第53話 もぎ取った勝利
「はあああああああああッ!!」
六色の炎を纏い、剣を掲げたシンシア。
その勢いのまま、ヘルドに迫る。
「グラン流剣術──『ただの一振り』!」
「……!」
対して、ヘルドは軽々しく受け止めるも、少し目を開いた。
「こいつは中々……」
まだかなり拙いながら、どこか剣聖の面影を感じ取ったようだ。
彼女がグランと重ねた努力は、決して裏切っていない。
「だが──甘い」
「くぅっ!」
六色の炎を纏ったシンシアは、全ての属性の効果を剣に乗せている。
しかし、相手は元から全属性を持つヘルド。
彼はそれぞれの属性を打ち消し合うことで、実質無効化していたのだ。
「それなりに手応えはあるがなあ」
それでも、超新星の一年達が駆けつけ、戦況は徐々に変わろうとしていた。
前衛を張れるシンシアが加わったことで、攻撃力が爆発的に上がったのだ。
前衛が安定すれば、後衛の魔法職も攻撃しやすい。
「踏ん張りどころよ、ニイナ!」
「はい、アリア姉様!」
後衛は、二人のアリスフィア王女を筆頭に魔法を放ち続ける。
たとえ打ち消されようと、どれだけ魔力を消費しようと、ただひたすらに。
「……チィッ!」
その猛攻には、面倒になってきたヘルドも勝負を決め切れないでいる。
予想以上に、全員の統率がとれているのだ。
(何か狙ってやがんのか?)
ヘルドがそう考えてしまう程に。
事実、その思考は当たっていた。
──そして、その時は訪れる。
「……!?」
戦況がずっと拮抗していた中で、ヘルドに隙が生まれたのだ。
一瞬、ヘルドの意識が戦闘から離れたように。
まるで、違う場所で何かが起きたかのように。
「「「……!!」」」
──それを彼らは見逃さない。
「ここよ!」
アリアの号令に、全員が動きを変える。
彼らは戦況を維持させながらも、“とある事”をずっと狙っていたのだ。
「はあああああああああッ!!」
「……!」
再び最前に飛び出したのは、六色の炎を纏うシンシア。
同じ攻撃に見えるが、手に持っている剣が違う。
刀身が伸びていたのだ。
それはまるでエアルの【虹】を再現したかのように。
(こいつら……!)
彼らが過剰にも思えるほど魔法を放っていたのは、ここでシンシアの剣に集めるため。
この場にある魔法をかき集め、シンシアの剣に灯るよう調整しているのは──アリアだ。
「きっついわねぇ! でも……!」
彼らは何度も目にしてきた。
時には驚かされ、時に負かされた、この【虹】という可能性を。
しかし──
「それが?」
「「「……っ!」」」
相手は“英雄に育てられし悪人”ヘルド。
「無駄だ」
【虹の剣】を前にしても、ヘルドは余裕の表情で構えを取る。
これでは足りないというのだ。
だが、彼らもそれは分かっている。
「はあああああああああッ!!」
「フッ」
シンシアが振り下ろした六色の刀身。
それを──
「ここだな」
≪ああ!≫
間に入ってきたアウラ・シャロンのコンビが曲げる。
カウンターの要領で、刀身の方向を転換させたのだ。
「!?」
これにはヘルドも思わず手を止めた。
彼らの狙いが掴めないからだ。
そして、ここからが本番。
「全員、ありったけを!」
「「「はい!」」」
再びアリアの号令に、後衛はそれぞれが得意とする属性魔法を存分に放つ。
それら全てを、シンシアの刀身に目掛けて──。
(こいつら、まさか……!)
そこでようやくヘルドは勘付いた。
この光景が直近で見かけたものだったからこそ。
だが、気づいてももう遅い。
「「「はあああああああああッ!」」」
魔法がどんどんとシンシアの剣に集まり、刀身をずっと伸ばしていく。
それをアウラ・シンシアが飛び回ることで、各所から屈折させているのだ。
アウラの動きは、“イルイル”の【天使化】によって高速化されている。
すると、ヘルドの周りに広がるのは──
「食らいなさい!」
「……!」
虹の直線が四方八方から突き刺さる光景。
それはまさに──【全天に架かる虹】。
グランが団体序列戦で見せ、ヘルドが逃亡した時の奥義だ。
八人全員が死力を尽くし、ようやくグランの奥義を再現したのだ。
「……っ!」
ヘルドの周りはすでに魔法で囲われている。
状況はあの時と同じ。
逃げる手段はすでにない。
「さすがに予想外だな」
フッと笑みを浮かべたヘルドは、その場に立ち尽くした。
奥義はそのまま、ドガアアアアと轟音を立てて炸裂する。
「「「……!」」」
確実に当たった感触を実感し、全員が息を呑む。
誰も油断しておらず、「やったか!?」とは口にしない。
そうして、霧が晴れた後には、しゅううううと消えていくヘルドの姿が。
「なんだ!?」
「どういうことなの!?」
「……分からない」
ダメージを見る限り、【全天に架かる虹】は直撃した。
だが、その不可解な現象は人が起こすものではない。
そんな動揺する八人の脳内に、直接声が聞こえてくる。
『驚いたぜ』
「「「……ッ!」」」
その声は、今まで戦っていた者とぴったり一致する。
訳が分からない彼らだが、シンシアだけは何かを思い出していた。
(これは、グランに初めて助けられた時の……!)
シンシアは、入学する前に街で一度経験していたのだ。
あの時は戸惑うばかりだったが、同じ“英雄に育てられた”ヘルドなら、これを使えてもおかしくはない。
そんな中、ヘルドは衝撃的な事を告げる。
『分身とは言え、まさか倒されるとはな』
「「「……!?」」」
『おかげで学院を落とすのは随分楽だったぜ」
今まで八人が相手にしていたのは、ヘルドの分身に過ぎなかった。
同時に、たった今告げられた事実に、彼らは顔を青ざめさせる。
「なんだって……?」
「ディセント学院が……」
「落とされた……?」
今まで戦っていたこと、必死に足掻いたことが、まるで無駄だったかのように思えてしまう。
──だが、そうではなかった。
『いいえ、よくやったわ』
「「「……!?」」」
次に聞こえてきたのは、ヘルドとは違った女性の声。
ヘルドの声に割り込むよう、八人の脳内にしっかり届いたのだ。
だとすると、おかしい。
脳内に直接声を届けるなど、アリアでも全く出来はしない。
つまり、これをできるのは“英雄クラス”の魔法使いと言える。
グランでもなく、ヘルドでもない。
この妙に惹かれる魅惑的な声の主は──
『うふふっ』
「まさか……?」
伝説の英雄『魔女』デンジャに他ならない。
全員が勘づいたところで、デンジャは言葉を続ける。
『グランのお友達ね。もう一度言うわ、あなたたちの勝利は決して無駄じゃない』
「「「……!」」」
『分身で使った魔力の出所は本人よ。だからその分は消費されたはず』
グランやヘルドが使っていた【分身】も、元はデンジャが開発した魔法だ。
想像主の言う事に間違いはない。
そしてデンジャは、最後に言葉を残した。
『よくやったわ。後はお姉さん達に任せなさい』
★
同時刻、ディセント学院。
「……なんの冗談だ」
今しがた、全世界に向けて英雄の業を話したヘルド。
“英雄の失墜”という目的を開始して悦に浸っていたが、現れた者達に対して苦い顔を浮かべた。
「息子が暴れてんだ。来ねえわけがねえだろ」
「うふふっ。家族会議よ、反抗期ちゃん」
「うむ。そういうことじゃ」
ヘルドの前に現れたのは──三人。
突然のその姿に、通信が繋がっていた全世界が注目する。
『あの大剣、まさか……』
『肖像画と同じ魔法使いだ……』
『文献にあった姿と似ている?』
『なんだ、あの剣士のオーラは……』
『魔力の底が見えない……』
『あの知識書って、そんな……』
気づく者は気づいたのだろう。
現れた三人の人ならざる雰囲気に。
だが、誰もが見たことのある雰囲気に。
「てめえら……!」
現れたのは──三英雄。
『剣聖』ザン、『魔女』デンジャ、『賢者』ウィズの姿であった。




