第7話 華麗なる一芸
<三人称視点>
「──うわああああああああ!」
ゴラークの大剣がグランの体を縦に斬りつける。
同時に、会場には歓声と悲鳴が湧き上がる。
「なんだ今の速過ぎだろ!?」
「まるで見えなかったぞ!」
「あれが受験生ってまじか!?」
「相手の子は大丈夫か!?」
その歓声を聞き、顔をニヤリとさせるゴラーク。
(今のは感触あったなあ!?)
すかさず次の攻撃へ移る。
勢いのまま二発で決めてしまうつもりのようだ。
ゴラークの顔はすでに勝ちを確信している。
「終わりだクソガキが!」
「──なんちゃって」
「!?」
だが次の瞬間、大剣はグランに悠々と受け止められた。
それも指先でつまむようにして。
「え、ちょまっ……は??」
目の前の状況が全く掴めないゴラーク。
勢いはすっかりとどこかへいってしまった。
「よーいしょっと」
「──!? のわああああっ!」
そしてそのまま、体ごと投げ飛ばされる。
「ぐっ!」
ゴラークはなんとか空中で態勢を整えて着地。
大剣を杖代わりにして立ち上がりながら、必死に冷静さを保とうとする。
(な、何が起きた……?)
それでも今起きたことの理解はできない。
大剣を受け止められたこともそう。
しかし、それ以上に理解できないことがある。
「なんで貴様は無傷なんだ……?」
グランの体に血一つ付いていないことだ。
今の二度目の攻撃、なぜか止められたにしても、はじめの一撃は確かな感触があった。
普通ならば確実に致命傷のはずだ。
今すぐに医務室へ運ばれても不思議ではない。
それにもかかわらず、グランの装備は綺麗そのまま、攻撃が掠った様子もない。
「え? なんでって」
対して、少年グラン。
今起きた事をありのまま話す。
「斬られたのが『分身体』だから、だけど」
「……は?」
「ん、ゴラーク君の国には伝わってないのか。せっかくだから見せてあげるよ」
グランはパチンと指を鳴らす。
その瞬間、どこからか彼の両隣に浮き上がるのはグランと全く同じに見える少年。
その違いは一つとて無い。
グランと分身体二体、三人は同時に口を開く。
「「「これが分身体だよ」」」
「……ッ!?」
目の前の光景に言葉を失うゴラーク。
それは観客席も同じくだ。
「分身体だと!?」
「それってまさか……」
「魔女が使ったっていうあれか?」
「そ、そんなわけねえだろ!」
ゴラークは知らなかったが、観客席には色んな国出身の者が座っている。
史実に伝わる「魔女デンジャが使った」ことを知る者もいるようだ。
グランが使ったのは【分身魔法】。
グランの魔法の師──魔女デンジャが「家事めんどいから分身にやらせるわ~」と言って作った究極の魔法である。
さらに、観客席の一人がつぶやく。
魔法書を持った魔法に詳しそうな少年だ。
「いやでも……ありえません。魔女デンジャが使った【分身魔法】は一体しか出せなかったはずです」
彼の言うことは正しい。
実際、魔女デンジャも出せる分身は一体まで。
では、なぜグランが分身を二体も出せるのか。
「これは俺のとっておきだからね」
グランは組み合わせたのだ。
魔女デンジャの魔法と、賢者ウィズの知識を。
つまりこれは、『魔女』と『賢者』という二人の英雄の力を以て初めてできるグラン独自の業。
しかし、観客がそのことを知るはずもなく。
「じゃ、じゃあ伝説の魔法とは違うか〜」
「ははは……さすがにそうだよな」
「何かきっと小細工なんだろ」
「驚かせやがってよお」
小細工、見せかけ、そういった類だと思うことにした。
そうでも考えなければ、自分たちは今、英雄の業を超越した何かを目の当たりにしていることになるのだから。
そんなことはあり得ない。
あり得てはならないのだ。
そうして、幸か不幸か、その会場の雰囲気によってゴラークは正気を取り戻す。
「は……ははっ。ったく、所詮はただの道化だったか」
「……! さすがゴラーク君、分かるんだ!」
「は?」
しかし、会話が微妙に噛み合っていない。
それもそのはず、グランも【分身魔法】を披露したのはほんの遊び。
先ほど観客も大いに沸いたゴラークの攻撃。
だが、グランにとっては遅すぎた。
(ゴラーク君は大剣の凄さを分かりやすく見せるために、わざとゆっくり斬ったんだよね)
純粋な少年のあまり、グランは謎の解釈。
結果、ゴラークに応えるよう慌てて【分身魔法】を披露したのだ。
(一芸の候補、たくさん考えておいて良かった〜)
ディセント学院には「友達作り」にきたグラン。
自ら話題を提供するため、たくさんの一芸を考えてきていたのだ。
尤も、そのどれもが周りを震撼させるものだとは気づいていないが……。
「よし」
だが、遊びはここまで。
一芸を終えたグランは、キリっとした眼差しをゴラークに向ける。
「もう遊びは十分だよ。本気でやろうよ」
「……ほう」
会話が行き違っていた気もするが、その言葉には正面から受けて立つゴラーク。
「ならばこれを見せてやろう!」
会場にカーンと甲高い金属音が響き渡る。
ゴラークが大剣を地面に突き立てたからだ。
「欲するが良い!」
そうして、ゴラークは大剣に向かって唱えた。
その瞬間、魔法か剣の性質か、ぼうっと轟音を立てて大剣に赤黒い炎が灯る。
「うおおお!」
「出た!」
「あれが!」
「魔力を喰らうという強欲の炎か!」
観客が一斉に立ち上がる。
どうやらこれを見に来たようだ。
「ふん」
ゴラークは再び大剣をグランに差し向ける。
「これが『強欲の大剣』の真骨頂。この状態の剣は、貴様の魔力を喰らい尽くす」
「へえ」
「まさか試験で使うことになるとは、俺も思わなかったがな」
グランからすればちょっと装飾された程度だが、ゴラークのことは「すごい人」だと信じている。
(きっとまだ隠された能力があるんだね)
よって、それ以上は無い何かを警戒する。
「じゃあ俺も」
それならば、とグランは腰に差す剣に手を置く。
抜いたのは特に変哲もない短めの剣。
「さあ、やろうよ」
「……っ!?」
そうしてグランは、ただ剣を構えた──。