第55話 最後の希望
「がっかりだぜ、じじい共」
戦場に一人の男の声が広がった。
元々いたのは、四人の戦士。
伝説の三英雄と、ヘルドだ。
だが、現在立っているのは──ヘルドのみ。
「やっぱ弱えわ」
「「「……っ!」」」
三英雄は地に膝をつき、ヘルドは呑気に浮いている。
両者の差は互角などではない。
文字通り“圧倒的”だ。
「くだらねえ縛りしやがってよ」
三英雄は、地上で本気を出すことができない。
英雄たちで結ばれた“不戦の理”によって弱体化しているのだ。
全ての英雄の業を身に付けたヘルドには、勝てるはずも無かった。
すると、ヘルドはチラリと校門に目をやる。
「そういや、この学院もてめえらに憧れて造られてんだよな」
校門には、数々の英雄の像が置かれている。
もちろん三英雄のものもだ。
グランが勘違いをしたのも今となっては懐かしい。
「学院も本人と一緒になくなるなら本望か?」
「ヘ、ヘルド……!」
この中継は世界の要所につながっている。
三英雄の姿には、驚き、パニック、様々な反応が見られた。
しかし、今となっては皆同じ反応である。
『『『……』』』
絶望だ。
ヘルドのあまりの強さに、ただただ絶望していた。
英雄を崇める彼らは、一度は考えたことがあるだろう。
もし英雄たちの力を全て持つ者が生まれれば、どんな者が生まれるのかと。
しかし、それは悪者になってしまった。
『『『終わりだ……』』』
ならばもう、何も言うことはない。
言ったところでどうにもならないと分かっているからだ。
英雄というのは、それほど別次元の存在である。
「んじゃ、終わりってことで」
「「「……っ!」」」
ヘルドが少し力を込めると、膨大な魔力の塊が灯る。
三英雄を含め、一帯を消し飛ばすほどの威力だ。
「消え去れ──【滅亡球】」
ヘルドのオリジナル魔法【滅亡球】は、前方の全ての物を破壊して真っ直ぐ進む。
通った後には何も残らない。
「どこまでいくかは俺も知らねえ」
その魔法は周囲の力を吸収しながら進む。
このまま世界を一周する恐れまであるのだ。
全てを破壊し尽くしながら。
しかし、誰にも止める術はない。
もし対抗できるとすれば、同じ『英雄たちの力』を持つ者のみ。
そんな人物が──ひとりだけいた。
「そうはさせない!」
「「「……!」」」
だが、三英雄の寸前で【滅亡球】は突如消失した。
同時に聞こえてきたのは、少年の声だ。
「ごめんね、遅くなって」
その声にはよく聞き覚えがある。
むしろ今か今かと望んでいた希望の声だ。
三英雄は柄にもなく声を上げた。
「「「グラン!!」」」
異次元の扉を開け、駆けつけたのはグランだった。
その姿には、ヘルドは大きく口角を上げる。
「来やがったか、弟弟子!」
すると、そのまま浮かべたのは酔狂な笑顔だ。
まるでこの時を待っていたかのように歪に笑う。
それもそのはず、ヘルドの目的は英雄に対する“信頼の失墜”である。
「よく聞け! 全世界の奴ら!」
『『『……!?』』』
「こいつは俺と同じく、英雄たちに育てられた!」
すると、ヘルドは全世界へ語りかける。
「つまり、てめえらからすれば“最後の希望”だ」
『『『……!!』』』
「それを今から俺が完膚なきまでに潰す」
ヘルドは、ここまで散々絶望を植え付けてきた。
その集大成として、全世界の前で“英雄に育てられた少年”を倒すというのだ。
そうなれば、世界はいよいよ絶望に染まる。
それでも、グランは立ち上がった。
「そうはさせない」
その姿に、全世界から声援が送られる。
『頼むグラン君!』
『君にかかっている!』
『英雄たちの息子だって!』
『あの悪者を倒してくれ!』
『三英雄のかたきを!』
『全てを託したぞ!』
そうして、ヘルドが再び剣を抜いた。
「随分期待されてるじゃねえか。だったらよお──」
「……!」
「その身で守ってみろ!」
すると、次の瞬間にはグランと剣を重ねている。
ほとんど瞬間移動だが、グランも反応していた。
両者はそのまま激しい攻防を繰り広げる。
「オラオラ!」
「させない!」
残像が残るほどの剣戟。
空中での魔法戦。
分身なのか移動なのか判別できない攻防は、やがてチェスのように展開される。
複数のヘルドと、複数のグランが戦っているように見えるのだ。
目に追える、追えないどころの攻防ではない。
だが、三英雄は感じ取っていた。
グランが押し負けていることを。
「グランの野郎……」
「あの子まさか……」
「仕方あるまい……」
グランは周囲への影響を考えていたのだ。
ヘルドに全力で対抗すれば、衝撃で一帯は木端微塵となる。
学院を大切に想うグランは、その手段を取れない。
「グラン、お前は大変だなあ。そんな学院を背にしてよお」
「うぐっ……!」
この両者において、わずかな差は命取りだ。
それが顕著になる様、徐々にヘルドが優位に立ち始める。
「おっと手が滑った」
「そっちはダメだ! ぐうっ!」
ヘルドは学院への攻撃を混ぜ、グランを翻弄する。
対して、グランは身を挺して守るしかない。
学院付近で激しく対抗すれば、学院もろとも吹き飛ぶからだ。
「そんなちっぽけなもん捨てちまえよ。どうせ全員お前より弱いだろ?」
「……」
嫌な笑顔のヘルドがグランへ声を変える。
だが、グランは首を横に振った。
「ちっぽけなんかじゃない」
「……!」
「弱点なんかでもない」
すると、真っ直ぐに本心を語る。
「俺はこの学院でたくさん学んだ。たくさん友達もできた。ここに来なければ、得られないものがたくさんあった!」
「……」
「だから守る! ここにあるのは全部俺にとって大切なものだ!」
「……!?」
そうして、グランは自ら全属性の魔法を一気に放出した。
「ここで決着をつけよう、ヘルド」
「なんだ、これは……!」
それはヘルドすらも知らない魔法。
三英雄さえも理想論で終わり、最後にグランに託した正真正銘の究極奥義だ。
「【虹の世界】」




