第40話 シャロンの覚悟
「初めて相手にしたけど、強いね」
アリアの側近セリンセと、初めて対峙したシャロンとアウラ。
だが、『七傑』であるはずの二人が、セリンセ一人に抑え込まれるというまさかの開幕となった。
「いけるかい、アウラ」
「ああ……!」
ならばと、シャロンとアウラは視線を交わす。
「この試合に僕の全てを賭ける」
強く意気込んだシャロンの目。
今までの、軽い性格の彼からは見た事がない目だ。
序列第七位シャロン。
その肩書きは『最強の器用貧乏』。
「はああああああああ……!」
シャロンの体中から溢れだす魔力。
だが、その色はない。
無色透明の魔力がシャロンを包み込んで行く
まるで彼の存在感を消すように。
そんなシャロンは、チラリとグランへ目を向けた。
(これはある意味、君からは最も遠い魔法かもね)
その思いと共に、シャロンの頭にふと記憶がよみがえる。
────
シャロン。
本来の名前はシャロン・ステリアだ。
貴族では二番目の階級である侯爵家に生まれる。
そんな彼は、幼少の頃より様々なものをこなしてきた。
「はッ!」
剣に始まり、槍、弓などのあらゆる武器。
そして魔法までも。
どんなことを学ばせても、誰より早く上達するシャロン。
その力を見込んで、親は色んなものを与えた。
また、シャロンもそれに答えようと、死ぬ物狂いで努力した。
「すごいなあ、シャロン。拳法まで覚えたか」
「うん!」
シャロンは人々から尊敬の眼差しを受ける。
すごい子が現れたと。
しかし、数年後。
シャロンはそんな自分が次第に嫌いになっていった。
「……クソッ!」
何か一本の道を極められない自分が。
色々なものをこなす内に、気づいてしまったのだ。
どこまでいっても、最後は「上の中」止まり。
最上位の領域へは足を踏み入れることがないと。
「……」
その領域からは、努力どうこうではない。
どうしても“才能”が必要なのだ。
彼には才能がなかった。
「僕は……」
では、どうして「上の中」までは誰より早く到達できるのか。
答えは一つ。
シャロンには『視る』才能があったのだ。
誰よりも鋭い観察眼を持ち、誰よりも一度の吸収量が多い。
それゆえにあらゆることを覚えてきた。
『主役』となり得る最上位という領域。
その一歩手前までは。
それに気づいたシャロンは、ディセント学院で考える。
どうすれば、この『視る』力を生かせるだろうかと。
どうすれば、ニイナの力になれるだろうかと。
「僕は……!」
そして辿り着く。
一生、『主役』にはなれなくていい。
でも、その代わりに──
「僕は誰よりも『脇役』を果たせる……!」
それは覚悟であり、決意。
今までは「何でもできる」と尊敬されてきた名誉を捨て、脇役として生きる覚悟を持った決意なのだ。
それこそが「全てを賭ける」の言葉の真意である。
────
「行くよ。主役」
「ああ……!」
そうして、無色透明の魔力に包まれ、姿を消したシャロン。
「【全身全霊】」
その魔力の塊がアウラに憑く。
まるで、アウラから透明なオーラが出ているかのようだ。
「行くぞ、セリンセ……!」
アウラは剣を握り直し、再度セリンセに向かった。
シャロンの姿は見えない。
「……セリンセ」
「はい」
対して、少し考える素振りを見せたアリア。
だが、やることは変わらない。
セリンセもこくりとうなずき、アウラを迎え撃つ。
「はああああああッ!」
「──!」
アウラの剣、セリンセのクナイが重なる。
「このっ!」
「弱いです」
やはり押すのはセリンセ。
しかし──
≪ちょいと失礼≫
「……!?」
アウラの背後から唐突に声が聞こえる。
シャロンの声だ。
≪悪いね≫
そして次の瞬間、謎の衝撃波がセリンセを襲った。
「──くっ!」
予想していなかったものに、セリンセがぐらつく。
その隙をアウラが突いた。
「はああああああ!」
「かはっ……!」
ようやくアウラの一発が入ったのだ。
アウラの反撃は止まらない。
「まだまだだ!」
「……くっ!」
瞬時に態勢を立て直すセリンセだが──
≪背後にはお気をつけを≫
「……!?」
また、どこからともなくシャロンの声がしたと思えば、態勢を崩される。
そこをアウラが追い打ちをかける形だ。
「はあッ!!」
「……くぁっ!」
最初の攻防とは一転。
セリンセが態勢を崩され、アウラが的確にそこを突く。
少し前からは予想できない展開となっていた。
シャロンの行方も含め、この展開に観客たちは身を乗り出した。
「どうなってんだ!?」
「急に会長が押し始めたぞ!」
「てか、シャロン先輩は!?」
「分からんねえ!」
「うおおーがんばれ会長!!」
また、驚いているのは待機所のグランも同じだ。
「なんだ、あの魔法……」
シャロンの魔法【全身全霊】。
それはグランですら知らなかったのだ。
それもそのはず、シャロンが使ったのは『無属性魔法』。
それは言うならば、属性魔法になりきる前の紛い物だ。
「無属性……」
ガスコンロの火がつく前のわずかな時間。
お湯になる前の冷たい水。
無属性魔法は、そういったものと同じ。
つまり、“無駄なもの”と言える。
ゆえに、魔法の天才でありグランの師匠──『魔女』デンジャは扱わなかった。
無属性を発するまでもなく、瞬時に属性魔法を出せるからだ。
そんな無駄なもの、主役の最たる例である『英雄』は見向きもしない。
それは当然、グランであっても。
「すごいな、シャロン先輩」
しかし、だからこそ才能のないシャロンは辿り着いた。
自分は主役じゃない。
主役を支える脇役になるためならばと、考えに考え抜いたのだ。
その先に『無属性魔法』の極地──【全身全霊】に辿り着いた。
自分の姿を消してまで勝利をもぎ取る。
これは主役であるグランやアウラ、英雄たちからは最も遠い。
シャロンのオリジナル魔法である。
そして、再び闘技場。
≪調子はどうだい、アウラ≫
「完璧だな」
透明となったシャロンは、アウラを影から支える。
今まで様々なものを培ってきたシャロン。
その知識と器用さ、何より『視る』才能をもって的確な妨害をする。
今のシャロンの姿は、同調しているアウラにしか認識できない。
≪行こう。アウラ≫
今のシャロンは、誰よりも脇役にふさわしい。
「なんでもこなす」という、主役たる名誉を捨ててでも、彼は脇役になりきる。
全てはこの対決に勝つため。
(ニイナ。君からは見えていなくても、僕は君に勝利をもたらす)
全てはニイナに勝利を捧げるため。
冗談っぽくからかっていたシャロンは、本当にニイナに好意を抱いていたのだ。
対して、アリア。
「へえ」
ずっと余裕ぶっていた表情を、少し崩す。
「セリンセ」
「……は、はい」
「私も出るわ」
「アリア様……!」
宙に浮かびながら足を組んでいたアリア。
その足をようやく地面に付ける。
「「「……ッ!!」」」
それだけで、周囲が凍りつくように雰囲気が変わる。
不敵な笑みは浮かべつつも、アリアは静かにつぶやいた。
「こざかしい」
そうして、アウラは剣を握り直す。
「ここからが本番だぞ。シャロン」
≪みたいだね。アウラ≫
『七傑』四人の対決は第二ラウンドへと突入した──。
シャロンの【全身全霊】と、かつてグランが使った【透明魔法】は一応別物です。
シャロンの【全身全霊】は、同調している者しかシャロンの姿を認識できません。
グランの【透明魔法】は、グランの魔力を探知できれば、一応誰でも認識できます。
ただ、グランの魔力制御が高度すぎて誰も探知できないだけですね!




