第3話 森の魔女
地方都市カルラナを出てすぐに未開の森に繋がる大きな道がある。【薬草採取】でも通った道だ。人気の無い自然豊かな山間に囲まれた街道を開拓村へと向かう荷馬車がゆったりと進んで行く。
すでに地方都市カルラナを出てから2日間経っている。
最奥の開拓村まで進む荷馬車なので荷台には物資と開拓民達で溢れている。巨躯な体のモウガスは邪魔にならない様に荷馬車に連結された荷車、馬の餌である干し草を積んだ上に寝そべっていた。
青い空を見つめながらゆっくりと流れて行く雲を目で追う、聞こえて来る音は木製の車輪が軋む音、鳥の鳴き声、風の音だけだ。
そんな自然の音をモウガスが心地良く楽しんでいると荷馬車がゆっくりと停車する。御者の年配の男が御者台から下りるとモウガスの所へと歩いて行く。
「おーい、兄さん着いたぜ」
「ん……ああ、ありがとうよ」
御者が荷車に寝そべっているモウガスに声を掛ける。荷車からゆっくり降りると辺りの風景が目に入る。森に囲まれ、小高い山がどこまでも続いていた。
「しかし兄さん、こんなとこで何をやろうってんだい?ここから人の居る村までは一番近い所でも1日は掛かる。もし魔獣や盗賊なんかに襲われたら危ないぞ」
辺鄙な場所で降ろしてくれと頼まれてモウガスを降ろしたが、場所が場所なだけに御者の男が心配になる。そんな心配を受けるが、いつもより明るい顔でモウガスが御者に返事を返す。
「まあ、なんだ。最後の賭けって奴だよ爺さん、俺なら大丈夫、爺さんの方も気を付けて行くんだぜ」
「最後の賭け?良く分かんねえけど、そっちこそ気を付けてな!」
最後の賭けの意味が分からず御者が困った顔をするが、すぐに歯の抜けた口を大きく開き日焼けした笑顔でモウガスに別れの挨拶をする。
モウガスが御者に向かって手を振って見送ると、荷馬車はそのまま目的地である奥地の開拓村へ向かって走り去って行く。
1人になったモウガスが腰に括り付けた小袋から地図を取り出すと、今回の目的地の場所を確認する。今回の依頼主は山の奥地に住んでいるのだ。これから登る山は高さは無いが地平線を覆う程に深く続いていて、山々の頂上は木々が生い茂り人が住んでいる様な気配はない。
「ここから、俺の足で4日か……待っててくれよ、森の魔女さん」
そして重い足取りで山に続く獣道を辿って登り始める。鳥のさえずり、木漏れ日が差し込む森の中を歩きながら3日前の仕事斡旋所でのサラの話を思い出していた。
~
「今日のお昼に杖を持った白いローブの年配の女性が訪れて来たんです、最初は冒険者の方かと思ったんですが、仕事を依頼したいと……」
「珍しいな、依頼の持ち込みってのは」
仕事斡旋所の依頼は専用の書類を役場に届け、担当の役人が吟味してから正式に依頼書となる。それが仕事斡旋所に郵送され、さらに仕事斡旋所の所長が承認して冒険者へと渡る仕組みだ。
とにかく依頼は多い、仕事斡旋所で直接受けるだけで依頼者の長蛇の列が出来上がってしまう。そうなっては依頼を冒険者に割り振る暇など無くなり、本末転倒となってしまうのでこの様な仕組みが考案された。
ただ例外として時間の無い緊急依頼などは役場を通さず、仕事斡旋所の所長の判断で依頼を受ける事もある。当然サラも手順に従い上司の所長に判断を委ねるが、意外にもあっさりと通ってしまう。
「あの堅物の所長があっさり依頼を受けるので、依頼者が帰った後に過去の依頼を調べてみたんですよ」
いつの間にか運ばれていたエールの入った木製のコップをサラが両手で持ち、話過ぎて渇いた喉を潤しながら説明を続ける。
「ぷっはー!なんと10年前にも同じ内容の依頼があったんです!」
依頼者の名前も内容も一言一句変わらない依頼書だったのですぐに見つかった。まるで定期的に依頼をしているかのようだ。興奮気味にサラが話を続ける。
「しかも依頼を受ける条件が設けてあって……ぐびぐびっ、それがまた変なんですよ!」
「サ、サラちゃん、ちょっとお酒飲むの早いよ」
話が進むにつれて酒の勢いが増して行くサラにモウガスが再び敬語に戻り心配するが、すでに顔が赤くなっている。
「条件ってのが、体に不自由がある人ってんだからあたしゃー驚いたね!」
「……」
完全に出来上がったサラの話が止まらない。モウガスが遠くを見つめる様な顔で、ひたすらにサラの話を聞いていた。
「前回の、ヒック、依頼を受けた人も片腕が動かなかった……、ヒック、戻って来たら……動くようになったって!スゲくないー?ヒック」
話終えると酔いが回ったのか机に突っ伏すサラ、するとしばらくして体が震え始める。はっと顔を上げたと思ったら目に涙を浮かべる。
「だがら、モウガズざぁん、ぜっだいにこのいらぃうげでぐだざ……い……」
「お、おいサラ!」
「スー……スー……」
心配をするモウガスがそう言い終えると、サラが再び机に突っ伏し、そのまま寝込んでしまう。いつも真面目な勤務態度で冒険者にも分け隔てなく接していた。そんなサラが感情を露わにして酔い潰れるのを初めて見たモウガスが戸惑いを見せる。
「動かない片腕が治ったって?……本当かよ」
余りにも都合の良い依頼内容なので信じるよりも疑いが先に出てしまう。世の中、上手い話には必ず裏がある、片腕が治ったという者も実在しているのか怪しく感じる。
思い悩んでいるモウガス見かねたシグネがモウガスの隣の椅子に座る。するとサラが机の上に置いた依頼書を手に取ると内容を読み上げる。
「ええと、依頼主は森の魔女、職業は【ドルイダス】、内容は薬草採取の護衛と補助、条件は体に怪我、不自由がある者を優先とする、期間は1カ月、報酬は金貨1枚、住込み寝食三食付き」
「シグネちゃん?」
突然のシグネの行動に驚いていると、モウガスに向かって真剣な顔を向ける。
「もし嘘だとしても、10年間も間を空ける理由も分かりませんし、なにより、あの所長が嘘と知っていて依頼を受けますかね?」
「う、む……」
シグネが言う事は真っ当だ。嘘で騙しても10年間、生活できる金銭を獲得も出来ないし、冒険者達から信頼の厚い所長が共謀して嘘の依頼を受けるとは考え難い。情報を整理すると悩んでいたモウガスも前向きになって行く。
「モウガスさん、サラさん嬉しかったんだと思うんです。やっと膝が治るかもしれないって、この依頼が来てからずっと言ってました。」
「……」
サラ達の気持ちは十分に分かった、だがモウガスの心境は複雑だ。
一回り以上年下のサラやシグネ、それにオルーガにも膝の怪我を心配されていた事。自身の矜持である、助ける側、守る側の【ソードアーマー】のモウガスが助けられるという情けなさが心に突き刺さっていた。
「依頼主の居る場所は地図で未開の森の山奥になりますね、明日の朝一番に出発する奥地の開拓村行きの馬車がその近くを通るので決めるなら今ですよ」
依頼書と地図を見てシグネが笑顔でモウガスを見つめる。まるでモウガスの心情を見透かすかのような優しい目で背中を押してくれる。
シグネの言う奥地の開拓村へ向かう馬車は、物資が足らなくなった場合のみに運行されるので、明日の機会を逃すと次が何時になるのか分からない。もし逃したらモウガスの足では到底、辿り着けない。
何より年若いサラやシグネがここまで自分の事を思ってくれている。中年男のつまらない誇りを傷つけられたと不貞腐れて停滞するだけなら、結果がどうあれ傷つきながらも前に進むべきなのだ。
モウガスが大きく鼻から息を吸って、目を大きく開き覚悟を決める。
「あーったく、話の内容は眉唾もんだが、やらない後悔よりやる後悔ってな!シグネちゃん、その依頼を受ける……いや、受けさせてくれ!」
「ふふっ、じゃあ決まりですね!」
シグネが嬉しそうに微笑むと椅子から立ち上がり、再び受付窓口に戻ると依頼書の受付処理を始める。すでに受ける事を予想していたのか段取りがしっかりされていて、あっと言う間に処理を終えて戻ってくる。
「はい、依頼書です!」
「ありがとうよ」
「それと長旅になるのでサラさんがモウガスさんの為に食料、寝具を用意してますから明日こちらに寄って下さいね!」
「こうなったらとことん甘えるしかねーな、こりゃ……」
受けるというよりは受けさせるつもりだったのだろう、サラの段取りの良さを再認識する。それに今はつまらない誇りを気にしている場合ではない、ここまでお膳立てをされたのだ、やらなければ男では無い。
モウガスがやる気に満ち溢れている横で、シグネが少し困惑した顔をしている。
「最後にお願いなんですけど……」
「なんだ?」
「サラさんをお願いできますか?」
「あー……分かった、サラの家は知ってるし、こうなったのも俺のせいだからな」
サラをここまで飲ませてしまった責任を感じてモウガスが快く了承する。
過去に何度か仕事斡旋所が閉まる時間に依頼を報告し、護衛を兼ねてサラを家まで送った事もある。その時に立派な集合住宅に住んでいる事は知っていた。
いつの間にか運ばれていたパンと焼いた肉を一気に口に頬張ると、サラのエール分と食事の代金を机に置き、酔いつぶれて気持ちよさそうに寝ているサラを背負いそのまま外へと出て行く。
シグネがそれを見送りながらサラから聞かされた話を思い出す。
(モウガスさんって1年前の登録から1日も休まずに依頼を受け続けて達成しているの、それに気付いてる人は余り居ないんだけど誰にでも出来る事じゃない、だからこそ膝の怪我が無ければって考えちゃうんだよね)
「なんか……愛されてるなモウガスさんって」
ふと思った事を口走るシグネ。
そう思われるのもモウガス自身の行動で示した結果であるが、鈍感な本人はその事に全く気付いていない。愚直に確実に前進する【ソードアーマー】の様な男、それがモウガスの最も魅力的な部分であった。
~
森に入ってから4日目。
森の道は歩くのに困難を極めた、急な登り坂が続いたと思ったら、谷底があり迂回しようとしたら、沢に阻まれ、ようやく渡れたら急な下り坂、そして再び登り坂と膝の悪いモウガスの体力を無慈悲に奪って行く。
森に囲われ同じ景色が続くと方向感覚が狂って遭難してもおかしくない状況ではあるが、なぜか進むべき道がはっきり見えていた。野宿する場所も自身の移動に合わせたかのように都合よく現れ、必ず水場も近くにあった。
さらに魔獣や盗賊との接触も一切無く安全に進めている、まるで目的地まで誰かに導かれるかの様だ。
そんな不思議な感覚が続き、順調に歩みを進めると山の頂上付近に巨大な木が見えて来る。
樹齢は数百年は超えている巨大な木、その周りは広い野原になっている、人為的に作られた様な形だがとても神秘的で現世から離れた雰囲気を持っていた。
「はあはあ……ここで間違ってなさそうだな」
両手を膝にのせて息を整えると、顔中から滴り落ちる汗を布で拭う。
落ち着いた所で地図と依頼書を小袋から取り出し、記載されている場所と特徴を確認する。山の頂上の巨木は地図と一致、その木に寄り添う様に作られた丸太で出来た古びた小屋は特徴と一致する。
目的地がここであると確信すると、小屋の扉にゆっくりと歩いて向かう。だが小屋の扉の前に立つと中に人の居る気配がない。念の為に扉を軽く叩き声を掛ける。
「もしもし、どなたかいらっしゃいませんか!仕事斡旋所から来た者です」
しばらく待ってみるが返事は無かった、やはり感じた通り小屋には誰も居ない。外に出かけているのかと考えて振り返った時、10歩程後ろに白いローブを着た年配の女が立っていた。
「うおっ!!」
扉の前に移動する間は外には誰の気配も無かったのだ、それが音を立てずに現れたら驚きもする。だが年配の女はモウガスを見て微動だにしない。
その顔は驚きに近いが、どちらかと言うと見知った誰かが帰って来た様な顔を見せていた。
心配になったモウガスが年配の女に思い切って声を掛ける。
「あ、あの森の魔女ってあんたの事かい?仕事斡旋所から来たんだが……」
声を掛けられて我に返った森の魔女らしき女が驚きながらも返答する。
「え、ええ、すまないね……あんたの言う通り森の魔女ってのはあたしさ」
やはり白いローブの年配の女は森の魔女で合っていた。思う様に動かない膝を引きずりながら山を登ってきた甲斐があったと言うものだ。依頼書が本当でサラの期待していた通りになる事を考えると、モウガスの胸も弾む。
となると次に気になるのが本当に膝が治せるかどうかである。
「あの……怪我を治せるって聞いたんだが」
「ちょっと待ちな!その前にあんたの名前を聞かせておくれ」
本題に入ろうとした所を森の魔女が右手を突き出し制止すると名前を聞いて来る。その表情は先ほどと違い、真剣な眼差しをしていた。森の魔女としてはどうしても外せない質問の様だ。
それに膝の事で頭が一杯になって自己紹介もちゃんとしていない、その事を考えるとモウガスが身なりを整えると答える。
「あ、ああ、俺は冒険者のモウガスってもんだ」
「……モウガスか」
名前を聞いた森の魔女が少し残念そうな顔を見せる。どうやら自分の期待していた者の名前では無かった様だ。
しかしこれでお互い自己紹介は終えた。すかさず、モウガスが森の魔女に質問をしようと1歩前に踏み出した途端に森の魔女の表情が一変する。
まるで鬼の形相である。
「待ちな!そのまま動くな!いいね!」
「え?あ、ああ、分かったよ」
森の魔女の迫力に押され、モウガスが弱々しく返事をすると1歩踏み出した状態で立ち止まる。 森の魔女が急ぎ足でモウガスの横をすり抜け小屋の扉を開ける。しかし中に入らず、小屋の扉を開けたままモウガスを中に入る様に促す。
「いいかいモウガス!ゆっくりと歩いて小屋の中に入って椅子に座るんだ」
モウガスが訳も分からず森の魔女に小屋へ招かれるが、森の魔女の顔を見ると歓迎と言うよりは追い立てる様な気迫があった。
この巨躯な体せいで第一印象が悪かったのか、または失礼な発言をしてしまったのか、そんな事を考える暇も無く森の魔女の迫力に押されるがままに、モウガスがゆっくりと小屋へと入って行く。




