【短編版】英雄の隠し子 〜七傑の至宝は、平民に厳しい貴族学院で無自覚に無双する〜
【連載版始めました!!】
https://ncode.syosetu.com/n5140iu/
「エレン、お前にはこの家を出てもらおうと思う」
「え……⁉︎」
俺の名前はエレン・ウォルクス。
セントリア王国の辺境グリーンウッドの山奥に住む十五歳のニートだ。
十五年前は日本でブラック企業の社畜をやっていたが、トラックに跳ねられ、気がつけばなぜかこの世界に赤ん坊として転生してしまった。
この世界にはゲームやアニメの世界では定番の剣や魔法という概念があり、人類は魔物や魔族、魔王と敵対しているらしい。
俺の父親、ジーク・ハーフェンは二十年前に魔王軍の幹部魔族を倒した『七傑』と呼ばれる七人で構成された勇者パーティのリーダーだったらしく、セントリア王国の英雄として特別に『英雄爵』という公爵と同等の地位を持つ爵位を与えられたらしい。
その息子として転生したのが、俺というわけだ。
と言っても、俺は第二夫人との間の息子。しかも母さんの『穏やかな環境で子育てをしたい』という要望で、俺は英雄の息子である事実を隠され、辺境の山奥で暮らしている。
お金の面での苦労は皆無。学校へ行く必要も、仕事をする必要もなく、世間様からの期待もない俺は、悠々自適に暮らしていた。
山奥ということで娯楽こそ少ないが、父さんの戦友である七傑たちがお忍びでよく訪ねに来てくれるため、暇を持て余すこともなかった。
七傑は英雄といっても、俺にとっては親戚のおじさんやおばさんのような感覚。剣や魔法を教えてもらい、暇つぶしがてら気ままに鍛錬することが俺のライフワークになっている。
うん、控えめに言って最高の環境だ。
この生活がずっと続くと信じていた俺にとって、父さんからの先ほどの一言は衝撃的だった。
「ど、どういうこと……? 俺に家を出ていけって……?」
「何を驚く必要がある? エレンも今年で十六歳になるだろう。この歳になれば、貴族の息子は王都の貴族学院に通うものだ」
セントリア貴族学院……か。名前は聞いたことがある。貴族向けに建てられた全寮制の学校であり、貴族同士の社交場であると同時に三年間みっちりと厳しい教育が行われているのだとか……。
ここに通えと? うん、普通に無理。嫌すぎる。
「いや、でも俺は……母さんの家名だよ?」
「心配は無用だ。学院には俺から話を通しておく。それに、そろそろエレンも俺の息子だということは世間に公表する時期だと思っていたしな」
……え?
ずっと隠しておくつもりだったんじゃないのか……?
「母さん⁉︎」
父さんの隣に座っている母さんに助け舟を求めた。
だが——
「えっとね……エレンが小さい間だけはのびのび育って欲しいと思っていたの。でもそろそろ良い時期じゃないかしら。それに、エレンもそろそろお友達が欲しくなる年頃でしょ?」
要らないお世話です……。
俺はずっと山奥でニート生活していたいです……。
「うむ。社会性を身につけるためにも学校に通って損はないしな」
父さんがさらに追い打ちをかけてきた。
やばい……このままでは押し切られる。
ど、どうすれば……。
………………。
…………。
……。
あ、そうだ! 良いことを思いついた!
「父さん、一つお願いがあります」
「ん、なんだ?」
「貴族学院の受験はこれからあるよね?」
「ああ。だが、俺の息子だと伝えれば合格は確実——」
「一般枠で受験したいと思ってるんだ」
「な、なんだと⁉︎」
セントリア貴族学院は、貴族のために建てられた学校。だが、実は平民でも入学できる。
入学試験は爵位に応じて下駄を履かせる造りになっているため、合格するにはかなりの優秀な成績を収めなければならないが。
「エレン、一般枠の難易度を分かって言っているのか……? 俺の紹介ならほぼ確実に合格できるが、一般枠だと落ちるかもしれないんだぞ⁉︎」
もちろん理解している。
この学院に入学する学院生の大半は、幼少の頃から優秀な家庭教師の指導を受けたエリート。自由気ままな生活を送ってきた俺が簡単に合格できるわけがない。
だが、それでいいのだ。
不合格になってしまえば、学院に通うことはできない。
つまり、ニート生活を継続できるということだ!
とは言っても、本音は隠して良い息子を演じておく必要はある。
「父さんの紹介で入学できてもズルみたいで嫌なんだ。ズルして入学できても、それに、授業についていけないかもしれないし……。実力さえあれば合格できる学校なんでしょ? なら、俺は正々堂々と勝負したいんだ!」
「う、うむ……なるほど。確かにな……」
「エレンはそんな風に思っていたのね……」
顔を見合わせる父さんと母さん。
父さんは俺のセリフに感銘を受けた様子で、少し目が赤くなっている。
「真っ直ぐに育ったな……さすがは俺の息子だ。いや、母さんの育て方か」
そして、俺の肩にポンと手を置いて言葉を続けた。
「一般枠で合格を勝ち取ってこい。エレンなら絶対できる」
「は、はい……!」
な、なんだか申し訳なくなってくるな……。
この雰囲気で合格する気がないなんて、冗談でも言えない……。
◇
月日は流れ、入学試験の日。
一人で王都にやってきた俺は、初めての異世界の巨大都市にソワソワしつつ試験会場へ向かった。
なお、合格するつもりはないので試験対策は一切していない。
親不孝者で本当に悪いな、父さん……母さん。
「エレン・ウォルクスさん……あ、一般枠での受験ですか。じゃあこのバッジを付けて、まずは一次試験の的当て会場へ向かってください」
片手で雑に黒色のバッジを渡してくる職員。
「えっと……一次試験の会場というのは?」
「分からなければ他の受験生についていけばいいかと」
……なんだか、素っ気無い対応だな。
一般枠での受験だと分かると、露骨に対応が変わった気がする。
不快ではあるが、むしろこの感じなら無事に不合格になりそうで安心だな。
俺は職員に言われた通り、他の受験生の後をついていった。
「ここか」
一次試験の会場は、まるで平原の中のようなだだっ広い校庭だった。
既にたくさんの受験生が集まっており、あちらこちらで談笑している貴族の姿が見られる。
嫌でも耳に入ってくる貴族たちの会話から推測するに、受付で渡されるバッジの色は、爵位による家柄で分けられていたらしい。
金色が公爵、銀色が侯爵と辺境伯、銅色が伯爵、紫色が子爵、赤色が男爵、白色がその他の爵位、黒色が平民……と一目で見分けられるようになっている。
試験が開始されるまで暇を持て余していると——
「こ、困ります……!」
近くで騒ぎが起こったようだった。
何事かと声がした方を見ると、公爵家の男が男爵家の少女の腕を強引に引っ張っている。
男の方は、いかにもチャラ男といった感じの浅黒い肌をした金髪の薄汚い見た目。男の周りには、取り巻きと思われる侯爵家の貴族たちが二人いるようだ。
対照的に、少女の方は絶世の美少女だった。艶やかな長い金髪。宝石のように透き通った蒼い瞳。白く細い肢体に絶妙なバランスで存在感を発揮する大きな胸。そして、まるで人形のように整いつつも、可愛らしさを感じる顔。
……美女と野獣とはこのことだな。
「な〜にが困りますだって? ストウン家の長男である俺、ユリウス様が妾にしてやると言ってるんだぞ? 光栄に思わんか? あん?」
「ユリウス様に逆らうとは、貴様の家がどうなってもいいんだな⁉︎」
「従っておくのが身のためだぞ!」
男女の面倒なアレらしい。
家柄を笠に着て嫌がる女の子をモノにしようしているようだ。
やれやれ。ロクでもない人間というのはどの世界にもいるんだな。
貴族が絡む面倒ごとにはなるべく関わりたくないが……さすがに不快すぎる。
まあ、試験には落ちるつもりで来ているわけだし、別に構わないか。
俺は、チョンチョンとユリウスの肩を叩いた。
「その辺にしておけ。迷惑な男は嫌われるぞ?」
「あん? 俺に指図するとは何者だ貴様!」
ガバッと振り返り、俺の胸についたバッジを確認するユリウス。
「って、平民だと⁉︎ 貴様、平民の分際で俺様に指図しようってか?」
俺の胸ぐらを掴み、凄むユリウス。
「まあまあ、ユリウス様。落ち着いてください。お手が汚れてしまいますよ。庶民はバカなので、身分を弁えられないのでしょう。失礼な庶民に貴族の序列というものを教えて差し上げると良いのでは?」
「なるほど。まあ、そうだな。優しい俺様が教えてやるとしよう」
俺から手を離したユリウスは、自慢気に解説を始めた。
「いいか? 貴族ってのはな、公爵、侯爵と辺境伯、伯爵、子爵、男爵の順に偉いんだ。そして俺様はストウン公爵家の長男……つまり、王族一家の跡取りということだ。そこの庶民よ、身分の違いがわかったか?」
えっと……どういう反応をすればいいのだろう。
「そんな一般常識、この世界で生きていれば誰でも知ってると思うが……? で、偉い貴族はどうして下級貴族や庶民を虐めることが正当化されるんだ?」
すると、また胸ぐらを掴んできた。
「貴様、本物のバカらしいな? 俺を怒らせるとは良い度胸してんじゃねえか……」
「どうも」
「ふん」
俺から手を離し、取り巻きから渡されたハンカチで手を拭うユリウス。
そして、気味の悪い笑みを俺に向けた。
「貴様は不合格だ。俺の権力で不合格にしてやる」
「え、そんなことできるのか?」
「ふっ、当たり前だ。俺様は上級貴族だからな。今更理解してももう遅——」
「すっげえ助かる!」
女の子を助けるために貴族に喧嘩を売り、その結果として不合格にされてしまう……格好のつく完璧なシナリオだ。
これなら父さんも仕方ないと納得してくれるだろう。
「……えっ、は?」
俺が思わず感謝を口にすると、ユリウスは虚を突かれた様子。
「ふ、ふん! 強がったところでだな……!」
「えっと、今から職員さんを呼んで来ればいいのか? 気が変わらないうちに早く不合格にしてもらわないとな!」
ドン引きさせてしまったのか、顔が引きつるユリウス。
「えっと、職員さんは……」
俺が実際に職員を探しに行こうとすると——
「お、おい! 待て!」
「え? まさか気が変わったとか言わないよな?」
「……貴様は、俺が直々に不合格にしてやる」
「ん?」
「つまり、二次試験の決闘で俺がボコボコにしてやるということだ! おっと、もう棄権はできねえぞ! 覚悟しておけ!」
……え?
不合格になるよう取り計らってくれるのかと期待したのに、結局何もしてくれないのか?
「首を洗って待ってろ」
ユリウスはこれだけを言い残して、取り巻きとともに去っていったのだった。
や、やっちまったあああああああ‼︎
不合格にしてくれることに素直に喜んでしまったせいで、面倒なことになってしまった。
単に不合格になるだけなら良いのだが、痛いのは勘弁願いたい、
俺が頭を抱えていると——
「あ、あの……すみません、私のせいで」
「ん? ああ」
話しかけてきたのは、ユリウスに絡まれていたさっきの美少女だった。
「俺が不快だと思ったから首を突っ込んだだけで、別に君のせいじゃ……えーと?」
「ユリア・シルヴァーネと申します」
「ユリアか。そういうことだから、気にしないでくれ」
まあ、俺がちょっと痛い思いをする程度のことだ。
大したことではない。
ん? おっと、なぜかユリアの顔が赤くなっているぞ?
どういうことだ?
「か、かっこいいです……!」
「え? 俺が?」
「はい! 下心なく男性に優しくしてもらったのは初めてです」
生まれてこの方かっこいいなどと言われたはなかったのだが……まあ、森の奥に家族だけで住んでいたから当たり前か。
おそらくお世辞が入っているが、美少女に褒められて悪い気はしない。
「あの、お名前伺っても……?」
「べつに名乗るほどの者では……」
「私、どうしても気になります!」
ユリアはグイグイと俺に近づいてくる。顔がかなり近い。
っていうか、胸が当たってる……!
「あっ……すみません!」
ユリアも距離が近いことに気がついたらしく、パッと離れた。
やれやれ。試験を受けに来ただけなのに、俺としたことがドキドキしてしまった。
「……エレン・ウォルクスだ。ただの庶民だから、名前なんて聞いても仕方ないと思うが」
「エレンですね! 試験頑張りましょうね!」
「えっ……あー、そうだな。うん」
「ど、どうかしましたか⁉︎」
この雰囲気で、合格する気がないなんて言えるわけがない。
そもそも、ユリウスという貴族は二次試験の決闘で俺をボコボコにすると言っていた。
あれだけ強気に出るということは腕に自信があるのだろうし、仮に本気でやってもまともな戦いになる気がしない。
まあ、なるようになるだろう。
◇
俺たち受験生は十名ごとのグループに分けられた後、試験が執り行われる運びになった。
同じグループにはさっき口論になったユリウスもいるらしく、かなり気まずい。
……というか、グループが一緒になったのは多分こいつの仕込みだろう。
「それでは、一次試験の的当てを行います」
試験官はコホンと咳払いし、試験内容の説明を始めた。
「皆様には、あちらに見える訓練用のカカシを攻撃していただきます。武器は得意なものを自由に持ち込んで使っていただいて構いません。カカシが受けたダメージに応じて様々な色に輝きますから、光の色を基に評価いたします」
なるほど、攻撃力を見るということか。
武器は何でも良いということらしいが、今日はあいにく武器を持ち合わせていないので魔法で攻撃することにするとしよう。
俺は、剣士である父さんから剣技を教わった他に、父さんの戦友——七傑と呼ばれる英雄たちから、変わる代わる指導を受けていた。
拳闘士のゲイルおじさんからは、拳闘術を。
槍士のベックおじさんからは、槍術を。
弓師のフィルおじさんからは、弓術を。
魔法師のユミルおばさんからは、攻撃魔法を。
付与魔法師のリーリャおばさんからは、付与魔法を。
回復術師のセレナおばさんからは、回復魔法を。
——といった感じに。
そのため一通りの技術を扱えるのだ。
「それでは、ユリウス様。お見せいただけますでしょうか」
「ふっ、良いだろう」
名前を呼ばれたユリウスは、剣を持ってカカシの方へ向かう。
ふむ、ユリウスは剣士らしい。
金色の装飾が施された性能の良さそうな剣は、これだけで使い手の能力を数段階引き上げてくれそうな気がする。
こういったところからも試験には格差が生まれているらしい。
カカシを前にしたユリウスは、気合いの入った大きな声とともに剣を力強く振った。
「おりゃああああああああ‼︎」
ザンッ‼︎
すると、カカシの色が銅色に輝いた。
銅色っていうのは強いのか?
と思っていると、周りから歓声が湧き上がった。
「さ、さすがはユリウス様だ!」
「おおっ……やはり噂通りのお方だ!」
「しなやかで力強い剣技! これは首席間違いなしだ!」
え、言うほど強いか……?
周りの反応はかなりの高評価のようだが、いまいちピンとこない。
歓声に気を良くしたのか、ユリウスはドヤ顔……あっ、もしかしてみんなユリウスが上位貴族だということで気を使っているのだろうか。
うん、そうだな。そうとしか考えられない。
そうじゃなければ、この程度の剣技で歓声が湧くはずがないのだ。
もし父さん——剣士ジークの目の前でこんなみっともない剣技を見せれば、一時間は説教されるくらいの酷い出来だったからな。
やれやれ、貴族というのは本当に面倒くさいな。
そのような感想を抱いている中、戻ってきたユリウスが声を掛けてきた。
「ふっ、どうだ? 俺様の剣技に恐れ慄いたか?」
「えーっと……」
「貴様の考えていることはお見通しだ。今日は七傑の英雄様もお見えになっている。そんな中でこれから恥ずかしい結果を出すことになることを察して絶望しているのだろう?」
「え? 七傑の英雄⁉︎」
ガバッと後ろを振り返ると——
いた!
父さんを筆頭に、合計七人の英雄!
遠くから俺のグループを見ていたのか!
っていうか、こっち見て手振ってるし⁉︎
な、なんで見にきてるんだよ⁉︎
入学試験は授業参観じゃないんだぞ⁉︎
「焦っているところを見るに、図星だったらしいな? フハハハハハ!」
満足そうに笑える状況のユリウスが羨ましい。
ユミルおばさんの前で情けない魔法を放てば後でどれだけドヤされることか……。
やれやれ、一応はちゃんと魔法で攻撃するほかなさそうだ……。
まあ、本気で試験を受けたとしても、まさか何も特別な修行をしていない俺が平民の身分で合格するようなことはあり得ないだろう。
「次は——平民か。エレン、位置につけ」
試験官の声がかかった。
なんだか、貴族と平民で露骨に言葉遣いに差をつけている感じがして気分が悪いな。
まあ、細かなことを気にしても仕方がない。
俺は支持された通り位置についた。
使う魔法は何でも良いなら、一番弱い『火球』でも良いってことだよな?
ユミルおばさんは、みっともない魔法を使うことに関しては怒るが、低級の弱い魔法だとしても完璧に扱っていれば怒ることはない。
ということで、今回は『火球』で試験を受けるとしよう。
俺は、右手を突き出して『火球』を繰り出した。
勢いよく火の球が飛び出し、直線を描く軌道でカカシに着弾。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアンンッッ‼︎
大爆発が起こり、俺たちのグループを粉塵が包んだ。
粉塵が落ち着き、視界が開けてきた。
サッと後ろで見ていたユミルおばさんを見ると、親指を立てている。
合格のサイン。怒られることはなさそうだ。
さて、気になる光の色は——
「あれ?」
大破してしまったカカシからは、何の色の光も発していなかった。
どういうことだ?
偶然壊れちゃったのかな?
「なっ……カカシ……魔道具が壊れた……ですと?」
確認に来た試験官がガタっと膝から崩れ落ちた。
そんなに珍しいことなのだろうか。
「えーと、これってどういうことなんだ?」
「カカシの魔道具で測定できる攻撃力を遥かに超えている……ということです。つまり、上限である金色以上の輝きということで評価するしかありません……!」
なんと、そういうことだったのか。
あれ……?
ということは、もしかしてこれって結構良い成績を出してしまったのでは?
嫌な予感は的中していたようで——
「しょ、庶民の分際で……俺より、強いだと……?」
ユリウスは、身を見開いて驚いていた。
脚がガクガク震えており、恐れさえも感じさせてしまったかもしれない。
ううむ、こんなつもりではなかったのだが……。
次の試験、こいつと決闘なんだよな?
もし勝っちゃうようなことがあれば、合格してしまうのでは……? という不安がよぎる。
「ル、ルール変更だ!」
「え?」
ユリウスは、俺を指差して宣言した。
「いいか! よく聞け。下賤な庶民がストウン家の長男である俺様より強いなんてことがあってはならないのだ!」
う、うん。俺もそう思う。
こればかりは完全同意だ。
「そこでだ。決闘では、魔法の使用を禁止する! これは命令だ。貴様に拒否権はない」
「……ああ」
え、その程度でいいのか?
「そして、俺様と同じ武器種——剣の使用を義務付ける。そして、貴様が使う剣は訓練用のガラクタだ。ふっ、これでは貴様も本来の実力を出せまい」
えっ、いや……その程度だとあまり変わらないんじゃ……?
何なら素手で戦っても拳闘術が使える俺としてはユリウス程度なら勝ててしまうので、これ以上の提案は特にできなかったりはするのだが。
「繰り返すが、貴様に拒否権はない!」
「……わかった」
俺は、絶望の篭った返事をするしかなかった。
◇
時は流れ、俺とユリウスの決闘の時間になった。
「こちらをお使いください」
と、試験官からボロボロの剣を渡された。
そういえば、カカシを破壊した後くらいから言葉遣いが改善されている気がする。
まあ、だからどうしたという話ではあるが。
それはともかく。
この剣はユリウスが準備させたものらしい。中身が入っているのかと疑いたくなるくらい軽く、刃は紙のように薄く頼りない。
訓練用にすら使えなさそうな代物だが、こんなのどこから持ってきたんだ?
気になる部分はあるが、よく考えれば俺が不利になる分には構わないか。
ふと後ろを振り返ると、父さんが両手の拳を握ってファイティングポーズをしている。
やれやれ、手加減でもしようものなら一発で見破られそうだな。
ユリウスに頑張ってもらうよう祈るしかなさそうだ。
「では、始めてください!」
試験官の合図で決闘が始まった。
「おりゃああああああああ‼︎」
開始と同時にユリウスが大きく地を蹴り、斬りかかってくる。
だが……遅い。遅すぎる。
俺の目には、ユリウスの剣は止まって見えてしまっていた。
スピードだけじゃなく、経験不足からくる判断力の低さもノロさに拍車をかけている。
一つ一つの動きに無駄がありすぎるし、『型だけ覚えました』と言わんばかりの意味を理解していないであろう剣技の連続。
「な、なぜ俺の剣がこういとも容易く躱されるんだ⁉︎」
それは俺が聞きたい。
いくらこちらの剣が粗悪だとしても、これでは自然に負けられる未来が見えないな……。
キン! キン! キン!
何度かの剣の衝突を経て、俺は別の作戦に切り替えることにした。
決闘のルールは、どちらかが降伏するか、戦闘不能になった時点で勝敗が決する。
さすがに俺が降伏するのはわざとらしすぎるため、戦闘不能を狙おう。
もしこのペラペラの剣が折れて使い物にならなくなったら、戦闘不能として俺の敗北が決定するはずだ。これに賭けたい。
そうと決まれば、攻勢に出るとしよう。
「じゃ、行くぞ」
「……⁉︎」
俺は小声で合図を送り、ユリウスが俺の攻撃を剣で受け止められる状況を作った。
ユリウスの剣戟をギリギリのところで避け、守備姿勢に入ったところで思い切り俺は剣を振るった。
カキン!
金属音が鳴り響き、剣が折れる音が聞こえた。
ただし、折れてしまったのは俺の剣ではなかった……。
「あ、あれ?」
ユリウスの剣が折れてしまい、宙を舞う。
そして、五メートルほど離れた地面に刃が刺さったのだった。
「しょ、勝者——エレン・ウォルクス!」
試験官が、決闘の勝敗を告げた。
……ああ、やっちまった。
いや、まさかあんなにユリウスの剣が脆いとは思わないだろ⁉︎
絶妙にユリウスの受け止める角度が悪かったことで、この結果になってしまったようだ。
「ユ、ユリウス様が負けた……⁉︎」
「そ、そんな……あ、ありえない……」
「な、なんてことだ……!」
決闘を見物していた他の受験生や学院の職員たちをかなり驚かせてしまった。
これは、さすがに合格か……?
いや、でもまだユリウスが弱すぎたせいで決闘で勝っても大した評価にならない可能性もなくはないよな……?
頼む、そうであってくれ……。
俺は、実家でゆっくり気ままにニートライフを満喫したいだけなんだ……。
◇
試験終了後の夜。
セントリア貴族学院の一室では、学院長たちによる合格者選定会議が行われていた。
とは言っても、ほぼ全ての合格者は試験の成績によって上から順に採られ、合格が決定する。
わざわざ会議を開く必要が感じられないほどスムーズに終わるのが通例だった。
だが、今年は違う。
「エレン・ウォルクスを不合格にせよ……ねえ。ユリウス閣下の要望とあれば、検討しないというわけにはいかないけど……どうしようかしら」
「平民なんぞ、面倒ごとになるくらいならどれだけ成績が良かろうが落としてやればいいと思いますがね。まあ、新入生の選抜権は学院長に一任されております。我々としては決定に従うだけです」
「そうだったわね。では、エレン・ウォルクスは——」
【連載版始めました!!】
https://ncode.syosetu.com/n5140iu/