第41話 はぐれ竜と女神
・コスモ(女)
元騎士団の39歳のおっさん冒険者
職業は【ソードアーマー】
領主騎士団時代に負傷した右膝を治す為に飲んだ森の魔女の秘薬、万能薬の効果により39歳のおっさんモウガス(男)から見た目が20歳前後のコスモ(女)となる
上皇アインザーによって<インペリアルオブハート>の称号を得るが、それを象徴するハート型の盾と共にビキニアーマーがますます外せなくなる、ある意味呪われた装備と化していた
ドルガン族の村を出て族長ラルガーの案内でコスモ、ニャシム、フィオーレの3人が森の中を歩いて行く。森と言っても未開の森とは違い標高が高い影響で、背丈の低い樹々が周りに生い茂っていた。
その道中で族長のラルガーがはぐれ竜の狩り方について説明を始める。
「はぐれ竜は賢くて警戒心が強い、簡単には降りて来ないのだ。そこで家畜の生肉を使って誘き出した所をこの鉄の弓で射るのだ」
「確かに飛行する、はぐれ竜には効果的な狩り方だな」
「コスモの言う通り空を飛行する生物は飛び道具に弱い、その特性を最大限に活かしている」
【ドラゴンライダー】、【ペガサスライダー】は地形を無視した長距離の素早い移動が得意で、近接戦闘でも無類の強さを誇るが、最大の弱点が飛び道具である。他にも長距離の砲弾などにも滅法弱く、各都市には必ずライダー職対策で、大型弓矢が備えられていた。
「我がドルガン族の男達は弓矢と斧で狩りをして家族を養っている、弓矢と斧こそが我らの強さの源であり誇りなのだ」
「そ、そうなんだな……」
自信満々にラルガーが語ると、それを聞きながらコスモが技能研究部門のユユの話を思い出していた。
『ふざけてでも剣以外の武具を人前で使ったら駄目だよ、恐らくその武具を存在証明とする人が激怒するか、引退する羽目になるからね』
(弓矢を使うのは控えるか……ドルガン族の懐柔に来てるのに、引退されたらたまらんからな……)
コスモの弓適性は"S"である。恐らく、はぐれ竜を弓矢で射れば百発百中で当たる上に、必殺の一撃で過剰な威力を発揮するだろう。【ソードアーマー】で女のコスモがそれをやってみせたら、ドルガン族の男達は全員狩りを辞めてしまう恐れがあった。
「さあ着いたぞ、ここが狩場だ」
ラルガーが指差す方向を見ると、目の前には高山植物の生えた岩場の高原が広がっていた。
その正面には雲の上まで届きそうな絶壁があり、その壁面の上部には、はぐれ竜によって掘られた無数の穴がある。そこが討伐対象の、はぐれ竜達の棲み処となっていた。
通常の竜が大型とすれば、はぐれ竜は中型で人が乗るには丁度良い大きさだ。手の代わりに発達した大きい翼と、長い首が特徴的で素早い飛行を得意とする。そして二本足の先には長い鉤爪が生えていて、狙った獲物をそれで捕らえて捕食する。
小型の魔獣や作物が主食ではあるが、食料が無い場合は人を襲う事もある。
「あの向こう側の絶壁がはぐれ竜の巣だ、そして男達は皆木の陰から狙いを付けている」
ラルガーが言った通り高原の中央には、はぐれ竜を誘き出す為に置いた家畜の生肉があった。その周りにある、森の木の陰からドルガン族の男達が20人程、弓矢を構え待ち伏せをしている。
すると上空を群れで飛んでいた1匹のはぐれ竜が生肉に気付き、一気に下降して両足で生肉を掴もうとすると、そこを狙って男達が一斉に矢を放つ。
放った矢がはぐれ竜の身体に5本命中するが致命傷にはならず、地面に着地すると慌てて飛び立とうとするが、男達が一斉に投げ縄を投げて、はぐれ竜の首や翼を捕縛する。
「うおおおおお!」
男達のけたたましい声が響くと、それぞれの縄を4人の男達が力一杯に引いて、はぐれ竜の動きを制御する。そして1人の男がはぐれ竜の胸元の急所に向かって矢を放つ。
「ギャッ!」
矢が急所に当たるとはぐれ竜が断末魔を上げて、力が抜けた様に倒れ込む。そして男達10人掛かりではぐれ竜の亡骸を持ち上げて森の中に運び込む。全員が狩りに慣れている様子で無駄な動きが無い。
1人の男が族長ラルガーの姿に気付くと、その横に居たコスモに目を移す。気付いた男が周りの男達に声を掛けると、全員が族長の元にやって来ては何かを話し込んでいてる。
話が終わるとドルガン族の男達全員が、コスモに視線を向け笑顔になると、仕事が出来る事を強調したいのか先程より胸を張って、きびきびと仕留めた竜を処理していた。
実に単純で分かりやすい男達である。
何となく事情を理解するが改めてコスモが、ラルガーに何の話をしたのか確認する。
「お、おいラルガー殿、何か皆の笑顔が怖いんだが、何を話したんだ?」
「はははは、我と同じくコスモを美しい姫だと皆が褒めているのだ。そしてコスモ、お前に良い所を見せようと、張り切っている。どうだ?もし良い男が居たら好きに選んでいいぞ!」
「い、いや結構だ。全員、悪い男じゃないが、今はそういう目的じゃないからな」
その様子を呆れた顔で見つめるフィオーレが、岩の上に足を組んで偉そうに座りながら、コスモに野次を飛ばす。
「おーおー田舎者に人気だねーコスモさん!」
「フィオーレはちっと黙ってろ……全く……俺は姫って柄じゃないぞ……」
ドルガン族の男達も族長ラルガーと同じ美女の価値観を持っていて、コスモを美しい姫として扱う。それを小馬鹿にするフィオーレに注意をすると、ドルガン族の真っ直ぐな好意に恥ずかしさを感じるが、ちょっとだけ嬉しい気持ちもあって、コスモが困った表情をする。
そのコスモの顔を見たラルガーが勝算あり、と言ったにやけた表情で見つめていた。
そしてドルガン族の男達が、はぐれ竜の処理を終えるとラルガーが目を光らせ、コスモに最初の条件であるはぐれ竜の討伐をする様に指示をする。
「さあ条件の1つ、はぐれ竜の討伐をやってみせよコスモ!」
「分かった!早速やらせて貰うぜ!」
「コレを使えコスモ、もし無理ならすぐに言うんだぞ!失敗は恥ずかしい事ではないからな!」
すると族長のラルガーが自分の持っていた鉄の弓を差し出す。流石のラルガーも失敗する事を前提にしても、女のコスモを素手のままで、はぐれ竜と戦わせる訳には行かないと思ったのだろう。
そして失敗を期待しているのかラルガーの声が妙に明るい。
差し出された鉄の弓をコスモが見つめるが、ドルガン族より上手く使用しては依頼の目的を果たせないと考えて、手を上げ断りを入れると、生肉の置いてある岩場の高原の中央に向かって歩き出す。
「ラルガー殿、ご厚意に感謝します。ですが弓矢は要りませんよ、まあ、見てて下さい!」
「な!素手で何をする気だ!はぐれ竜は人を襲うのだぞ!そのままでは嫁に出来ぬだろ!」
「……あの筋肉女マジで1人でやる気なんじゃ」
「だ、大丈夫かなコスモさん……」
コスモが岩場の高原の中央に着くと、魔剣ナインロータスもハート型の盾も構えずに仁王立ちになる。その様子をラルガーとフィオーレ、ニャシムとドルガン族の男達が心配そうな眼差しで見守る。
何があっても大丈夫な様にラルガー、ニャシム、ドルガン族の男達が鉄の弓を構え、フィオーレは細見の剣を抜き、すぐに助太刀出来る様に構えていた。
上空に居たはぐれ竜の群れが、仲間をやられて殺気立っている。
はぐれ竜が数匹、同じ所を旋回をしてコスモの様子を窺っている。その内の1匹がコスモ向かって、勢い良く急降下を始め、両足の鉤爪を伸ばしてくる。
「ギャーーー!」
「ふんっ!!」
はぐれ竜の全体重を乗せた鉤爪の攻撃を、コスモが素早い動きで両手でしっかりと掴み受け止める。驚いたはぐれ竜が翼を羽ばたかせ、逃げようとするがコスモの掴む手が離れない。
英雄級の【力】を持つ、コスモにしか出来ない芸当である。
「ギャギャギャ!」
「へえ、さすが竜を名乗るだけあって、力があるじゃねえか……だが、邪神竜に比べりゃまだまだだな!」
そう言うとコスモが、はぐれ竜の両足を掴んだまま、背負い投げの様に放物線を描いて勢い良く後方へ投げ付ける。そのまま地面に叩き付けられた、はぐれ竜がぐったりとして気絶する。
山岳部族の屈強な男が10人掛かりで持ち上げた、はぐれ竜を軽々と投げ飛ばして見せたのだ。見守っていた者、全員が驚愕の表情を見せる。
ちなみに必殺の一撃が出ていないのは、掴まれたはぐれ竜がコスモの持ち物、つまり武器だと認識されているからである。
「ば、馬鹿な女のコスモが……はぐれ竜を投げ飛ばす力があるだと……」
「な、なんなのあの女……メイが言ってた事って本当だったんだ……」
ラルガーとフィオーレが、予想以上の力を持つコスモに驚いていた。特にフィオーレは受付嬢のメイからコスモの経歴を聞いていたが、眉唾ものだとして全く信じていなかった。
最初の1匹のはぐれ竜がやられると、次々とコスモに向かって、はぐれ竜達が急降下で襲ってくる。
だが先程と同じ様に、コスモの優れた動体視力と怪力で両足を掴まれては、方々に投げ付けられる。同時に襲い掛かる相手には左手右手で、はぐれ竜の2匹の片足を同時に掴み、投げ飛ばしていた。
まさにちぎっては投げを地で行く光景がそこにはあった。次第にコスモの周りには気絶をした、はぐれ竜達で溢れて行く。
その状況を見て全員が驚く中、コスモはまだその場から動かずに空を見上げていた。
「さて、こんだけ下っ端がやられて親分が黙っているかな?」
コスモが上空を旋回するはぐれ竜達を見上げると、その中心に通常の個体より大きい体のはぐれ竜が居た。恐らくそれがはぐれ竜の長だろう。
次々と仲間のはぐれ竜がやられていく様を見た、上空のはぐれ竜の群れがコスモの力に怖気づく。それを屈辱と思ったのか、はぐれ竜の長がコスモの下へ、ゆっくりと舞い降りて来る。
着地すると自分の力を誇示する様に翼を大きく広げ、首を高く上げると大きな鳴き声を上げる。
「ギャーーーーーーーーーーーーー!!」
「やっと親分のお出ましか、ならこちらも本気でやらないとな」
コスモが魔剣ナインロータスとハート型の盾を背中から取り出すと構える。はぐれ竜の長が鳴き終えると、すぐに大きく息を吸込み、胸が大きく膨むと何かを溜める体勢を取る。それを見たラルガーが大声を上げる。
「コスモ!【小炎吐息】が来るぞ!逃げろ!」
「……へー【小炎吐息】か、どんなもんか受け止めてやるよ!」
ラルガーの警告を無視して、コスモがハート型の盾を前面に構えると、はぐれ竜の長の口から勢い良く炎が吐かれる。炎はコスモの全身を包む大きさで、中級魔法と同等の威力があった。
ゴオォォォォォ!!……
数秒程その炎を吐き続けるとようやく【小炎吐息】が止まる。吐き付けた周辺が黒煙に包まれるが、その中から青白く輝くハート型の盾が現れる。
コスモが盾技、妖精盾で炎の威力を軽減させていた。
「まあ、【マグマメティオス】や【黒炎吐息】に比べれば焚き火と同じか……」
「ギャ……ギャーーー!!」
以前に受けた【マグマメティオス】や【黒炎吐息】に比べると格段に威力は落ちる。心配していたビキニアーマーもハート型の盾も焼け焦げずに無事であった。
無傷のコスモを見てはぐれ竜の長が動揺するが、すぐに落ち着きを取り戻すと後退りをして距離を取る。覚悟を決めた目付きになると、全力で走り始める。
巨大な体格を活かした、玉砕覚悟の体当たりを仕掛けてくる。
「諦めずに突撃してくるか!まるで騎士と同じだな!」
はぐれ竜の長の捨て身の体当たりを盾で受け止めると、コスモがある技能を発動させる。
技能が発動すると辺り一帯に居た全員が、物凄い圧力を全身に受ける。それはまるで頭の上から巨大な石像の手の平が、のしかかる様な圧力であった。
さらにコスモの体からは、悪魔の様な恐怖感が発せられていた。コスモの白目部分が黒く染まると、その目を見たはぐれ竜の長が全身を震わせて大人しくなる。
「無益な討伐は俺の好みじゃねえ……だから戻って仲間に伝えろ……今後、人には危害を加えないとな!」
「ギャ……」
コスモが一般技能である【威圧】を発動したつもりだったのだが、その進化技能【悪魔の威圧】になっていた。
威圧はその場限りの圧力を掛けて、敵の動きを瞬間だけ止める効果があるが、悪魔の威圧は敵の心に恐怖を刻み込む事が出来る。その効果は敵本人が生きている限り続く。
特に賢い知能を持つ、はぐれ竜には絶大な効果を発揮した。
はぐれ竜の長が降伏したのか、その場に足を止めると屈みこむ。コスモもそれを見て敵意無しと判断して、魔剣ナインロータスとハート型の盾を背中に背負い、戦いを止める。
そして黒く染まったコスモの瞳が元に戻ると、はぐれ竜の長が倒れた仲間に声を掛ける。
「ギャギャギャ!」
コスモの周りで技能【不殺】によって倒れていた、はぐれ竜達がその声に気付き、起き上がり始めると飛べる者から上空へと戻って行く。そして全てのはぐれ竜が飛んで行くのを確認すると、はぐれ竜の長が自分の命と引き替えに助命を願う様に、その頭をコスモの前へと差し出す。
「命までは取らねえよ……もうドルガン族の村には来るんじゃねえぞ」
「グゥ……」
はぐれ竜の長の頭をコスモが撫でると、話を理解したのかその場を後にして、仲間の下へと飛び去って行く。眩しい太陽の光を手で遮りながら、コスモが空を見上げてそれを見送る。
その姿がドルガン族の男達の心に響いたのか、男達が大声で歓声を上げる。ニャシムとフィオーレがその歓声の大きさに驚いていると、ラルガーがコスモに駆け寄って興奮気味に声を掛ける。
「コスモ、お前は山の神が我々に遣わした女神だ!皆、こう言っている女神様万歳と!」
「め、女神って……いつも通りにやっただけなんだけどな……」
はぐれ竜を討伐する依頼は未達成だが、このはぐれ竜との戦いを見ていた者で、コスモに文句を言う者は居なかった。
圧倒的な力を持っているのに関わらずそれを行使せず、心に恐怖を刻み込む事によって無益な殺生を避けて、場を収めた事がドルガン族の男達の心を揺さぶったのだ。
それによってドルガン族の男達の見る目は、部族の姫から山の女神へと昇格していった。
「あの筋肉女、相当なバケモンだわ……師匠よか強いかも……」
「ははは、僕もはぐれ竜を投げ飛ばす人、初めて見ましたよ」
この出来事以降、はぐれ竜がドルガン族の村を荒らす事も襲う事も無くなった。そしてドルガン族の男達と共に意気揚々と村へと戻って行った。
~
村に戻ると中央の広場に即席で作った玉座が用意され、そこにラルガーがコスモを座らせるとドルガン族の女子供、大人の男を含めた村民全員を集める。
村民全員が広場に揃うと、総出でコスモの座る玉座の前で平伏する。
その様子を玉座に座ったコスモが状況を飲み込めず、冷や汗をかきながら眺めていた。
「あ、あのラルガー殿……この状況は一体……」
「我らが女神コスモ……いやコスモ様、我々の忠誠は貴女様の物、今後は我が部族の名誉に懸けて尽くす事を誓います!」
「な、何これ、失敗どころか大成功じゃないのこの依頼、意味分かんないんだけど……」
「<インペリアルオブハート>の称号を与えられるだけの人って事ですよ、フィオーレさん」
領主レオネクスからの山岳部族の懐柔依頼をあっさりと達成すると、失敗を楽しみに付いて来たフィオーレが悔しそうな表情で見つめていた。それをニャシムが笑顔でなだめる。
だが、これだけではまだ完全に成功したとは言えない。抜け道の火竜をどうにか排除しなければ山岳部族の本格的な協力は得られないからだ。
この状況に居た堪れない気持ちになった、コスモが玉座から立ち上がると、族長のラルガーに火竜の事を尋ねる。
「ラルガー殿、後は抜け道の洞穴に棲む火竜だけですね!」
「はい!コスモ様、貴女様なら必ずや討伐出来ると我らは信じております!」
「……頼むから最初に会った時と同じ感じで、お願いします」
「それをやっては我が部族の面子が立ちません!」
「じ、じゃあ抜け道の洞穴の案内を頼むよ……」
「今日は宴の準備をしております!明日、明朝に案内をさせて頂きます!!」
「た、頼むからさっきと同じ扱いをしてくれっ!!」
「それはできません!コスモ様!」
最早ラルガーのコスモを部族の男の嫁にという思惑は消えていた。今はただひたすらに山の女神コスモの事を妄信する信者の1人と化していた。
コスモはラルガー達ドルガン族の異常な格上げに、ついて行けずラルガーに元の対応に戻る様に頼み込む。だがラルガーの意志は固く、しばらくしてコスモが諦めると、早く依頼を終わらせて、この場から脱出しようと考えを変える。
そしてドルガン族の村に舞い降りた山の女神コスモを称える、部族を上げての宴会が夜遅くまで続いて行った。




