第15話 失敗の恐れ
・コスモ(女)=モウガス(男)
元騎士団の39歳のおっさん冒険者、職業は【ソードアーマー】
領主騎士団時代に負傷した右膝を治す為に飲んだ森の魔女の秘薬、万能薬の効果により39歳のおっさんモウガス(男)から見た目が20歳前後のコスモ(女)となる
本人は嫌々ながらも着る服が無いので、ピンク色で統一されたビキニアーマーにハート型の大盾、魔剣ナインロータスを仕方なく装備する事になる
諸事情によりモウガスの姪という事になる
早朝、日が昇り始めるとコスモが定宿を出て、仕事斡旋所へと向かう。
桃色のビキニアーマーを装備したての頃とは違い、道ですれ違う人々からは奇異の目から親しみに変わり挨拶をされる関係となっていった。それをコスモが笑顔で挨拶を返す。
「コスモちゃんおはよう!」
「おはよう!」
「おはようコスモ!今日も朝から依頼かい?精が出るね」
「おはよう!なーに、冒険者は働いてなんぼって奴だよ」
冒険者として実績を重ねると、人は見た目では無いという認識が町の人々にも広がり、コスモは町の人々に受け入れられていった。最早この光景がコスモの日常となっていった。
仕事斡旋所へと到着すると、すでにセリオスと新米冒険者の男女2人組が受付窓口の前で待機していた。
「おう、約束通りに来てくれたみたいだな」
「コ、コスモさん今日はよろしくお願いします!」
「なんか俺、ワクワクして来たよ、早く討伐してえなあ!」
「……」
3人の反応はそれぞれで、新米冒険者の2人組は少女の方がしっかりと挨拶すると、少年の方は初討伐で舞い上がっていた。
そしてセリオスはというとコスモを無視して、壁に寄りかかり静かに目を瞑っていた。いかにも仕方なく付き合っているという態度だ。
全員揃っているのを確認するとコスモが、依頼掲示板に貼り出されていた茶狼の依頼書を取り、受付窓口に居る受付嬢のシグネへ提出する。
カルラナに来てから大分経ったシグネは、もう新人とは思えない仕事振りだ。受付処理をスムーズに行うと、いつもの笑顔で処理の終えた依頼書をコスモへと返す。
「茶狼討伐の依頼、承りました!コスモさん、皆さん気を付けていってらっしゃい!」
「ああ、じゃあシグネちゃん、行って来るね!」
受付嬢のシグネが元気に応対すると、依頼書を受取りコスモも笑顔で手を振って返す。そして後ろで待っていたセリオスと新米冒険者2人組に声を掛けると、仕事斡旋所を全員で出て行く。
茶狼の生息場所は幅広く、ロンフォード領の平原、森に限らずあらゆる場所で見かけられる魔獣だ。特徴は群れでの行動を好み、獲物を狩る時も仲間と連携して行う。
もちろん人間相手でも連携をしてくるので注意が必要だが、個々の戦力としては魔獣の中では弱い部類に入る。
依頼書には茶狼の討伐とだけ記してあり、場所の指定は無い。よってコスモの判断で地方都市カルラナから、歩いて2時間程の森で討伐を行う事にした。
その長い道中、時間もあったのでお互いの自己紹介をする事にした。
「俺の名前はトーマスって言います、職業は【ソードファイター】です」
「私の名前はミシェラ、【シスター】をやらせて貰ってます」
トーマスは軽装鎧に身を包み緑色の髪の短髪で元気の良さそうな少年、ミシェラは白い修道女の服に長い桃色の髪を左右に纏めた優しそうな少女だ。そして2人は孤児院育ちの実の兄妹だという。
「じゃあ今度は俺の番だな!俺は……」
「コスモさんは皆、知ってるよ、だって超有名だもん!」
コスモが自己紹介をしようとするとトーマスに突っ込まれる。トーマスの言う通りコスモはすでに、カルラナでは有名人だった。その話を聞いてトーマスとミシェラは、討伐の同行をお願いしてきたのだ。
「あの……コスモさん、そちらの方は?」
ミシェラが無言で同行するセリオスを見て気になった様だ。朝から静かにしているセリオスの代わりにコスモが紹介をしようとするが、セリオスが微笑して答える。
「あ、ああ、この人は……」
「僕の名前はセリオス、【フリーナイト】を生業にしている」
セリオスの本当の職業は【ロードナイト】なのだが、トーマスとミシェラに配慮をしてフリーナイトと称している。そんなセリオスだが昨日と違う身なりで一般男性と同じ服を着て、その上から鉄の胸当て軽装鎧を装備している。
(坊は何を着ても様になるな……)
背も高く気品あふれる佇まいから何を着ても様になるセリオスにコスモが感心していた。自分の恥ずかしい桃色の鎧と見比べ、顔をしかめる。
するとミシェラの口から突拍子の無い言葉が飛び出す。
「あの……お、お2人って付き合ってるんですか?」
「ブッーーーーーー!!」
思いもよらない発言にコスモが顔を背け噴き出す。ミシェラが頬を赤く染めて、もじもじしながら付き合っているのか聞いて来たのだ。恐らく美男美女の組み合わせを見てそう思ったのだろう。
だがセリオスは動揺する事無く、紳士的な笑顔で優しく答える。
「ミシェラ嬢、僕はコスモ嬢は付き合っていませんよ、今日はコスモ嬢に頼まれてご一緒させて貰ってます」
「は、はえー……」
丁寧に回答するセリオスだが、その様子は気品に溢れ男なら嫉妬を感じる程だ。その対応にミシェラが乙女の顔で放心状態になっていた。するとトーマスが焦った顔でミシェラに注意する。
「おい、ミシェラ!男女の関係を聞くのは冒険者として禁句だぞ!」
「はーい!」
(ま、全く今時の若者は……)
冒険者のプライベートには立ち入らない、これが冒険者の暗黙のルールであった。
しかし2人は若く色恋沙汰に敏感な年頃だ、思った疑問を率直に聞いてくる素直さもまた若者らしい。特にセリオスはただならぬ気品を身に纏っているので仕方ない事だろう。
そのセリオスと付き合っていると思われた事が、若干ではあるがコスモも内心は少し嬉しかったりする。
そんな話も一段落するとコスモが茶狼討伐の大まかな作戦を全員に伝える。
「よーし、今日の作戦だが茶狼は単独では大した戦力はない、だが連携すると厄介な魔獣だ。特に死角からの攻撃が多い正面ばかり見ていると危険だ、そこでトーマス、ミシェラ、お前らの前後は俺とセリオスで守ってやる。だから初めは死角を気にしないで正面だけに集中して茶狼の攻撃に慣れるんだ、いいな?」
「「はいっ!よろしくお願いします!」」
コスモが作戦を伝え終えるとトーマスとミシェラが元気良く返事をする。それを見ていたセリオスは領主騎士団の訓練と同じ光景に見えたのか、懐かしそうな顔で見守っていた。
そして長い道を歩きながら細かい戦術と雑談を交え、目的地へと到着する。
~
今回の茶狼討伐で選んだこの森だが、高い樹々に囲まれ草木も多い。その分死角も多く目だけでは無く音にも注意を向けなければならない。
コスモが討伐しにくい環境を選んだ理由は、人が多い間に不利な場所の戦闘に慣れて貰うという考えがあった。時には場所を選ばず戦闘になる事もあるからだ。
先頭をセリオスに任せ、最後尾をコスモ、その間にトーマスとミシェラという順の並びで森の中の獣道を進んで行く。少し進むと辺りの草木から物音がし始める。
「……おいでなすったぜ、トーマス、ミシェラ、出番だぞ」
「「はい!」」
トーマスが腰に携帯していた鉄の剣を鞘から抜き、ミシェラは握っていた杖を前に構える、セリオスも銀の剣を鞘か抜き周囲の警戒に当たる。コスモも魔剣ナインロータスとハート型の盾を構え、後方を警戒する。
物音をがぱったりと止むと、静寂が辺りを包む。次の瞬間。
「グルァァァ!!」
茶狼がミシェラを狙って横の草木から飛び出し襲ってくる。
トーマスが茶狼の攻撃に反応してミシェラの前に立つと、鉄の剣を素早く上段から振り下ろす。
「ギャン!」
茶狼の胴体に斬撃が当たるが傷が浅い、しかし動きは鈍っている。それに合わせてミシェラが杖を振りかざす。
「ピポット!」
ピポットの杖、相手の【体力】を奪い自分の物にする杖だが、命中率が悪く茶狼の様に素早く動く相手には分が悪い杖だ。しかし動きの悪い相手であればその問題も解決する。
ピポットの杖が淡い赤色に輝くと動きの鈍い茶狼に命中、淡い赤色の輝きに包まれ絶命する。
道中コスモが伝えた戦術通りにトーマスが茶狼の動きを鈍らせ、ミシェラがピポットの杖でトドメを刺すという流れが上手く出来た。
「よーし!その調子だ!」
歩いて来た獣道からも挟み込む形で茶狼がやってくるが、コスモがハート型の盾で茶狼を弾き飛ばし、先頭のセリオスは華麗な剣捌きで茶狼を返り討ちにする。
後は獣道の横から襲って来る、茶狼をトーマスとミシェラだけで応戦する。
すると今度は横から2匹の茶狼が同時に飛び掛かってくる。
「剣技、二段斬撃!」
トーマスの上段からの剣筋が1匹目を捉えると、剣の刃を返し、下段から上に切り返す。そしてほぼ同時に2匹目の茶狼にも斬撃が当たる。戦い慣れてきたのか、1匹目は一撃で絶命し、2匹目は瀕死状態となる。
「よしっ!決まった!」
トーマスが喜んでいると、それを見ていたミシェラの背後の草むらから茶狼が飛び掛かってくる。魔獣は弱い生き物を集中して狙う習性があった。トーマスに飛び出した2匹は囮で、本命はこのミシェラであった。
だが、その仲間の命を懸けた戦術もコスモには通用しなかった。
「……それは問屋が卸さねえなあ」
コスモが魔剣ナインロータスをミシェラに飛び掛かって来た茶狼の胴体へと振り下ろす。
ドゴッ!ズゴゴゴゴゴゴ!!
地面の砕ける音に必殺の一撃音が森中に響き渡る。魔剣ナインロータスの斬撃に打たれた茶狼が、くの字になる様に地面に埋もれている。そしてコスモがトーマスに注意する。
「トーマス!技を決めた後が一番隙が生まれるんだ!油断するんじゃねーぞ!」
「は、はい!すみません!」
(な、なんという膂力……とても女の力とは思えない威力だ)
コスモの一撃に目を見張るセリオス、今だかつて見た事の無い破壊力に驚く。
その後は隙が無くなったトーマスとミシェラの2人舞台となる。茶狼は自分達の有利な環境にも拘らず、仲間が10匹以上倒されているの見て、敵わないと理解したのか散る様に逃げて行く。
それをコスモが確認をすると、トーマスとミシェラに声を掛ける。
「よし、終わったな!俺とセリオスで見張りをするから、討伐証明の部位を2人で剥ぎ取ってくれ」
「「わかりました!」」
最後まで油断せずに警戒を行い、トーマスとミシェラが茶狼討伐の部位の剥ぎ取りを始める。初めてで慣れない手付きで2人が剥ぎ取りを行うが、これも討伐依頼ならば避けられない作業なので、終わるまでゆっくり待つ。
漸く全ての茶狼の討伐証明の部位を2人が剥ぎ取り終わる。しかしこれだけでは2人の討伐経験としては少ない、さらに経験を積ませたいと考えるコスモが違う討伐場所へと移動する。
「2人共ご苦労さん、じゃあ次の狩場に向かうぞ」
「「は、はい!」」
次の討伐場所だが、初めての討伐が上手くいった事が自信になったのか、コスモとセリオスの出番はほぼ無く、順調に討伐を進めて行った。
トーマスとミシェラはコスモの言う事もしっかりと聞くし、兄妹ならではの連携も取れていて見事な討伐であった。そして日が落ち始めた頃、全員で地方都市カルラナへと帰路に着く。
「いやー大量大量、こんな事なら討伐依頼早めに受けておくんだった」
「もうトーマス兄さん!コスモさんとセリオスさんが居てくれたから討伐出来たんだよ!」
上々の討伐結果に調子に乗っていたトーマスをミシェラが諫める。今回の討伐にコスモを同行して貰おうと言ったのもミシェラの方だ。
前向きで自信家のトーマス、冷静な判断が下せるミシェラ、とても相性の良い組合せだ。
仕事斡旋所に着く頃には日も沈み、早速、受付窓口で討伐部位を提出して精算を済ませる。トーマスとミシェラが初めて成功した討伐で得た報酬を、受付窓口で受け取ると子供の様な笑顔ではしゃいでいた。
そして2人揃ってコスモとセリオスが待つ場所まで小走りで寄ると、同時に頭を下げる。
「「今日はどうもありがとうございました!」」
コスモとセリオスに礼を述べる。
そして道中で決めた報酬の分け前の話となる。ミシェラが報酬の入った袋から銀貨を取り出すと、コスモへと差し出す。
「報酬なんですけど、これお約束の半分です!」
ミシェラが報酬を手渡そうする手をコスモが難しい顔をして止める。
「今思い返せば、茶狼を討伐したのはお前ら2人だし、俺とセリオスは見ていただけだ、やっぱり受取れん!」
(思い切り茶狼を地面に埋めてた癖に……)
セリオスが心の中で突っ込むと、報酬を受け取ってくれないコスモに2人が困惑する。依頼を手伝ったのに報酬無しとなると、他の冒険者達にも示しがつかない、コスモがタダで何でもやってくれると勘違いされる恐れがあった。
「でも、コスモさんとセリオスさんがいなけりゃさ、俺達、怪我してたかもしれないし、タダって訳には……」
「……あーそういえばなんか喉が渇いたなー、アワアワーっとした飲み物の1杯奢ってくれたら嬉しいなあ」
コスモがわざとらしく、喉が渇いたような仕草を2人に見せる。コスモの仕草に再び困惑する2人だが、顔を見合わせて嬉しそうな顔をする。
「「わかりました!」」
2人が酒場の若い女の給仕に、コスモとセリオスにラガーを提供する様に注文すると2杯分の料金、銀貨2枚を手渡す。コスモとセリオスが酒場の椅子に座ってラガーを待つと、2人が嬉しそうに頭を下げて礼を言うと仕事斡旋所から出て行く。
あの2人の実力なら茶狼討伐だけでなく、少し強い赤猪討伐でも大丈夫だろう。コスモが2人を見送りながらそう考えていると、今まで黙って見ていたセリオスがコスモに寄ってくる。
「コスモ嬢、約束通り今日1日付き合ったぞ、モウガス殿の居場所を教えて貰おうか」
時期を見計らっていた様にコスモに問い詰めるが、それを無視してコスモが質問をする。
「なあ坊、別れる前のあの2人を見て何か感じた事はあるか?」
「一体何の話だ、話題を逸らすのは止めてくれないか」
コスモがセリオスの言葉を聞いて、モウガスがセリオスに求めている言葉を理解していないと感じた。すると、すました顔で更なる期間の延期をセリオスに伝える。
「俺は1日だけとは言っていないし、後、6日残ってるよな?」
「なっ!」
「嫌なら叔父の居場所を諦めて、中央都市へ戻るか?」
主導権を持つコスモの理不尽な要求にセリオスは縋るしかない。もしここで諦めたら、自分の今の気持ちに整理がつかず一生悩む事になる。
「……分かった、だが約束を違えた時は覚悟して貰うぞ」
「ああ、じゃあ明日に向けて英気を養うとするか!こっちこっち!」
「お、おいっ!僕は本気だからな!」
「はーいコスモさん、セリオスさん、ラガーお待たせしました!」
若い女の給仕が2人分のラガーを丁度良く運んで来る。コスモがラガーの入ったコップを掴むと大きく一口飲み、喉を鳴らし飲み込む、そして沁みた様な顔で大きく息を吐き出し、ラガーを堪能する。
セリオスは今までの人生の中で一番の失敗、と感じているのがモウガスの右膝の怪我を負わせた事なのだが、この考えはモウガス、コスモの意に反する事だと未だに気付いていなかった。
~
翌朝、いつもの様に仕事斡旋所にコスモとセリオスが集合すると今日は討伐依頼では無く、開拓村へ向かう商人の馬車の護衛依頼を受ける。しかし護衛依頼はついでで、本命は行き先の開拓村での開拓作業の依頼だ。
移動日を含めて4日間の長旅となる。
初日は商人の馬車に乗り込み移動を開始する。開拓村への道は街道として整備されているので、余程の事が無い限り魔獣や盗賊は現れない。
そのお陰で道中は平和そのものだった。
日が暮れる頃には目的地の開拓村へと到着する。商人はお礼を言うと帰りの日時をコスモ達に伝え、明日の開拓村での商売の準備へと入って行く。
開拓村には冒険者用の寄宿舎を設けており、コスモとセリオスはそこで部屋を借ると移動の疲れを取る為に、早い時間に寝る事にした。
そして翌日、早朝から開拓村の依頼が始まる。
気持ち良さそうに寝ていたセリオスが、コスモに体を揺さぶられ目を覚ます。
「起きろ、坊、依頼が始まるぞ」
「……何だコスモか、まだ日が昇っていないではないか」
セリオスが目を擦りながらコスモの姿を見ると、下着、胸当て、腰の金板だけを残し全ての武器、防具を外していた。中々に強烈な格好だ。
「コ、コスモ!なんて格好をしてるんだ」
「何言ってんだ坊!今日は戦闘は無いから防具は外しておけよ」
訳も分からず軽装鎧の胸当てを外して部屋に置くと外に出る。日が出ていないのでまだ肌寒い。
外に出ると他にも人が沢山居るのだが、全てが男、しかも全員が長い下穿きに革靴、手袋に上半身は肩掛けの服、半袖の服などの薄着だ。そして手には大きい斧を持っている。
すると1人の黄色い丸帽子を被った男が用意されていた檀上に立つ。
「あーおはよう諸君、今日の作業範囲だが、南の方を中心に切り開いてくれ!分かってると思うが樹木を伐採する時は周りに人が居ない事を必ず確認してくれ!」
男の説明を聞いてセリオスが依頼の内容をなんとなく理解してきた。
「それと、仕事斡旋所から応援に来てくれたコスモ、ボウは株抜き作業を頼む」
「はいよ、親方!」
黄色い帽子の被った男を親方と呼ぶコスモ、そして恐らくボウが自分の偽名だと気付くセリオス。本名を出せば公爵家の者だと気付かれると思い、コスモが偽名を名簿に記しておいた。
「じゃあ坊はあそこに居る、株抜き組に入ってくれ」
「コスモ、これは一体……あっ!おい!」
コスモがそう告げるとどこかへ行ってしまう。これから始まるのは開拓村で行われている開拓作業だ、樹木を斧で切り倒して搬出、その後、切り株を抜いて地面をならす。これの繰り返しである。
言われるがまま株抜き組に入ると、大きい切り株に取り付けられた太い縄を持たされる。周りには10人以上の男達が立ち並ぶ。
「合図いくぞー!せーの!」
別の黄色い帽子の男が合図を送ると、太い縄を握った男達が一斉に引く。切り株が少し動くが全く抜ける気配は無い、そのまま合図がある度に縄を引くを何度も何度も繰り返す。
「よーし!休憩!」
何十回と行った後、黄色い帽子の男が休憩と叫び、縄を掴んでいた男達が一斉にその場に座り休憩を取る。セリオスを含め全員、体から湯気が立ち、滝の様な汗を流している。
セリオスがコスモの姿が見えない事が気になり辺りを見回すと、1人で太い縄を体に巻き付けて、切り株を引いている姿が見える。
「うおおおおおおおお!!」
雄たけびを上げて全身に力を入れると縄がしなる、切り株がゆっくりと地面から動きだし、ある程度動くとスッと抜けた様に飛び出す。巻き付けた縄を解いて抜けた切り株を持ち上げ、集積所へと持って行く。
「いやーやっぱコスモちゃんは別格だねー」
「あれ見せられちゃーよ、力自慢も形無しだ」
休憩中の男達がコスモの馬鹿力を見て盛り上がる。そのコスモをセリオスが息を切らしながら見つめる。
(い、一体何を考えているのか分からない……)
その後、作業が再開され昼食前にようやく大きい切り株一つを抜くと昼休憩に入りそのまま、昼食後は違う場所の大きい切り株へと向かい同じ事を繰り返す。
時間が経ち、日が落ちかけた所で黄色い帽子の男が終了の合図を送る。
「うーし!今日の作業はこれまで、明日もまたよろしくな!」
株抜き組の男達が引き上げる中、セリオスが1人だけ取り残され倒れていた。体中が土と汗で汚れていて、とてもではないが公爵家の人間には見えない。
「坊、生きてるか?」
「はぁはぁ、コ……コスモ……これは……どういう事なんだ」
同じく土と汗で汚れたコスモがしゃがみ、セリオスの顔を覗く。思ったより元気なセリオスに安心するが本人は依頼を手伝わせる意味が理解出来なかった。
そんな顔をしている事に気付いたコスモがセリオスに言葉を投げかける。
「坊は考え過ぎなんだよ、一度何も考えられなくなるまで体を動かすんだ」
「僕が……はぁはぁ……考え過ぎ……」
セリオスは何の事なのか考えようとするが、疲労困憊で何も考えられない。
「おーい、そのままで居るなら俺が抱っこして運ぶぞ、ついでに風呂も一緒に入るか?」
「なっ!ふ……ふざけるな……」
男としての矜持を守る為、セリオスが残りの力を振り絞って立ち上がる。ふらふらとしながら寄宿舎へ向かって歩いて行く。それを優しく見つめるコスモ。
そして翌日も早朝から同じ作業が始まる。
作業にも慣れてきたのか、セリオスの動きが良くなって来ている、力の入れ方も周りに合わせる事も上手くなっていた。昨日より早く、切り株も抜けて早めの昼食を取っていると、同じ株抜き組の男が声を掛けてくる。
「ボウ、おめえ若えのに中々根性あんなー、ただのひょろい兄ちゃんかと思ったけどよ今日も来てくれてるし、大したもんだよ」
「あ、いえ……僕の1人の力だけではなく、皆さんに助けて貰ってますから」
「謙遜すんなって!冒険者も逃げ出すこの作業だ、良くやってるよ!」
基本的に開拓村の依頼は報酬が安い、今回の報酬も2人で受けて銀貨50枚である。開拓民は開拓すればするだけ自分の土地になるのでやる気もあるが、報酬の少ない冒険者は当然来ない、来ても初日の作業の厳しさで逃げてしまう。
(……人に認めて貰う事がこんなに嬉しいとは)
しかし、生まれてから英雄の孫として出来て当たり前と、認められる事が無かったセリオスが初めて経験する感覚であった。昼食後の作業も難なくこなし、そして終了の合図が響き渡る。
セリオスも終了の合図を聞くと手を止め、立ち尽くす。昨日と違い立つ体力は残っていた。すると、同じ株抜き組の男達から声を掛けられる。
「ボウ、お疲れ様、凄い助かったぜ!」
「ありがとうよボウ!また懲りずに来てくれよな」
掛けられた言葉は労いの言葉だった、疲れ切ったセリオスの体と心に染み渡る。
「こちらこそ、ありがとうございました」
出て来そうな涙を抑え頭を下げるセリオス。それを遠くから見たコスモが満足そうな表情を浮かべる。
翌日、商人も商売を終えてカルラナへと戻る準備をしていた。その傍には護衛をするため、コスモとセリオスが待機していた。
「コスモちゃん、また、また来てよ!一生のお願いだから!」
「ああ、また来るよ世話になった親方」
黄色い帽子を被った男が仕事を放ってコスモにまた来るように懇願する。何せ1週間掛けて行う切り株を抜く作業を2日だけでコスモ1人で達成していたからだ。開拓村の作業を取り仕切る人間からすれば、貴重な人間重機なのだ。
セリオスがその様子を笑顔で見ていると遠くから、自分に向けられた声が聞こえる。
「ボウ!またなー!また来いよ!」
株抜き組の男達であった。その声に向かってセリオスが大きく手を振る。
2人が挨拶を終えると商人の馬車へと乗り込み、地方都市カルラナへと出発する。しばらく互いに無言になり、開拓村での出来事を思い出していた。
セリオスが順序立てて考え始める。コスモがなぜ開拓村へ連れて行ったのか、考え過ぎと言われた言葉の真意は一体何なのか、未だに答えは出ていない。
だが開拓民から言われた労いの言葉だけは心に強く刻まれていた。
(助かったよ……ありがとう……か)
ふと頭の中で考えた言葉で、コスモの言っていた言葉を思い出す。
『なあ坊、別れる前の2人を見て何か感じた事はあるか?』
(あの2人も言っていた、ありがとう……と)
「まさか、僕がモウガス殿に伝えるべき言葉は謝罪ではない……」
セリオスがその事に気付くとコスモの顔を見る、コスモが嬉しそうな顔をしている。
「ようやく気付いたか坊」
「ああ……僕は思い違いをしていた、英雄の孫として育てられ、何事も無難にこなし失敗も無かった。だからこそ何よりも自分の失敗だけを考え恐れていた」
セリオスはモウガスの右膝の怪我を負わせた事を除き、今まで失敗など経験せずに育って来た。だが人間は失敗によって学び、直して行く事で成長をする。
しかしそれを口で伝えては意味が無い、自らが気付かない事には身にならない。それをコスモが気付かせる為に、セリオスに何度も付き合っていたのだ。
セリオスが毅然とした顔になると、コスモを真剣な眼差しで見つめ自分の答えを、気持ちを確認するかの様に伝えようとする。
「……コスモ嬢、改めてモウガス殿に伝えたい言葉がある」
「はい、叔父の名代としてコスモが御受け致します」
コスモが姿勢を正し、セリオスからの言葉を受取ろうとした所で御者をしている商人から声を掛けられる。
「お、お二方!街道に人が倒れています!」