第66話 破壊神の撤退戦
・コスモ(女)
元騎士団の39歳のおっさん冒険者
職業は【ソードアーマー】
領主騎士団時代に負傷した右膝を治す為に飲んだ森の魔女の秘薬、万能薬の効果により39歳のおっさんモウガス(男)から見た目が20歳前後のコスモ(女)となる
上皇アインザーによって<インペリアルオブハート>の称号を得るが、それを象徴するハート型の盾と共にビキニアーマーがますます外せなくなる、ある意味呪われた装備と化していた
屋上ではゴンベエの代わりに飛竜のポチの面倒を見ていたゴンベエの部下が1人、詰まらなそうな顔をして溜め息を付いていた。
「飛竜の面倒を受けちまったけど……今頃、皆で踊りを楽しんでるんだろうな……はあー」
「キュッ!キュキュッ!!」
「なんだ?お前も俺に同情してくれるのか?」
「ギャギャギャッ!」
飛竜のポチが大きな翼を動かし落ち着かない様子だ。それを同情している仕草と思ったゴンベエの部下だが、実際は違っていた。主人であるアルティナが脱出したのを察知したからだ。
すぐにでも飛び立とうとするが、足の鎖の枷が繋がり飛び立てないでいた。
そんなやり取りを後ろから見ていたコスモが階段からこっそりと現れると軽く咳払いをしてから、ゴンベエの部下にぶりっ子を装った猫なで声で話し掛ける。
「あのー見張りご苦労様ですぅ。ゴンベエさんに屋上で飛竜の面倒を見てるイケてる男を呼んで来てくれって言われて来たんですがぁ」
「イ、イケてるのか俺……いやゴンベエの頭が呼んでるって本当かっ!」
「はい、ゴンベエさん私の踊りで興奮しちゃってそのまま倒れちゃいましたけどぉ、貴方にも楽しんで欲しいって言ってましたよぉ」
「わ、分かった今すぐ行く!」
「私も屋上の夜風に当たったらすぐに行きますのでぇ、楽しみにして待ってて下さいねぇ」
コスモが普段絶対に見せない様な上目遣い、言葉遣いでそう言うと、ゴンベエの部下が頬を赤くして嬉しそうな反応を見せる。中年独身男の悲しい性である。
「そ、そりゃー楽しみだ!頭、今行きますよー!!」
コスモの言葉が効いたのか、よっぽど退屈だったのか、コスモの嘘を信じ切ったゴンベエの部下が小躍りしながら階段を下って行く。それを笑顔で姿が見えなくなるまで見送ると、いつものコスモに戻って行く。
「ふー、ちょろいなー……やっぱおっさんには若い娘の笑顔が一番だな……」
自身の経験から、その効果を身を以って知っている元おっさんのコスモならではの作戦が功を奏した。
邪魔者が居なくなった所で屋上の周囲を見渡す。コスモが塀から顔を覗かせると、港の全体が一望できる。そして4隻あったガレオン船の1隻が消えているのが目に入る。
どうやらパフィ達は無事にガレオン船を奪って脱出した様だが、すでに日が落ちて海が闇に包まれていた。この状況だと方向が分からず逃げるのに時間が掛かるだろう。
(もう少し、時間を稼ぐべきだったか……いや、過ぎた事を考えても意味が無いだろう、今は俺の成すべき事をやるだけだ)
ゴンベエの横やりさえなければもう少し時間は稼げていたと、後悔する気持ちが出て来るが、すぐに気持ちを切り替えて前向きに考える。すると後ろから飛竜の鳴き声が聞こえて来る。
「ギャッギャッ!!」
「……お前がポチか、今直ぐに主人の下に帰してやるからな」
「ギャウ!ギャウ!」
アルティナから聞いた飛竜の名のポチで呼ぶと、それに長い首を上下に揺らし応えてくれる。間違いなく飛竜のポチだと確認すると、コスモが駆け寄りポチの足元で屈む。
ポチの足に繋がれていた頑丈そうな鉄製の枷を両手で持ち上げ、紙を破る様に捻じり切る。
「よいっしょ!」
バキィン!!
「ギャッ!ギャギャッ!」
ポチの足から枷が外れ、自由になったのが嬉しいのかポチが頭をコスモの顔に擦り付けて来る。
「おっと、本当に賢い奴だな……さあポチ!お前は自由だ。アルティナ様の所へ飛んで行け!」
コスモの掛け声と共にポチが翼を大きく広げ上空へと飛び去って行く。
「ふう……これでアルティナ様との約束も果たしたな」
捕まっていた最後の人質であるポチを解放すると、安心したコスモが大きく息をつく。ポチの姿が見えなくなるまでコスモが屋上から見守っていると、大きな足音が階段の方から聞こえて来る。
階段から現れたのは、鋼の剣、斧を持った5人の部下と、それを引き連れたダルダロスであった。全員が息を切らせて居るが、その中でダルダロスだけ眉間に皺を寄せ鬼の様な形相だ。
「はあはあ……フィオーレ……いやコスモ!よくも俺を騙しやがったなっ!!」
「何を言ってるんだ船長、俺はフィオーレだ。コスモってのは人違いじゃないのか?」
正体がバレたと動揺する事無く、とぼけた顔でコスモが言い訳をすると、ダルダロスの顔が更に紅潮する。
「部下から聞いたぞ!今の時期でも北国の海は氷で閉ざされているとな!海水浴なんか出来やしねえ!」
「……そうか、それは迂闊だったな。流石の俺も北国までは行った事がないからな」
「それに地下牢の見張りが拘束されて、牢屋はもぬけの殻だった……これも全部手前が描いた絵図かコスモっ!」
「だとしたら……どうする?」
コスモが余裕を持った妖艶な笑みでダルダロスに問い掛けると、ダルダロスが銀の剣を抜いて迫って来る。
「なら、一晩中可愛がった後にお前を人質にして攻め入るまでだ!」
そう言うとじりじりと距離を詰め始める。
するとコスモがすっと後ろへ飛び上がって、屋上の塀の上に着地する。後ろは港が見下ろせる高所で、落ちたら助からない。
そんな危険な所へ平然と飛んで乗って見せたコスモに、押し出すような強い夜風が当たると、踊り子の衣服と長い紫色の髪が横へと靡く。
夜風に流される髪を手で抑えながら、コスモが静かな口調でダルダロスに言葉を返す。
「悪いが船長、俺の役目は終わった。それによ、俺の踊りを堪能した代金として人質を返して貰う。不足はねえだろう?」
「ふざけるな!俺の物は俺の物だ!誰にもやらねえ!お前もな!」
ダルダロスが大きく跳躍して塀の上に居るコスモに斬り掛かるが、寸での所でコスモが華麗な後方宙返りで上空に向かって高く飛び上がる。
まさかのコスモの行動にダルダロスが驚愕していた。慌てて飛んで行った塀の外へ顔を覗かせる。
「なっ!自ら命を絶つ気か!!」
「踊りは楽しかったぜ!あばよ船長!!」
暗い夜空に飛び出したコスモの身体がゆっくりと落下し始める。
しかし落下する場所にはガレオン船の大きな帆があった。丁度その上にコスモが落下すると、鋭い手刀で帆に風穴を開ける。
帆が裂ける音が大きく響く、そのまま帆を裂きながら落下速度が落ちると、ガレオン船の甲板の上へと無事に着地する。屈んだ体勢で着地するとコスモが、しばらくそのまま動かないでいた。
次第に体を震わせ、顔を上げて立ち上がると少年の様に笑顔を浮かべて嬉しそうにする。
「くぅー、海賊ったらこれだよな!一度やってみたかったんだ!!」
コスモは楽しんでいた。海賊に関する海戦の書物には、必ずと言って良い程に帆に剣を突き立て颯爽と現れる者が記されている。子供の頃に読んだコスモも、それに密かに憧れていたのだ。
屋上の塀の上から見ていたダルダロスが呆気に取られる。この高さを対象物を視認せずに飛び出し、無事に着地するコスモの度胸と運動性、ゴンベエが言っていた通りただの踊り子では無い事を漸く確認する。
「ゴンベエの奴が言ってた事は本当だったのか!くそっ!俺のガレオン船が1隻消えてる……海賊を舐めやがって……だが、なぜ奴らにこの場所が分かったんだ?」
人質に逃げられ悔しがるダルダロスだが、すぐに冷静になって状況を分析する。
人質を救出した後はどうするのか、ガレオン船は改造されて櫂を使って漕げる様になってはいるが、船体の重量もあって10人全員で漕いでも速度は出ない。風向きから言ってハヌイアムの町とは逆風、帆を張っても逃げきれない。
となると考えられるのは外からの援護、しかも人質救出の早さから言ってこの近海や拠点について詳しい者が居る。その点にダルダロスが気が付くと、狂気に満ちた表情を浮かべる。
「くっくっくっくっ、ジョルセアあああああああ!そこに居やがったかあああああ!!」
ジョルセアがこの近海に居る事に気付いたダルダロスが不気味な笑みを浮かべる。そしてすぐに部下達に命令を出す。
「お前ら!下に居る奴らに言って小型船で人質達の乗ったガレオン船を追いかけさせろ!後は腕利きの10人を集めて、俺と一緒に来い、裏からガレー船を出す!!絶対に逃がすんじゃねえぞ!!!」
「へ、へい!!わかりやした!!」
ダルダロスの檄が飛ぶと部下達が一斉に動き出す。
それと同時に港から轟音が響き渡る。
ドゴォォォォンン!!ズゴゴゴゴゴゴゴ!!バキバキ……
ガレオン船の甲板の上に居たコスモが、帆を支える柱を凄まじい蹴りでへし折っていた。
「ボルボ船長に聞いたんだ、帆さえなければ立派なガレオン船もただの手漕ぎの船だ!」
帆を支えていた木製の柱がゆっくりと倒れると、それで満足しないコスモが下ろしていた錨が繋がった大きな鎖を掴む。それを力づくで海中から引き上げると、巨大な錨が見えて来る。
錨を引き上げると甲板の上に置き、そして鎖を掴んで勢い良く錨を振り回し、水平に回転させ始める。もう踊り子の姿をした破壊神である。
「ここで2隻ぶっ壊せば、海上での優勢は無くなるだろ!」
勢い良く回転する錨を隣に停泊していたガレオン船の横っ腹へと目掛けて投擲する。
「うっらああああああああっーーーーーー!!」
ズゴォォォォォン!!ズゴゴゴゴゴゴゴ!!
隣に停泊していたガレオン船の横っ腹にある外板が粉々に砕け、錨が船内へとめり込む。そこから浸水が始まると、船が傾いて行く。
ダルダロスの命令で砦内の大広間から、港に出て来た海賊達が自分達の船の惨状を見て驚き戸惑う。まるで暴風と嵐が過ぎ去った後の様な有様なのだ。
「な、何だよこの状態は!帝国の援軍でもやって来たのか!」
「ち、違う!あれを見ろ!船に乗ってるあの踊り子の女だ!あいつがところ構わず暴れてるんだ!」
ガレオン船の上で素手で破壊行動を行っているコスモを止める為に、一斉に海賊達がガレオン船の甲板へと上って行く。海賊の動きに気付いたコスモが船尾へと移動する。
船尾を囲う様に海賊が集まると、甲板の破壊しつくされた状態に海賊達が悔しそうな表情を浮かべる。その海賊達の中の1人が納得行かないのか、コスモに対して大声で指摘を始める。
「踊り子の女がここまでやるのはおかしいだろっ!普通踊り子ってのは能力値が低いって相場が決まってんだ!」
「あー、そこで常識を出されるとちょっと困るなぁ」
実際、指摘された通り踊り子の職業【アモーレダンサー】は能力値自体は一般人に毛が生えた程度の能力値しかない。上級職の【ソードダンサー】になって漸く、フィオーレの様な上級に近い能力値を得るのだ。
それでも沈められた錨を引っ張り上げ、振り回す【力】は無い。海賊達の意見は尤もで、返事に困ったコスモが誤魔化す様に頬を掻く。
「ここまでやられて逃がしたんじゃあ海賊の名折れ、覚悟はいいな!」
「残念だが、お前らに付き合う時間は無いんだ。この決着はまた今度な!」
殺気立つ海賊達に見守られながら、コスモが船尾から海の中へと体を真っ直ぐにした姿勢で飛び込む。それを海賊達が甲板上から眺めると、少ししてコスモが海面から顔を出す。
「ぷはっ!さて、パフィ達に追い付くとするかっ!」
コスモが大きく息を吸い込むと再び海中に潜る。そして全身を波打つ様に両足を蹴り出すと、海面に大きい水飛沫が上がる。まるで大型の魚が尾びれを叩き付ける様な大きさだ。
一気に魚の様な速度に達すると海の沖へと去って行く。
「は、速えぇ……まるで人魚じゃねえか……」
コスモの余りの泳ぎの速さに呆然と見ていた海賊達もすぐに我に返る。
「はっ!こ、ここで奴らを逃したら俺達が船長にやられちまう!皆急げっ!!」
港に居た海賊達が一斉に10人1組で何十隻もある小型船に乗り込み、櫂を10人で一気に漕ぎ出すとコスモ程では無いが、かなりの速度で海の沖へと出て行く。
海賊達が沖へと出ると、遠くに小さい明かりが見える。恐らくセリオス達が乗るキャラベル船の"大陸一号"であろう。その隣には奪われたガレオン船が並走していた。
ガレオン船の操舵はロイバン提督が担い、元ハーバル海賊団の船員、総出で櫂を使って必死に漕いでいた。だが、たった10人では大型船のガレオン船の速度が上がらず、遠くから無数に見える海賊達の掲げる明かりが迫っていた。
「むう!今は逆風、これでは追い付かれてしまう!折角、コスモ殿が稼いでくれた時間が!」
「提督!弱音は後だ!少しでも風を受けれる様に俺が帆を操作する!操舵に集中してくれ!」
「ジョルセア船長、悪いが頼む!」
「2人ともーがんばー!」
盗み出したガレオン船の上でロイバンと、"大陸一号"から乗り移ったジョルセアが必死に、船の速度を上げる努力をしていた。それを人質救出の任務を終えたパフィが監視台の上から応援していた。
思った以上に速度が出ていないのを"大陸一号"から確認したセリオスが大声を上げる。
「ジョルセア!ここは僕が食い止める、その間に距離を稼ぐんだ!」
ガレオン船の甲板からジョルセアが顔を覗かせ、セリオスに心配そうな表情で返答する。
「そ、そんな事をしたらセリオス!お前が危険だ!近寄る敵は俺が鋼の弓で追い返す!無理をするな!」
「じゃあ、ジョルセア、僕が討ち漏らした敵を頼むよ」
こんな危機迫る状況でセリオスが無邪気な笑顔を見せると、それを見たジョルセアが頬を赤く染める。
「あ、ああっ、こちらで任せてくれ。セリオスも……その……頼む!」
「うん、じゃあボルボ船長、危険を承知で頼むけど速度を落としてくれるかい?」
「何言ってるんだ水臭え!セリオスの大将が出陣なら喜んで付き合うぜ!野郎共!ガレオン船のケツに回るぞ!」
「「「おう!!」」」
ボルボ船長の号令で、セリオスの乗る"大陸一号"がジョルセアの乗るガレオン船の横から離れ後方に回る。すぐ後ろには海賊達の小型船が迫って来ていた。
海賊達も小型船を無駄の無い動きで、掛け声に合わせて櫂を同時に動かしていた。それに付け加えコスモの【踊る】の効果で、移動力が倍増していた。
「よーし、これなら追い付ける。また牢屋にぶち込んでやるぜ!」
「それは聞けない相談かな、あの人達の帰りを待ってる人が居るからね」
「て、手前どこから現れた……」
「それよりも、船の心配をした方がいいよ海賊さん」
そう言い残すとセリオスが光の様な早さで、近くにいる海賊の小型船を乗り移って行く。セリオスの言っている事が理解出来ないでいると、海賊達の乗る小型船が半分に切断され、浸水して行く。
「い、何時の間に斬ったんだ!う、うわあああ!!」
切断された船が沈没すると、乗っていた海賊達が海に投げ出されて行く。
セリオスの技能【天光剣】による、目にも止まらぬ一閃である。その技能を使って次々と、海賊達の乗る小型船に乗り移っては剣奥義【天光閃斬】で船を半分に切断して行く。
まるで八艘飛びを彷彿とさせる動きである。唯一違うとすれば躱すだけでは無く、一撃を加えているという所だろう。
その様子をガレオン船の甲板から見ていたジョルセアが、驚きの表情で見守っていた。
「セリオス……口だけじゃない凄い男だ……俺も負けてられないな!」
ジョルセアが上空に向かって鋼の弓に矢を添えて向けると、迫りくる海賊の小型船に向かって矢を放つ。
「弓技【七色矢雨】!」
【七色矢雨】は弓技【五月雨撃ち】の上級弓技で、放たれる矢は少ないが、より早く命中率が高くなるアーチャー職専用の技だ。
上空に向かって矢を放つと素早く矢筒から矢を取り出し、続けざまに7本の矢を放ち続ける。矢が弧を描いて迫りくる海賊の手足に突き刺さって行く。
「ぎゃ!」
「うわっ!」
「くそっ、こちらの明かりが標的になってるのか!」
致命傷を与える威力では無いが、海賊達とは距離が離れている上に暗闇の中で連続で放った矢が全て命中していた。ハーバル海賊団随一の弓の名手の名に偽りは無かった。
櫂の漕ぎ手が負傷すると、見る見ると小型船の速度が落ちて行く。海賊達の乗る小型船の船首に取り付けられた松明がジョルセアの良い的となっていた。
セリオスとジョルセアの活躍で順調に海賊の追手の数を減らして行くが、監視台に居たパフィが突如、暗闇の中から横に現れた一隻の船に気付く。明かりを掲げていないので、発見がかなり遅れてしまった。
「ロイバン提督!3時の方向から敵船ー……って遅かった……」
パフィが甲板に目をやるとジョルセアの背後から1人の男が迫っていた。それに気付いたパフィが急いで監視台から降り始める。
ジョルセアも背後から感じる殺気に気付いて船尾の先端へと飛び退く。その殺気を放つ男の顔を見て、ジョルセアが眉間に皺を寄せて端正な顔を歪ませる。
「お前はダルダロス!いつの間に!」
「やはり居たかジョルセア、ようやく俺のもんになる時が来たな」
ダルダロスがガレー船を港の裏の脱出口から出航させると、海賊の中でも選りすぐりの漕ぎ手によって一気に距離を詰め、ジョルセア達の乗るガレオン船の航路を予測して先回りをしていたのだ。
そして髑髏の装飾が施された銀の剣を構え、ジョルセアへと迫って行く。
「さあ、俺と一緒に来い、2人でこの海を……いや大陸中の海を手に入れようじゃないか」
「ハーバルの爺様を亡き者にした貴様に、付き合う義理は無い!ここで仇を取らせて貰う!」
怒りの籠った表情でジョルセアがダルダロスに向かって、鋼の弓に矢を添えて構えると、それと同時に眼前にダルダロスが瞬間移動した様に現れる。
「なら、手足をぶった切ってでも連れて行くぜ!!」
ダルダロスが銀の剣を振り上げ、ジョルセアに振り下ろそうとした瞬間、ダルダロスに向かって空から鋼の槍の穂先が飛んで来る。
それを寸での所で上体を逸らして躱すと、一旦後方へと飛び退き距離を取る。
「くそっ、ゴンベエの奴、あれだけ飛竜を始末しろって言ったんだがな!」
「ダルダロス!今までの屈辱、ここで一気に晴らしてやる!」
鋼の槍の持ち主は飛竜のポチに騎乗した【プリンセスドラゴンライダー】のアルティナであった。コスモがポチを逃がした後、すぐに合流して騎乗すると上空でガレオン船の周囲を警戒していたのだ。
「へえー海賊の癖に技能【瞬歩】持ちとは、さすが船長なだけありますねー」
ダルダロスの後方からは、悪魔の剣を持ったパフィが迫っていた。パフィの言う技能【瞬歩】は相手の間合いに一瞬で詰める事が出来る技能で、その代償として同時に攻撃が出来ない。
セリオスの技能【天光剣】の下位互換に当たる技能だ。
しかし近接攻撃の出来ない対弓兵の技能として有名で、騎士団の弓兵の教育では必ず習う技能だ。そして従軍する際には必ず敵の【瞬歩】を警戒して、前衛と一緒に行動する事が義務付けられていた。
ダルダロスはこの技能でジョルセア達のガレオン船に乗り移っていた。
「ふん、どれだけ人が集まろうが、俺を捉える事は出来ねえよ、諦めな!」
「確かに回避に集中されると、面倒な相手ですねー」
「こいつはハーバル爺様の仇、俺がこの手で……」
「ジョルセア、お前の武器では不利だ、私とパフィでなんとかする!」
3人がダルダロスを囲み警戒をしていると、ガレオン船の船尾から大きな水飛沫の音が鳴り響く。
ザッパアアアアアアアアアン!!
大型船のガレオン船の甲板よりも高く海から飛び上がって来たコスモが、水滴を散らしながら美しい弧を描いて、そのままダルダロスの背後へと華麗に着地する。
大きな音と共にコスモが登場すると全員が気を取られる。その隙を逃さずにコスモがダルダロスの背後から抱き付き腰に腕を回し、手を握って逃がさない様にする。
「また会ったな船長、あんたも中々しつこい男だな」
「お、お前はコスモ!い、一体どこから出てきやがった!離せっ!」
「一つ良い事を教えてやるよ船長……しつこい男は老若男女問わず、嫌われるんだぜ?」
コスモが目を細め色っぽい口調でダルダロスの耳元で囁くと、こそばゆかったのかダルダロスが頬を少し赤くして暴れ出す。
「う、うるせえ!離せってんだよ!……なんだ、びくともしねえ!この力は……女の力じゃねえぞ!」
「じゃあ今すぐ離してやるよ!」
暴れ回るダルダロスがコスモの姿に見合わない、怪力を感じると焦燥感が増して行く。そのダルダロスを抑え付ける様に、コスモが腰を落として前屈みに腕に力を込め始める。
上半身を後方に勢い良く逸らす様に背中を曲げると、続けてダルダロスの身体を引き抜く様に腕を追従させる。体を弓なりにしならせ掛け声と共にダルダロスの身体を後方の海の中へと思いっ切り放り投げる。
「どっっっせいぃーーーーーーーーーー!!」
「うおおおおおおおおっ!これで終わったと思うなよーーーー!!」
空高く飛ばされたダルダロスが、捨て台詞を吐きながら海の中へと落ちて行く。
周りが呆然と見ている中で、弓なりに反った体をコスモがゆっくりと起こすと甲板の船尾に駆け寄って、小型船で戦っているセリオスに声を掛ける。
「セリオスー!撤退だー!戻って来い!」
「コスモの声!無事に帰って来たんだ!じゃあこれで最後だ!」
セリオスが最後の1隻の小型船を両断すると、ボルボ船長が操舵する"大陸一号"へと乗り移る。
「ボルボ船長、この海域を全速力で離脱!頼んだよ!」
「あいよ大将!任せておきな!」
ボルボ船長の号令で船員20人が一斉に船内から櫂を出して漕ぎ始める。その様子をガレオン船の船尾から見ていたコスモが振り返ると、船上に居る全員に声を掛ける。
「じゃあみんな、船に掴まっててくれ、振り落とされないようにな!」
「お、おいコスモ、一体何をする気なんだ?」
「俺が船を漕ぐんだ!アルティナもポチと一緒に船に掴まっとけよ!」
「わ、分かった!だが、一体何が始まるのだ?」
「あー何が始まるのか分かった気がしますー……」
「ロイバン提督、かっ飛ばして行きますんで操舵は任せましたよ!」
「か、かっ飛ばす??良く分からないがコスモ殿、よろしく頼む!」
ガレオン船の甲板に居たロイバンを除く、全員がコスモに言われた通りに帆が掲げられた柱や、甲板の柵にしがみ付く。
それを確認するとコスモが船内へと駆け下りる。元ハーバル海賊団の船員達が必死に櫂を漕いでいる横を駆け抜ける。船尾の方まで行くと両手に丸太の様に太く長い大人数用の櫂を掴む。
掴んだ櫂を支点に載せて船外へと出すと、一気に海面下へ突き刺し、立った状態で大きく腕を振り力一杯漕ぎ始める。
「っしゃあああっ!いくぞーーーー!!」
コスモの英雄級の【力】で一漕ぎすると、ガレオン船の船首が一瞬浮き上がる。すると恐ろしい推進力が生まれ、一気に船体が傾き加速すると前方へと凄まじい速さで航行を始める。
甲板の上にいた全員が、傾いた甲板から外へと投げ出されない様に柱などに掴まり必死に耐えていた。
「な、なななな!何だこの速さは!ガレオン船の出せる速度じゃないぞ!!」
「あー、なんとなくわかってましたがー、コスモさんやりすぎー」
「ポチ!振り落とされるなよ!」
「キュッ!!」
「わっはっはっは!こんな速度で船を操舵出来るとは夢にも思わなかったぞコスモ殿!これなら飛竜だって追い付けまい!」
圧倒的な速度にロイバンの見事な操舵で、あっという間に海賊島の海域から脱出すると、海の暗闇の中へとガレオン船が消えて行く。その後ろに遅れながらも、かなりの速度で"大陸一号"が食い付いて行く。
逃げ去って行くコスモ達を海面から見ていたダルダロスが、表情を歪め歯軋りをする。
「これで終わりじゃねえぞ……今に、今に見てろよ!!コスモっ!!ジョルセアっ!!」
恨めしそうな顔でコスモ達の船を見送るダルダロスが、後方から来たガレー船に救助されると、体を震わせ怒りを抑えていた。人質と船を奪われたのだ、人から奪う事を生業とする海賊にとって一番の屈辱である。
海上に投げ出され漂っていた海賊達を救助すると、ダルダロスが屈辱に耐えながら拠点へと引き返して行く。
こうして人質を誰一人と失わずに無事に救出作戦を予定通りに成功させる。当初のグダグダ感がまるで嘘の様だ。
だが完全にテイルボット領の危機が去った訳ではない。
コスモ達の活躍でダルダロス海賊団の戦力を大幅に削る事が出来たが、それでもややコスモ側の方が不利である。しかし、それでも絶望的な戦力差を五分に近い形まで巻き返したのは、ひとえにコスモの活躍があったからだろう。
そして日が上り始める頃には、コスモ達の乗船する船がハヌイアムの港へと入港していた。奇跡的な救出劇の話が一気に広まると、一時ではあるがテイルボット城内とハヌイアムの町には活気が戻って行った。




