第46話 最後はこれで
「あいつのことは多少知ってる。だから──」
砂ぼこりの中から声が聞こえる。
感じ取れる魔力から、それはエルガ本人だ。
「俺とも勝負しろや」
「エルガ、君……!」
エルガの体を乗っ取っていたヘルドは、戦いの最中でフッと魔力を消した。
ヘルドとグランの勝負は、グランの勝利と言える。
だがその戦いで、グランは剣筋全てが【虹の裁き】となる必殺技──【全天に架かる虹】を発動させた。
その反動から、体から発する六色の虹は消え去り、うまく力を入っていないように見える。
「ハァ、ハァ……」
今立っているのもやっとだろう。
まさに満身創痍だ。
そんな状態のグランに挑もうとするエルガに対し、グラン陣営からは声が上がった。
ニイナとシンシアだ。
「ちょっと、卑怯じゃない!」
「グランはもうボロボロ……」
しかし、グランはエルガをじっと見る。
「いや、エルガ君は……」
「ハッ、気づいてやがったか」
その瞬間、エルガの体もガクンと腕を下ろす。
この間、見栄を張っていたかのように。
「生憎、俺もボロボロなんでな」
ヘルドが乗っ取っていたとはいえ、実際に使っていたのはエルガの体。
エルガはいいように媒体にされていたわけだ。
つまり、エルガの体力は消費されている。
グランと同等、もしくはそれ以上に。
ならば──条件は同じ。
「エルガ君……」
「ああ……そうだな」
魔力、体力共に、お互い底をついている。
だからこそ、二人は前に足を進めた。
「うおおッ!」
「おらあッ!」
両者の拳が交差し、お互いの頬を殴る。
「──うぐっ!」
「──ってえな!」
残っているのは拳のみ。
最後の力を振り絞って、気力だけで決着させる気だ。
これには、観客席も拍手を送る。
「ここにきてそれかよ……!」
「ああ、漢の戦いだな」
「最後まで見届けるぞ!」
今まで散々剣と魔法の戦いを繰り返してきて、最後はただの殴り合い。
逆に大将戦としてふさわしい舞台に、観客は自然と立ち上がって見届けた。
だが、お互いの体力はほぼゼロ。
すぐに決着の時は来る。
「ハァ、ハァ……」
グランが肩で息をしている。
その拳は、エルガの腹に入っていた。
「チッ……」
力が尽きたのか、ずるっとエルガは態勢を崩す。
「喧嘩もつええのかよ……」
エルガはそのまま、バタッとその場に十字に寝ころんだ。
もう起き上がる気力はない。
これを見て、審判はバッと手を上げた。
『勝者、グラン!』
「「「うおおおおおおおおおッ!!」」」
今までで一番。
割れんばかりの大歓声が会場を包む。
また、それと同時に審判はもう一つ宣言した。
『これにより、二勝一敗、勝者──グランチーム!』
「「「わああああああああッ!!」」」
続けての大歓声。
この歓声はしばらく止みそうもない。
「勝ったんだ……うっ」
そんな歓声でようやく勝利したことを実感するグラン。
だが、力を使い果たしたのか、フラフラっとその場に倒れ込もうとする。
「あんた!」
「グラン!」
「グラン君!」
しかし、飛び出してきたニイナ・シンシア・アウラが咄嗟に支える。
それと同時に、一斉に声をかけた。
「よくやったわ!」
「本当にすごい」
「ああ、ワタシ達の誇りだ!」
みな、最初からグランの勝利を信じていただろう。
それでも、本当に勝った時の喜びは計り知れない。
すでに目が虚ろになるつつグランに、アウラが声をかけた。
「今はゆっくり休め」
「……はい」
そのまま、三人の腕の上で力を抜くかのようにグランは目を閉じる。
学院の頂点『七傑』に、超新星の一年生達。
学院の全てとも言っていい勢力を交えた団体序列戦は、こうしてグランチームの勝利で幕を閉じた。
★
団体序列戦を終え、数日後。
「「「かんぱーい!」」」
ディセント島の一番大きな飲食店を貸し切り、グラン一行は「お疲れ様会」を開いていた。
ニイナにアウラと、姫を抱える一行にとっては、貸し切りも容易い。
そんな中で、グランは改めて周りへ目を向けた。
「みんなの体調はもう大丈夫なの?」
「もう。一番心配なのはあんたでしょ」
「あはは、そうかな」
一番体への負担が大きかったグランも快調であり、他のメンバーも全員回復しきったみたいだ。
そこまではいい。
そこまではいいのだが──
「なんでお二人まで!?」
グランは横のテーブルにも目を向けた。
そこには『アリアチーム』の先鋒戦で出てきた、双子のイルミアとイルメア。
“イルイル”と呼ばれる『七傑』の二人だ。
二人はフッと笑って口にした。
「「たまたまよ」」
「……」
そんなはずがない。
ならばと、グランは予約を取ったアウラへ目を向ける。
「お二人は会長が?」
「そうだ。本当はアリアチームの他三人も呼んでいたのだがな」
どうやら団体序列戦に出たメンバー全員に声をかけていたようだ。
会長として、これからアリアとも真摯に向き合うため、最初の歓談の場にしたかったのだろう。
「でもさー」
「他のメンバー誘って来ると思う?」
対して、再度イルイルが「ねー?」とお互いを見ながら口を開く。
アリア、セリンセ、エルガ。
どれも“お疲れ様会”などするような面子ではないだろう。
それには、たしかにと、うなずいたアウラが返した。
「今思えばそっちはバラバラだったのだな」
「そうよー」
「元々アリアについてただけだし」
それから、イルイルは少し上を見ながら話す。
「今の『七傑』体制、それに」
「アリア派は終わりかもね」
それでも、二人の顔色に暗さは見えない。
「てことで今度からはー」
「会長さんについて行こかな」
戦闘時とは違ってゆるい二人。
だが、アリアを裏切ったわけではないようだ。
「私達からアリアには何を言っても無駄」
「全然聞いてくれないもん」
その証拠に、二人はペコリと頭を下げる。
「どうかアリアをお願いします」
「会長さんなら話を聞けるかも」
そんな二人に、アウラはフッと笑って返した。
「ああ、任せておけ。ワタシは会長だからな」
そうして、一旦話が収まったところで、会を再開。
アウラがコップを上に掲げた。
「では今日は楽しんでくれ!」
「「「はいっ!」」」
苦しかった団体序列戦の反動もあり、会は大いに盛り上がったのだった。
「うぐ、食べ過ぎたぁ」
お疲れ様会も終盤、グランが一人でバルコニーへ出てきた。
腹を抑えており、夜風に当たりに来たみたいだ。
「あれ」
そんな中で、ふと人影を見つける。
グランはそのまま話しかけた。
「来てたんだ、エルガ君」
「ちげえ、今来たところだ」
そう言う割には体が冷えて見える。
グランも魔力探知をしておくべきだったな、と少し反省する。
「無駄なことは考えんな。話があるのはお前だけだ」
「俺に?」
「知りたがってただろ、俺を乗っ取っていた人物」
「……!」
その言葉にグランは目を見開く。
「俺は負けたからな。あいつと違って俺は約束を守る」
「……うん」
「俺が知ってるのは二つ」
エルガはチラリとグランに目を向けた。
「まず、奴の名は『ヘルド』」
「ヘルド……」
「それからあいつは、“お前と同じ里で育った”と言っていた」
「!!」
ヘルドの言動からなんとなく察してはいたが、エルガの言葉で確信を持つ。
やはりヘルドは『英雄たちの里』出身であると。
グランは珍しく取り乱し、エルガにたずねた。
「あいつは、ヘルドはどこにいるの!」
「……場所は分からねえ。俺はアリアとかいう女に連れていかれただけだからな」
それから、エルガは思い出すように話す。
「俺はグランに負け、悔しさから力を欲していた。そんな時、アリアという女が近づいてきたんだ」
「……」
「そして、よく分からねえ場所に連れていかれた。そこで、ヘルドに尋ねられたんだよ」
エルガはぐっと拳を握る。
「“力が欲しいか?” と」
「!」
「俺は迷わずイエスと答えた。その時だ、俺が奴に乗っ取られたのは」
「そんな事が……」
そうして、団体序列戦に至るというわけだ。
そんな会話の中、二人の後ろから声が聞こえてくる。
「あー! こんなとこにいたわ!」
「どこ行ったのかと思った」
ニイナとシンシアだ。
二人はグランを見つけ、そのままエルガにも目を向けた。
「あんた、来てたの?」
しかし、エルガは相変わらず冷たく返す。
「今来たとこだっつってんだろ、三位と四位」
「三位!?」
「四位……」
一年序列の話だろう。
エルガは二位、ニイナは三位で、シンシアが四位である。
それからエルガは、外へ足を向けてチラっとグランを見た。
「悪いな。大した事知らなくてよ」
「ううん、ありがとう。また学院で」
「……フンっ」
そのままエルガはパッと飛び立った。
そんな姿に、ニイナが言葉をこぼす。
「ちょっと丸くなったわね。口の悪さは相変わらずだけど」
「口悪いって……ニイナが言う?」
「なっ! シンシア!!」
「あははっ」
また、ニイナは同じ王族として思うところもあるようだ。
「あいつのミリウム王国は、力に厳しいところなのよ。幼い頃から軍国主義を叩き込まれた弊害ね」
「そうなんだ……」
エルガには少し同情してしまうグランであった。
そうして、ニイナは気になることを尋ねる。
「それより、何の話してたのよ」
「うん、ちょっとね。ニイナ達にも分かった後で話すよ」
だが、グランは少し空を見上げた。
その方向は彼がやってきた里の方向にも見える。
「まずは、じいちゃん達に話を聞かなきゃ」




