第73話 全てを貫く矢
・コスモ(女)
元騎士団の39歳のおっさん冒険者
職業は【ソードアーマー】
領主騎士団時代に負傷した右膝を治す為に飲んだ森の魔女の秘薬、万能薬の効果により39歳のおっさんモウガス(男)から見た目が20歳前後のコスモ(女)となる
上皇アインザーによって<インペリアルオブハート>の称号を得るが、それを象徴するハート型の盾と共にビキニアーマーがますます外せなくなる、ある意味呪われた装備と化していた
黒炎によって負傷して動けないセリオスを庇う様にジョルセアが上から覆い被さる。
その2人に向けて海竜の口から【黒炎吐息】が放たれ様とした時、左舷側の海面から凄まじい水飛沫と共に人影がガレオン船の上空を飛んで行く。
人影がそのままガレオン船を飛び越えると海竜の頭上まで迫る。手に持っていたピンク色の大きな大剣が、持ち主の勢いのある声と共に海竜の頭に叩き付けられる。
「これでも食らいやがれ!!!」
ドチャッ!!ズゴゴゴゴゴゴ!!
「ぐっ!ぶべべべべ!!」
必殺の一撃音と同時に叩き付けられた大剣の刃が海竜の頭にめり込むと、開こうとしていた口を無理矢理閉ざされ、口の隙間から黒炎が溢れ出す。
「おらあああああああああ!!」
その勢いのまま海竜の頭と長い首を胴体近くまで、縦に裂きながら大剣を振り下ろして行く。そのまま海竜の胴体を足場にして強く蹴り込むと、後方宙返りでガレオン船の甲板へと着地する。
その光景を見ていたセリオスとジョルセアが呆然としていたが、間もなくセリオスが安堵した表情になって行く。
「コ、コスモか……良かった……無事だったんだね」
「コスモ!なぜここに!」
「ゴンベエから【ブラックオーブ】の話を聞いてな、すっ飛んで来たんだ!!」
セリオス達の危機に登場したのは、傷だらけのピンク色のビキニアーマーに身を包んだコスモであった。
ゴンベエから【ブラックオーブ】の所在を聞き、ダルダロスも同じ物を持っていると考えると、技能【妖馬の脚】でハヌイアムの町を駆け抜けセリオス達の下へと向かっていたのだ。
コスモがセリオスの足を見ると黒く焦げている事に気付く。
「セリオス……お前、その足は?」
「ちょっと攻撃を避けるのに失敗しちゃってね、大丈夫、大したことは無いさ」
「ち、違うんだ俺を庇う為に……俺のせいなんだ!」
セリオスとジョルセアのやり取りを見て、何が起こったのかをコスモがすぐに理解する。
その間にも海竜の縦に裂けた首が再生を始め、瞬く間に元の状態に戻って行く。再び目を開くとコスモの姿に目をやる。
「また……貴様か……同じ日に二度も会うとはな……」
海竜の中に居た邪神竜もコスモと同じ日に二度も会敵するとは考えていなかった。
だが当の本人のコスモはそんな事は気にせず、淡々とした口調でジョルセアに声を掛ける。
「いいかジョルセア、お前の弓であの海竜を倒すんだ。俺じゃあ決め手になる攻撃が叩き込めねえ」
「で、でも俺なんかじゃ……」
「……出来るか出来ないか、やってみてから考えりゃいい、それよりもな……」
自分の油断でセリオスを負傷させ、自信の無くなっていたジョルセアが弱音を吐くがコスモにとってそんな事は関係が無かった。
湧き上がる感情を抑え、冷静を装っていたコスモが段々と身体を震わせていく。こめかみに青筋を立て歯軋りをし体中から青い陽炎の炎を撒き散らしていた。
セリオスを傷付けられた事にコスモは怒っていたのだ。大きな声で海上に響き渡る雄叫びを上げる。
「俺のセリオスに傷を負わせたんだ!!絶対に許せねえよなあジョルセア!!!」
「コスモ!俺のって所は看過出来ないが、許せない所は俺も同意する!!」
セリオスの前に立つコスモが魔剣ナインロータスを両手で構え、後ろではジョルセアが神器【ディバロー】に矢を添えて構える。そしてジョルセアが静かに目を瞑り矢に全神経を集中し始める。
コスモとジョルセアの異様な怒気と殺気を恐れた海竜が、再び口に黒炎を溜め始める。
「貴様には盾が無いのだ!今度こそ終わらせてやるぞコスモ!」
「……やれるもんならやってみやがれってんだ!!!」
「これで消滅しろ!!」
海竜の口から溜めていた【黒炎吐息】が一気にコスモに向かって放たれる。
迫りくる黒炎の前にコスモが魔剣ナインロータスの切先を真横へと向けて、両手の手首を交互に捻る様に素早く回転させると、瞬く間に刀身が見えなくなる程の回転力に上昇する。
「剣奥義【旋風竜剣】!!えいやああああああああ!!」
剣奥義【旋風竜剣】は大剣を両手で持った時にしか繰り出せない専用技で、しかも本来は横回転では無く縦回転で使用する技だ。かつて東の国の過去の英雄が宿敵を討つ為に編み出された必殺剣でもあった。
鈍い重低音を立てながら回転する魔剣ナインロータスの剣風によって、激しい竜巻の様な気流が発生する。その竜巻と黒炎がぶつかると、コスモの正面から黒炎が避けるように2つ左右に分かれ、軌道を変えて行く。
そして甲板上に延焼していた黒い炎をも巻き上げると海竜の背後にある広大な海原へと落ちて行く。
「か、風の力だけで、我の【黒炎吐息】を裂くだとっ!!!」
海竜が竜巻によって黒炎が弾かれる光景に絶望をしていた。邪神竜デモゴルゴの単純にして最強の技【黒炎吐息】があっさり退けられたのだ。以前は多少なりともダメージ……とはいえ布部分が燃えただけだが、コスモに与えていた。
それでも驚異的なのにあっさりと退けられたら、コスモ対して自慢の【黒炎吐息】は無力という事になる。人々に絶望をもたらす者として君臨していた邪神竜が、絶望するには十分な事象であった。
「ジョルセア!こっちは止めたぞ!後はお前の怒りを……想いをぶつけてやれ!!」
コスモの声に反応したジョルセアがゆっくりと目を開いて行く。ジョルセアの視界に映る全ての光景が暗闇になると、海竜の胴体分の中央部に一際、青く輝く光だけが映し出される。
特殊技能【心眼】の効果で、敵の隠された急所を見抜く技能である。
「ジョシュア爺様……俺に力を!」
弱点を見抜いたジョルセアが神器【ディバロー】の弦を大きく引き矢の狙いを定めると、矢には青い輝きが増して行く。小さな水滴が長年、岩に当たり続け、穿ち突き通す、そのイメージを何度も何度も頭の中で繰り返す。そして添えられた矢に水滴の威力を少しずつ乗せて行くように、矢が青い輝きをより強く輝かせ始める。
「弓奥義【心水穿】!!」
ジョルセアの指から矢が放たれた次の瞬間、海竜の背後の海面に天にも昇る水飛沫が上がる。聖属性が付与される証として放出される光の粒子が矢の軌道に置いて行かれる様にまだ残っていた。
祖父ジョシュアが最も得意としていた弓奥義で、子のレイグにさえ会得出来なかった技である。テイルボット家の者だけに伝承される技能【心眼】を合わせた、大陸一の弓の奥義である。
「こ、ここまでの……使い手、まさにジョシュアにも劣らぬその技量……こ、こんな事が……」
海竜が首を震わせ、自分の胴体へと目をやるとぽっかりと空いた貫通した穴が開いていた。竜の心臓とも言うべき【竜の輝石】を目にも止まらぬ速度で完全に射抜かれていた。
【竜の輝石】を無くせば竜の形は保てない、徐々に海竜の体が崩れ落ちて行く。
「よくやったジョルセア!!お前ならやれるって信じてたぜ!!」
「……俺1人だけの力じゃない、皆が……家族が俺を守ってくれたお陰だ……」
崩れ落ち始める海竜を見たコスモがジョルセアを褒め称える。ジョルセアもその言葉に慢心する事無く、皆の力で勝利した事を噛み締めていた。
これで戦いが終わったと思いきや、崩れ落ちる海竜が最後の足掻きを見せ始める。
「こ、このままでは終わらん!!町を……せめて町を黒炎に包み込んで道連れにしてくれる!!!」
海竜が致命傷を負いながらも、驚異的な生命力で右舷から離れると町へ向って移動を始める。元々海竜は泳ぎに特化した4本のヒレを持ち、その速度は弱っているとは言え圧倒的に早かった。
その動きを見たコスモが魔剣ナインロータスを背負うと急いで船内へと入って行こうとする。それを見たジョルセアが止めようとするが、
「ま、待てコスモ!この船の先には大破したダルダロスのガレオン船が塞いでいる!このままでは、この船は動かせないぞ!」
「だったら、全部押して漕げばいいだろ!」
ジョルセアの忠告を無視してコスモが船内へと下りて行くと、横に居たセリオスがジョルセアに微笑む。
「コスモなら大丈夫だよジョルセア、2隻のガレオン船を動かすなんて訳ないさ」
「さ、流石にそれは無理だろう……」
人質救出の時はガレオン船1隻だけであって、今回は2隻、更にダルダロスの乗船していた船には避難した人員が100人近く乗っている。ジョルセアも状況が違い動かせる訳が無いと考えていた。
すると、左舷右舷から櫂を海面に思いっ切り叩き付ける音が聞こえ始める。
「ぐおおおおおおおおお!!さすがに重い、が、やれない事はねえ!!!」
コスモが必死の形相で櫂を海面に叩き付け思いっ切り力を込めて漕ぎ始める。最初は微動だにしなかったガレオン船が木の軋む音を立てながら、徐々にだがゆっくりと進んで行く。
「う、嘘だろ……人が2隻のガレオン船……それに100人近い人が乗っているのに動かすなんて!」
「ジョルセアも今の内に慣れおくといいよ、コスモは女神様に愛されてるんだ」
「女神様の力……確かに、そう言い表すしかこの事を説明出来ないな……」
全てを信じるセリオスに諭されると狼狽えていたジョルセアが、動き出すガレオン船を見てコスモの力を受け入れていた。次第に航行速度も上がり、船が傾く程の勢いは無いが並の航行速度で海竜の後を追いかけ始める。
一方、ハヌイアムの町の港が見えてきた海竜が、崩れ落ちる腐肉を撒き散らしながら港へと上陸しようとしていた。港には人気が無く、無人の小型船や漁船、商船が停泊し静かな状態であった。
海竜が船の停泊していない岸壁に到着すると、ゆっくりとヒレ足を上げて大地を踏みしめようとしていた。
「この町は終わりだ……我が黒炎の前に……灰燼になるが良い」
海竜が口に黒炎を溜め始めると近くの住居に狙いを定める。
その時、海竜の横から黒い鎧に身に纏った長い黒髪の女が話し掛けて来る。
「今日は懐かしい者に良く出会う日ですね……確か海に生息していた海竜【シーサーペント】でしたか、ちょっと腐りかけていますが……」
懐かしい人に会ったかの様な態度で話し掛ける女に、海竜が崩れ落ちる顔でギョロっと睨み付ける。
「な、馴れ馴れしい女だ……先に、し、始末してやる……」
海竜が口を女の方に向けると一気に黒炎を吹き掛けると、港の岸壁上が黒い炎に包まれ燃え始める。
すでに消し炭になってしまったのか、女の姿が無いのを確認すると海竜が顔を戻し、住居に向けて再び狙いを定める。
「ふん……変な女であったな……さあ、これで人間共を燃やし尽くしてやる……」
「貴方の体内に人質はいませんよね?」
「ま、まさか?」
燃やし尽くしたと思っていた女の声が聞こえると辺りを見回し始める。すると女が海竜の足元で深く腰を落とし、鞘に納めたままの魔剣ムーンバルクの柄を右手で掴み、鞘を左手でしっかりと押さえていた。
黒く長い髪を地面すれすれまで下ろし上体を前のめりに屈めると体中から翠色の輝きを放ち始める。
女は薔薇騎士団の団長シャイラであった。ダルダロスの上陸を阻止したセリオス達の戻りの遅い事が気に掛かり、ハヌイアムの港へ来ていたのだ。
しかも前回の失敗を顧み人質の有無を確認していた。余程、本人には大きな失敗だったのだろう。
「……その姿から察するにセリオス達に追い込まれ、最後に町を……と言った所でしょうか」
すべてをシャイラに見抜かれ海竜が動揺する。
「だ、黙れ、小娘風情が!今度こそ、塵にしてくれる!!」
「小娘……嬉しい事を言ってくれますね……ではお礼に楽に天に送って差し上げます」
実年齢65歳のシャイラが小娘扱いされ嬉しかったのか少し微笑むと、シャイラに向かって海竜が黒炎を容赦無く吐き出そうとする。
その時に合わせシャイラが魔剣ムーンバルクを地面に沿う様に鞘から抜き出すと、一気に天に向かって大きく刃を振り上げる。その軌道は美しい弧を描き、魔剣の刃に沿って翠色の輝きが追従していた。
「剣奥義【竜天衝】!!!」
体から放っていた翠色の輝きが大きな斬撃となって海竜の体を突き抜け天に向かって飛んで行く。斬撃が遥か上空に漂う雲を両断しさらに遠くへと消えて行く。シャイラの奥義【竜断剣】を対空に特化した奥義である。
斬撃の圧力に海竜の体が宙に浮かぶと、胴体が縦に半分となって分かれて行く。
「わ、我が、日に二度までも、や、破れるとは……」
宙に舞った海竜の体が肉を叩き付ける様な鈍い音を立て岸壁の上に落ちると、すでに再生能力を失った腐肉が少しずつ溶け始めて行く。
「セリオス達の戻りが遅かったのはこれが原因ですね……」
シャイラが魔剣ムーンバルクを素早く1回転させ鞘に納めると、無表情のまま乱れた黒い長い髪を左手でかき上げる。すると近くから、男の唸る様な声が聞こえて来る。
「うっ……ううう……」
その声を聞いたシャイラが髪をかき上げたまま硬直すると無表情な顔に汗が滲み出す。
「ま、まままままさか……本当に人質が居たのですか!!」
崩れ溶ける海竜の体の中から、上半身裸の金髪の男が苦しそうな呻き声を上げていた。それに気付いたシャイラが足をバタバタさせ酷く動揺していた。
すぐに焦る気持ちを落ち着かせると、金髪の男を海竜の体内から引っ張りだし介抱に入るが、男の腰から下は何かに綺麗に切断されたのか下半身が無かった。これは男の体の一部を吸収し海竜の体を成形した影響で、実際にはシャイラの斬撃のせいではない。
事情を知らないシャイラがさらに顔を青ざめさせる。まさか自分が斬ってしまったのでは、そう思ってしまうのも無理は無い位に、綺麗に切断されていたのだ。
「し、しっかり、気を持ちなさい!」
「ジョ、ジョルセア……姉貴……オヤジ……」
「ジョルセア?……貴方はもしかして……」
男が苦しそうな顔でジョルセアの名を呼んでいた。その名を聞いたシャイラがジョルセアを執拗に狙う男がダルダロスという事を、コスモからの報告にあった事を思い出していた。
ドゴォォォォン!!バキバキバキ……!!
すると、シャイラの背後で物凄い衝撃音と共に巨大なガレオン船が2隻、岸壁を砕き接岸する。その様子は接岸というよりは事故と言っても良いレベルの衝突であった。
それもコスモが止まる事を考えず全力で櫂を漕いだのが原因であった。甲板に居たジョルセアがセリオスを抱えながらその衝撃に耐えていた。
「コ、コスモ、やり過ぎだ!!」
「ジョ、ジョルセア……胸が当たって……息が出来ない……」
憤るジョルセアの胸元で豊満な胸に鼻と口を塞がれたセリオスが苦しそうな顔をしていた。ガレオン船が停船すると船内からコスモが飛び出して来る。
「海竜!好きにはさせねえぞ……ってジョルセア!お前、何セリオスに抱き着いているんだ!!」
「コスモ!お前が荒い船の動かし方をするから、俺がこうしてセリオスを守ってやってるんだ!」
「何だとこの野郎!女になってから、妙にセリオス馴れ馴れしくしやがって……前から気に食わなかったんだ!」
「俺は野郎じゃない元々女だ!それにセリオスと馴れ馴れしくして何が悪い!!」
「ふ、2人共……海竜……まずは海竜だからね……」
コスモがセリオスに抱き着くジョルセアを見て嫉妬すると、海竜を忘れ言い争いになってしまう。それを見かねた窒息しそうなセリオスが声を振り絞って、冷静になる様に投げかける。
「こ、この件はまた後だ!まずは海竜が先だ」
「すまないセリオス、俺とした事が……コスモ、お前の言い分は後でゆっくりと聞いてやる」
セリオスの言葉で一時停戦すると、2人がダルダロスのガレオン船に移って甲板から岸壁を見下ろす。ハヌイアムの町の状況を確認しようと岸壁を見たら、海竜が半分になった姿が目に映る。
「こ、これは一体……あれはシャイラ殿、という事は海竜はシャイラ殿が片付けたのか……」
「……あの抱えている男は、ダルダロス!」
その中にシャイラが屈み、金髪の上半身だけの男を抱えている姿が見える。その姿を見たジョルセアが、慌ててガレオン船が飛び降りるとシャイラの下へと駆け寄って行く。
「ダルダロス!生きているのか!……お前その顔は……」
「ジョ、ジョルセアか……」
ジョルセアがダルダロスの顔を見て懐かしく感じていた。猛禽類の様な顔付きでは無く、幼い頃に接してくれていた兄の様な優しい顔となっていた。こうなったのも邪神竜の呪いで負の感情が全て吸い取られていた結果である。
後ろからコスモが追い付くと、シャイラがコスモに向かって手の平を突き出し無言で制止させる。その雰囲気を感じ取ったコスモが静かに側で見守る。
「お前に……言っておかなければならない事がある……」
「な、なんだ?」
「姉貴のブリギールは流行り病なんかじゃねえ……許嫁だった男に毒を盛られて亡くなったんだ……それを知った俺はな……頭に血が上っちまってな……居ても立っても居られなくなって復讐をしたんだ……」
「……」
「仇を取った後は気分が晴れた、だがそれも一時の事、その後は虚しい気持ちが続いた。こんな事をしても姉貴は帰って来ねえ……ならどうすりゃいい?」
「だから、ダルダロス海賊団を立ち上げたのか……」
「もう誰にも大事な物を奪われたくない一心だった。奪われない為には巨大で圧倒的な力が必要だ。だが……その代償として人を捨てなきゃならなかった……」
何かを守る為には口や頭だけでは無く、時には純粋な力が必要になる。特に力と言うのは普段から無意識に人が抑えている傾向にある。それも優しい人間であればある程にその傾向が強い。
ダルダロスも両親を奪われハーバルの下で新たな家族と出会った。この時代の子供としては運の良い方である。ハーバルから与えられた無償の愛情に元から優しい性格のダルダロスも、思いやりのある男に成長していった。
だが表裏一体とは良く言ったもので、優しい人間は何かの切っ掛けで裏返る事がある。その裏返った暴力性の高い力がダルダロス海賊団の力の源であった。
「だけど俺のやっていた事は、両親を奪った海賊と同じ事だった。オヤジもそれを知ってて、ブリギールの姉貴の復讐はしなかったんだ……」
「爺様も、ダルダロスを凄く心配していたよ……」
「ジョルセア……こんな残虐な大悪党である俺でも出来なかった事がある……」
ダルダロスが悲しい表情を浮かべて思い返す。
「俺はオヤジを追い詰めた後、あの憐れむ目を見て、剣を突き刺す事が出来なかった……苦し紛れに船の上から突き落としたが、泳ぎの得意なオヤジの事だ。きっと生きてるだろう……」
「ほ、本当か!ハーバル爺様が生きている!!」
ダルダロスの告白でハーバルが生きている事を知ると、ジョルセアの顔から笑みがこぼれる。
「……すまねえジョルセア……全てを後悔している、なぜ俺はこんな事をしちまったのか……」
ダルダロスが涙を流し後悔の言葉を口にすると腹部の切断面が塵となって行く。海竜を身に宿した代償だろうか徐々に腹から胸、首から顔へと進行して行く。それに気が付いたジョルセアが再び悲しい表情になって行く。
「ダルダロス!……いや、ダル兄!……あんたはやっぱり優しい人間だよ……最後の最後まで人の心を捨てきれなかったんだ」
「こんな俺を……まだ兄と呼んでくれるのか……こんな嬉しい事はねえ……ありがとう、ジョル……」
最後まで言葉を言い切る前にダルダロスが笑顔のまま頭の先まで塵となって行く。シャイラが抱えていたダルダロスだったものは、その腕からすり抜ける様に塵となって姿が消え、その塵が海風に流され海面へと散って行く。
しばらくジョルセアが屈んだ状態で動けずに感傷に浸っていた。
その姿に掛ける言葉が見付からずコスモとシャイラが無言で見守っていた。
すると、崩れ掛かったガレオン船からボルボ船長と捕虜の海賊達、そしてレイグを抱えたロイバンが降りて来る。瞬く間に岸壁上が人で溢れ始めると、ロイバンが港に置いてあった木箱の上に重傷のレイグを丁重に寝かせる。
「ボルボ!急いで【シスター】【プリースト】の者を呼ぶのだ!」
「分かった!今すぐに呼んで来る!!」
すでにレイグの顔は青ざめ息が浅く意識は無かった。
ボルボがテイルボット城に向かって走り始めると、感傷に浸っていたジョルセアも我に返る。
「そうだ!父上!」
そう言うとロイバンの下へと駆け寄りレイグの容態を確認する。
だが、誰が見ても間もなくレイグの命は尽きようとしていた。
「こ、こんなの嫌だ……同じ日に2人も家族を失うなんて……」
「すまぬジョルセア、この私が付いて居ながらこの失態……」
ロイバンが謝罪の言葉を口にするがジョルセアの耳には入っていなかった。それ程までに憔悴しきっていたのだ。義兄も失い続けて実父も失えば、どんな精神力があっても耐えれるものでは無い。
その光景を見ていたコスモが、再び青い陽炎の炎を全身から噴き出し始めると大声を上げる。
「パフィィィィィィィィィ!!!居るんだろ!!」
港中にコスモの大声が響き渡ると、少し間を置いて港の木箱の裏からパフィがひょっこりと出て来る。
「見つかった……訳じゃないと思いますがー」
パフィは上皇アインザー直属の陰の者で、人質救出では大活躍をした少女である。テイルボット城でハヌイアムの町の海賊達を鎮圧した報告を聞いて、アインザーが港へと向かわせていたのだ。
「はいっ、コスモさんの必要としてるのはこれですよねー」
「さすがパフィだ!分かってるじゃねえか!!」
手に握った【ヒールの杖】をパフィがコスモに向かって投げると、右手を突き上げ受け取り、すかさずレイグの下へと駆け寄る。
「レイグ様、あんたがここで倒れたら、この戦いに勝った意味がねえ!戻って来てくれ!!」
【ヒールの杖】をレイグの体に掲げると、一気に淡い青い光が柱状になって辺りを包み込む。
周りで見ている者達は、『なんでコスモが杖を使えるんだ?』という疑問を持つ者が居ない程に、その奇跡の光景に見入っていた。
青い光に包まれたレイグの腹部の傷が塞がり始めると何も無かった状態へと戻って行く。レイグの青くなった顔も少しずつ生気が戻り始める。
コスモから放たれていた青い陽炎の炎も収まり、杖から放っていた青い光も静かに消えて行くと、手に持っていた【ヒールの杖】が折れて壊れてしまう。
それを側で見ていたジョルセアがコスモに掴み掛かり問いただす。
「コスモ!今のは一体!……いや父は!父は大丈夫なのか!」
「ああ、大丈夫だジョルセア、俺の【魔力】を込めたんだ、生きてもらわなきゃ困る」
飄々とした言葉でコスモが答えを返すとレイグが意識を取り戻す。
「ううーん……あれ?僕のお腹の傷が消えてる??」
レイグが自分の腹部にあった大きな傷が無く呆気に取られていると、目の前に大きな胸が迫って来る。
「父上!良かった!本当に……うっうっ……」
「うわっぷ……ジョルセア……君こそ、良く頑張ったね」
「き、奇跡だ……こんな事が起こるとは……」
泣きながら抱き付くジョルセアの頭をレイグが優しく撫でる。無事に父と子の再会を果たし、ロイバンを含め周りに居た者もその感情に流され目に涙を浮かべる。
その光景を大きく一息ついたコスモが優しそうな顔で見つめていた。
重傷であった領主のレイグも無事に生還を果たすと、テイルボット領の危機がこれで全て去って行った。
始まりは壊滅的な状況下で逆転する要素は何一つ無かった。だが各々の想いが、行動が、この危機的状況を打破したのだ。
もちろん、その中心に居たのは紛れも無くコスモという存在であった。
皆がジョルセア達を囲い沸き立つ状況から、コスモが静かに背を向け離れるとパフィの下へと向かう。
「助かったぜパフィ、悪いけどもう一本【ヒールの杖】はあるか?」
「……ありますけどー、本当にそれでいいんですかー?」
パフィが手に持った【ヒールの杖】を御手玉の様に遊んで見せ付けると、コスモにじとーっとした視線を向ける。
そのパフィの言葉にコスモが不思議そうな表情を浮かべた後、顔をはっとさせその意図に気付く。
「パフィ!……お前って奴は、どこまでも気の利く奴だな!」
「暗部は空気読むの上手いんですよーKYってやつですKYー」
パフィが表情を変えず親指を立てて答えると、コスモが笑顔になってガレオン船へと駆け上がって行く。
ガレオン船では取り残されたセリオスが甲板上で仰向けになって、流れゆく雲を静かに見上げていた。
「……今の声は、レイグ卿が助かったのかな」
岸壁上からはレイグの回復に喜ぶ仲間達の声が聞こえていた。怪我人の中でも重傷であったレイグを優先させる為にセリオスがこの場に残っていたのだ。
そんなセリオスに紫色の長い髪を海風に靡かせ、太陽の様に輝く笑顔でコスモが覗き込む。
「よっ!セリオス、待たせたな!」
「……コスモかい、やっぱり君は凄いね……」
「なーに言ってるんだ、邪神竜の乗り移った海竜を圧倒していたんだ。セリオスの方が凄いさ」
「……僕のはそういう意味じゃなくて、うわっ!」
セリオスがそう言い掛けると、コスモがセリオスの体を軽く抱え上げる。
本当であればこの場で【ヒールの杖】を使って、セリオスの怪我をした足を治療する事も出来るのだが敢えてしなかった。なぜならこうして2人の時間を作るという、パフィの粋な計らいをコスモが汲んでいたからだ。
「さあセリオス、テイルボット城へ帰ろう、上皇様にも報告しないとな!」
「そうだね……だけど、ちょっとこの格好は恥ずかしいかも……」
「男がいちいち見てくれなんて気にしない!はははは!」
こうしてセリオスを抱えたままテイルボット城へと帰還するコスモ。大衆の見守る中での帰還でセリオスが恥ずかしそうな顔になって俯くが、心の中ではコスモの魅力に益々惹かれていた。
(君が凄いのは、強さだけじゃない……人を変え惹き付ける、その力だよコスモ……)




