第52話 ヘルドの目的
「わたしだって、アリスフィア王女です!」
アリアをはじめとする『七傑』の戦場に、学院の超新星である一年生組が駆けつける。
ニイナ・シンシア・エルガだ。
「まったく、手のかかる妹だわ……!」
アリアは学院に残したニイナを守るため、ヘルドを食い止めようとした。
気絶させるという強引な手を使ってまでだ。
それでもなお駆けつけたニイナには、心配しながらも少し口角を上げる。
(もう私の言う事を聞くだけの妹じゃないのね)
嬉しくもあり、悲しくもあるような感情だ。
ニイナの成長を確かに感じたのだろう。
そして、エルガとシンシアも言葉を続ける。
「前はよくも騙しやがったな」
「グランの空き巣はさせない」
今や、七傑に続く新戦力たちだ。
ここが正真正銘、学院の最終防衛ラインと言えるだろう。
対して、ヘルドは──
「あー」
頭をかきながら、空を見上げる。
そうして、若干イラついた態度で再び前を向いた。
「うぜえ」
「「「……ッ!!」」」
その瞬間、殺気がビリビリと伝わってくる
今まで感じたことのない圧倒的な威圧感だ。
これが“英雄クラス”の殺気なのだと、ここにいる全員が直感する。
「これは……」
「ええ……」
「なんて殺気……」
グランはプレッシャーを無自覚に出してしまうことはあっても、殺気を出すことはほとんどなかった。
一度あったとすれば、シンシアの仇敵であるグローリアに対してだろう。
しかし、あの時はグローリアにのみ向けられていたため、観客席にいた彼らが感じることはなかった。
そんな殺気が今は、肌へ、脳へ、直接伝わってくる。
目の前の男がいかほどの存在かを、彼らは改めて身を以て知る。
「お子ちゃまごっこはもう終わりでいいか?」
ヘルドにとっては、お遊び程度に付き合っていた戦い。
それにも飽きてきたようだ。
つまり、ここからは本気を出してくる。
それでも──
「行くわよ、あんたたち」
「はい、姉様……!」
彼らは折れない。
先ほどの七傑の力を結集した力を破られてなお、真っ直ぐにヘルドを向いていた。
その希望の一つが──シンシアだ。
アリアは上空から、チラリとシンシアへ視線を向ける。
「シンシアと言ったかしら」
「はい」
「ニイナのお友達なら守ってみせなさいよ」
「……!」
アリアが五属性の魔力を灯す。
彼女の【原初の氷炎】と同等の魔力量だ。
アリアは団体序列戦で、ニイナとシンシアの秘策『ミニチュアグラン』を見ていた。
その時と同じく、今度は五属性を彼女に授けるつもりのようだ。
「そういうことなら持っていきやがれ。灯すぐらいはできる」
「エルガ……?」
加えて、エルガが魔力を灯す。
アリアが唯一持っていない土属性だ。
これには、アリアも少し目を見開いた。
「あら、持ってたの」
「うるせえ。まだうまく扱えねんだよ」
「ふふっ、かわいいわね」
「だからうっせえ!」
エルガはこれまで火属性のみで戦ってきた。
プライドの高さから、扱い切れない土属性を隠していたようだ。
今はそれすら出さざるを得ない状況ということだろう。
「前は任せたぞ、四位」
「うん……!」
そうしてここに、グラン流剣術を持った全属性の魔法剣士が誕生する。
今のシンシアは、最もグランに近い剣士だ。
「やるぞ、シンシア君」
「はい、会長」
「私も前を張ります」
絶対的カウンターの持ち主アウラ、グラン流剣術の魔法剣士シンシア、小技を多彩に操るセリンセ。
この三人を前に、後方から魔法組が援護をする。
対して──
「もういい。ダリィからまとめてこい」
イライラが溜まった様子のヘルドは、静かにつぶやいた。
★
一方同時刻、ディセント学院の屋上にて。
「う、うぅ……」
倒れている教員が、やっとの思いで口を開く。
教員の前には、とある男が立っている。
「な、なぜだ。お前は今、海岸にいるはず……」
「さあな。分身でもいたんじゃねえか?」
そんな男は、マイクを片手にしてつぶやく。
「あー、テステス」
学院の屋上には、各国と中継をつなぐ通信機器がある。
その中でも緊急回線を使った通信は、即座に全世界へつながるようだ。
「お、つながったか」
この通信は、緊急時にのみ使用される約束だ。
過去に使った形跡はない。
そこに映る男とは──。
「突然だが、ここはディセント学院。俺の名はヘルドだ」
この緊急通信は、貴族の社交場、大型冒険者ギルドなど、各国の要所にもつながっている。
つまり、市民にこの状況が伝わっているのだ。
「なに、なんなのこれは!?」
「私の息子ディセント学院にいるのよ!?」
「緊急回線って、こんなの一度もなかっただろう!」
当然、それは各国の王家にも。
アリア・ニイナの出身、アリスフィア王国。
「緊急通信だと!?」
「この男、異常な魔力量ね」
「はい。画面超しからでも伝わってきます」
アウラの出身、フェイティア王国。
「なんだこのふざけた男は!」
「アウラ様は無事なのか!?」
「ああ、アウラ様……!」
エルガの出身、ミリウム王国。
「強いな」
「うむ」
「なんて筋肉だ」
地下牢獄、グローリアがいる場所。
「……始まったか」
そんな混乱の中、通信は続く。
「フッ」
次第に広がる不安を前に、ニッとした表情を浮かべたヘルドは、一言。
「学院は墜ちた」
その言葉がいたずらではないことは、すぐに分かる。
第一、こんなふざけた事をする男を、学院が通すはずもない。
「俺の手によってな」
ヘルドは後方へバッと手を広げた。
そこに映るのは、一人で学院を荒らした惨状。
街のように広い学院を破壊しつくし、足元には教員が転がっている。
この光景が意味するのは──絶望だ。
その瞬間、ヘルドへ画面超しに阿鼻叫喚の様子が伝わる。
『嘘だろ……?』
『あのディセント学院が……?』
『無敵要塞のはずだろ!?』
『ふざけるな!』
『息子は無事なのか!!』
『私の娘は!?』
『てめえ、今すぐに軍が向かうぞ!』
その中でも最も多い声に、ヘルドは耳を傾ける。
『何者なんだよ……?』
『お前は誰なんだ!』
『ヘルドなんて聞いたことねーぞ!』
対して、ヘルドは笑みを浮かべる。
「フッ、そうだな」
表情から、これを言いたかったのだろう。
「“英雄たちに育てられた悪人”、とでも言っておくか」
それを聞き、市民・王家にかかわらず、大半の者が目を見開く。
『英雄だと!?』
『あの英雄か……?』
『バカ、そんなわけねえだろ!』
『だまされんな!』
『なにが英雄に育てられただよ!』
英雄は、全世界にとって伝説の存在。
成し遂げたことはそれぞれでも、共通して尊敬や憧れは向けられていた。
しかし、ぽつりぽつりとつぶやく者が現れ始める。
『でも、あの学院をたった一人で墜とすなんて……』
『まじでそうなのか……?』
『じゃあ英雄は何してんだよ……』
人々の表情が、段々と変わっていく。
少しの疑心暗鬼が、大きなものへと変わっていく。
『英雄って悪い奴らなのか?』
『結局力に溺れた奴らってことかよ』
『こんな奴を生み出すんだしな』
その光景に、ヘルドはニヤリとした表情を浮かべた。
「フッ」
英雄への信頼の失墜。
これがヘルドの目的だったようだ。
「ああ、英雄はクソだ」




