第42話 唯一の勝ち筋
「もしかして、私に勝つ気なのかしら?」
満を持して、アリアが五属性魔法【原初の氷炎】を放った。
そのあまりの威力に誰もが「勝負あった」と思ったが、瓦礫の中からアウラが再び姿を現す。
「もちろんだ。アリア、君には──」
そうして、シャロンとアリアは言葉を重ねた。
「弱点がある」
≪弱点がある≫
剣を構えるアウラ、その背後にうっすら映るシャロン。
どちらも確信を持った真っ直ぐの目だ。
どうやらハッタリではないらしい。
「……あらそう」
対称的に、アリアは曇った表情でつぶやく。
今まで絶対的な地位を確立してきた彼女には、自身の弱点がまだ分かっていない様子だ。
そんな戦況を、グラン陣営も見守っている。
「アウラ会長、あいつ……」
「本当なのかな」
ニイナとシンシアも、アウラ達の言葉を信じていないわけではない。
むしろ2人のことは信頼しており、勝ってくれるはずと思ってはいる。
それでも、圧倒的すぎるアリアの魔法の前では、そんな言葉を漏らさざるを得なかった。
また、それは観客たちも同様のようだ。
「弱点って……」
「さっきの魔法を見たじゃないですか……」
「あれが裏の支配者アリア様か……」
しかし同時に、アウラの姿に関しては疑問も浮かび上がってくる。
「でも、どうして会長は無傷なんだ?」
「た、たしかに……」
「あれを防いだってことか……?」
爆風が視界を遮り、誰も着弾時のことを確認できていなかったようだ。
──ただひとりの少年、グランを除いて。
「すごいや」
「いくぞ、アリア……!」
兄の形見である剣を片手に、アウラが再び前へ踏み出す。
対して、個々でしか戦ってこなかったアリア側も動きを見せた。
「……っ。セリンセ」
「はい」
アリアが指示を出したのだ。
近接戦が得意なセリンセを前衛に、魔法使いのアリアが後衛となる形だ。
このプライドを捨ててまでも勝とうとするアリアの様子が、今の彼女の心情を表していた。
(何が弱点よ)
その美しき顔にも苛立ちが見える。
そんな主の様子を、側近であるセリンセも感じ取っている。
(アリア様、ここは私が……!)
二本のクナイを両手に、アウラ・シャロンを迎え撃つ構えだ。
「通しません!」
だが──
「シャロン!」
≪うん≫
シャロンの一瞬のフェイントの後、アウラはセリンセの横をするりと抜ける。
≪君の動きは視えた≫
「……!」
アウラとシャロンが目指すはアリアのみ。
それが唯一の勝ち筋なのだろう。
だが、アリアもまた百戦錬磨だ。
「もう遅いわ」
セリンセが稼いだ一瞬、その隙にアリアは溜め終えていた。
あの絶望的な魔法──【原初の氷炎】を。
「この距離ではかわせないでしょう?」
アリアに慈悲は無い。
何かを待つ間でもなく、【原初の氷炎】を放った。
「ああ」
≪そうだね≫
だが、それが勝負を決定づける。
ニッと笑ったアウラは、アリアへ宣言した。
「もちろんかわせない。だがアリア、それは君もだ!」
「私も? ……っ!!」
その瞬間、アリアは目を見開く。
アウラ達が一発目を凌いだトリックを予想したのだ。
そして、それと同時に──
(まさか……!?)
己のミスに気づいたのだ。
「いくぞシャロン!」
≪ああ、アウラ!≫
アリアの【原初の氷炎】に向かって、真っ直ぐに飛ぶアウラ。
このままいけば、魔法と正面衝突する。
だが、これこそがアウラとシャロンの最後の策であった。
「はああああああッ!」
アウラの剣と、アリアの【原初の氷炎】が触れる。
その刹那で、シャロンはアリアについて思い返していた。
(アリア、君をずっと視てきた)
シャロンの中に走馬灯のように蘇るのは、懐かしい記憶。
アリアは入学から間もなく頂点に立ち、学院を掌握した。
当時は悔しさに打ちひしがれていたシャロンは、彼女から何かを得ようと視て学び続けた。
(悪役だろうと、不穏だろうと、君の持つ力は主役のそれだ。僕には決して届くことはない)
アリアは、生徒会などの表の活動には手出ししなかったが、『七傑評議会』などの裏では暗躍し続けた。
そうして、アリア派と呼ばれる大一派ができるまでになった。
生徒会長はアウラだが、学院の権力で考えるとアリアには到底及ばない。
実力もアリアの方が圧倒的に上だ。
まさに学院の頂点といえる。
(君は昔から、全てにおいて勝ち続けてきた。人の上に立ち続けてきた。だからこそ、気づくはずのなかった弱点がある)
人を従え続けたアリア。
それを羨み続けたシャロン。
その関係、またシャロンの「視る」才能が、アリアの唯一とも言える弱点をみつけた。
(その強大すぎる魔法は、アリア自身も受けきれない!)
アリアは、アリアの魔法を受けたことがない。
もし同等の魔法を向けられれば、アリア自身も受けきることができない。
それこそが、アリアの唯一の弱点である。
ならば、どうすればアリアの魔法を用意できるか。
答えは──そのまま返せばいい。
「はああああああッ!」
臆せず、正面から【原初の氷炎】と衝突したアウラ。
彼女の剣技の真骨頂は“カウンター”にある。
グランとの序列戦で、アウラは「対剣聖に特化した剣技」を会得していると判明した。
だが、いくら動きを知っているとはいえ、グランと剣を交えるには相当な剣技が必要だ。
最後にはグランに上をいかれたが、途中まで対等にやり合った剣技は本物。
つまりアウラは、“動きが分かっていれば、正確無比な剣を差し込める”。
言うならばそれは──“カウンターの究極形”。
「シャロン……!」
≪うん、そこだよ!≫
ならば、あとは動きを捉えるだけ。
その目の役割はシャロンが果たす。
≪いけ、アウラ……!≫
シャロンが視て、アウラが返す。
カウンターにおいて、これ以上ない二人だ。
その剣技は──アリアの魔法さえも返す。
「……ッ!」
高速で渦巻く球体をした【原初の氷炎】。
その流れをシャロンが視て、アウラは球体に添うよう剣を滑らせた。
そうして、【原初の氷炎】をそのまま返してみせる。
「【絶対反射】……!」
自身が放った魔法が、そっくりそのまま返ってくる。
そのことに、アリアは初めて恐怖した。
「……っ」
対抗策は何も無い。
ならばと、一瞬目を向けたのは──妹のニイナ。
(こんな怖い思いをしてたのね、ニイナ)
ドゴオオオオオという轟音が闘技場中に響き渡った──。




