第82話 北方連合国
・コスモ(女)
元騎士団の39歳のおっさん冒険者
職業は【ソードアーマー】
領主騎士団時代に負傷した右膝を治す為に飲んだ森の魔女の秘薬、万能薬の効果により39歳のおっさんモウガス(男)から見た目が20歳前後のコスモ(女)となる
上皇アインザーによって<インペリアルオブハート>の称号を得るが、それを象徴するハート型の盾と共にビキニアーマーがますます外せなくなる、ある意味呪われた装備と化していた
アセノヴグ大陸の北半分にある国々は、広大な山岳地帯を領有するバルドニア王国を筆頭に北方連合国と呼ばれ、いくつかの国が各地を治めていた。
邪神竜との戦いでは北方連合国の中で最も広大な版図を持つバルドニア王国が主導となって各国をまとめ、バンディカ帝国と共に戦いを挑んで行った。
そして神器を授かった若者達の活躍により、念願の邪神竜デモゴルゴの討伐を達成した後は驚異となる竜も居なくなり、北方連合国も平和になっていった……筈だったのだが、今度は国と国の諍いが絶えない状況が続いた。
当時のバンディカ帝国、若かりし頃の皇帝ウェイリーも北方連合国の情勢を知ると大きな戦に発展する事を懸念していた。バルドニア王国の先代の王バラントも、邪神竜との戦いよって多くの国民を亡くし自国だけで対処するのが難しい状況になっていた。
そこでバラントが巨大な勢力を誇るバンディカ帝国へと協力を求め、北方連合国の情勢安定化を条件に土地を租借させる事を決める。
その土地にあてがわれたのが神器を授かった若者の中で、最も温厚で決断力のある槍の神器【ゲイボーグ】を持つ者キリアン・ジョストンであった。
人望も有り優れた決断力で、邪神竜との戦いでは仲間の窮地を何度も救っていた。家名からその土地をジョストン領と名付け、商業都市ウキレアを中心にキリアンが北方連合国の調整役として役目を果たして行く。
キリアンは争いを最も忌み嫌う男で、戦にならない様に粘り強い交渉で各国間の調整を行った結果、キリアンが健在の時に大きい争いに発展する事は無かった。
しかしキリアンが若くして亡くなると国同士の小競り合いが再び勃発、後を継いだジョストン家の二代目当主フィアンも事態の鎮静化に努めるがその最中に病死、ジョストン家は当主が若くして二代続けて亡くなるという異常事態が発生していた。
そんな中でジョストン家の三代目当主であり、幼年だったリフィスに協力を申し出る者が現れる。
それがバンディカ帝国と同盟関係を結び、かつて帝国に協力を求めたバルドニア王国であり、現国王カイネル・バルドニアである。
北方連合国の各国で小競り合いが起こる中で、国力を蓄えた続けたバルドニア王国は強大になっていた。
後ろ盾を得たリフィスは、その力を以ってフィアンにも成し遂げなかった小国同士の小競り合いの鎮静化に成功する。
以降は、バルドニア王国カイネル国王とジョストン家の三代目当主リフィスによって北方連合国の治安が保たれる事になった。
そして数年の月日が流れた現在、ジョストン領の中心部、商業都市ウキレアには大陸三大商会の1つユズリハ商会の本拠地の商館があった。
南のバンディカ帝国から運ばれる物資は、商業都市ウキレアを経由し北方連合国の国へと運ばれる。つまり、バンディカ帝国と北方連合国を繋ぐ流通の心臓部と言っても良い場所でもあった。
ユズリハ商会の商館、会長の部屋では商談用のソファに座ったユズリハが渋い顔をして一枚の洋紙を読んでいた。
「上皇アインザー、コスモの援軍によってダルダロス海賊団は壊滅……ハーバル海賊団と東の国の海賊ゴンベエ水軍を取り込み、テイルボット領の海上騎士団はまさに海神の如き働きを見せ始める、か……」
その洋紙はユズリハ商会の陰の者達、斥候部隊がテイルボット領で起こった顛末をまとめた報告書であった。
ユズリハが読み終えると、燭台の蝋燭の火で洋紙を燃やすと近くにあった美術品の壺の中へと放り込む。
「はあー……ついとらんなあ、なんでテイルボット領に上皇とコスモがおるんや……しかも、ダルダロスのボンクラには特別製の【ブラックオーブ】を渡した筈や、それで何で負けとんねん」
奴隷売買の取引先の1つ、ダルダロス海賊団の壊滅を受けてユズリハが落胆していた。ロンフォード領、スーテイン領と続けてテイルボット領でも奴隷の入手が困難となっていたからだ。最早、帝国の領土で奴隷売買を行う事は難しい状況であった。
部屋でユズリハが奴隷の入手について今後どうするか、頭を悩ませていると両開きの扉からノックする音が聞こえて来る。
コンコン!
「誰や?」
「かいちょー、約束通りエヴァンズくんが来たよー、開けていい?」
「おおっ!やっと来よったか、入っとき!」
許しを得たユズリハの護衛の少女ルルが両扉を開くと、黒のローブに身を包むエヴァンズと一緒に入室してくる。それをユズリハがソファから立ち上がって歓迎すると、同時に手を叩いて男の使用人を呼び出す。
「急ぎで茶の用意してや」
「畏まりました、すぐにお持ち致します」
使用人の男に紅茶の準備を頼むと、ユズリハが机を挟み対面に設置されたソファへと座る様にエヴァンズに促す。
エヴァンズが訪問する事を知っていたのか、間を置かず使用人の男が机の上に焼きたてのクッキーが入った籠と紅茶の入ったカップを置くと、頭を下げ部屋から退出して行く。
護衛のルルがユズリハの隣に座り込むとクッキーを手に取り、美味しそうに頬張り始めていた。それをエヴァンズが微笑みながら見つめソファへと座って行く。
「ふう、少し長旅で疲れてたから、柔らかい椅子はありがたいね、紅茶も美味しいし生き返るなあ」
「長旅、ご苦労さんエヴァンズ、到着した所で悪い知らせやけど、折角作ってもろた竜の神が宿った【ブルーブラックオーブ】が負けよったで……」
「……へえ、あの力に対抗出来るなんて、テイルボット領に大陸中の英雄級の冒険者でも集まってたのかな?」
「あ、あんまり悔しそうやないな……どうやらあの有名なコスモがいわしたらしいで、ほんまついてないわ」
「コスモさんか……じゃあ仕方ないね。彼女は特別な力を持っているし……今、彼女に勝てるのは僕くらいじゃないかなーはははは!」
「特別な力って冗談きついで……しかし勝てるとは大きく出よったのうエヴァンズ、ほんなら真っ先にコスモを始末して欲しいわ……」
「うーん、いずれね。彼女は良い人だからなるべく関わりたくないんだけど、僕の障害となるならその時は容赦はしないよ」
エヴァンズが軽口を叩くとユズリハが疑いの目を向けるが、エヴァンズの異様な力は知っている。それに強がって笑ってはいるのではない、【ブルーブラックオーブ】が負けた事を聞いてもその反応から動揺する気配が一切感じられなかった。
という事はまだエヴァンズには、言葉通りにコスモを倒す力を秘めている事を意味していた。
一旦、この話は置いておくとユズリハがエヴァンズの得た成果について確認を取る。
「まあええわ!ほんで、例の目的のモンは手に入ったんか?」
「お陰様でね!うんとね……えっとどこへ行ったかな……うわっ、ぬるっとする!これじゃないなぁ……」
「その袋には一体何が入っとんねん……」
「あーあったあった!これこそが、神の残した遺産【紅の宝玉】!」
エヴァンズが腰に携えていた宝具【闇の袋】に手を入れると【紅の宝玉】ゆっくりと取り出して見せる。
傷1つ無い透き通った硝子玉に血の色に近い紅色に染まった、小さい宝石の様に輝く玉であった。
美しい玉だが、余りにも小さいのでユズリハが本当に神の遺産なのか懐疑的な目で見つめていた。
「そないな、こまい玉っころが神の遺産かい……神様もみみっちいのう……」
「ユズリハくんこれはね、全知全能の神【ヴォルディゲール】様の残した遺産だよ、僕にとって大事な物なんだ」
「全知全能の神ねえ……まあ、いつも【ブラックオーブ】で世話になっとるし、そんなもんでエヴァンズが喜ぶなら、僕らユズリハ商会はいくらでも協力すんで」
商人のユズリハと冒険者のエヴァンズ、両名は協力関係にあった。
出会ったのはロンフォード領の騒乱の後で、ユズリハの謀略がコスモの活躍によって破綻し、盗賊の護衛に囲まれながら夜の森の中を馬車で走り商業都市ウキレアを目指していた時であった。
突然、森に現れたエヴァンズに道を塞がれユズリハも初めは帝国の追手と警戒をするが、それを理解していたエヴァンズが特殊技能【オーブ生成】を実演して見せ、レベルの低い弱々しいやせ細った盗賊の男に生成した【ブラックオーブ】を装備させると、その盗賊を操りレベルの高い護衛の上級職の盗賊達を一瞬のうちに屠って見せたのだ。
盗賊を軽蔑していたユズリハは護衛の盗賊を失っても慌てる様子は無かった、それどころか弱かった男が【ブラックオーブ】によって人を超えた力が発揮されていた所に夢中になっていた。
力無き者が強者を圧倒する、ユズリハにとって理想であり、【ブラックオーブ】を利用すれば自身の目的であるバンディカ帝国の打倒も夢ではなくなる。
エヴァンズから協力を求められるが、手段を選ばず楽をして利益を得る事を理念とするユズリハに拒否する理由は無かった。
エヴァンズの要求は唯一つ、大陸各地に点在する神が造った洞窟に向かう為の援助をする事、それを行うだけで【ブラックオーブ】をいくつでも提供するというのだ。
もちろんユズリハは喜んで協力を申し出る。そしてエヴァンズが第一の目的地として選んだのが【ムリギュの洞窟】であった。
「スーテイン領のムリギュの洞窟では【黄の宝玉】、テイルボット領のアクリトスの洞窟では【碧の宝玉】、バルドニア王国のゾフアの洞窟では【紅の宝玉】、これで3つの宝玉は揃って、後は残す所、スーノプ聖国のヴルギナの洞窟なんだけど……」
「なんや?まだ最後の一か所が分からんのかいな?」
「うん、どんなに情報を集めても最後の洞窟だけ場所が分からないんだ。神の造った洞窟だから数百年以上経過してるし、もしかするとどこかに埋もれているのかもしれないね」
「そこに関しては、僕んところでも探してみるわ」
「ありがとうユズリハくん、宝玉が全部集まれば神の力が行使出来る様になる、そうしたら帝国はもう敵じゃあない、一緒に帝国を倒そうね」
「ははははっ、そりゃもちろんや、神の力を借りてでも僕は達成させるで!それでな……ゾフアの洞窟のついでに頼んでた【ブラックオーブ】の件やけど、上手く渡してくれたか?」
「うん、相手の心が読みやすかったから凄い簡単だったよ。人って本当に欲の塊だね、フフフッ」
「人の行動原理は欲望やからね、奴さん、それを抑えてへんからゾフアの洞窟の許可も通すのが楽やったわ」
「かいちょーがまた難しい話をしてるー、ルルにも分かる様に言ってよー」
「なあに、今はええんやルル、後で分かる事や……それよりもジョストン領の無能の三代目領主リフィス、こいつ次第やけど……問題ないやろ」
すでにユズリハの頭の中には次の一手が考えてあった。帝国が奴隷売買で自分を疑っている事は陰の者達から報告が入っている。指を咥えて待っていても、自分の奴隷売買の疑いは晴れないと知ると帝国を先んじて攻める事を決めたのだ。
その下準備が着々と水面下で行われていた。
「じゃあ、僕はこの辺で帰るとするよ、次の目的地は一番北にあるスーノプ聖国だからね」
「お疲れさん、もうスーノプ聖国には使いのモン出しとるから、すんなりと通れる筈や」
「……ユズリハくん、僕は君の壮大な計画には心の底から賛同している、だけどもし……君の目的が果たせない時、ルルちゃんや大切に思う人を守れないと思った時は、僕に頼って欲しい、必ず君の役に立つよ」
「それは絶対に無いで、けど、その気持ちはありがたく頂戴しとくわ……」
そう言い残すとエヴァンズがソファから立ち上がり部屋から出て行く。その後ろ姿を見ていたルルがクッキーを食べる手を止めて寂しそうな顔になって行くと、それに気付いたユズリハが心配になって声を掛ける。
「どうしたんやルル、そないな寂しい顔して」
「エヴァンズくんって……いつも笑ってるけど、今のエヴァンズくんは凄く悲しそうだった……」
「……そうか、エヴァンズには野暮や思うて過去の話は聞いとらん、あいつもあいつで何か抱えてるんやろな」
エヴァンズの心はムリギュの洞窟で出会ったコスモの技能【慈愛】を通して見られていた。
多くの者は、草原、海原、太陽と自然の色が豊かな心の色が見えるのだが、エヴァンズだけは違っていた。夢も希望も無く、ただただ深い悲しみと怒りだけが渦巻き底の見えない深い闇が続く、そんな心を抱いていたのだ。
ルルには心を読む技能は無い、だが純真な心を持つルルだからこそエヴァンズの感情を敏感に感じ取っていた。
~
城塞都市アウロポリスにそびえ立つ皇帝の居城ヴィオーラル城、皇帝の自室の前でコスモがハート型の盾を手に取り普段よりも険しい表情で見つめていた。
(これから、もっと強い敵が現れたら、この盾じゃあ持たないかもな……)
再び皇帝ウェイリーから呼び出されていたコスモが、妙な胸騒ぎを感じながらこれから現れるだろう未知の強敵に不安を抱いていた。
なぜコスモがこの場に居るのか、少し時を遡る。
コスモが地方都市カルナラに戻ってから1カ月が経過していた。すっかり季節も秋となって暑さも落ち着き、涼しい風が吹き始めていた。
鍛冶屋【覇者の剣】では、ヒルディの献身的な介抱でミリットの体調が完全に回復したが、結局ドノバンの強い後押しもあってヒルディが鍛冶屋【覇者の剣】でそのまま継続して働く事になった。
皇帝の別荘の管理だが、ヒルディによってすでに後継者の教育を終えており、その者がヒルディに代わり管理を行う事で特に混乱する事は無かった。
ミリットから受け取ったハート型の盾の調整を兼ねて地方都市カルラナで冒険者としてコスモが依頼を受けて過ごしていると、皇帝ウェイリーから手紙が届く。
手紙の内容は【ムリギュの洞窟】での調査結果と、テイルボット領についての話、そして新たな依頼をしたいから訪れて来て欲しいという内容であった。
休暇を終えて地方都市カルラナでもゆっくりと過ごせたコスモが、皇帝の勅命で再びバンディカ帝国の直轄領である城塞都市アウロポリスにあるヴィオーラル城を目指す事になった。
城に着くと城兵に案内されるが、皇帝ウェイリーに先客が居ると言う事なので、部屋の外までコスモを案内すると城兵は戻って行く。誰も居なくなった廊下で、コスモが壁に背を持たれて静かに佇んでいた。
そして現在に至る。
時間を持て余したコスモが鍛冶師のミリットの言葉を思い出していた。
『いいかい?ミスルン鉱石を超える強度を持つ鉱石はオルコン鉱石。取れる場所は北方連合国のバルドニア王国だよ、だけど採掘される量が本当に少なくて、王族が扱う武具防具に使用される事から、別名【キングストーン】とも呼ばれてるんだ。もし手に入ったら私がコスモの為に新しい防具を作ってあげるからね!……えっと料金はね』
『そ、そこはタダにする流れだろ……ミリット……』
ミリットとの回想にドノバンの突っ込みが混じっているが、それも料金を要求されたせいである。
「【キングストーン】……それがあれば、俺の全力が出せる……」
【ソードアーマー】であるコスモの技は盾に依る所が多い、つまり盾が無ければ実力の半分も出せない事になる。ハヌイアムの町でもあった様に、連戦となる事を考えると破壊されない盾というのはとても重要であった。
攻撃にも守りにも継続する戦いにも、盾というのは有用であり【ソードアーマー】にとってかけがえのない相棒である。
そんな事を考えていると皇帝の自室から立派な体躯をした大男が出て来る。その男がコスモに気付くと笑顔になって寄って来る。
「コスモ殿ではないか!いやー久しいな!こんな所で会えるとは思わなかったぞ!」
「これはレオネクス様、まさか陛下の先客が貴方だとは知りませんでした」
男はスーテイン領の領主レオネクスであった。以前と全く変わりなく、大きな声に獅子の様な金髪を靡かせて笑顔で語り掛けて来る。
レオネクスが呼ばれているという事はムリギュの洞窟の調査を完全に終えたのだろう。緊急事態になった場合はコスモにも連絡が入る手筈だが、それも無かったのでほっとした気持ちになる。
しかしレオネクスの表情はすぐに硬くなって行く。
「陛下にはムリギュの洞窟での調査結果を改めて全てをお伝えしたが……それよりもコスモ殿、少し話を聞いてくれまいか?」
「は、はい……何でしょうか」
真剣な顔のレオネクスをコスモが固唾を飲んで見つめていると、胸中にあった思いを緊張感ある声で話し始めて行く。
「コスモ殿の献上してくれた【天使の指輪】なのだが……フェニーの奴、その影響で【力】がやたらと上がってな……」
「はい?」
「ムリギュの洞窟の調査でも付き添ってくれたのだが、レベルが上がる毎にな、【力】が強くなって行って、もう俺と互角と言っても良いくらいなのだ!徘徊死竜とも1人で立ち回るし……」
「よ、良かったじゃないですか、力があれば戦いでもお役に立てますし……」
「そうなったら俺の出番が無いじゃないか……ただでさえ自慢が【力】なのに、それが圧倒されたらもう……くくぅ」
【天使の指輪】、レベルが上がる毎にどんな才覚が無くても、強制的に能力値を倍に上昇させる伝説的宝具である。 コスモが皇子のユリーズとムリギュの洞窟へ行った際に手に入れ、婚約指輪としてレオネクスに献上し、執事であり婚約者のフェニーに贈ったのだが、それが仇になりつつあった。
コスモは惚気話かと最初は感じていたが、レオネクスが誇る随一の力に婚約者のフェニーが迫っている。それをレオネクスが泣きそうな顔で相談を持ち掛けてきたのだ。
【天使の指輪】を送った本人のコスモは、後ろめたい気持ちになっていた。
「で、でしたら婚約の儀だけに【天使の指輪】を使用して、普段から身に付ける指輪を別に作製されてみては?あの形ですから普段の生活では邪魔になるでしょうし、それに同じ指輪をレオネクス様も付ければフェニー殿も喜んで付けてくれるでしょう……」
「同じ指輪を2つ……そ、それだ!!」
(レオネクス様には【力】以外の魅力もあるんだけど、それに気付いていないな……だからユリーズ殿下から脳筋って呼ばれるんですよ……)
レオネクスと皇子のユリーズは年が近い事もあって義兄弟の様な間柄である。レオネクスの愚直な行動や思考に度々ユリーズが脳筋という言葉にして半分本気の冗談を言っていた。
コスモの妙案をレオネクスが実行した結果、それが貴族の間でも流行ると一気に大陸中にも広まって行く。
それが結婚指輪の始まりとなっていった。
「それと……陛下から全て伝えられると思うが、コスモ殿、これから忙しくなるぞ!」
「忙しくなる……ですか?」
「これ以上は俺の口からは言えぬが、これだけは覚えていてくれ、どんな事があっても俺はコスモ殿の味方だ」
「頼もしい言葉です。もし、私に何かあれば頼らせて貰いますね」
「ああ、いつでも頼って来てくれ!では、また会おう!」
そう言ってレオネクスが廊下を歩いて去って行く。皇帝ウェイリーとどのような会話が交わされたのか気になる所だが、レオネクスの豪胆な性格から発せられる言葉は偽りが無い分、非常に頼もしく感じる。
それを見送るとウェイリーの自室の扉の前に立ってコスモが声を掛ける。
「陛下、勅命によりコスモ参上致しました」
「いらっしゃい、コスモ君、入ってくれたまえ!」
相変わらず明るいウェイリーの言葉に従うと、コスモが扉をそっと開けて部屋へと入って行く。中に入るとすでに会談用の長椅子にウェイリーが腰掛けてコスモを待ち構えていた。
「休暇明けですぐに呼び出して悪かったね、まあ、そっちに座って」
「はい、失礼します」
コスモも机を挟んだ反対側の長椅子に腰を掛ける。ふとウェイリーの顔を見ると、笑顔では無く複雑そうな顔をしていた。嬉しい様で悲しい様な、どっちにも取れない表情だ。
するとウェイリーが真剣な顔になって頭を下げて謝罪を始めて行く。
「休暇の件だけど、本当に申し訳なかった!」
「へ、陛下、頭をお上げ下さい!休暇はちゃんと頂きましたから、何も問題はありませんよ!」
「そうではなくてだね、レイグ卿が率いる海上騎士団がダルダロス海賊団に敗北するとは思わなかったんだ。戦力的に見ても海上騎士団の優位は変わらない筈で、僕も安心していたんだけど、まさか東の国の海賊が英雄級の力を持つなんて想像もしていなかったからね……」
ダルダロス海賊団については落ち延びて来たハーバル海賊団のジョルセアの情報を元に、帝国側も戦力を把握し準備を整えて勝てる決戦を挑んだ筈であった。
しかし、短期間且つ秘密裏にダルダロスがゴンベエ水軍を取り込むと、英雄級の能力値を持つゴンベエによって戦局を覆されるという事態に陥ったのだ。
流石のウェイリーもこれは計算外だったのだが、それ以上に計算外だったのは万が一の備えに休暇と言いつつも後詰めで送ったコスモと、ユズリハ商会の嫌疑を調べる時間を稼ぐ為に送り込んだ父の上皇アインザーによって、それがあっさりと鎮圧された事であった。
「本当なら妹のヒルディや父上も人質に取られてもおかしくは無い状況だったけど、よく追い込まれた戦況を覆してくれたよ。レイグ卿の隠し子であるジョルセア君が味方になってくれたから、僕も安心しきっていたんだけどね」
「ジョルセアの事はご存知だったのですか!」
「先代のジョシュア卿からは話を聞いていたからね。可愛い孫娘を頼むとね」
テイルボット領の先代領主ジョシュアは、レイグよりも先に行方不明となっていたジョルセアの母ブリギールを探し出すと、幼い頃のジョルセアと出会っていた。
だが海賊の娘であったブリギールが次期領主レイグの立場を考え、自分の居場所をレイグに話さない事をジョシュアへと願い出ていた。
しかし帝国には優秀な斥候部隊が居るので、隠し事は出来ないと判断したジョシュアは皇帝ウェイリーにだけブリギールの件と孫娘のジョルセアの事を伝え、この不祥事による沙汰を待つ事にした。
後はウェイリーの判断によってテイルボット家の命運は決まるのだが、海賊ながらもレイグの立場を思いやるブリギールの心意気を汲み取り、ジョシュアとレイグには何も罰は与えず、普段通りに領地を治める事を指示していた。
結果的には、その判断がダルダロス海賊団の壊滅に繋がる事になった。
「終わってみれば巨大な勢力を誇っていたダルダロス海賊団もハーバル海賊団も無くなって、テイルボット領は平和になった。出来過ぎて僕も怖いくらいだけど、これもコスモ君が頑張ってくれたお陰だと僕は思っているよ」
「いえ、私も何と言うか、流れで戦ってはいたので、褒められる様な事はしていないというか……」
「後、水着大会については本当にすまないと思ってる……」
「陛下のせいでは無いです!ですが……その言葉で救われた気持ちになります……」
水着大会の件にだけウェイリーが顔に汗を滲ませて本気の謝罪を行う。
父のアインザーの強行開催で、ただでさえビキニアーマーが恥ずかしい格好なのに、より肌を露出させた水着姿にさせた事に子である皇帝のウェイリーも罪悪感を感じていた。
「この話はこれで終わるけど、次にムリギュの洞窟の調査結果についてだね」
「はい、先程レオネクス様と会いましたが、二つ頭の徘徊死竜とそれを操る者は居なかったみたいですね」
「そうなんだけどね、地下10階以降の最下層の地下20階まで調査をした結果、ある物だけが無い事が分かったんだ」
「ある物?」
「実際に見た者は居ないんだけど、昔からの言伝えで神の遺産と噂されている物だよ。それだけが無くなっていたんだ」
洞窟についての伝承は色々と過去から語り継がれている。その伝承では最下層の最奥の部屋の台座に神の遺産が置かれているというのだ。伝承によると余りにも強力すぎるその遺産は神々によって奥地へと封印され、二度と地上に出ない様にされているという物であった。
その証拠に5階を区切りとして強力な魔獣が現れる様になっている。特に地下15階以降は上級冒険者が数人居ても太刀打ち出来ない魔獣が徘徊している。
「その遺産を持ち去った者が、地下に居る強力な魔獣をほとんど倒していたから何とか最下層まで調査出来たんだけど、その途中の階層にある宝具には手も付けて居なかったんだ」
「確か冒険者だけが洞窟に入れるのですよね……宝具を無視するとは考え難いですが」
「僕も不自然だと感じてね、念の為に帝国領内にある洞窟、テイルボット領のアクリトスの洞窟も調査して貰ったんだけど、すでにムリギュの洞窟と同じ状況みたいだね」
「誰かがその神の遺産という物を集めているという事か……」
「目的は分からないけど、そういう事だね……僕にとってはまた頭の痛い悩みの種が1つ増えた感じだよ」
ムリギュの洞窟の調査報告を書状で見たウェイリーが、内容から何かの目的を持っている者に気付くと、直ぐにテイルボット領にあるアクリトスの洞窟にも調査団を派遣させていた。しかし、すでに最下層の神の遺産は取られていた後であった。
どういった目的で取られているのかが分からず、危機感だけが増すウェイリーが他に知られている洞窟を所有する国へと、警戒する様に促す通達を出していった。
「歴史研究者に洞窟の伝承を調査させているけど、何分、邪神竜との戦いで殆どの資料は燃え尽きたからね。でも口伝されている生き証人は残って居る、時間は掛かると思うけど結果はいずれ分かると思う」
「……私も洞窟に入る事があれば、異変が無いか調べてみますね」
「うん、頼むよコスモ君、ところで最後にお願いが……というよりもこれが君を呼び出した本題なんだけど……」
「本題ですか?」
ウェイリーが顔を渋くすると、その様子を見たコスモが只ならぬ願いである事が伝わる。
しかし何度も受けたウェイリーの無茶振りには慣れている事もあって特段焦る様子は無かった。
「今の帝国領はアセノヴグ大陸の南半分を占めているけど、コスモ君のお陰で領内の賊も減って混乱も終息しつつある。そこで、ようやく僕も力を注ぐ事が出来るんだけど、それが北方連合国にあるジョストン領についてなんだ」
「ジョストン領と言えば、商業都市ウキレアがある帝国の領地……とはいえ、バルドニア王国の土地を借りているだけの場所ですよね」
「その通り、北方連合国には国がいくつもあるんだけど、その分境界線というものが曖昧でね。僕が若い頃は小競り合いが頻発してそれはもう大変だったんだ」
「確か、その小競り合いの仲裁役として入ったのが、神器の継承者キリアン公爵、今は三代目のリフィス公爵が治めている筈」
「そこまで知ってるのなら話は早い、そのリフィス公爵の教育係としてジョストン領の商業都市ウキレアに向かってくれないかな?」
「きょ、教育係??」
「……訳あって詳細は言えないけど、会えば分かるよ。それに、現状リフィス卿は北方連合国の治安を担う力は無いんだ」
現在の北方連合国の治安はバルドニア王国のカイネル王の力に依る所が非常に大きい、領主のリフィス公爵と二人体制で治安を守っていると公にはしているが、力関係から見てもリフィスは初代のキリアン、二代目のフィアンの様に力は無く名ばかりの領主と化していた。
ウェイリーもジョストン領に斥候部隊を放ち情勢を探っているのだが、ジョストン領の地区領主達はカイネル王に協力的というよりも、心酔している貴族が多く居る事を知ると、それを非常に危険視していた。
ジョストン領の返還は北方連合国の治安の安定化が条件ではあるが、このまま行けば返還後にはジョストン領に居た帝国貴族を取り込み、力を蓄えたバルドニア王国による北方連合国の統一戦争も視野に入って来る。
戦争になればもちろん同盟国としてバンディカ帝国にそれを止める術は無い。もし攻められている国に手助けしようものなら、今度は大陸全土を巻き込むバンディカ帝国とバルドニア王国の全面戦争になる。
それを見越したバルドニア王国のカイネル王の根回しは、かなり進んでいると皇帝ウェイリーは読んでいた。
そこで、ジョストン領のリフィスには力を付けて貰いカイネル王の計画を止める、もしくは止められなくても他国が協力してバルドニア王国に対抗出来るまでの時間を稼いで欲しいのだ。
「すでにカイネル王からは、ジョストン領の返還を申し出る書状が届いてるんだ。だけど、バンディカ帝国に跋扈していた盗賊達が北方連合国に逃げ込み、小さい村に襲撃が相次いでいる、治安の安定化は未だになされていない。という返答で、返還を渋ってるんだけどね」
「そういえば、最近は賊共は静かになりましたもんね……仕事斡旋所の依頼も賊の討伐が減って来てるし」
「帝国領に居た盗賊、山賊、海賊、それをコスモ君が完膚なきまで叩きのめしたからね、カイネル王の野望が止まっているのは間接的にコスモ君のお陰でもある」
「い、いえ私はそこまで考えては……」
「謙遜する所はコスモ君らしいけど事実だからね。だけど、盗賊達の活動で言い訳が成立しているのも複雑な気分だよ。結果的にそれによって北方連合国の情勢が保たれているのだからね」
「そうとも言えますね……私から見ればその小さい村の被害は気になる所ですが」
「……という事で、まずはバルドニア王国の領内を抜けて商業都市ウキレアを目指して欲しい」
「分かりました、ジョストン家のリフィス様を教育してバルドニア王国の動きを止めれば良いんですね!」
「そうなんだけど最後に大事な事を1つ、今回の依頼はあくまでも僕が依頼した事では無く、話を聞いたコスモ個人が自由意志で動いている事にして欲しい」
「それは一体どういう意味なのでしょうか?」
「つまり、今回の依頼には僕の力を含めて帝国は一切関与出来ないという事だよ。そしてコスモ君の口からも僕に依頼されたとは言えない事になる。孤立無援の状態って事さ」
コスモは帝国から称号を得たとは言え立場は自由業の冒険者である。
つまりジョストン領でのコスモの行動は、帝国から依頼されたもので無く冒険者として個人に動いている事になる。
そうなればバルドニア王国に不利になる行動をコスモが取ったとしても、同盟関係である帝国が約束を反故した事にはならない。
だがコスモは明らかに帝国側の人間である。
要は大義名分を整える為の言い訳なのである。国家間というのは大義名分さえ整っていれば、有益になる事は何でもやるものなのだ。現にバルドニア王国のカイネル王は、ジョストン領の帝国の貴族達を接待という名で呼び出し懐柔しつつある。
ならばこちらも好きにやらせて貰うという訳だ。
「バルドニア王国に良い気持ちを持つ国は少ない、その国達がバルドニア王国と対抗しうるだけの軍力があれば、カイネル王も諦めざるを得ないし、何よりそれこそが治安の安定化に繋がると僕は考えている」
「……申し訳ありません陛下、国家間の事は分かりませんが、つまりバルドニア王国以外の国同士が友好関係を結ぶように仕向ければ良いと言う事ですか?」
「その理解で十分だよ、本当はそれを裏でリフィス卿にやって貰いたいんだけど……兎に角、コスモ君の教育と行動次第で帝国とバルドニア王国の全面戦争になる事は忘れないでね」
「はっ、そうならぬ様に私も努力致します!」
「いつも無理難題を頼んでいるけど今回の依頼は大陸の未来を左右する、よろしく頼むコスモ君」
何時になく真剣な表情のウェイリーがコスモに頼み込むと、そのままコスモが立ち上がり部屋を後にする。
今回の皇帝ウェイリーの依頼は最も困難で達成が難しいものであった。
今までの様にコスモの英雄級の能力値を以ってしても解決出来るものではなく、他国の協力関係が重要となって来る。それに相手は同盟国であり、竜騎士大国と呼ばれるバルドニア王国である。
その圧倒的な軍事力は今まで相手をしてきた賊とは比べ物にならない程に統率され、そして強力である。
城塞都市アウロポリスで長旅の準備をコスモが整えると、宿で一泊して翌日の早朝、ジョストン領の商業都市ウキレアを目指して走り始めて行く。




