改めるのが最も早い。
それは神器の継承者としての血筋を持つリフィスも例外では無い、もし自分の立場を変えたいのであれば、全てを投げ出し領地替えの願いを皇帝のウェイリーに申し出ている筈である。
それでもなお、この場に身を留めているという事は、この地で自分を変えたいという強い意志があっての事なのだ。
その事を知った上でコスモはリフィスが変わる事を信じていた、と言うよりも確信を持っていた。そんなリフィスの心を見透かされた様なコスモの言葉が心に刺さっていた。
心の奥底に閉じ込めていた自分を変えたいという決心がリフィスを強く後押しすると、神器の継承者としてどんな事があろうとも、逃げ出さない、諦めないと、心に強く刻み始めていた。
リフィスが誰も居ない城壁の上で1人、気付かない内に大粒の涙を流しながら体を震わせていた。
訓練場に戻ったコスモが走り続けるレシェナとジュリーダンを見守っていると、屋敷から重装鎧を着たリフィスが現れる。走っていたレシェナとジュリーダンが走りながらも、驚いた表情でリフィスを見つめていた。
しかしリフィスとコスモは言葉を交わす事無く、リフィスが自発的に訓練場を走り始める。その異様な光景にレシェナとジュリーダンは不思議に思っていたが、リフィスが前を通り過ぎる際に見た表情で理解した。
「どうやらコスモ様の説得は上手く行った様ですね……ぜえぜえ」
「しかし、本当にあのリフィスさんかよ、あの顔付き昨日とは全然別人だぜ?……はあはあ」
「こうなったら、私も負けてはいられません!……ぜえぜえ」
リフィスの顔にはもう迷いが無かった。自分の成すべき事を理解し、それに向かってひたすらに走り続ける事を決めたからだ。
その日以降、リフィスは一切の愚痴や文句を言わずにコスモに課された訓練とエーシンの座学を黙々と受けて行った。その変化に軍師であるグストが屋敷の陰から見守り涙を流して喜んでいた。
「キリアン様、フィアン様……見ておいでですか、坊ちゃんが……リフィス様が成長されましたぞ……」
三代続けて軍師としてジョストン家に仕えていたグストは、リフィスの祖父キリアン、父のフィアンに子のリフィスが成長した事を天に向かって報告をしていた。
このリフィスの変化はジョストン領の地区領主達にも伝わり、やがてバルドニア王国の国王カイネルにも耳に入る事になって行く。
~
ジョストン領に斥候部隊を放っていたカイネルは、バルドニア王国の首都要塞都市ガーグラで逐一報告を受けていた。だがリフィスの変化の報告を聞くと表情を硬くし警戒を始めていた。
「あのリフィスがコスモからの訓練を受けているだと!余計な事をしおって!無能は無能なりに私の言いなりになって生きていれば良いものを……あの忌々しい女め、やはり、あの場で仕留めるべきだったか……」
カイネルがコスモと初めて会った時、もし自分の目的の邪魔になるようであれば竜騎士達に始末をさせようと目論んでいたが、エーシンの言葉に感情を流され躊躇してしまった事を後悔していた。
「だが、今さら遅い……すでに事は進んでいる。後は、あの無能の小僧の土地を返して貰うだけだ……フフッ、フハハハハハハハ!」
元はバルドニア王国の土地であるジョストン領を返還された後はスーノプ聖国、リンティス魔導公国に侵攻する準備をカイネルは整えていた。今さらリフィスが行動を起こしたとしても時はすでに遅く、勝ち誇ったカイネルは不気味な笑みを浮かべていた。
そんな恐ろしい事を考えていたカイネルは、長年、北方連合国の統一を夢見ていた。
先代のバラントは和平を望んでいたが子のカイネルは違っていた。バラントと共に邪神竜の眷属との戦いの中で一つの疑念を抱いていたのだ。
北方連合国の連合軍が竜に対して簡単に倒れて行くのは人としての結束力が弱い結果であり、有能な統率者が居ない事だと常日頃から考えていた。父のバラントも決して弱い男では無い、それでも北方連合国をまとめるには力が無いとカイネルは感じていた。
そんな日々を過ごすカイネルの前に、同じ王族でありながら邪神竜の眷属達と互角以上の戦いをする男が現れる。それがバンディカ帝国の皇帝アインザーである。
当時の皇帝アインザーの指揮能力はずば抜けており、一糸乱れない軍の運用にアインザーを信じて竜と戦う勇猛果敢な騎士達、その戦場を見たカイネルは全身に雷が落ちた様な衝撃を受けていた。
カイネルも同じ戦場で戦い、皇帝という立場ながらも前線で圧倒的な魔法力によって竜を殲滅するアインザーの勇姿に憧れ、自分の目指していた有能な統率者の指標としていた。
しかし邪神竜が没した後は【アウロポリスの変】が起こり、その責任を取る形でアインザーが子のウェイリーに帝位を譲位し公の場から姿を消して行った。
その事で人類を導く優秀な統率者が居なくなったとカイネルは感じると、内からアインザーに成り代わって人類を導こうという野望が芽生えていた。その野望は先代のバラントが亡くなった事で本格的に始動する事となる。
そして野望を達成させる為の最初の一手として、北方連合国内で最も邪魔な男を排除する事を決めた……。
こうして長い年月をかけて布石を打ち、妹であるバミーネをテイルボット領の領主レイグへと嫁がせ、帝国の邪魔が入らぬ様に同盟を結び、神器の扱えない幼年の領主リフィスを出し抜きジョストン領の貴族達を懐柔してきた。
気付いたら野望を持ってから数十年、ようやく目の前まで北方連合国の統一が迫っていたのだ。
王の間から見える山々の上には雪が積もり始め、それを恨めしそうな顔でカイネルが見つめていた。




