第85話 無能のリフィス
・コスモ(女)
元騎士団の39歳のおっさん冒険者
職業は【ソードアーマー】
領主騎士団時代に負傷した右膝を治す為に飲んだ森の魔女の秘薬、万能薬の効果により39歳のおっさんモウガス(男)から見た目が20歳前後のコスモ(女)となる
上皇アインザーによって<インペリアルオブハート>の称号を得るが、それを象徴するハート型の盾と共にビキニアーマーがますます外せなくなる、ある意味呪われた装備と化していた
魔剣ナインロータスがエシェラントの首元に当てられると、魔剣の持つ効果によって【看破】が発動される。
【看破】とは相手の持つ技能を無効化するという効果がある。それによってエシェラントの特殊技能【狂乱】は強制的に解除されて行く。
「なあエシェラント伯爵、落ち着いて聞いてくれよ、オークはあんたの妹のレシェナが太った姿なんだ」
「……私だって……分かってはいたさ……」
「それじゃあ、なんで攻撃なんかしたんだ」
「あの美しかった妹が……醜くなっているのには我慢が出来なかった!認めたくなかったんだ!!」
エシェラントがうつ伏せで倒れたまま、悔しそうな表情で地面を叩きオークが妹のレシェナであると気付いていた事をコスモに告げる。
エシェラントの為に【シスター】となって戻ってくる筈の優しく健気で可愛い妹が、歩く度にどすどすと音を鳴らし、体型が極太の円柱で帰ってくれば兄として認めたくない気持ちも理解は出来る。
それにエシェラントは妹を異常な程に溺愛している、その事を加味すれば生きたまま地獄に突き落とされた気持ちだろう。
避難していたエーシン、レシェナ、ジュリーダンが戻ると倒れたエシェラントの言葉を聞いて衝撃を受けていた。
「兄様がそれ程までに苦悩されていたなんて……わ、私は……そんなに醜くなっていたのですか!ぜえぜえ……そういえば、しばらく鏡を見ていませんでした、ぜえぜえ……」
「そうか、スーノプ聖国を出てから自分の姿を見てないのだな……ならば拙僧が持つ銅鏡で今の自分の姿を確認すると良い……貴重な物だから落とすなよ」
銅鏡とは背面に装飾が施され、正面は平面になった銅を磨き上げてツルツルに仕上げた物だ。ガラス製に比べ曇った様に見えるが、それでもはっきりと対象物を映す事は可能である。そして東の国では和鏡と呼ばれ女達の必需品でもある。
エーシンから銅鏡をレシェナが恐る恐る受け取ると自分の顔を確認し始める。そして自分の顔を見た瞬間、時が止まった様にレシェナが全身を硬直させる。
銅鏡を見つめたまま動かないレシェナに心配になったエーシンが声を掛けるが、
「お、おい、レシェナ……お主大丈夫か……」
「あっ……あっ……」
「こ、こ奴、立ったまま白目を剥いて気絶しておる!おい、ジュリーダン体を支えろ!」
「大丈夫かレシェナさん!!……って、お、重いぃぃぃ……」
「お主が育てた体だろうに!しっかり支えないか!」
気絶したレシェナの体をエーシンとジュリーダンの2人が全身の力を込めて支えると、腕を震わせながら地面へとゆっくり寝かせる。重量物の扱いは基本的に2人作業である。
自分の姿を見たレシェナが余りの変わり様にエシェラントと同様、受け入れられずにいた。本人は普段通りの体型であると思い込み、最近何か体が重くて息が苦しいな……程度の認識であったのだ。
そのレシェナの様子を見ていたコスモとエシェラントが呆気に取られていた。妹のレシェナも自分の姿に気付いて居なかった事が分かったのだ。
それが分かった途端エシェラントが憑き物が落ちたような表情へと変わって行く。
「コスモ様、妹のレシェナも自分の姿に気付いていなかった。もし貴女が私を止めてくれなければ何も知らなかったレシェナをこの手にかける所だった……止めてくれた事、感謝する……」
「良いって事よ元々それが狙いだったからな!……だけどレシェナのあの体型じゃあすぐには元に戻れないな……しばらくの間は本人も辛いだろうな……」
「そこでコスモ様、妹のレシェナについて相談なのだが……」
「っと、その前にうつ伏せになったままだと話しにくいだろう、魔槍の鎖を外してやるからちょっと待ってろ!」
コスモが地面に突き刺したハート型の盾を抜き取ると、抑えられていた鎖が解放され魔槍【グルンドデーズ】がエシェラントの手元へと戻って行く。そのまますっと立ち上がると静かな声で相談をコスモに持ち掛ける。
「恐らく自分の変わり果てた姿に気付いた妹は、私に会わせる顔が無いと自暴自棄になるでしょう。そこで、落ち着くまではコスモ様としばらくの間、一緒に行動をさせて欲しいのです」
「大事な妹がしばらく帰って来れなくなるぞ、それでもいいのか?」
「何、今まで1年間も帰りを待ったのです、数カ月程度なら我慢は出来ます。それにコスモ様は領主のリフィス様に会いに来たのでしょう?」
「……なぜ、そう思った」
「リフィス様にとって今一番必要なのはコスモ様の様な方なのです。リフィス様は気付いていらっしゃらないが、ジョストン家の血筋を立派に引いておられる。足りないのは自信だけなのです……」
エシェラントの話からリフィスという男は自分に対して自信が無い様であった。その話を聞いたコスモが今まで会ってきた神器の継承者達を思い浮かべていた。
セリオス、レオネクス、ジョルセアと3人共、領主の跡継ぎ、現領主、海上騎士団の提督として活躍している。自信と言うものは有って当たり前で、領主にとって必要不可欠なものであった。
「それと、最近なのですが商業都市ウキレアで定期的に行われる評定に顔を出さぬ地区領主も居るのです……その日に限ってバルドニア王国へと呼び出され、何かを話し合っているみたいでして……」
(なるほど……陛下の言っていた通り、カイネル王による貴族達の懐柔工作が始まってると見て良さそうだな……)
水面下で行われていたカイネル王による帝国貴族の懐柔が、エシェラントの言葉から事実と知るとコスモが眉をひそめていた。エシェラントはその事を心配する表情からして、カイネル王の懐柔策には乗ってはいない様だが、問題は領主リフィスの対応である。
評定とは打合せ会議の様な物で領地運営では必ず執り行われ、領地での開拓、税、治安、政策について話し合われる事が多く、地区領主を務める者は参加する義務がある。
その評定を欠席するという事は領地の存亡が懸かる緊急事態の発生か、身内に不幸があった時と限定される。理由も無く無断で欠席すれば、領主自らが赴き罰を与え、最悪、地区領主としての立場、領地を召し上げる事もある。
この様な制裁を加えるのが領主の仕事であり義務でもあるのだが、話を聞く限りリフィスはそれを行っていない様に見えた。
「ともあれ、もう我が領地を封鎖する必要も無くなりましたので、領地を通って下さいコスモ様……」
「ああ、助かるよエシェラント様」
「エシェラントと呼び捨てで結構です……セリオス卿もそうしてらっしゃる様ですのでね」
「は、はははっ、そんな話まで伝わってるのか……」
貴族内ではコスモとロンフォード領の次期領主セリオス、そして皇子のユリーズの関係がまことしやかに広まっていた。遠くの領地を治めるエシェラントにもその噂が耳に入っていた。
和やかに話していると、気絶して地面に横になっていたレシェナを介抱するエーシンがコスモを呼びつける。
「コスモ、このままではレシェナの体に良くない、どこか休める場所へ運ばなくては……」
「いや、エーシン、レシェナは俺が運ぶよ。エシェラントに頼まれたからな……レシェナはこのまま俺が連れて行く」
そう言うとコスモが魔剣【ナインロータス】とハート型の盾を背中に戻し、仰向けに寝ていたレシェナの側で屈み、両腕で簡単にひょいと抱え立ち上がる。
エーシンとジュリーダンがそのコスモの馬鹿力に驚いていた。2人掛かりでも支えるのが精一杯であったのだ。
「お、おいコスモさん、あんたレシェナさんが重くないのか!」
「なーに、魔剣【ナインロータス】と同じ位の重さだ。それがもう一本増えても何も問題はねえよ」
魔剣【ナインロータス】は鍛冶屋【覇者の剣】のドノバンとミリットが2人掛かりでようやく運べる重さがある。それを木剣の如く扱えるのは大陸中を探してもコスモくらいなものであった。
それにレシェナは今すぐにでもエシェラントから引き離した方が良い。目を覚ませば自分の変わり果てた姿を敬愛する兄に見られた事で混乱するのが目に見えているからだ。
「コスモ様、ウキレアを訪れた際は是非、リフィス様に会ってやって下さい……それと、妹のレシェナを……よろしく頼みます」
「任せておけ!リフィス様がどんなもんか、この目で確かめてやるさ、それとな、レシェナは必ず元に戻す。エシェラントも安心して待っててくれ」
「なんと頼もしい言葉……コスモ様、どうか、どうかお願い致します……」
エシェラントが武器を握ったまま直立した状態で深く頭を下げる。コスモの思いやる言葉に目には涙を浮かべていた。
コスモがレシェナを抱えたままエシェラントと兵士と騎士達の間を抜けて行くと、その後をエーシンとジュリーダンが追いかけて行く。
エシェラントの抱える問題を1つだけではあるが解決すると本来の目的である皇帝ウェイリーの依頼、リフィスの教育を行う為、一路商業都市ウキレアへと目指し歩いて行く。
~
商業都市ウキレア、飛び地であるジョストン領から北方連合国へと繋がる主要の街道に建造された都市である。その周りは四方を巨大な城壁に囲まれ、更に外側には堀が有り、近くの川から水を引き込んでいた。城門も他の都市と比べ大きく、一度に多くの人々や馬車などが行き来出来る様になっている。
そしてウキレアには北方連合国に数えられる国々から商人が集まり、自国の特産品や生活必需品など様々な物が取引されては自国へと送り出す、その様な形で都市は賑わいを見せていた。
元々は何も無い平野であったが、ジョストン家の初代当主キリアンによって屋敷が建てられると、皇帝ウェイリーの勅令を受けて派遣された商人ユズリスによって商業都市ウキレアが建造される事になる。ユズリスはユズリハ商会の会長のユズリハの父親でもある。
その名残もあって商業都市ウキレアにはユズリハ商会の本拠地の商館が存在する。
商業都市と言うだけあってウキレアに続くあらゆる道は、馬車が走りやすい様に道幅も広く石畳によって地面が舗装されていた。道標となる看板も沢山立てられていて道にも迷う事は無い。
その道をコスモ達が歩いていたのだが、後方から歩いて来る行商人や冒険者、旅人にどんどん追い抜かれて行く。本当であればもう少し早く歩きたいのだが、それが出来ない事情があった。
「ぶ、ぶっひぃ……ぜえぜえ……ま、まだウキレアには着かないのでしょうか……ぜえぜえ……」
「頑張れレシェナさん!あのでっかい城壁がウキレアだ!」
「ぜえぜえ……ジュリーダン……早いですが……ぜえぜえ……ここで昼食にしましょう……」
「分かった!今すぐ準備するからな!」
「準備するんじゃねえジュリーダン!……あのなあ、レシェナ!朝飯を食べてからまだ1時間も経ってねえぞ!もう少し踏ん張れねえのか」
「……そ、そうは言いますが……朝食が少なすぎるのです!ぜえぜえ……こ、これでは3時間で飢えてしまいます……ぜえぜえ」
「エシェラントの領地を抜ける為にレシェナの身を預かったとは言え、ここまで歩みが遅くなるとは思わなんだな」
極太の太巻きの様な体型のレシェナの歩く速度が異常に遅かった。エシェラントの領地を出てから商業都市ウキレアへは一般人でも2日程の行程で行ける距離だったのだが、すでに倍以上の5日が経過していた。
もちろんレシェナの体型のせいでもあるのだが、何よりコスモから厳命された栄養の摂取制限が響いていた。
今までは無制限に高い栄養値のある物を食べ続けていたが、現在は油と砂糖は無し、塩分も控えめにしたエーシン考案による精進料理をジュリーダンに作らせ、それを食べる様になっていた。その影響でレシェナの身体に力が入らずに、普段の遅い歩みが更に遅くなっていた。
そしてそれ以上の問題がジュリーダンのレシェナに対する甘やかしである。精進料理を見てレシェナが可哀想だと思ったジュリーダンは陰に隠れてレシェナに糖分たっぷりの大好物のプリンを餌付けしていたのだ。
それ以降、朝昼夜の食事以外にも2人を一緒にさせない様にコスモとエーシンが目を光らせていた。
「ぶはーぶはー……で、では少し休憩を……ぜえぜえ……」
「レシェナ、辛いとは思うがエシェラントの為だと思って頑張れ!」
「……ぜえぜえ、兄様……私、きっと元に戻ってみせます!……ぜえぜえ」
「しかし酷い兄貴だったよな……こんなに可愛い妹のレシェナさんをいきなり襲ってくるんだもんな」
「ジュリーダン、お主、本気でその様な事を言っていると知らぬ内に地獄に落ちるぞ……」
そうなった元凶のジュリーダンは全く自分が原因だとは考えてもいなかった。それを聞いたエーシンが冷静に突っ込みを入れていた。悪意のない好意と善意とはこういうものである。
こんな状態でやっと商業都市ウキレアへと入ると、領主リフィスの居る屋敷へと向かって歩き始める。
町の中は武器防具に魔法書、衣服に食料と様々な商店が軒を連ねていた。大通りには屋根付きの場所もあり、雨天でも濡れずに商売が出来る様になっている。
商店が集まる地区を抜けると居住区となり、その中心にリフィスの屋敷が見えて来る。
屋敷に到着した時には陽が落ち始め夕方になっていた。そんな中でコスモが屋敷の大扉の横に立つ兵士に声を掛ける。
「そこの兵士、領主のリフィス様はいらっしゃるか!」
「……貴様は一体何者だ」
「俺は冒険者のコスモという者だ、訳あってリフィス様に会いに来た」
「コ、コスモだって!……も、もしかしてあの元祖……」
「それ以上言うな!その通りだからリフィス様に取り次いでくれ!」
「は、はい!!」
コスモが兵士の元祖ビキニパラダイス発言を強制的に遮断するとリフィスに取り次ぐ様に急かす。自己紹介をする度に同じ言葉を繰り返されては、聞く方も見る方も疲れてしまう。
兵士が屋敷に入ってから間もなく、扉から1人の中年の男が出て来る。
頭は見事につるっと禿げ上がり側頭部と後頭部に僅かな茶色の髪を残し、眉間に皺を寄せ吊り上がった太い眉と少し垂れ気味の目付きに、口髭と耳元から顎まで続く髭を蓄えていた。
身なりは白地の貴族服に、緑の肩掛け、すらっとした体型にエシェラントと同じ位の背格好である。
その男がコスモの足元から顔までしっかりと見渡すと、目を瞑り両手の拳を握り、ガッツポーズの様な体勢で全身を震わせ始める。
「やっと……」
「お、おいどうしたんだ、あんた……大丈夫か」
「やっと我がジョストン領に春が来たーーーーーーーー!!」
「は、春?今は秋だぞ、何言ってんだ」
「コスモよ、春が来たとは、辛い時期を超え、やっと幸せになる時期が来たと言う意味もあるのだぞ……今が秋だなんて童でも知っておる」
「えっ、そうなの?……はははは」
脳筋らしいコスモの返答にエーシンが冷静に突っ込みを入れると、コスモが恥ずかしそうに苦笑いして誤魔化していた。
そして喜んでいた中年の男が嬉しそうに顔を輝かせ自己紹介を始める。
「失礼しましたコスモ様!私、領主のリフィス様の軍師を務めております、グストと申します」
「これは丁寧にどうも……コスモの紹介は不要でしょう。拙僧はエーシンと申す者、コスモの軍師を務めております。後ろの2人はエシェラント様の妹君、レシェナ様とジュリーダンというしがない小童です」
「ちょっとエーシンさんよ!誰がしがない小童だ!」
「まあまあジュリーダン、ここは穏便に……ぜえぜえ」
「は、はあ……エシェラント卿の妹君……何やら私が見た時と印象が違いますな……」
「今は【シスター】の修行中の身でして、その一環として厳しい食事制限を耐える為、一時この様な体になって貰っているのです」
「そ、そうでしたか!あの自分に厳しいエシェラント卿の妹君の事だ、そのような過酷な修行も簡単にこなせましょう」
(さ、さすがエーシン、レシェナの体型の言い訳はばっちりだな……)
流石にジュリーダンに餌付けされ過ぎてレシェナが太りましたとは言えない。エーシンが聞き得た情報のみで上手く誤魔化すと、それを聞いていたコスモが感心した顔になる。
グストはコスモ達の来訪が余程嬉しかったのか、レシェナの様子を一瞥すると屋敷の中へと招き入れ、早速リフィスの居る領主の間へ案内を始める。廊下を歩きながらグストが現状のジョストン領の立場を話してくれた。
「噂でご存知だとは思いますが、最近は地区領主達の集まりも悪く、その原因であるカイネル王にジョストン領の貴族に干渉をしない様に通達しているのですが意に介さずでして、ほとほと困り果てているのです」
「同盟国なのにジョストン領の領主の言う事を聞かないのか……」
「はい、何度か陛下にも書状を送り、カイネル王に不穏な動き有りと伝えておるのです」
軍師であるグストがバルドニア王国の国王カイネルの目に余る行動を警戒し、皇帝ウェイリーに逐一報告を行っていたのだ。本来であれば領主のリフィスが陣頭に立って干渉された地区領主に罰を与え、カイネル王へ直々に会って訴えに出るべきなのだが、グストの通達による注意のみであった。
「領主のリフィス様はその事について何も動いていないのか?」
「坊ちゃんは……まだ幼く、老獪であるカイネル王に良い様に扱われているのです」
「幼い?……確か拙僧が聞いた話では齢はもう16と聞いておるが、こちらでもその年齢なら大人の扱いであろう」
「……年齢ではないのです。坊ちゃんに会って頂ければ解ります」
領主の間の扉の前でグストが悔しそうな表情を浮かべ俯くと、少しして顔を上げ扉を叩き声を掛ける。
「坊ちゃん!かの有名な冒険者、コスモ様がやって来られましたぞ!是非、一度お会いして下さい!」
「……グスト!僕は誰にも会いたくはない、帰って貰え!」
「そ、そんな事を言わずに、このグスト、一生のお願いでございます!」
「……分かったグストがそこまで言うなら、コスモとだけ会う、それ以外の者は絶対に入れるなよ!」
「あ、ありがとうございます!……ではコスモ様だけ、領主の間にお入り下さい」
「……分かった、エーシン達は悪いがここで待っててくれ」
「コスモ、人とは本来、弱き生き物だ。赤ん坊の頃に何も出来ないのと同じでな、だからこそお主が正しく導いてやるのだ。良いな?」
「ありがとうよエーシン、最初に言われた事はちゃんと守るさ」
コスモが笑みを浮かべエーシンの助言に感謝すると、グストと共にコスモが領主の間へと入って行く。
領主の間に入ると、窓と言う窓には全て陽を遮るカーテンが掛けられており、広間は薄暗くなっていた。その中を領主リフィスが座っている玉座へと向かい歩いて行く。
玉座の前に着くとグストはコスモの横へと立ち、コスモは跪き挨拶を始める。
「私の名はコスモ、ジョストン領の領主リフィス様にお会いできて光栄でございます」
「へえー、やっぱり噂通りでピンク色のビキニアーマーなんだねー、ちょっと顔も見せてよ」
リフィスの許しを得てコスモが顔を上げると、玉座に座っていたリフィスが立ち上がり段差を下りてコスモへと近付いて行く。
「はー、確かに殿下とセリオスも惚れる訳だ」
「お、恐れ入りますリフィス様」
「えっと、こちらの紹介もしておくか、ジョストン家の三代目当主のリフィスだ、周りからは【無能のリフィス】って呼ばれているからよろしく」
「えっ?【無能のリフィス】??」
「ぼ、坊ちゃん!その様な紹介の仕方は相手に失礼ですぞ!」
「何でさグスト、どうせコスモも僕の姿を見ればそう思い始めるさ、なら最初に伝えておいた方が楽でしょ?」
ヘラヘラと笑いながらリフィスが【無能のリフィス】と自称すると、その言葉を聞いたコスモが戸惑い、意味が分からずにいた。
薄暗い部屋で見えなかったリフィスの姿が間近に寄った事ではっきりと見えて来る。
茶色の髪に優しそうな温和な顔、歳も若く幼さが残るが力強い目付きで、白い生地の貴族の服を身に纏いセリオスと同じ背丈をしている。しかし、どことなく達観した様な顔で虚ろな目をしていた。
コスモの戸惑った顔を見たリフィスが続けて、なぜ無能と呼ばれているのか説明を始める。
「なんで無能なの?って顔をしているけど、簡単な事さ、僕は神器の【ゲイボーグ】が使えないのさ」
「こ、公爵様が神器が使えない……本当なのですか!」
「ところがどっこい、本当なんだなこれが、僕も最初は父上の子では無いかと疑ってはいたんだ。だけどそこのグストが僕の生まれる所を側で立ち会ってたから、間違い無いって言うんだよね」
「坊ちゃんは確かに先代フィアン様の子、私がこの目で確かに見ております!」
「だとしたらさー、なおさら惨めだよね。そのお陰で婚約者の幼馴染にも逃げられて、祖父の頃から付き従ってくれた家臣からの信頼も無くなって、挙句の果てには同盟国のカイネル王にも飾りの様に扱われる、僕が存在する意味ってある?って感じだよね」
諦めた顔でリフィスが得意気に自分の事を卑下する。神器の扱えない三代目の領主なんか存在する価値が無いと平然と口にしていた。
コスモも今まで会って来た神器の継承者達は当たり前の様に神器が扱えていたのを見ている。リフィスが扱えない事が最初は冗談だと思ってもいたが、リフィスとグストの様子を見ると本当の事なのだと分かる。
しかしそれが分かったとしても、コスモはリフィスの態度が気に入らなかった。神器が扱えないからと言って開き直って飾りの領主に納まり、不貞腐れた態度で血筋のせいにしているのだ。
跪いていたコスモがすっと立ち上がるとリフィスの襟元を勢いよく掴むと体ごと持ち上げる。
そしてリフィスの体に触れた事でコスモの特殊技能【慈愛】が発動してリフィスの心の色が見えて来る。
枯れた草木の朽葉色が地面に広がり、その上には灰色の暗雲が立ち込め雨色が降り注いでいる様にも見える。
リフィスの心はすでに枯れ切っていた。天運地運人運にも見放され、ただただ辛く当たり続ける涙の様な雨に耐え凌ぐだけであった。
だがコスモはそのままリフィスを睨み付ける。
「おい、リフィス様、いやリフィス!お前は公爵家であるジョストン家の血筋を引いてるんだろ、なら神器なんか扱えなくても領主としての義務は果たすべきだろうが!」
「ふん、やはりコスモも、他の者と同じ事を言うのか……いいか、僕はやる気を出したら駄目なんだよ!僕が力を蓄えればカイネル王は必ず潰しに来る。それにどうせ賊の襲撃が収まればこの領地を返還する事になるんだ」
「だからって何もしないのかよ、リフィス……」
「努力したって無駄なんだよ!どうあがいてもバルドニア王国の軍事力には敵わないし同盟国なんだ。僕が出来るのは返還されるまで、何事も無く領地の治安を守る、それだけでいいんだ!」
「て、てめえ……」
「どうしたコスモ!拳なんか握り締めて、お前も僕を殴るのか!僕を見限った者は皆そうして来た、それですっきりするなら殴れよ!!」
情けないリフィスの言動にコスモは我慢の限界へと達していた。今まで出会って来た神器の継承者達もリフィスと同じ様に全てが上手く行っていた訳では無い。
セリオスは不注意によって配下のモウガスに再起不能の傷を負わせたし、レオネクスも父が山賊に討たれ帝国の恥と指差されて来た、ジョルセアも母を失いながらも義兄を止める為に辛い戦いに挑んでいた。
それに比べてリフィスの言動、思考、行動はそれを全て諦め、否定しているのだ。コスモからしたら、彼らの思いが踏みにじられた気持ちだった。
拳を強く握り締めるとリフィスの顔へ向かって振り下ろそうとするが、寸での所でエーシンの言葉を思い出す。
『人とは本来、弱き生き物だ。赤ん坊の頃に何も出来ないのと同じでな……』
その言葉がコスモの頭を駆け巡るとリフィスの顔を改めて見つめ直す。リフィスの顔は恐れ、諦め、嘲笑した顔では無い、涙を目に浮かべながらも悔しそうな顔をしていたのだ。
父親を失って幼い頃からカイネル王のお飾り領主として駆り出され利用されて来た。そして神器が扱えない事が分かると、手の平を返した様に親しかった者達が離れて行く。
何も出来ない自分がリフィスは悔しかった。ならばせめて、領民達が無事に過ごせる様に【無能のリフィス】として辱めを受けながらもジョストン領の領主をやり遂げようとしていた。
その顔を見た途端、コスモはリフィスの掴んでいたいた襟を離す。離されたリフィスはその場にへたり込み、コスモを見上げる。
「ゴホッゴホッ!ど、どうしたんだコスモ、急に殴るのを止めて……僕の事が気に入らないんだろう」
「そうだ!気に入らねえ!!だがな、俺がここへ来たのは陛下の命があったからなんだよ!」
「へ、陛下が!?」
「ああリフィス、お前が思っている以上に陛下はお前の事を理解し、期待している!だからこそ、領地替えじゃなく俺を教育係として呼んだんだよ!」
「ウェイリー陛下……幼い頃に一度だけお会いしただけなのに……」
「陛下は俺にリフィスに会えば分かると言っていたが、会ってみてお前って奴がとことん分かったぜ!」
「……ならどうする?僕を見捨てて帝国本土へ帰るかい?」
「いーや、俺は決めたぜ、お前を騎士団式の訓練で徹底的に鍛え上げてやるよ……覚悟しろよ!」
皇帝ウェイリーの会えば分かるという言葉を、コスモは身に染みて理解をした。例え神器が扱え様ともリフィスの置かれた状況は変わらない、寧ろ扱える事でカイネル王が警戒してより苛烈な妨害工作を仕掛けるのは明らかだ。
ならば油断している今が好機でもある。リフィスの基礎的な能力値を上げていっぱしの領主として戦える様にするのが、コスモに出来る教育であった。
「おい、グストさんよ、俺を含めた4人がこの屋敷で寝泊りは出来るかい?」
「はっ!ええっ!もちろんですとも!」
「それと、訓練場はあるか?広けりゃ嬉しいんだが」
「は、はい!屋敷の裏に騎士達の訓練場と広場があります!」
「よし、分かった!……おい!エーシン、こっちに来てくれ!!」
自分達の寝床とリフィスを鍛え上げる場所を軍師のグストから聞き出すと、矢継ぎ早に領主の間の外に待機していたエーシン達を呼び出す。 領主の間に入ったエーシンはコスモとリフィスの顔を見るとにんまりとする。自分の言い付けをコスモが守った事に満足した様子であった。そのコスモが真剣な顔でエーシンに問い掛ける。
「エーシン、カイネル王による本格的な仕掛け、いや行動に移るまでの猶予はどれくらいある?」
「そうだな……今は秋だが間もなく雪が降り積もる冬が来る、そうなれば進軍するのも戦闘を継続するのも厳しい、ジョストン領の貴族を懐柔している所を見ても、準備が整うのは年明けの雪解けの時期と見て良い」
「後4カ月くらいしかないのか……時間が余りねえな」
「何、それだけの期間があれば、あの童も相当に逞しくもなろう」
エーシンの予想では年明けの雪解けの時期に本格的にバルドニア王国が動き出すと読んでいた。北方連合国の冬は帝国領に比べ寒さが厳しく雪が高く積もる、秋に進軍すれば雪によって退却する事もままならない、その様な愚策をあのカイネル王が選択する事が無いと判断したのだ。
コスモがリフィスを教育するのに必要な時間を逆算すると座り込むリフィスの近くに寄って屈む。
「リフィス、これだけは言っておく、時間も限られた騎士団式の訓練は半端じゃねえ、だがな、それを耐え切れたら賊なんか相手にならねえ程の力が手に入る。それだけは約束するぜ」
「ふん……誰がそんな事やるか、コスモもとっとと諦めて帰るんだな」
「……ぶっちゃけよ、陛下の依頼はもう関係ねえんだ。俺がお前を一丁前の男にしたくてうずうすしてるのよ」
「はははは、今まで教育係を担当した者は最初は立派な口を叩いていたが、僕の無能さに呆れるととっとと帰って行ったんだ、コスモ、お前もきっとそうだよ!」
「俺が今までの教育係と同じだったらな、俺の目を見てもそう言えるか?」
コスモがリフィスの目を真っ直ぐに見つめ続けると、リフィスがその本気の目付きに耐える事が出来ず目を背ける。実際コスモは何かに取り掛かると、持ち前の常人を超えた力で最後まで行動を果たしてきた。
女とは思えないその自信と気迫に溢れた目は誰が見てもリフィスの様に耐えきれるものでは無い。
屈んでいたコスモがすっと立ち上がると、見下ろす様にリフィスへと忠告する。
「早速明日の早朝から訓練を開始するからな、さぼろうとしても無駄だぞ、俺が地の果てまで追いかけて無理矢理やらせるからな!」
「グスト!僕はやらないからな、いいか!」
「ぼ、坊ちゃん、これは良い機会ですぞ、コスモ様のような高名の冒険者に手解きを受ける機会はそうありますまい」
「知るか!勝手にやっていろ!僕は絶対にやらないからな!」
コスモの訓練は絶対受けないとコスモ本人には向かっては言えず、軍師であるグストに八つ当たりする様に捨て台詞を吐くとリフィスが飛び出す様に領主の間を出て行く。
それを気にする事無くコスモが続けてレシェナとジュリーダンに厳しい目付きを見せる。
「レシェナ、ジュリーダン、お前達も強制参加だ。明日の早朝だからな、遅れるなよ」
「……ぜえぜえ、コスモ様!私は絶対にやり遂げて痩せてみせます!ぜえぜえ……」
「ちょっと待てよコスモさん!レシェナさんが参加するのは分かるけど、何で俺も参加なんだよ!」
「……お前は少し性根の部分を直した方が良いと思ってな」
「ジュリーダンお主、レシェナが参加する理由も理解した上で、その様な言葉を吐きよるのか……」
騎士団式の訓練に極太の円柱体型のレシェナと、その元凶のジュリーダンを巻き込み訓練するとコスモが伝える。もちろん通常体型のジュリーダンからの反発はあったが、リフィス以上に厳しい目をコスモが向け参加させる事を決定する。
相変わらずのジュリーダンの発言に流石のエーシンも呆れていた。
こうしてリフィスの教育が始まろうとしていた。神器が扱えない事と領主としての最低限の義務しか果たさない事で巷では【無能のリフィス】という烙印を押され、同盟国のバルドニア王国の国王カイネルに良い様に扱われてきた。
この事を知ったコスモが固い決意でリフィスを教育して行く事を決める。
外の樹々の葉は紅葉し、木枯らしに揺られて葉が散っていく季節になっていた。
ここまで読んで頂きありがとうございましたワン!
皆様、良い年末をお過ごし下さいワン!




