第1話 仕事斡旋所
地方都市カルラナ
広大な平原と丘陵が連なるロンフォード公爵領の南部に位置する地方都市。公爵家の居城を構える中央都市は平原地帯であるが、地方都市カルラナの南部には未開の森が広がっていた。
未開の土地を切り拓く領地の開拓は、領主の重要な基幹産業の一つである。開拓民に土地を与えて開拓させると作物や畜産などを行い領主に税を納めさせる。開拓は領民と税収が同時に増加する領地運営の礎ともなっていた。
ロンフォード公爵領も南部に広がる未開の森を開拓する希望者を募っては、日々、開拓民を送り出していた。しかし中央都市から南部にある未開の森までの移動には日数が掛かり、開拓民にとって体力的にも経済的にも負担が大きかった。
そこで物資、宿場の中継地点として未開の森近くの平原地帯に造られたのが現在の地方都市カルラナである。
最初は小さな露天が数件開く集落であったが、開拓民達と開拓民に必要な食料、道具などを運び販売する商人が増え、地方都市として発展を遂げる。人口が増える事で町には活気が溢れてくるが、人が集まると治安の悪化も問題となる。
領主も騎士団を地方都市カルラナへ派遣して治安維持に努めてはいるが、40年以上経つ今でも戦乱の影響により人手が足りていなかった。騎士団の仕事は治安維持以外にも未開の森に生息する魔獣討伐、領地の境界線の哨戒、治水工事に街道整備の警護など多岐に渡っていた。
そんな中で人手不足を解消する為に創設されたのが仕事斡旋所である。
主に騎士団が行っていた仕事の中でも危険がある魔獣討伐や治安維持を仕事斡旋所に依頼を出して任せる事にしたのだ。
すると力や魔力に自信がある者、自己研鑽する者、名誉や金銭を欲する者、他領に居れなくなった者、理由があり士官が出来ない者、様々な者が仕事斡旋所に集まってきた。
人々は彼らを総称して冒険者と呼んだ。
地方都市カルラナのとある日の早朝、日が昇り始め人々が活動し始めた頃に一人の男が営業を開始して間もない、仕事斡旋所へと入ってくる。
男の体は熊の様に大きく四肢は丸太の様に太く筋肉質、顔付きは目の堀が深く獣の様な目付き、頭周りを剃り上げ、髪は頭頂部に根菜のヘタの様な形をしており淡い紫色をしている。
更に威圧感のある鋼色の重装鎧が全身を包み、頭を覆う鉄兜、背中には大盾、腰には鉄剣、これらによりさら存在感を増している。
仕事斡旋所の中で掲示板に依頼書の張り出し作業を行っていた受付嬢が、その男の存在に気付くと一旦手を止め視線を向ける。
「……おはようございます、モウガスさん」
仕事斡旋所の受付嬢がじっとりとした目付きでモウガスと言う男を見つめ挨拶すると、受付窓口へと移動する。
モウガスが張り出されたばかりの依頼書を引きちぎると、その依頼書を持って受付嬢の居る窓口へゆっくりと向かう。顔に似合わない笑顔で受付窓口に依頼書を提出すると、受付嬢はじっとりとした視線をモウガスから提出された依頼書に移し目を通す。
依頼書には【薬草採取】と書かれていた。
「おはよう!サラちゃん!朝が早いと気持ちが良いねぇ!」
「ちゃん付けは止めて下さい」
サラと呼ばれた受付嬢は、やせ型の灰色の髪、首に掛かる位の長さで、目が大きく愛らしい顔をしている。そして仕事斡旋所の職員に支給された白いブラウスに茶色のチェックの入ったベスト、腰が絞られた膝下まであるスカートの制服に身を包んでいた。
モウガスの挨拶を流すように視線を依頼書に向けたまま、サラは受付業務を進める。手慣れた様子で素早く受付を終わらせると、依頼書をモウガスに差し出す。それを受取るモウガスを見上げる様にサラが見つめると厳しい顔をする。
「モウガスさん、今日は日が落ちる前には戻って来て下さいね」
「おうよ!サラちゃんが待ってくれてるだけで、おじさん頑張っちゃう!」
いつも日が落ちてから戻るのだろうか、その事を予見してモウガスに釘を刺すサラだが、当の本人は逆撫でするかの様に容姿に似合わない可愛らしい目配せと同時に親指を立てる。
それを見たサラが癪に障ったのか、顔に青筋を立て体を震わせると、勢い良く椅子から立ち上がり机を両手で叩く。
「はよ行けや!おっさん!!」
我慢の限界に達したサラが興奮気味に大声で威嚇すると、モウガスはわざと驚いた仕草をしながら、そそくさと仕事斡旋所からゆっくりと出て行く。横の受付窓口でサラの大声を聞いて心配をした別の受付嬢が寄ってくる。
「サ、サラさん、大丈夫ですか?」
「はあはあ……朝から大声出してごめんなさい、大丈夫だから……すーっ、はあー」
乱れた髪を整えながら深呼吸して一息付くと、いつもの愛らしい受付嬢へと戻っていく。心配をしてくれた受付嬢が仕事斡旋所から出て行くモウガスを見て悩む様な顔をすると、思い切ってサラに尋ねる。
「モウガスさんっていつも朝一番に来て依頼を受けてますよね、しかも毎日、欠かさずに」
「良く見てるね!……そういえば、あなた新人の子だったよね、確か……」
「あっ、はい!新人のシグネです!」
シグネと呼ばれた少女は、やせ型の紺色の髪を首後ろでまとめ、前髪で片目が隠れている。顔は少し自信が無い、憂う様な顔をしている。サラと同じく仕事斡旋所の職員の制服を着ている。
シグネはロンフォード領の中央都市での新人研修を終えてカルラナに派遣されて、1週間程経っていた。その1週間、毎日、決まった時間に現れる大男の冒険者モウガスが気になるのは自然な事であった。
「何でモウガスさんがこの時間に来るのか……この斡旋所で仕事をするなら知っておかないとね」
サラがすっと席を立ち上がると、窓口の後ろにある書類棚を物色し始める。
「シグネちゃん、新人研修でも習ったと思うけど、仕事斡旋所から仕事を受ける前に必ず能力値鑑定を受けて登録する必要があるの」
「はい、習いました。冒険者さんが実力以上の依頼を受けられないようにするためですよね」
「その通り、私達は冒険者に依頼を出すだけじゃなくて、その身も考えてあげないと駄目なの、冒険者は消耗品じゃない……人生を生きる一人の人間だからね」
「は、はいっ!」
目的の書類を探しながらサラがシグネに仕事斡旋所での仕事の心構えを説くと新人らしい反応を示しシグネが答える。
そしてサラが探していた冊子を見付け手に取る。
『地方都市カルラナ冒険者一覧』
地方都市カルラナの仕事斡旋所で登録した、冒険者の名前と能力値、技能が記録されている冊子である。記録されている能力値は登録時のままだが、冒険者がより難易度の高い依頼を受けたい時など自主申告で更新する事も可能だ。
しかし殆どの冒険者は更新せずに、受付嬢が個人の裁量で今の冒険者のレベルと能力値の上昇を吟味して判断していた。
サラがその冊子を書類棚の横にある作業机の上に置くと、名前順にまとめてあるページを開き始める。放置気味だったシグネがそっとサラの側に寄って一緒に冒険者一覧の冊子を真剣に眺める。
「あった、シグネちゃんこのページを読んで見てくれる?」
「これって……モウガスさんの職業と能力値ですよね」
能力値とはその人の持つ【レベル】【体力】【力】【魔力】【技】【速さ】【守備】【魔防】【運】を示す。上限は50、下限は0だが体力だけは上限100である。
冊子のモウガスのページをシグネがじっくりと眺めていると、立派な経歴に驚きの表情を見せる。
「職業は……元領主騎士団【ソードアーマー】!騎士団に所属していたという事はかなり優秀な人なんじゃ……」
「もちろんそうなんだけど、その先の能力値を見ればモウガスさんが早朝に来る理由が分かるよ」
不思議なサラの助言を受けると、シグネが言われた通りに能力値の値を続けて読み始める。
「えっとレベル50、【体力】70、【力】30、【魔力】11、【速さ】0……え?0?」
モウガスの【速さ】が0の値で驚くシグネ。一般人でも10前後はあり、冒険者のベテランであれば20以上が一般的だ。だが本人の健康状態により能力値は増減する。それを考えても0という値は異常である。
アーマー系の職業であれば【力】と【守備】が重要で【速さ】は大して求められないが0になるとほぼ動けない、鎧を着た案山子と同じである。耐える事は出来ても攻撃が出来ないので、もちろん戦闘を含む依頼は受けられない。
依頼書には参考として必要な能力値を記述してある、ちなみにモウガスの取った【薬草採取】の依頼書には能力値を問わずと記述してあった。つまり力量に関係無く行える最も簡単な依頼である。
だがその【速さ】の能力値は移動力にも直結して影響が出る、つまり移動にも恐ろしい程に時間が掛かるのだ。
「このせいでモウガスさんは朝一番に依頼を受けないと、当日に帰って来られないの、だから毎日決まった時間に来るんだよ」
薬草の群生地は大人の足で歩いて1時間程の場所にあるが、子供の足より遅いモウガスは3倍の時間が掛かる。距離もカルラナから近いので報酬も雀の涙である。よって常人よりも早めに出発して量を取らなくてはならない。
「で、でも0っておかしくないですか!足が折れてるならまだしも、ちゃんと歩けてるみたいだし、鑑定水晶がおかしいんじゃないですか?」
「私もそう思って町に居る領主騎士団の人に聞いてみたんだけど、どうも騎士団の魔獣討伐の時に、膝に怪我をした時の後遺症が原因みたいね」
シグネと同じ様に気になったサラが町に駐在している領主騎士団の1人に、モウガスの怪我について聞いてみたが、所属する部隊が違うので詳しい事情は知れなかった。だけど騎士団内ではモウガスが膝を負傷したという話は有名なようだ。
「こ、こんな事って……」
そんな話をしたサラがシグネを横目で見るとが悲しい表情になっていた。いつも明るく振る舞い、見た目以上に優しく、分け隔てなく接するモウガスが、怪我を周りに悟られない様に微塵も表に出していない事が分かったからだ。
他の冒険者は身を削って依頼を受けるので、言葉が強い者が多い。受付嬢に何かミスでもあろうものなら、烈火の如く叱責をする者も居る。だがモウガスは冒険者になってからはその様な事は一度もしていない、サラはそれを知っていた。
だからこそ心の底ではシグネと同じ気持ちであった。
「ほら、そんな顔をしない、もうそろそろ受付が忙しくなる時間だから席に戻りましょう」
サラがシグネを慰めると作業机に広げていた冊子を書類棚へとしまう。サラとシグネが受付窓口の席に座ると、再びシグネが心配そうな表情をする。
「そういえばモウガスさんの技能の欄が空欄でしたけど、技能も無いんじゃ……」
席に座って落ち着くとモウガスの技能欄が未記入だった事を思い出し、シグネが心配になってサラに尋ねてくる。
「モウガスさんは技能はあるみたいだけど……技能は任意での確認だから何かは分からないかな」
「そ、そうですか、でも何かの技能があって良かったです!」
少し安心したのかシグネの不安な顔が少し緩やかになる。新人らしい率直さと素直さが表れていた。そんなシグネを見てサラが優れた観察力と、少し心配性な優しい後輩が出来て嬉しい表情を浮かべる。
技能は冒険者に限らずその人の特長を示すものであり、他者に知られると弱点になる恐れがある。技能を頼りにする者程、守秘的になり、無理に聞こうものなら、命を取られる事もある。
仕事斡旋所の職員にも守秘義務があるが、冒険者にとっては聞かれて気持ちの良いものでは無い、よって登録時は戦闘系か補助系かの形で答えて貰ってる事にしている。
だがサラ自身もモウガスの技能が気になっていた。
モウガスの冒険者登録をした際に、任意で聞こうとした時に強制では無い説明をしたものの、技能を聞かない様に何度にも重ね、必死にお願いをしてきたからである。
(モウガスさんの技能って何だろう……)
朝の忙しい時間帯での受付業務が始まるとサラの疑問も消えてしまうが、モウガスが巨躯な体に見合わないお願いをするものだから印象に残っていた。人は聞けと言えば聞かないし、聞くなと言えば聞きたくなる、因果な生き物である。




