第54話 伝説の三英雄
「なんの冗談だ、てめえら……!」
ディセント学院を堕とし、英雄の信頼を堕としかけたヘルド。
だが、ここに来て初めて焦った表情を見せる。
彼の前に信じられない者たちが現れたからだ。
大剣を背負い、無精髭を生やした男── 『剣聖』ザン。
「息子が暴れてんだ。来ねえわけがねえだろ」
全身紫の格好に、絶世の美貌をした女性──『魔女』デンジャ。
「うふふっ。家族会議よ、反抗期ちゃん」
白く長い髭を下に伸ばし、仙人と呼ぶにふさわしいおじいちゃん──『賢者』ウィズ。
「うむ。そういうことじゃ」
最も有名な英雄たち──“三英雄”だ。
しかし、ヘルドは知っているはずである。
今まで彼らが里から出てこれなかった理由を。
「“不戦の理”はどうした……!」
それは、英雄たちが里に移るにあたって、自ら課した契りのこと。
英雄たち争い合えば世界が滅びかねないとし、彼らは里から出られないという縛りを結んだはず。
“不戦の理”があったからこそ、英雄たちは今までヘルドを対処できなかったのだ。
対して、剣聖ザンはとぼけたような顔を浮かべた。
「なんだそりゃ。そんなもんハナっからねえよ」
「なんだと?」
「それよか、自分の心配した方がいんじゃねえか?」
「……ッ!?」
その瞬間、ヘルドの体がどこからともなく縛られる。
四方八方から無数の“鎖”が現れたのだ。
「バ、ババア……!」
「うふふっ、私に正々堂々なんて文字はないわよ。魔法なんてずるしてなんぼって教えなかったかしら」
魔女デンジャの魔法だ。
その肩書きにふさわしく、彼女の魔法にもはや原理は存在しない。
「って、反抗期ちゃんねえ──」
「……!」
「ババアって言うんじゃないわよ!!」
「がはっ……!」
さらに、“ババア”に反応してデンジャは魔法をぐっと強める。
彼女には禁句の言葉だったようだ。
だが当然、これだけでやられるヘルドではない。
「【強制解除】」
「あら」
「チッ、あぶね──なにっ!?」
しかし、鎖を無効化し、ヘルドが退避した先にはすでに人がいる。
賢者ウィズだ。
「知識から相手を予測し、常に先手を打つ。これ即ち基本じゃ」
「うっせえ、ノロマが!」
「およっ?」
だが、スピードは劣るウィズの打撃は躱されてしまう。
それもウィズの読み通りなのだが。
「行ったぞい」
「ナイスだ、じいさん」
「……!?」
攻撃をかわした先には──ザンだ。
ザンのとぼけた顔から一連の行動は、全てウィズの指示通りである。
「バカ息子よお」
ヘルドはすでにかわし切れない。
あとは一番の攻撃力を当てるのみ。
「ちょっと痛えかもなあ!」
「──ぐああああああっ!」
体の倍ほどある大剣を、ザンは音もなく振り下ろす。
斬撃をもろに食らったヘルドは、勢いのまま地面へ真っ逆さまだ。
それから、大剣をしまったザンは呑気に口にした。
「おーおー、ちょっとやりすぎたか」
彼の視線の先には、大きな切れ目。
なんと学院の地面がぱっくりと割れていたのだ。
地割れの底はまるで見えない。
『『『……!?』』』
この連携に、各国の中継は息を呑む。
ほんの数秒ほどの出来事だが、確信に至るには十分だった。
彼らが本物の“英雄”であるということ。
それが分かった瞬間、各中継からは一気に声が上がる。
『『『うおおおおおおおおおおおおッ!』』』
もはや伝説、作り話とまで言われていた英雄たち。
その中でも、かの“三英雄”が実在していたのだ。
人々が声を上げないはずがない。
『あれが、剣聖ザン様か!』
『まさに伝承通りの一閃』
『もはや真似できる次元にない……』
『デンジャ様あああああ!!』
『我らがデンジャ様は実在しておられたのか!』
『なんとお美しき様でしょう!』
『おお、知恵の英雄様が……』
『崇拝すべきウィズ様……』
『ナムアミダバブ、ナムアミダバブ』
そんな声が存外気持ち良かったのか、着地したザンは、カメラ目線でウケを狙う。
「地面はちゃんとデンジャが直すんで」
「アンタねえ! いつも私を便利屋にして!」
「おいおい、チートがどうとか言ってたじゃねえか。直してくれよ」
「アンタの為に使うのが嫌なのよ!」
会話から、お互い仲良しの姿が見られる。
様々な伝承で知られる三英雄が、まさかこう関わっているとは、人々は思うはずもないだろう。
『『『……っ!!』』』
戸惑う者、尊いと感じる者、たくさんの思いながら、人々はこぞって息を呑む。
本物の三英雄を前に、もはや言葉すら出せないでいるのだ。
それほど彼らが世界に与えた影響は大きい。
「──で、めでたしめでたしってか?」
割れた地面の間から、ぬっと手が出て来る。
ザンの大剣は当てたはずが、やはりしぶとく戻ってくる。
しかし、これには明確な原因があったようだ。
「今ので確信したぜ、じじい共」
魔法で傷を癒しながら、ヘルドはニヤリとした。
「“不戦の理”ってのは、弱体化すんだな」
「「「……」」」
その考察は当たっていた。
“不戦の理”は、里から出られないわけではない。
それぞれが争い合っても世界が滅ばない程度に、力を失ってしまう契りだったのだ。
英雄は、その人ならざる力を以て英雄と呼ばれる。
だが、力を失ってしまえば、その肩書きは喪失してしまうかもしれない。
「思わず悲しくなったぜ、昔受けた剣の方がよっぽど重てえ」
「……ハッ」
しかし、ザンは笑った。
その表情はデンジャ、ウィズも同じくだ。
「親の心配してくれるとは、成長したじゃねえか」
「あん?」
彼ら三英雄は、それでも構わなかったのだ。
それよりも自分の息子が、世界に混乱を招く方が耐えられなかった。
加えて、彼らは負けるつもりなど毛頭ない。
「ナメてもらっちゃ困るぜ、バカ息子」
「……!」
「弱体化程度で、ガキには劣らねえよ」
「……ほう」
三英雄とヘルド、両者は再び構えを取った──。