第81話 休暇の終わりと盾を求めて
・コスモ(女)
元騎士団の39歳のおっさん冒険者
職業は【ソードアーマー】
領主騎士団時代に負傷した右膝を治す為に飲んだ森の魔女の秘薬、万能薬の効果により39歳のおっさんモウガス(男)から見た目が20歳前後のコスモ(女)となる
上皇アインザーによって<インペリアルオブハート>の称号を得るが、それを象徴するハート型の盾と共にビキニアーマーがますます外せなくなる、ある意味呪われた装備と化していた
水着大会は多少の事故があったものの終わりを迎え、結果的に見れば大成功を収めていた。
主催者の上皇アインザーはコスモと他の美女達の水着姿を堪能するという目的は果たされ満足していたし、領主レイグはというとコスモが水着大会で優勝した事で海上都市ハヌイアムの知名度が大陸中に広まり、それによって多くの人々が訪れるようになると税収もうなぎ上りとなっていた。
水着大会の表彰式を終えた参加者達が、投票してくれた人々に挨拶を行い歓談するとそれぞれに用意された天幕へと引き上げて行く。
同じく引き上げていたジョセフィーヌ、今はジョルセアも天幕の中へと入り、準優勝の賞状と記念の盾をテーブルの上に置くと、悔しそうな表情を浮かべていた。
「これで、俺の恋も終わったか……」
コスモとセリオスを賭けた水着大会で敗北したのだ、約束としてセリオスを諦めなければならない。しかしセリオスの様な男は自分の前に二度と現れない事が分かると、すんなりと受け入れられずにいた。
敗北を素直に認めて諦める心と、諦めきれない心がジョルセアの中で錯綜していた。
すると天幕の外から父である領主レイグの声が聞こえて来る。
「ジョセフィーヌ、今日は良く頑張ったね、父である僕も鼻が高いよ」
「父上……そこでは何でしょう、入ってもらって大丈夫ですよ」
「うん、分かった」
天幕の外に居たレイグを中に招き入れるとジョルセアが目を背け神妙な顔になっていた。そしてレイグの顔をちらっと見るとすぐに頭を下げ謝罪を行う。
「レイグ様!いえ、父上!無理を言って水着大会に参加させて貰ったのに、【大陸一】となれず準優勝となってしまい、申し訳ありません」
「……頭を上げなさいジョルセア、準優勝でも立派な成果です。もっと胸を張りなさい」
「あ、ありがとうございます……」
レイグに無茶を言って水着大会に出場させて貰った手前、ジョルセアは優勝出来なかった事を申し訳なく感じていた。その落ち込み具合はセリオスを諦める事を含めて相当なものであった。
そんなジョルセアを普段のチャラけたレイグでは無く、いつにも増して真剣な貴族としてのレイグが見つめていた。
「君の母上、ブリギールと本当に髪の色以外は瓜二つだねジョルセアは……」
「そうでしたか……昔の母上は知らないので……」
「セリオスくん……彼に代わる男は中々居ないだろうけど、大陸は広い、必ず君に見合う男が現れる筈さ」
「し、知っていたのですか!」
「ジョルセア、君の態度を見ればすぐに分かる、それに僕とは親子だよ、分からない方がおかしいさ」
以前からジョルセアがセリオスに好意を抱いている事はレイグも感付いていた。
水着大会にジョルセアが参加させて欲しいと言った時はレイグが一番驚いていた。しかも本人は水着に着替えるとなぜか恥ずかしがっていたし、それを我慢して出場していた。
ともなれば、何か目的を持って参加している事に嫌でも気付いてしまう。
レイグが全てを知っている事をジョルセアが知ると、今まで抑えていた、我慢していた心の内を吐き出し始める。
「お、俺は……セリオスが本当に好きでした……でもセリオスの心にあるのはコスモだけ……」
「うんうん」
「で、でも、負けたのに、うっ、お、俺はどうしても諦めきれなくて……う、うぅ……」
「……それが普通の女の子、いや普通の人の気持ちさ、我慢する必要は無いんだよ」
「ち、父上……う、う、うっ、うっ、あああああああああ!!」
ジョルセアがレイグに抱き着くと、その胸に顔を埋め子供の様に泣きじゃくる。それをレイグが優しく頭を撫でながら慰めていた。
母のブリギールを失ってから今までハーバル海賊団の代理の頭領、領主の子、神器の継承者としての役目を立派に努めようと、ジョルセアはそれに反する感情は全て蓋をして抑えていた。
それがセリオスを諦めきれない気持ちで一気に崩壊したのだ、神器の継承者とは言え1人の人間、心の内に溜まっていた悔しい、嫌だという気持ちがどっと押し寄せて来た。
しばらくその状態が続くが全てを吐き出したジョルセアが少し落ち着いたのか、レイグから離れると目を真っ赤にさせて元気が無く俯いていた。
その顔を見たレイグがある言葉を思い出し元気を付けようとする。
「いいかいジョルセア、これは君の祖父ジョシュアの言葉だけど、『敗北を知らぬ者に勝利は無い』というのがある」
「……一体、どういう意味なのですか?」
「敗北を知らないと相手を侮り始める、侮りは油断に、油断は傲慢に、そして最後に大事な所で敗北を喫する事になる。つまりジョルセア、君は敗北したけど決定的な敗北じゃない、その事に早く気付けた事で本当の勝利に一歩近付けたって事さ」
「ち、父上……」
「きっとセリオスくん以上に良い男が見付かるさ!……とは言え、見つかったら見つかったで僕は嬉しい様な悲しい様な……」
「フフッ……ははははは、きっと見付けて見せます【大陸一】の男を!その時は覚悟して下さいね!」
困った表情でレイグが唸っていると、その姿が可笑しかったのかジョルセアに笑顔が戻って行く。ともかくジョルセアに元気が戻った様でレイグは一安心する。
「おい!ジョル……ジョセフィーヌ!いるかっ!」
突然、天幕の外からコスモの声が聞こえて来る。しかも少し怒りが籠っている声色だ。
意外な訪問者にジョルセアとレイグが戸惑っているとコスモが構わず話を続ける。
「水着大会の結果だが、ありゃー無効だ!メデウス商会の奴ら投票者に店の割引きチケットを配ってやがったんだ!」
「し、しかしそれがあったとしても、お前の優勝は変わってないだろう!」
「そんなこたー関係ねえ!俺とジョルセアとの真剣勝負に水を差したんだ、無効になるには十分だ!」
「何が言いたいのだ?すでに勝敗は決してしまったのだぞ」
「ああ、だからと言って今さら優勝を返上してセリオスを俺も諦める訳にはいかねえ!だから……」
「だ、だから?」
「いつも通りだ!ジョルセアもセリオスを諦める必要はねえし、いつも通りに過ごせ!万が一にもセリオスが俺に愛想を尽かしたら奪いに来い!……ただそれだけを伝えに来た、じゃあな!」
「お、おい!コスモ!」
ジョルセアが急いで天幕の外へと出るが、すでにコスモの姿は無かった。
コスモもジョルセアに負けず劣らず、正面からぶつかる戦いを好む者であった。メデウス商会の行った割引チケットで勝負を無効にしたのも、ただの理由に過ぎない。
同じ者を好きになった気の合う好敵手であるジョルセアが居なくなるのがコスモはただ寂しかった。
「はあー……セリオスくんがコスモちゃんに惚れる理由が分かった気がするよ……」
「フフッ……全くです、あんな不器用な慰め、初めて聞きましたよ」
コスモの言葉を聞いてジョルセアはようやく心の底から敗北を認める事が出来た。そしていつかきっと、セリオス以上の男と出会ってやると決心が付いた。
一方、シャルミの偽名で参加したシャイラが着替えを終えて天幕の外へと出て来ると、外には顔を腫らせたオルーガが待ち構えていた。
「シャイラさん、大会お疲れ様です。どうですか?良かったらこれから一緒に飲みに行きませんか?」
「オルーガ……一緒に居た団員達はどうしたのです?」
「あいつらはシャイラさんの団員達と、町の中でデートしてますよ!全く俺とシャイラさんを放って好き勝手しやがって……」
「へぇ……」
薔薇騎士団の団員達に男が出来た事をシャイラが初めて知ると口元を緩ませ微笑する。するとオルーガの横へとすっと近付き、オルーガの左腕に自分の右腕を巻き付け手を握り始める。
咄嗟のシャイラの行動に女慣れしているオルーガが腫れた頬を赤くして驚いていた。
「シャシャシャシャ……シャイラさん!?あ、あの、こ、これは一体……」
「では、私達も負けじとデートでもしますか……それとも私が相手では不足だと?」
「そ、それは絶対に無いです!」
「良かった、では……貴方の持つ剣について、じっくりと聞かせて貰いましょうか」
「お、俺の未熟な剣で良ければ喜んでお付き合いします!」
舞い上がったオルーガが腫れた頬で笑顔になって答えると、シャイラの無表情の顔が一瞬だけだが若い娘相応の笑顔を見せる。その笑顔を見たオルーガは一生忘れないと心の中で誓っていた。
そして夕暮れ時のハヌイアムの町へと2人は消えて行った。
2人が皇帝の別荘へと戻ったのは、その日から約3日後の事である。
その間に水着大会で罰を全うしたゴンベエ水軍は帝国からの使者、判事のカリードによって正式に罪が償われた事が認められると、そのまま帝国臣民になる為の入国審査を受け、こちらも正式に認められる。
これでようやくゴンベエ水軍は帝国軍として扱われ、ジョルセア率いる海上騎士団の傘下に入り活躍して行く事になった。
砂浜に設置されていた水着大会の舞台会場も解体され、近くでは海水浴を楽しむ観光客で賑やかになっていた。主催者のアインザーも大会処理を終えて、ようやく帰路に着くことが決まる。
そして皇帝の別荘前でセリオスとオルーガ率いる鋼華傭兵団を引き連れたコスモと、シャイラと薔薇騎士団を引き連れたアインザーが向かい合って別れの挨拶を行っていた。
「長い休暇になってしもうたが、コスモ、お主のお陰で余は40年で初めて……いや人生で一番楽しむ事が出来たぞ!」
「何言ってるんですか上皇様、こっちも色々とありましたけど楽しかったですよ!」
「しんみりとした別れの挨拶は好まぬ故、これだけ言うとくぞ」
「はい、何でしょうか」
「偶には水着を着て余だけに【踊る】を披露して欲しいのじゃ……はあはあ、あのブルンブルンとしたお胸と、弾けるヒップ!ああ、もう堪らぬ!」
「では、お先に失礼しまーす……」
こうしてハヌイアムで休暇を終えた者達が帰路に着いて行く。
コスモ達はロンフォード領、地方都市カルラナに向けて、アインザー達は帝国直轄領、城塞都市アウロポリスに向かって歩き出す。
長い休暇になってしまったが、結果的にテイルボット領の危機を救った事になった。これも皇帝ウェイリーの采配だったのか今となっては分からない。
帰路の道中は賑やかなものだった。水着大会の話題から薔薇騎士団の女達の話題で盛り上がっていた。あれだけの戦闘力がありながらも、女性らしい一面がある事を団員達が自慢し合っていた。
しかし団員達は彼女の居ないオルーガに気を遣い、声を小さく控えめに話をしていたのだが、それを聞いていたオルーガが怒ると思いきやドヤ顔で大人な対応を見せる。
「良かったなお前ら、折角出来た彼女だ大事にしろよ!」
(あれ?何かめっちゃ余裕あるなあ団長……それはそれでイラッと来るけど……)
あれだけ女日照りで不貞腐れていたオルーガが達観した様な顔で自分達を応援してくると、嬉しい気持ちを飛び越えて妙にむかつくのだが、団員達は素直にその言葉を受取り苦笑いで誤魔化していた。
オルーガは結局、シャイラ(元男、実年齢65歳)と付き合う事になった。組織を率いる長としてそれを公然と発表する訳にも行かず、2人だけの秘密にしていたのだ。
その理由も聞くだけでイライラするというものだ。
そして1人、コスモ達に付いて来る女が居た。
野営地で夕飯の準備を終えると、明るい声で皆を呼び集める。
「はーい、皆さーん、夕飯は鶏肉の山賊焼きですよー」
「「「待ってましたー!」」」
なんとアインザーの娘で皇帝の別荘メイド長のヒルディが付いて来ているのだ。
なんでも愛用していたフライパンが海賊達を殴り過ぎたせいで凹んでしまい修理が必要になったそうだ。そして偶然にもフライパンの作者の刻印に地方都市カルラナにある鍛冶屋【覇者の剣】のものが入っていたというのだ。
コスモもゴンベエとの戦いでハート型の盾を失っているので鍛冶屋の【覇者の剣】へは真っ先に向かう予定である。ヒルディが同行する事を二つ返事で了承したという訳である。
野宿ながらも賑やかな夕食に活気付くと全員の足取りも軽くなって行く。
そして数日後。やっと地方都市カルラナに到着するのだが、玄関門の上に大きな文字で書かれた垂れ幕が掲げられていた。
『祝!海上都市ハヌイアム水着大会優勝!<インペリアルオブハート>コスモ!』
「な、なんじゃこりゃ……」
上皇アインザーから称号を得た時は看板であったが、それ以来振りのコスモの優勝を称えた垂れ幕だ。
すでにコスモが水着大会で優勝した事は大陸中に広まっていた。もちろん有名人のコスモを観光の目玉としているカルラナでは当たり前の対応であった。
恥ずかしそうな顔で垂れ幕を見ていると、セリオスが自分の事の様に嬉しそうにする。
「良かったねコスモ、これでまた一段とカルラナが忙しくなるよ」
「そ、そうだな……しかし、噂ってのは広まるのが早いな……」
「コスモ様、到着して早々ですけども鍛冶屋【覇者の剣】までの案内をお願いしますね」
「ヒルディ様、分かりました。オルーガ達とはここでお別れだ、ゆっくりと体を休めてくれ」
「はいよ!コスモちゃん、楽しかったぜ!また休暇に入る時は教えてくれよな!」
「じゃあコスモ、僕は役所の方に行って帰って来た事を報告してくるよ、また後でね」
玄関門でセリオスとオルーガ、鋼華傭兵団と別れるとヒルディを連れて目的である鍛冶屋【覇者の剣】へとコスモが案内をする。
町中に入ると普段と変わらない町並みが目に入って行く、1カ月近く離れただけなのに見慣れた町並みが妙に懐かしい。相変わらず観光客で町が賑やかだが、少しだけ様子が変っていた。コスモよりは肌の露出を抑えてはいるが、ピンク色のビキニアーマーを着た観光客の女が歩いているのだ。
それはコスモの知名度が上がり、同じ防具を装備しても恥じらいよりも名誉の方が勝っている事を示していた。コスモ本人はそれを素直に受け入れて良いものなのか、苦笑いを浮かべて眺めていた。
そして鍛冶屋【覇者の剣】に到着するが、いつもの様に観光客の長蛇の列が出来上がっていた。以前にも増して列が長くなっていたのも、コスモの知名度が一気に上がった影響であろう。
列の横を通って店内へと向かおうとすると、観光客からは本物のコスモと気付かれ声を掛けられ握手を求められる。
コスモが笑顔でそれに応対していると、後ろにいたヒルディが嬉しそうに見守っていた。
観光客の応対を終えて入店すると、勘定台にはいつもの様に愛想の無い顔でドノバンが接客を行っていた。勘定台の奥ではせわしなく動き回るミリットが居た。新たな従業員を雇い入れ、的確に指示を出して忙しそうにしている。
コスモが勘定台に寄って行くと、ピンク色のビキニアーマーに気付いたドノバンがこちらに視線を向ける。
「なんだコスモじゃねーか!久しぶりだな!おい!」
「しばらくだなドノバン、休暇で海上都市ハヌイアムに行ってたんだよ」
「なんだ、そうなのか、それなら一声掛けてくれりゃ……」
ドノバンが表情を明るくしてコスモを迎えてくれるが、コスモの後ろに居るヒルディを見た途端に言葉を詰まらせる。そして焦った様な表情になると、コスモを手招きして勘定台の中へと呼び出し耳打ちを始める。
「お、おいコスモ、あの麗しのご婦人は誰なんだ!」
「あの麗しって……あの人は海上都市ハヌイアムにある皇帝別荘のメイド長をしているヒルディ様だ」
「そ、そうなのか!で……男は居るのか?」
「い、いや……訳あって今も独身だって聞いてるけど……どうしたんだドノバン?」
「ビュ……」
「びゅ?」
「ビューリホー……」
顔に似合わない言葉をドノバンが発するとコスモが顔を背けて笑いを堪える。
ヒルディの美しさがドノバンの心を射止めた様であるが、それを知らないヒルディは2人のやり取りを不思議そうな顔で見つめていた。
勘定台の前には観光客で混雑し始め、それに気付いたミリットがさぼっているドノバンを叱る。
「オヤジー、店番ちゃんとやってくれないと、お客さん困ってるじゃないか!」
「わ、悪い、すぐに対応する!」
娘のミリットに言われ急いでドノバンが接客を始めると、コスモの姿に気付いたミリットが従業員達に後を任せてこちらに駆け寄って来る。
「コスモー久しぶり、私の作った水着で優勝出来たみたいだね!」
「ああ、お陰様でな!それよりもミリット……お前、随分と顔色が悪いな」
「ちょっとね、水着の大量注文が【ビキニパラダイス】から入って、てんてこ舞いなんだ、でも最近は気持ちも上がって来て楽しい気分なんだ」
コスモが水着大会で優勝した事に合わせて【ビキニパラダイス】でも水着による接客サービスが始まり、ビキニの水着の需要が高まっていた。従業員を増やしても根幹の部分はミリットが手作業で作らなくてはならないので、結果的には雑務の負担が軽減された分、仕事が上乗せされて行くという状況であった。
笑顔を見せて元気さを強調はしているが、それは苦しさの限界点を超えた時に出る人体の限界を伝える合図であった。ミリットの小柄な体は限界に近付いていた、それをコスモが何となく察していると突然ヒルディが声を上げる。
「ご来店中の皆様、大変申し訳ございませんが【覇者の剣】は本日の営業を終了致します」
「は?」
「え?」
「お?」
その言葉にコスモ、ドノバン、ミリットが口を開け驚いていると、ヒルディが店内の観光客を外に案内して、並んで居る観光客達に頭を下げ謝罪をして行く。
無駄の無い洗練された素早い対応に観光客達も不満を漏らす前にあっさりと追い返され、渋々と引き下がって行った。
店の扉に【閉店】の看板を掲げると、店内に戻ったヒルディがミリットに詰め寄って行く。
「ミリットちゃん、このままだと貴女倒れますよ」
「な、何を言うかと思ったら、勝手に店を閉めて、貴女は誰なんですか!って、何をするんですか!」
ミリットがヒルディに文句を言おうとするが、それを無視してミリットの体を抱え上げると私室のベッドまで運び、無理矢理、横にさせる。それに抵抗しようとミリットもベッドから起き上がろうとするが、ヒルディが片手の【力】で身体を抑え込むと、もう片方の手を優しくミリットの額に添える。
ミリットが上体を起こそうと抵抗を続けるが、少しして強烈な眠気に襲われたのか目を閉じて睡眠に入って行く。それを優しい顔でヒルディが確認すると、今度はドノバンに寄って行きミリットが受注している内容を聞き始める。
「ドノバン様、ミリットちゃんが受けている注文はどこから入ったものなのか、全て教えて下さい」
「え……はいっ!確かこの紙に……これが受注を受けた品物と相手の連絡先です!」
ヒルディがその洋紙を受取ると、矢継ぎ早にコスモに鋭い目付きを向ける。
「コスモ様、これからお得意様に納期が遅れる事を謝罪して回ります。しかしカルラナの土地勘が私にはありません。この紙に書かれた住所まで案内をお願いできますか」
「は、はい、ヒルディ様」
水着大会で父のアインザーと戯れていた柔和なヒルディはそこには居なかった。皇帝に綿々と引き継がれている独特の覇気を体中から発っする皇帝の娘の姿があった。
その覇気に圧されたコスモが洋紙の住所を確認すると、ヒルディを引き連れて記されていた住所の場所へと向かって店の外へと出て行く。
コスモとヒルディが注文をした依頼主の下を訪れると頭を下げ、納品が1週間遅れる旨を伝える。依頼主も最初は困った表情を浮かべていたが、本物のコスモからお願いされた事もあって無下にする事が出来なかった。
もし断ったり、不満を言ったらコスモの恩恵で生きて行く者達から不義理者として扱われ、カルラナでは生きてはいけなくなるからだ。特にメデウス商会はそう言った義理に厳しかった。
そして最後の依頼主であるメデウス商会が営む【ビキニパラダイス】の店長フネガーの下へと2人は向かって行った。
「コスモ様、ヒルディ様……これは完全に私のせいでございます……申し訳ありません」
「いや、店長、謝るのはこっちなんだけど……」
「我がメデウス商会にとってミリット様は代わりの利かぬ唯一無二の取引相手、それなのに無理な数を注文した事が、この様な事態を招いたのです……」
店長のフネガーが無理と知った注文を受けてくれていたミリットに甘えていた事を反省し、逆に謝罪をする事態になっていた。だがヒルディが嬉しそうな笑顔で返答をする。
「そう思って下さっているのなら、ミリットちゃんは喜ぶと思います。フネガー様は素晴らしい御方です、ミリットちゃんが元気になったら、こちらからも変わらないお付き合いをお願い致します」
「それはもちろん願っても無い事、ミリット様のお体の為ならば我らは何時までもお待ちしております」
フネガーからは色好い返事を貰い、安心したコスモとヒルディが店を出て行く。
【覇者の剣】へ戻る途中、視線を前に向けたままヒルディが覇気を放ちコスモにお願いをする。
「コスモ様……貴女の人気が上がれば上がる程、恩恵に預かる者も居れば、負担が増える者も居ます……全てを救えとは言いませんが、目に入る範囲で守って上げて下さいね……」
「は、はい!お、俺も迂闊でした……」
ウェイリー皇帝が威勢を示す覇気とすれば、ヒルディの覇気は慈しみの覇気と言うべきものだろう。
ミリットに頼り切っていた自分も反省しつつ、ヒルディに皇帝の血が受け継がれている事をしっかりと再認識させる出来事でもあった。
【覇者の剣】に戻るとドノバンには納期の期限を延ばして貰った事を伝え、ミリットの体調が戻るまでは無理をしない様に忠告する。続けてヒルディが店内を隈なく見て回ると、店内は忙しく片付けられていなかったのか、目の届かない所には埃が溜まり、台所も洗い物が長い間放置されていた。
「これではフライパンを直す所では無いですね、綺麗にしちゃいますか!」
ヒルディが自分の荷物から三角巾とエプロンを取り出すと、身に着けて掃除を開始する。それをドノバンが呆然と見つめていたが、そもそもなぜこの店にヒルディが訪れたのか分からないでいた。
「お、おいコスモ、ヒルディさんは何でウチに来たんだ?」
「あ、ああ、本当はフライパンを修理して欲しくて来たんだけど」
「フ、フライパン?ウチはフライパンなんか扱って……いや、亡くなった家内が作った奴があったな……」
【覇者の剣】が開店した当時、客を探すのにドノバンは苦労していた。冒険者や騎士団にとって武具は命を繋ぐ生命線であり、信頼のある鍛冶屋にしか依頼しない為、開店したばかりのドノバンの店には誰も来なかった。
そこでミリットの母がフライパンを製作して生活費の足しにしようとしたのだ。
だが次第にドノバンの鍛冶の腕前の良さが広まると冒険者や騎士団の取引が増え、自然とフライパンを作る事は無くなっていった。
そのフライパンが町民から商人へと渡り、そしてハヌイアムへと流れ着き青空市場で見たヒルディが気に入って購入したのが、入手までの流れであった。
「それが巡り巡ってウチに帰って来るとはなあ……感慨深いぜ……」
「なんか、亡くなった奥さんが戻って来た様な運命を感じるな」
「ああ、だが見ての通りデカ過ぎて売れたのは1つだけだったけどな……」
「そ、そうなんだ……」
フライパンは一般的な物に比べ非常に大きく、扱いも非常に困難な代物であった。ただ扱い切れば一度に大人数の料理を作る事が可能で、手入れをすれば長持ちもする。
繊細さと豪快さを兼ね備えたヒルディだからこそ扱う事が出来ていた。
懐かしそうにドノバンがフライパンを両手に取り眺めていると、コスモの背中にハート型の盾が無い事に気付く。
「そういやコスモ、おめえあのピンクの盾はどうしたんだ?」
「それが……ハヌイアムの町であった戦いで壊れちまって……また新しく作って欲しくて来たんだよ」
「あん?あのミスルン鉱石で打った盾が壊されたのかよ!……邪神竜でも相手にしたのか?」
「ま、まあある意味、邪神竜と同じだな……」
実際に邪神竜に操られたゴンベエが相手だったのだ、強ち間違いでは無かった。しかし、ドノバンは困った表情を浮かべていた。
「あの盾はミリットの最高傑作でもあるが、あれ以上の鉱石となると、ここいらじゃ手に入らねえ……」
「同じもんでいいからよ、いや、なるべくハート型は止めて欲しいけど……なんとか出来ないかドノバン」
「なんとかってなあミリットの奴が黙ってねえぞ、それに同じ鉱石の盾をミリットは作らねえぞ、あいつも鍛冶師としての誇りがある。前より頑強で耐久性のある盾しか作らねえだろうよ……その間は俺が作った盾でも使って我慢してくれ」
店の奥からドノバンが同じミスルン鉱石で打った大きなダイヤ型の無骨な大盾を持って来る。
それを見たコスモが目を輝かせて一気に感情が昂って行く。
「おいおいおいおい!良いもんがあるじゃねーか!」
「だろう?俺の盾はミリットにも負けず劣らずって性能だ!」
「ああー、長年待ち焦がれた物がやって来た気持ちだよ!ドノバン!お前は天才だよ!!」
「へへっ、そ、そんなに褒めるんじゃねえや、こそばゆくて仕方ねえ」
アーマー職が扱う大きな盾の中でも、最小限の装飾に実用性を兼ね備えた無骨なダイヤ型の盾は、コスモにとって理想的な盾であった。
まるで想い人がようやく目の前に現れた様な気持ちになったコスモが、興奮気味にドノバンのデザインセンスを称賛する。
そんなやり取りをしていると、掃除を終えたヒルディが三角巾を外し店の主人であるドノバンに怒った表情で詰め寄る。
「ドノバン様!私、決めました!ミリットちゃんが元気になるまでは、私もお店のお手伝いを致します!」
「へっ!いやあそれは大歓迎!!……ってちげえ!一体どういう意味ですかヒルディさん?」
「コスモ様のお陰で繁盛しているとはいえ、店内が余りにも汚すぎます。それに食べている物も体に良くない塩分が多い日持ちのする乾物や即席物ばかり、これでは身体を壊すも無理もありません!」
「め、面目ない……」
「……ふふっ、良いのですよドノバン様、これから一緒にお店を変えて行きましょう」
普段から怒っている様な顔をしているドノバンが一気に落ち込む表情を見せると、その変わり様が急だったのか素直な態度を見せるドノバンにヒルディが微笑して笑顔になって行く。
「と、いう事でコスモ様、しばらくカルラナに滞在しますので宿の場所まで案内をお願いしますね」
「はい、分かりました……しかし、ヒルディ様のこの強引さは……確かにアインザー様の血を継いでらっしゃる……」
「嬉しい事を言ってくれますね!でもそんな事言っても何も出ませんからね」
こうして強引気味にだがヒルディが鍛冶屋【覇者の剣】で働く事が決まった。
コスモもハート型の盾の製作者であるミリットが体調を崩し、新しい盾の製作に目途が立たないでいた。だが、ヒルディの優れたメイドの能力を発揮すれば近い内にミリットの体調も戻り、その目途も立つだろうと算段していた。
本当は心の片隅でコスモはもうこのまま代用品のドノバンの盾でも良いかと半ば受け入れてもいた。
ミリットの体調が回復するまでは、本業の冒険者活動、【仕事斡旋所】で依頼を受ける事にした。
以前と変わりなく、観光客の相手や開拓に関する冒険者が嫌がる依頼を率先して受け、セリオスと共にそんな日々を過ごしていると、鍛冶屋【覇者の剣】から【仕事斡旋所】の受付嬢サラへと連絡が入る。
「コスモさん、【覇者の剣】のミリットさんが盾について話があるから来てくれって連絡ありましたよ?」
「げっ……マジか……」
「コスモは今の鋼色の盾が気に入ってるもんね……他の人からは不評だけど……」
「何でこんな良い盾が不評なのか意味が分からねえが……しゃーねえ、会いに行くか……」
依頼を終えたコスモとセリオスが【仕事斡旋所】で受付嬢のサラに報告していると、サラから【覇者の剣】のミリットの伝言を聞く。
それを聞いたコスモが顔を歪めるが、セリオスの話の通り無骨なダイヤ型の盾は他の人々から評判が良くない。コスモの代名詞でもある称号<インペリアルオブハート>に似つかわしくないのだ。
評判を耳にしたコスモは時間が経てば忘れるだろうと過ごしていたが、評判の悪さはそう簡単に消えなかった、渋々ながらも足は自然と【覇者の剣】へと向かっていた。
セリオスと共に鍛冶屋【覇者の剣】に到着すると、いつもの様に観光客の長蛇の列が出来ていた。しかし以前と違って列が流れるのが非常に早い、見る見る内に観光客が店に入って、それと入れ替わる様に店内から観光客が出て行く。
コスモの存在に気付く暇もない位に観光客達の回転率が上がっていた。
コスモが驚きながらも店内へと入って行くと、勘定台ではヒルディが笑顔で観光客達の接客を行っていた。店内には従業員が点在して、商品の説明を速やかに行い迷う観光客の後押しをしている。
そのお陰で店内の観光客による渋滞は緩和され自然と流れて行く。
「ど、どうなってんだこりゃ……」
「それよりも何でヒルディ様が、接客しているのコスモ……」
「コスモ!ちょっと、話があるからこっち来て!!」
店内でコスモとセリオスが呆然とそれを見ていると、人混みの中から突然現れたミリットがコスモの腕を強引に掴み、店の外に出て裏庭へと回って行く。
ミリットの顔は以前に比べ血行も良く健康的に見える、ヒルディの料理や健康管理の賜物である事は間違い無い。
店の裏庭に着くと誰も居ない事を確認したミリットがコスモの両腕を掴み問い詰め始める。
「ヒルディさんって一体何者なの?」
「な、何者って……ハヌイアムの皇帝の別荘でメイド長をやってた人だけど?」
「掃除も早い、料理も美味い、性格も良い、仕切りも完璧、挙句の果てには鍛冶も上達が早い!何なのあの人、鍛造する時だって私とオヤジが何度も打つのに、たった数回で終わらせるし完璧なの!ただのメイドがそれをやってのける訳がないでしょ!」
ミリットが今まで店で不足していたと感じていた事を、ヒルディが全て1人で賄った事に驚愕していた。ヒルディはメイド長として長年勤め、一般的な雑務処理に長けていた事に加え【力】の高さと、上皇アインザーの血筋で炎を扱う鍛冶にも素質があったようだ。
だが上皇の娘とは口が裂けても言えない事であった、コスモが口を紡ぐとミリットが疑惑の目を向けて来る。苦しそうなコスモを見かねたセリオスが助け船を出す。
「ミリット嬢、ヒルディ様は長年メイド長を務めていた方なんです。そつなく業務を行える事はその経験からでしょう」
「う、うーんセリオス様の言う通りだけど、鍛冶の温度の見切りと言い只者じゃないと感じたけど……まあいいか!」
セリオスの説得に納得したのかミリットが笑顔でヒルディの話を終わらせると早速本題に入る。コスモに向けて右手を差し出すとにっこりと笑う。
「じゃあコスモ、そのダサい大きな盾、貸して!」
「……い、嫌だ」
条件反射というのだろうか、ミリットの要求をか細い声でコスモが拒否する。
短い間ではあったがコスモはハートの形じゃないまともな形をした盾に愛着が湧いていた。ここでミリットに渡せば、100%の確率で魔改造されるのは明らかであった。
そんなコスモの態度が気に入らなかったミリットが、セリオスに向かってこれ見よがしに脅しを掛けて来る。
「そーいえばーセリオス様ー、コスモの勝負用の水着ってご覧になりましたー?」
「勝負用?それは初耳だね、一体どういう物なの?」
「実はコスモの為に……いえね、セリオス様の為に用意したものなんですけどぉー、ちょうど類似品も手元にありますのでー見せて差し上げましょうか?」
「おわあああああああああああ!!!やめっ、やめろおおおおおおおお!!!」
「??」
コスモが慌てて背中に抱えていた盾を取り外すと、ミリットの方へ素直に差し出す。あの水着の存在をセリオスに知られたら、どんな目で見られるか分からないし、これ以上の恥は感じたくない。
セリオスが不思議そうな目で見つめる中で、コスモが目に涙を浮かべ人質を差し出す様にミリットへと盾を手渡す。
「最初っから素直になればいいのに……新しい鉱石を手に入れるまでは、しっかりと代用品もライオネルシリーズと同じく可愛くしてあげるからね!」
(だから可愛くする必要はないだろっ!!)
こうして代用品としてまともな形であったドノバンの盾が、ミリットの手によってピンク色に染め上げられた上にハート型の形に形成されて行った。
ミリットに製作を依頼してからというもの、趣味全開の魔改造にコスモは一生の付き合いをして行かなければならなかった。それもミリットの腕の良さと、奇抜な見た目だが堅実な実用性を兼ね備えているのが要因である。
コスモ本人は納得はしていないが、結果的に世間からはやっとハート型の盾が復活したと歓迎された事も忘れてはならない。
ここまで読んで頂きありがとうございましたワン☆




