自転車と青年
カーン、カーン、カーン
町全体に響かせる程の大きな音なのに、この音は怖いとは思わない。
むしろ少し懐かしいような、安心するような音。
私が前に住んでいたのは、城下町だった。
だから、昔ながらの木造の家も多かった。
だから、火事は怖い。
だから、夜になると町内会の消防団が交代で「火の用心」と夜廻りをする。小さい頃はその音を聞くのが嬉しかった。夜、決まった時間に通るその音を窓を開けて待っていた時がある。まだか、まだかと耳を傾けて音を探す。音が遠くから聞こえてくるとそれに合わせて消防団の掛け声が聞こえてくる。
「カーン、カーン、カーン。火の用心。マッチ一本火事の元。火の用心。」
夜、人々が寝静まる前の、少しずつ家の明かりが消えていく時間。
この時間を、少し窓を開けて。
小さい子供にとっては夜更かしになる時間帯を。
いつからか夜更かしも、窓を開けて音を待つ時間も無くなったような気がするが、いつからだろう?
カーン、カーン、カーン。
町に響く音と同じスピードで、町の中心の公園に向かえば、そこにはもうたくさんの子供たちがいた。
多分、この人数は凛たちが通う小学校の生徒が全員来ているであろう数。
元々、小さな町である。一学年に一クラスずつ20名程しかいない小学校ではあるが、小学校全校生徒となると120名を越す。
その全員が公園に集結していた。その子供たち以外にも、近所の年配の人もベンチでお話しをしているし、小さい子もお母さんたちと遊んでいた。
公園の中心には大きな木が立っており、その木が枝を広げて、大きな影を作っていてその木の影の下は気持ちよさそうだった。
(うーんあの木の下で寝そべってお昼寝したら気持ちよさそう。)
凛がお昼寝に最適な場所を見つけていると、その場所に自転車があった。
何の変哲もない自転車だったが、後ろに何か積んでいた。
それは、大きな木の箱だった。
60センチ四方はありそうな大きな木の箱だ。それが、自転車の後ろの荷台にくくりつけられている。
(何だろう?)
凛は後ろの箱が気になり、少し自転車の周りを回った。
真後ろに回った頃、その箱に引き出しになっていることに気付いた。それは小さな木のタンスのようだった。自転車に載せられる程の小さなタンス。
(何なんだろう?この小さなタンス?)
注意深く自転車を観察していると、悠がそれに気付いて、
「あの自転車が紙芝居屋さんの自転車だよ!あそこにね、お菓子が沢山入っているんだよ!不思議だよね。あんな小さな箱に入るのかって程にお菓子がじゃんじゃん出てくるんだもん!私あんな引き出しがあったら家にひとつ欲しいなぁ。」
悠は目をキラキラさせて、美味しい物を想像しているのかもしれない。想像してほっぺたがこぼれ落ちそうになって、ほっぺを両手で押さえている。よだれすらも出てきそうだ。悠は想像力が豊かだ。
「そうね。あの空間に入っているとは思えない程の量のような気がするわ。小学校のほとんどの子がお菓子を買いに来ているのに、その人数分のお菓子が入っているとは思えない。」
菜月は少し箱を分析するような視線で見ている。
そう聞いてみると、不思議だと思った。
箱の横をよく見てみると、何かぶら下がっている、アニメのキャラクターのシールだったり、今流行りのアイドルのシールもあった。あと、けむりカードと書いてあるのもある。
(けむりカード?ナニソレ?)
凛の見たことないような物ばかりでワクワクしている。興味深々で早く紙芝居屋さんが来て、お菓子を買いたくなってきた。
「あ!諒兄が来た!」
誰かが言った一言を合図にして、公園中に散らばっていた子供達がゾロゾロと木の下にある紙芝居屋さんの自転車の前に集まってきた。
子供達、特に小さい学年の子達が群がっているのが見える。その中心に子供達の頭を越して上半身だけが見える大人がいた。
大人と言っても若い。20歳前後に入ったばかりと思われる青年である。手には昔よく聞いていた音の拍子木によく似たものを持っている。
(あの人が紙芝居屋さん?)
子供達が皆、青年のことを「諒兄」と呼んで親しげにしている。紙芝居屋さんでお菓子を買える喜びだけで慕われているとは考えにくい程、小さな子達は、ある子は青年に抱きつき、また違う子は当たり前のように手を繋いで嬉しそうにしていた。
「みんなあのお兄さんが大好きなの?」
凛は、思ったことがポロッと出てしまった。
元々凛は、思ったことを、後先考えず言ってしまう子供ではあったが、これは自然と、子供達と戯れている青年を見て何故か、微笑ましいような、安心するような気持ちになった。
しかし、転校してきたばかりの凛は咄嗟に口を押さえた。
(しまった!喋りすぎないって決めたのに!それがダメだったのだって反省したばかりなのに・・・)
凛の顔が青ざめはじめた頃に、
「そうなんだよ〜!みんな諒兄のことが大好きなんだよ〜!諒兄は私たちと沢山遊んでくれるし!宿題も助けてくれるし!勉強も教えてくれるし!かっこいいし!優しいし!背が高いし!私の話沢山聞いてくれるし!え〜とね〜え〜とね〜ああ大好きなところが沢山ありすぎて説明しにくいけど......みんなの大好きなお兄さんなんだよ!でも最近、諒兄大学に行っているから忙しくて、あまり私たちと遊ぶ時間がなくなっちゃって寂しいんだ・・・」
凛が、みんな諒兄を大好きだと見抜いたことに嬉しすぎて、悠は興奮気味に青年「諒兄」について教えてくれた。その上で最近悠は遊べていないのであろう。すごくシュンと落ち込んでいる。
「しょうがないでしょ?諒兄だって大学に行って忙しいんだから、そのことはみんなで話して決めたじゃない?紙芝居屋さんをやっているこの時間だけ諒兄に会おうって。でも、諒兄今までより1時間多くこの公園で私たちと遊んでくれるじゃない?」
落ち込んだ悠の背中を指すって慰めている菜月はやっぱり寂しそうに話している。話しながら自分に言い聞かせているのかもしれない。
ただ、寂しそうにしている2人を見ていた凛に気がついて、
「ごめんね凛ちゃん。あの人は芦屋諒太さんって言って私たちが小さい頃から遊んでくれたお兄さんなんだ。元々はおじいさんが紙芝居屋さんをやっていて、そのおじいさんについてきたお兄さんなんだけど、そのおじいさんが病院に入院していて、それを引き継いで紙芝居屋さんをやっているのが諒兄なんだ。」
どうやらみんなが大好きな「諒兄さん」は今忙しくしているらしい。その元々紙芝居屋さんをやっていたおじいさんは凛が知っている人。凛の実の祖父であるので、みんなが寂しそうにしている要因に自分の祖父が関係しているので、申し訳なく思った。
母明里から、よく聞かせてもらった。おじいちゃんが紙芝居屋さんをやり、それを引き継いでくれる弟子がいることを。
その弟子が目の前で子供たちに囲まれて、みんなに「諒兄」と慕われている。
(おじいちゃんのせいで、みんな寂しがっている。でも心臓を悪くしているおじいちゃんも大事だがら、どう伝えたらいいんだろ?)
凛が、居た堪れない気持ちになっているところに、
「落ち込んでられないわ!今日は諒兄に凛ちゃんを紹介しなきゃなんだから!この時間を余すことなく遊ぼう!」
悠がいつのまにか、落ち込んだところから急浮上して、凛の手を掴み、子供たちに揉みくちゃになっている青年のところへ引っ張っていった。
菜月も呆れて仕方ないといった顔で、引っ張られている凛と顔を見合わせて笑っている。凛も重たかった気持ちの囲いから引っ張ってくれた悠に「ありがとう」と思い笑顔になってみんなの大好きな「諒兄」のところへ駆けていった。
「諒兄!新しいお友達!凛ちゃんだよ!」
急浮上した悠は猪突猛進に諒太に向かって言った。
唐突すぎて、紙芝居屋さんの青年こと諒太とその周りにいた子供たちが一瞬で動きを止め、急にあたりが静かになっている。真っ直ぐ過ぎて説明が少し足りない。そこへすかさず菜月が、
「諒兄、今日石川県から転校してきた前田凛ちゃん。お友達になって今日は紙芝居屋さんを紹介しようと思って。」
「そうか。君が前田凛ちゃんだね。師匠から話を聞いているよ!」
「え?凛ちゃん、たもじいと知り合いなの?」
「……う、うん、黙っててごめんね。私のおじいちゃんなの。ごめんね、おじいちゃんが入院したばかりに……」
凛は申し訳ない気持ちがまた溢れ出し泣きそうだった。するとすかさず菜月が
「凛ちゃんのせいじゃないよ!たもじい病気なんだもん。ごめんね、こっちこそ凛ちゃん。凛ちゃんのおじいちゃんなんだもの。心配だよね?」
菜月は凛が何か様子がおかしかった原因に気付いて謝罪をした。
「ううん、みんなに寂しい思いさせちゃってるよね?芦屋さんもご迷惑をおかけしてごめんなさい……」
「迷惑じゃないよ。師匠にはお世話になりっぱなしだったから、今、やっと恩返しが出来てるぐらい。それと僕のことは「諒太」って呼んでもらえると嬉しいな!ね!凛ちゃん!」
「諒太さん?」
戸惑いと探り気味に名前に「さん」をつけてみた。急にみんなのように「諒兄」とは言えない。
「うん。まあこの町の子たちには「諒兄」って呼ばれているけど。どっちでも!」
「凛ちゃんがたもじいの孫だったなんて!!私、たもじい大好きだよ!なんかの縁?たもじい元気?入院しているって聞いて心配だったんだよ。みんなたもじいに会えないって寂しかったんだよ!」
そう言って悠は凛に抱きついた。なぜか頭をスリスリと擦り付けている。まるで懐いた猫のようだ。
凛が小さい頃から知っている大好きなたもじいの孫であると知った悠は、今日初めて会った日というのを飛び越えて、まるで小さい頃から知っている幼馴染、大親友とでも思っているぐらいのレベルまで達した。
元々人懐っこい悠であったが、初日でここまで懐かれるとは一切思っていなかった凛は少し戸惑った。
「さあ!これから紙芝居屋を開こう!凛ちゃん。今日初めてだろう?ちょっとおまけするよ!」
「あ!ずるい!私は!?」
凛に少しお菓子のおまけをあげようと提案した諒太に、食いしん坊である悠が自分はどうかと聞いてきた。
「悠は、もう小さい頃から来ているだろう?凛ちゃんは、このひふみ丘町に引っ越してきた歓迎の証にあげるんだよ!」
「そっか……そうだね!凛ちゃんひふみ町ようこそだよね!それじゃ、私も一個凛ちゃんにお菓子あげようかな!」
「私もあげようかしら?」
諒太に言われて少ししょんぼりした悠ではあるが、そこは切り替えが早い悠である。すぐに気分は上昇し、もう凛にお菓子を選ぶことにワクワクしている。それを聞いた菜月もあげることに決めた。
「いいよ。自分で買うよ!2人とも自分の分を買って!」
「うんん、買ってあげたいんだよ!私たち凛ちゃんがこの町に引っ越して来てくれて嬉しいんだ!」
「そう!これからよろしくねってことで!」
悠と菜月は「買う」という考えを変えなさそうだ。凛は少しくすぐったい気持ちがあるが、2人の気持ちを受け取ろうと思った。
「それじゃ、これからよろしくってことで、ありがとう2人とも!」
3人ともお互いを見合って笑った。
「さて、ではこれから紙芝居屋開店しますか!じゃあ、悠と菜月は凛ちゃんに紙芝居屋のルールを教えてあげてくれるかな?」
「うん、いいよ!それじゃ説明するね!まず、紙芝居屋さんは最初にお菓子を買います。一応学年順で、小さい子から並んで買うのね!それで、お菓子を食べ終わったら、紙芝居が始まるからそれを見て終わり!こんな感じかな?」
凛が悠に説明を受けている時に諒太は、自転車の小さな箱の色々なところについている金具を開け始めた。
一番上のひとつを開けると紙芝居を立てる枠が上がり、もう一つ開けると引き出しが開けられるようになる。その引き出しを開けるとお菓子たちが隙間なく埋まっていた。
「よし!準備は出来た!それでは、みんな紙芝居屋開店だよ。「カーンカーンカーン」」
諒太の拍子木の合図で公園に散らばっていた子供たちが一斉に紙芝居屋の自転車の前に来た。
「今日は新しいアメヌキが入ったからね!それもオススメだよ!」
そういって諒太は、どんどんお菓子を売っていく。凛たち3人は6年生なので最後尾。ワクワクしながら順番が来るのを待った。




