第83話 東の生臭坊主
・コスモ(女)
元騎士団の39歳のおっさん冒険者
職業は【ソードアーマー】
領主騎士団時代に負傷した右膝を治す為に飲んだ森の魔女の秘薬、万能薬の効果により39歳のおっさんモウガス(男)から見た目が20歳前後のコスモ(女)となる
上皇アインザーによって<インペリアルオブハート>の称号を得るが、それを象徴するハート型の盾と共にビキニアーマーがますます外せなくなる、ある意味呪われた装備と化していた
コスモが目指すジョストン領は周りをバルドニア王国に東と南を囲まれた平野にある。
バルドニア王国の領土内の北西に当たる部分がジョストン領があると言えば分かりやすいだろう。
その為、南にある帝国領からジョストン領へ行くには一度バルドニア王国へと入国する必要がある。
北にはスーノプ聖国、西にはリンティス魔導公国が接する国境の最前線にジョストン領が存在する形だ。
飛び地の様な場所になった理由だが、バルドニア王国の先代の王バラントがバンディカ帝国に協力を求めた際に、活動が行いやすい様に他国の国境に面した土地を選定していたからだ。
そしてバンディカ帝国直轄領の北端、バルドニア王国との国境には大陸の中央で横断する様な山脈が続いている。
この山脈をミッドエッジ山脈と呼ぶ。
このミッドエッジ山脈が国境線代わりとなり、大国であるバンディカ帝国とバルドニア王国を上手く切り分け、そのお陰で両者による領土を巡っての大きな戦は歴史上無かった。
そのミッドエッジ山脈の切れ目、そこに建造されたのが国境都市グラスタリーで、帝国側から地上で繋がるバルドニア王国への唯一の道である。
その国境都市グラスタリーに向けて、コスモが街道をひたすらに走り続けていた。
(しかし……久しぶりの一人旅ってのは寂しいもんだな……話し相手が居ないってのは、こうも詰まらないのか……)
モウガスであった時は基本的に1人には慣れていたが、コスモになって以降、他の領地に向かう時は必ず誰かと一緒であった事をコスモは思い出していた。
しかも今回は長旅で一週間以上も続く事が予想されている、そんな中で1人で無言のまま移動するのも億劫だと感じていた。
そんな事を考えながら走っていると、平原の広がる街道の端にみすぼらしい姿をした者が立ち尽くしていた。
身体は子供の様に小柄で、編み込みが破れ穴の開いた網代笠に酷く汚れている墨染の直綴、片手には樫の木の杖を持ち、泥で汚れた脚絆に草鞋を履いた出で立ち、辛うじて東の国の聖職者である事が分かる。網代笠で顔が見えないのもあるが、余りにも汚らしいので男か女かも判別が出来ない。
街道は物資を運ぶ馬車や護衛を行う冒険者が行き交っているが、大陸で見掛けないその奇怪な姿を見て、珍しそうに眺めては通り過ぎて行く。
コスモも他の者と同じく通り過ぎようとしたのだが、なぜかその者に言葉では無い何かに呼び止められる様な気がした。
自分でも良く分からない気持ちになると、迷うくらいなら一声掛けるかと考え直したコスモが走る速度を落として奇怪な者の前で立ち止まる。
「おい、どうしたんだこんな所で?腹でも壊したのか?」
「……」
俯く様に佇む姿に体調が悪いのかと思ったコスモが声を掛けるがその者からは反応が無い、しかし雰囲気的に無視をしている訳では無い。コスモが反応が無い事に首を傾げていると、足元に大陸の文字で書かれた木の板が置いてある事に気付く。
『東の国の雲水です。修行の一環で皆様からの寄付で生活をしております。何卒、お布施をお願い致します』
「う、雲水?よ、良く分からねえけど……生活が苦しいって事か?」
「……」
奇怪な者の反応は相変わらず無い、しかし服装から見ても生活に困窮している様子であった。普通の人なら無視をするのだが、お節介焼きが好きなコスモは荷物の中から金貨を1枚取り出して、奇怪な者が手に持つ鉢の様な物に入れて行く。
「これで何日かは食えるから、しっかり修行しろよ!じゃあな!」
「……」
金貨を入れても喜ぶ様子は無く相変わらず無言のままだ。先を急ぐコスモが気にする事無く、別れを告げると再び街道を走り始める。
街道の彼方までコスモが走り去ると、奇怪な者が網代笠をちらっと上げコスモの行き先を見つめていた。
(あれがコスモ……噂通りの子だな……)
奇怪な者はなぜかコスモの事を知っていた、大陸で生活する者ならば誰もが一度は聞く名ではあるが東の国の者は、知る由もない筈である。
そそくさと金貨を袋へと入れ文字の書かれた木の板を拾い上げると、コスモと同じ方向へと歩き始めて行く。
コスモが走り続けて数時間、遠くに見えていた大地を横断する様に立ち並ぶミッドエッジ山脈が間近に迫っていた。急いで向かった甲斐もあって陽が落ちる前に、コスモがようやく国境都市グラスタリーへと到着する。
国境都市と言う事で都市の南半分は帝国が、北半分を王国が管理をする特殊な都市である。
到着するとすぐに出国手続きをする窓口へと向かうのだが、窓口には終了の看板が掲げられていた。それを見たコスモが仕方ないと言った顔で宿に行き先を変えて歩き出す。
国境都市グラスタリーに入ってからコスモは多くの人から話し掛けられていた。トレードマークのピンク色のビキニアーマーが余計に目立つせいで、誰もがすぐにコスモだと気付くからだ。
知名度が上がった宿命とも言うものであろう、話し掛ける人々に笑顔で応対をしながら宿に入ると部屋に荷物を置いて、うきうきとした気持ちになりながら併設されている酒場へと向かう。
ここまでは野宿で簡素な食事が続いていたので、今日は久しぶりに豪勢な料理にラガーを呷ると決めていた。
酒場に着くと、1つの机に人だかりが出来ている事に気が付く。その机に料理を運ぶ給仕の女が慌ただしく動き回っていた。
「じゃんじゃん肉もってこーい!このラガーってお酒ももう一杯!」
「た、ただいまお持ちします!」
人だかりで見えないが、声色からして机に座っているのはどうやら女の様だ。コスモも人だかりが気になり、外側からそっと机を覗き込む。
机の上には所狭しと鶏肉の照り焼き、豚の生姜焼き、牛肉の鉄板焼きが並び、その肉を片手でフォークに突き刺すと口に運び、もう片手に持ったラガーをぐいっと美味しそうに女が呷る。
その女はボサボサとした茶色の長い髪を首後ろで纏め、特徴的な丸形の垂れた黒い眉、半分程見開いた眠そうな目付き、小動物の様な可愛らしい顔に小柄な体、見覚えのある汚れた墨染の直綴に身を包んでいた。その姿を見た瞬間にコスモが声を上げる。
「あっ、あいつ、街道に立ってた奴じゃねえか……」
コスモが街道に立っていた奇怪な者を思い出す。網代笠で顔は見えなかったが、背丈と格好は確かに同じである。
「しかし、お嬢ちゃん良く食べるねえ!こんだけ食べる奴は見た事がねえよ!かれこれ30分は食べ続けてるもんな!」
「あったぼうよ!久しぶりのお布施で懐がほっかほかだからねえ!今日はがんがんいくよ!」
あろうことか、コスモの与えた金貨で女は豪遊をしていた。女も久しぶりの肉と酒なのか非常に上機嫌で囲まれた人に愛想を振りまいていた。野次馬達もどこまで食べるのか皿の枚数で賭けをして楽しんでいる始末だ。
しかしここでコスモに1つの疑問が生まれていた。
(確か、別れたのは数時間前……それなのに俺よりも早くにこの町へ着いたって事か?)
コスモは特殊技能【妖馬の脚】で馬の出せる最高速度を維持したまま移動して来たのだが、それを超えた速度でこの女は国境都市グラスタリーに難なく辿り着いた事になるのだ。
有り得ない事と考えていると女がコスモに気付いていたのか、見向きもせず食事をしながら声を掛けて来る。
「コスモ、そこに立ってないでこっちに座ったらどうだ?」
「な、なぜ俺の名を……」
「コスモだって!コスモって言えば、あの元祖ビキニパラダイスで、水着大会で優勝した……そのピンクのビキニアーマーは間違いがねえ!今日はやたらと凄い奴が集まるなあ!」
周りの客達もコスモに気付くと更に騒ぎ始める。大食いをする小柄の女に、ピンクのビキニアーマーを身に着けた帝国の有名な冒険者コスモが登場すれば、否が応でも場が盛り上がって行く。
コスモも自分の知名度が上がった事でこの女も自分の名を知っているのだろうと思い、言われるがままに小柄な女の対面の席へと腰を掛ける。
目の前にコスモが座っても小柄な女は手を止めずに食事を続ける。物凄い健啖家の様だ。
しかしその料理の代金もコスモが渡した金貨で支払われる筈、そう思うとコスモが少しもやっとした気持ちになっていた。
「おい、あんた、俺の渡した金貨で飯にありつけたんだろう?ちっとは礼を言うのが筋ってもんじゃねえのか?」
「もぐもぐ……修行の一環でな、施しに礼を述べるのは法度なのだ、許して欲しい」
「そうなのか……変な修行だな……」
「その代わりと言っては何だが……コスモ、お主の飯も拙僧が奢ってやろう!感謝しろよ!むふふ!」
ダンッ!ズゴゴゴ……
「それは元は俺の金だろうが!何を偉そうに!!」
コスモが施した金貨をあたかも自分の物である様に振舞う、その余りにも横柄な小柄な女の態度に我慢ならなかったコスモが机を軽く叩くと、技能【乙女の怒り】によって必殺の一撃音が少し鳴り響き、机の叩いた端の部分が破壊されてしまう。
その反動で机に置かれていた料理もその衝撃で地べたへと落ちると辺りに散乱する。囲っていた野次馬も不味い雰囲気と察したのか、静かに離れて行くと自分の席へと帰って行く。
しかし小柄の女はコスモの怒気に恐れる事無く、表情を変えずにコスモを見つめ続けていた。
「お主の悪い所は、すぐに熱くなる所だな。この様な小事にも感情を出していては、この先の大事……依頼は果たせぬぞ」
「な、何で依頼の事を知ってやがる……」
「御主人、申し訳ないが水の入った桶を1つ用意してはくれぬか?」
「は、はい……すぐに持って行きます」
小柄の女がコスモの短所と目的を見透かすと、質問を無視して酒場の主人に水の用意をする様にお願いをする。すると席から立ち上がり、散乱した料理を手で摘まみ拾い集め皿の上に戻すと机の上に置く。
「生命を食らう以上、出された物は残してはならぬのでな……」
「まさか、お前それを食べるのか……」
「お待たせしました、水です」
「うんむ、すまぬな御主人」
水の入った桶が用意されると、小柄の女は椅子に座り躊躇する事無く拾い集めた料理をフォークに刺すと桶の中の水で潜らせ、そのまま口に運ぶ。
それを見ていた周りの客達が気分の悪そうな顔をしていた。地面に落ちた食べ物は犬、猫が食べる物で、飢えていなければ誰も口にしないのは常識であった。
「もぐもぐ……折角の味付けが水で落ちてしまったが、素材の味が感じれてまた美味しいなあ!」
「お、おい、俺が落としたんだ、新しいのを注文してやるから止めろ!」
コスモもその行動に驚いたのか、慌てて制止すると小柄の女が真剣な顔付になって行く。
「この事態を引き起こしたのは拙僧だが、コスモ、お主にはそれを止める選択が委ねられたのだ。その結果がこれだ。もしこれが料理では無く、国同士の諍いとなったらどうする?料理と同じく新しく注文でもして止められるのか?」
「なっ……」
「もし、拙僧の様にコスモを挑発する者が、国の要人ともなれば大きな争いになるであろうなあ……もぐもぐ」
小柄な女の言っている事はコスモにとって一番不安に思っていた部分であり、今回の依頼で一番避けなければならない事態であった。
怒りに身を任せたまま力で相手を追い込んでも、追い込まれた相手はなりふり構わず強硬手段に出るだろう。そして相手はその行動を咎められたら原因は力で追い込んだ者にあると、声高らかに言い分にするのは目に見えている。
これが国ともなれば大義名分となり、追い込んだ、攻め込んだ国が非難される事になる。
ならばどうすれば良いのか、コスモが瞬時に覚悟を決める。
コスモが地面から拾い上げた料理の皿を持ち上げると、一気に口の中へと放り込んで行く。口の中では料理の味とじゃりじゃりとする砂と歯応えと、小石が歯と舌に当たる感触、そして埃の糸状の繊維質な食感を感じながらも、一気に飲み込む。
有名人で美しい容姿のコスモが思いもよらぬ行動を取ると、周りに居た客達が目を点にして驚きながらその様子を見ていた。小柄の女もコスモの行動には面を食らった様で、半開きの目が少し大きく見開く。
「……んぐっ、ぷはあ!そう来るなら、皿ごと喰らってやるよ……」
「ほうほう、お主にしか出せぬ剛毅な答えよなあ、力を行使したのなら最後まで責任を持つ……それもまた答えの1つ、やはりお主は噂通り称号の名に恥じぬ者だな」
コスモの出した答えに満足し、その人柄の良さを感じた小柄な女がにっこりと笑う。
すると姿勢を正した小柄の女が自己紹介を始めて行く。
「拙僧は東の国から来たエーシンという者だ。こちらの大陸で言う【シスター】という職業に近い事をやらせてもらっている」
「俺はコスモってんだ。冒険者で【ソードアーマー】をやってるもんだ」
「うむうむ、噂は聞き及んでいる。この先の話は酒を交えながら語るとしようか」
エーシンが店の主人にラガーを2杯頼むと給仕の女がすぐに運んでくる。口直しのラガーを一口飲むと、この大陸に来た経緯について話を始める。
「実はある者から頼まれてな、コスモ、お主の力になれとな。そこで拙僧が一芝居うったわけよ!」
「ある者?それって陛下の事か?」
「……帝国の王では無い、まあそこはいずれ時が来た時に明かそう」
エーシンがここに訪れたのは偶然では無い、コスモの力になる様にある者の指示で訪れて来た様だ。<ファンタスティックカイザー>と呼ばれる皇帝ウェイリーの仕業では無いとなると他に心当たりが無い、一体誰なのかコスモの中で疑念が生まれていた。
するとエーシンがコスモの目を真っ直ぐに見つめる。
「コスモ、お主がこれから何を成し遂げようとしているのか、何も知らない拙僧でも分かるぞ」
「そ、そうだ、なぜ俺の依頼の事を知ってるんだ」
「馬鹿者、ハッタリに決まっているだろう。お主の良い点は真面目で素直な所であるが、素直過ぎて分かりやすいという弱点を持っておる!ただの村娘であればそれでも良いが、お主の様な力を持つ者がそれでは駄目だ!」
「ハ、ハッタリだったのかよ……」
「その様子では恋愛にも滅法弱そうだな、色々な男から良い様に扱われているだろうなあ」
「ぐっ!!」
「……お主、本当に馬鹿者だなあ」
エーシンの当てずっぽうにコスモが見事に嵌って行く。分かりやすい反応を見せるコスモを見て、なぜ自分がコスモの力になる様に言われたのかエーシンは完全に理解をした。
続けてエーシンがコスモの行動から考えられる目的を次々と口にして行く。
「まず、国境都市グラスタリーに向かっている時点で、帝国を主戦場としていたコスモが目指す場所はジョストン領である事は明らか、急ぎ足で向かっている事から余り時間に余裕は無い、となるとジョストン領に関わる誰かに急ぎで出会わなくてはならない依頼を受けた……どうだ?遠からずと言った所だろう?」
「……す、すげえ、なぜそこまで分かるんだ」
「なぜ依頼されたのか理由も付け加えると、今の北方連合国の情勢は安定してる様に見えるが、実際はバルドニア王国の軍事力が抜きん出ている。他の国々の軍事力を合わせても、バルドニア王国には敵わんだろうな、もしジョストン領の返還がされたら最早バルドニア王国を抑えるものはない。その返還をどうにかする為だろう?」
「……ま、まじかよ」
「もし返還がなされたら東の国と同じで天下分け目の東西決戦、こちらでは統一戦争と呼ぶのか?それが始まるだろうな」
皇帝ウェイリーと同じ予測を立てるエーシンにコスモが驚きを隠せないでいた。小柄な女であるエーシンがどうやってここまでの情報を集めていたのか、そして皇帝ウェイリーと遜色の無い聡明さに脱帽していた。
今回の依頼の難しさを改めて知ったコスモが椅子に座ったまま俯き悩む、その姿をエーシンが見つめたままラガーを静かに呷る。そしてラガーの入った木製のコップを静かに机に置くと意を決した様な顔付きになる。
「……うむ、決めた!コスモ、お主が不甲斐ない者であれば見捨てるつもりであったが、その素直な所が気に入ったぞ!」
「でもさっきは素直過ぎたら駄目だって言ってたじゃねえか」
「それはお主の様な力を持つ者の場合だけだ。素直に生きる事は人として自然であり大事な生き方なのだ。だがな、時には虚勢を張って嘘を付き、相手の思惑を見定める事も肝要、それによって救われる者も居る。しかし……」
「……」
「人と言うのは不思議な生き物でな、知恵ある者が策略、謀略、知略を何重にも巡らそうとも、最後の最後に惹かれ、縋って受け入れるのは素直に生きる者の心なのだ」
「素直に生きる者の心……」
「その心は誰にでもあるものだが、人というのはそれを隠し上手く生きておる、時たまに隠したまま忘れる者もおるけどな、その点コスモ、お主はその心にビキニアーマーを着ている様なものだ。いや、素直だからピンク色のビキニアーマーを着ていると言っても良いだろうな」
「……確かに言われて見れば、無理して着なくても良かったんだよなコレ……なんで忘れてたんだろ」
エーシンの言葉にコスモがビキニアーマーを初めて装備した時の事を思い返していた。法外な値段も吹っ掛けられたし、こんな恥ずかしい装備、代わりが見付かったら返品してやろうとも考えていた。
しかし、色々な人々と接している内にそれが受け入れられ称号を得ると、周りの目も奇怪な珍しい者を見る目では無く、いつの間にか美しく強く頼もしいと言った信頼と尊敬の眼差しで見られる様になっていた。
それもコスモの、いや以前のモウガスであった頃と変わらない素直な心を持っていた影響であった。
「という訳で、拙僧がお主の軍師を務めてやろう!代価は拙僧を養うだけ……そうだな肉と酒を食わせてくれるだけで良いぞ!」
「くっ……確かにエーシンの言う通り、俺には国同士のやり取りってもんが分からねえ……軍師ってのも良く分かってねえ……だが、あんたの先を見通す力が俺の力になってくれるなら、こちらからも頼むっ!!」
「はははは!任せろ!拙僧さえ居れば脳筋のお主もきっと役目を果たせる事だろう!」
「お、俺もレオネクス様と同じ脳筋族だったのか……」
今までのコスモの行動を見れば分かると思うが、基本的に脳筋と言っても差し支えの無いものである。言うなれば【踊れる脳筋】と言う言葉が一番しっくりくるだろう。
受け入れがたい事実を知ったコスモだが先見の明を持つエーシンが味方となればとても心強い、今回の依頼も自身の英雄級の力だけでは果たせない事は薄々気付いていた。
それにジョストン領の領主リフィスの教育も行わなければならないのだ。いつもと違う依頼にコスモはやり遂げられるのか不安になっていた。
「拙僧の予想だが、明日、国境を超えた時点でコスモに接触するバルドニア王国の要人が現れるだろうな」
「なぜ、そう思う?」
「そのピンクのビキニアーマーというだけでコスモ罷り通ると言ってる様なもの、それを何も目的を聞かずに素通りさせる国ならば、そもそも野望も持たぬだろうよ」
「ご、ごもっともに……」
コスモがそう言われると恨めしそうにビキニアーマーを見つめる。この姿なら恐らく依頼が無くても呼び止められるだろう。
互いの紹介や今後の話に終わりが見えると、約束通りコスモが酒代の料金を支払い宿の部屋へと2人で戻って行く。
翌朝、朝一番に国境の門前に並び、バンディカ帝国からバルドニア王国へと入国をする。
国境とは言うが決められた通行料を支払い、禁止されている奴隷の運搬、手配中の凶悪な賊などで無ければ案外すんなりと通れる。
そして国境都市グラスタリーの見所はこの先である。南半分の無骨な城塞の様な町造りの帝国領と違って王国領は竜を模った装飾品が多く華やかな町並み、掲げる国家の紋章も竜の形をしたものと様相ががらっと変わるのだ。
整然とした広い道は見通しも良く、竜との地上戦を想定している帝国とは違い、空中戦に重きを置く竜騎士大国の王国らしい町造りである。
その開けた大通りをコスモとエーシンが歩いていると、王国の紋章の入った馬車が横で停車する。
馬車の中から使いの年配の老紳士が降りて来るとコスモに礼儀正しく声を掛ける。
「<インペリアルオブハート>のコスモ様ですな、私、バルドニア王国の地区領主の執事を務めている者でございます」
「……その執事さんが俺に何か用かい?」
「我が主がコスモ様にお会いしたいと申しております。ご足労をお掛けしますが、よろしければ一緒に来て頂けないでしょうか」
エーシンの予測通り王国側からの接触があると、コスモがエーシンを見つめエーシンが頷く仕草を見せる。
「分かった、一緒に行こうか」
コスモとエーシンが馬車に乗り込むと国境都市グラスタリーを出て行く。
しばらく山間の街道を走り続けると、都市から離れた場所に大きな屋敷が見えて来る。空には何人かの【ドラゴンライダー】が飛び回り歩哨を務め、屋敷の周りには飛竜が数匹と騎手の竜騎士達が何人も立ち、辺りを警戒をしている。
それを見たエーシンがコスモに小声で囁く。
「コスモ、どうやら掛ったのは大物の様だぞ」
「大物?一体それって……」
コスモがエーシンに聞き返そうとすると、馬車が屋敷の入口で止まり執事の男が目的地に到着した事を告げる。
「到着しましたコスモ様、主の部屋までご案内致しますので私に付いて来て下さい」
執事の老紳士に言われるがままに、馬車を降りると外に居た竜騎士達の視線が一気にコスモへと集まる。噂通りの格好と美しさから、竜騎士達は色めき立っていた。
屋敷の大きな玄関扉から中へ入ると広い吹き抜けの下を通って脇の廊下に入る。その最奥に立派な扉が見えるが、その扉の両端に鋼の槍を持ったコスモよりも大柄な竜騎士が2人立っていた。
扉の前まで移動すると両端に立っていた大柄の竜騎士が兜の隙間から、物凄い殺気を込めた目でコスモを見つめる。その威圧して脅そうとする癪に障る目線を無視していると、執事が扉をノックする。
「御主人様、コスモ様をお連れしました」
「うむ、入るが良い」
執事がコスモが到着した事を伝えると、扉の内側から地区領主であろう男の低い声で許しが出る。執事が扉を押し開けコスモとエーシンを中へと招き入れると、自ら外側に出て行き外から扉を閉めて行く。
広い部屋の正面にはバルドニア王国の国旗が壁面に大きく掲げられ、その前には細工を施した大きな机が1つ、その奥に用意された革製の椅子には、立派な体付きをした男が座っていた。
赤い髪を左右に流し、これから戦をするかのような軽装鎧を着用し、王国の紋章を刺繍した外套を身に包んだ男で年齢は50代くらいであろうか、美形な顔ながら眉間に皺を寄せ相手を威圧するかのような鋭い目付き、何年も笑ってない様な硬い顔付きだ。
それに皇帝ウェイリーと似た様な覇気を常に体中から放っていた。その地区領主という男が表情を変えずコスモ達を歓迎する。
「ようこそバルドニア王国へ、コスモ殿」
「歓迎の言葉ありがとうございます領主様、しかし鎧を着ての歓迎とは一体?」
「ああ、驚かせてすまぬ、賊が最近多くてな、コスモ殿の歓迎が終わり次第、討伐に向かう予定なのだ」
地区領主の男の言葉は丁寧ではあるが、自身も鎧姿に武器も携えている。本来、歓迎の場では無礼にも当たる振舞いなのだが、わざとそう威圧している様にも見て取れる。ここまで来る時も竜騎士達は完全武装をしていて、まるで敵がコスモであっても討ち取れる様な態勢でいるのだ。
それに先程からコスモが地区領主の男から放たれている覇気が並大抵のものでは無いと感じていた。以前、皇帝ウェイリーが貴族間の派閥争いで見せた覇気、あれに近いものであった。
そこでコスモはエーシンの言葉を思い出し、確認する様に率直に地区領主という男に尋ねる。
「失礼を承知で言わせて頂きますが……貴方は本当に地区領主様なのですか?」
「それは一体どう言った意味ですかな?私には地区領主の資格が無いと?」
「いえ……その逆です。地区領主に収まる様な覇気では無いと感じたのです。その覇気は皇帝陛下にも勝るとも劣らないもの……」
「……ふふっ、皇帝とは言い過ぎだろう。だがさすが<インペリアルオブハート>の称号持つコスモ殿、隠し切れんか」
男が微笑しながらコスモの推察を称賛するが目は笑ってはいない。しかも余裕があるのか、あっさりと隠し事をしている事を正直に白状すると自分の正体を明かして行く。
「私はバルドニア王国、国王のカイネルである」
「あ、貴方がカイネル王……」
男がカイネルと名乗ると、コスモが素早くその場に跪いて敬意を表す。
まさかいきなりバルドニア王国の国王が現れるとはコスモは思っていなかった。エーシンはこの事を予測していたのか、表情を変えずにコスモの隣に佇んでいた。
動揺するコスモを見てカイネルが硬い表情を緩やかにして、ここに居る理由を説明する。
「隠すつもりは無かったのだが、帝国の心と呼ばれる其方にどうしても会いたくてな、だが実際に会ってみて確信したぞ、其方は帝国に限らず王国でも一番に美しい、それだけでも会いに来た甲斐があったというもの!」
「お、お褒め頂きありがとうございます」
「そう畏まらないで欲しい、さあ立ってくれ、ここには私とコスモ殿、それと……そちらの連れの方は?」
「拙僧はエーシンと申す。東の国出身故、こちらの作法は分からぬので不作法を取るかもしれないが許して頂きたい」
「構わぬ、コスモ殿の友人であれば私の客人でもある。部屋にはこの3人しかおらぬのだ、楽にして欲しい」
カイネルの許しが出てコスモが立ち上がるが、エーシンを見た時のカイネルの目が一瞬だけだが、歯牙にもかけぬ奴と言う様な侮蔑の目になったのをコスモは見逃さなかった。
それに言葉とは裏腹にカイネルのコスモを見る目、というよりも異性を見る目がどうも見下している様に感じていた。まだ上皇アインザーの様な助平な気持ちで見られるのなら慣れてはいるが、カイネルの目はまた違う意味で気分の良いものではなかった。
そんな事を考えているとカイネルが笑顔になっていきなり本題へと入って行く。
「ところでコスモ殿は我が国には何用で参られたのだ?」
「ジョストン領の国境で賊共が暴れていると噂を聞いて、冒険者として討伐に参りました」
「ふむ、賊にはほとほと困り果てておる。何度も我が軍を派遣しておるのだが、まるで蛆虫の様に湧いて来るのだ」
「そうでしたか、ならばきっと私の力がお役に立てるでしょう」
賊の襲撃にはカイネルも頭を悩ませている様で、コスモも安堵の表情を浮かべてほっとする。実際はジョストン家のリフィスを教育する為なのだが、その要因となっているカイネルに素直に伝えてしまっては本末転倒だ。
しかしカイネルは口調を強くし、コスモにその必要が無い事を語り始める。
「だが!コスモ殿の活躍する場は無いであろう、つい先日、領主のリフィス公爵と軍議を開いてな、我が軍がジョストン領の国境に常駐する事が決まったのだ。今後、ジョストン領の仕事斡旋所には賊討伐の依頼は出ないだろう」
「し、しかし、それでも賊からは全ての村を守る事は難しいでしょう!」
「……その逆もまた然り、コスモ殿、貴女1人だけでは全ての村は守り切れぬだろう」
「くっ……」
カイネルの言葉にコスモに返す言葉が見付からない。その言動からコスモが邪魔者である事は嫌と言う程に伝わって来るが、コスモも依頼を果たせないまま引き下がれない。
どうすれば良いかコスモが顔に汗を流しながら必死に理由を模索していると横に居たエーシンが声を上げる。
「この大陸の半分の賊を討伐したのはこのコスモと言っても良いでしょうな、それも盗賊、山賊、海賊と賊という賊はコスモの手によって潰されている。そのコスモの応援を無下にして領民は黙っているのでしょうか?」
「……確かにコスモ殿の賊の討伐の功績には目を見張る物があるが、それは我が軍も負けてはおらぬ。国民もコスモ殿の力よりは我が軍を頼りにするだろう」
「確かに国民が頼りにするのは自国の軍、真っ当な意見ではありますな。しかし、王たる者、最善を尽くすのが使命と思われますがいかがですかな?」
「……何が言いたい?」
「カイネル様の軍とコスモの力、両方が揃ったらさぞ領民にとって頼もしいでしょうな!帝国の英雄と自国の精強な軍に守られている事で領民も安心して暮らせましょう」
「それでもだ!コスモ殿の力無くとも我が軍だけで賄えるのは事実!」
「そうそう、帝国主導で設立された仕事斡旋所には確か大陸全土の国で取り決めた条約がございましたな、邪神竜討伐後の人手不足を解消する為、帝国を含めてどの国にも干渉を受けない独立した組織……であると、つまり賊が出没する限り討伐の依頼が無くなる事はない……」
「なぜ東の国の者がその様な事を知っている……」
「偶々なのですが仕事斡旋所に勤める者と接する機会がありましてな、その時に仕組みを色々と聞いたのでございます」
(そ、そうだったんだ……全然知らなかった……)
エーシンの覆い被せる様な論理整然とした言葉に、今度はカイネルが反論出来ずにいた。たかが小汚い小娘とエーシンを侮ったカイネルには寝耳に水の言葉であった。東の国の者とは思えぬエーシンの仕事斡旋所の仕組みの博識さにカイネルを含めてコスモも驚きの表情を浮かべていた。
更にここでエーシンが駄目押しの言葉を続けて行く。
「それに大陸全土に名の轟く精強な竜騎士を抱えるバルドニア王国に比べて、コスモは賊の討伐が得意なだけの小娘、その竜騎士達を従える王者たるカイネル様が気にする程の存在ではありますまい」
「……フフフ、ハハハハハッ!コスモ殿は愉快で面白い友人をお持ちの様だ」
「お、恐れ入ります……」
カイネルが笑いながらエーシンの事を褒めてはいるが、カイネルの眉間にはかなり皺が寄っている。たかが小娘2人に、怒りの感情に任せたまま怒鳴り付けるのは大人気無いと、カイネルが感情を抑えていたからだ。
見下していた小汚い小さい女から『コスモみたいな若い女にびびってるんですかー?』と言われれば、為政者であるカイネルが認める訳がないからだ。
これ以上、コスモをバルドニア王国から追い出す理由が無くなると、開き直ったカイネルが意見を変えて行く。
「分かった、エーシン殿にここまで言われたのだ。コスモ殿の力に私も頼ろう」
「ありがとうございます、私の力はきっとバルドニア王国に貢献出来る事でしょう」
「ただし……ジョストン領に向かう時は帝国の地区領主を務めるエシェラント殿の領地を通って貰いたい、それが条件だ」
「は、はい……そのエシェラント様の領地を通れば良いのですね」
「そうだ、通れればの話……だがな。もし通れない様であれば無理をせずに引き返すと良い、その際は帰りの案内人も付けてやろう」
カイネルの口振りからエシェラントの領地には何か問題がある事は明白であるが、折角エーシンの助力を得て勝ち取った通行許可を無駄にする訳には行かない。
エーシンも目をちらっと向け、この話を受ける様にコスモに合図を送る。コスモがその場に跪き、カイネルの条件付きの許しに感謝の意を示す。
「カイネル王、他国の冒険者である私に機会を与えて下さり感謝致します……」
「何、コスモ殿、其方の身を案じていただけの事、其方の身に何かあれば同盟国のバンディカ帝国も黙ってはいないからな」
「そこまでお考えだったとは、先程のエーシンの発言を含め失礼であった事をお詫び致します」
「よいよい、さあもう行くが良い、ジョストン領でのコスモ殿の活躍を祈っておる」
「はっ!失礼致します」
コスモが立ち上がるとエーシンと共に部屋の扉の外へと出て行く。屋敷の外まで出ると先程の執事が馬車で待ち受け、次の目的地、エシェラントの治める領地の手前の村まで送ると申し出てくれる。
余りの手際の良さにコスモが小さく溜め息を付く。カイネルはどうしてもエシェラントの領地をコスモ達に通らせたい様だ。そこまで徹底していると言う事は何か甚大な問題が発生しているのであろう。
しかしその問題も解決しなくてはコスモの依頼も果たせない。カイネルの思惑に従いながらも、コスモは冷静になって笑顔で老紳士に感謝をするとエーシンと共に馬車に乗り込む事にした。
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