第20話 英雄に最も近い者
「では、今回の僕の講義はこれで!」
教室内にカリスマ的な美声が響き渡った。
グローリアさんの講義が終了したからだ。
「次回も受けてもらえると大変嬉しく思います。ありがとうございました」
「「「きゃーーーっ!!」」」
そうして、丁寧な所作でお礼をしながら、グローリアさんは教室を出て行った。
途端に教室はざわざわし始める。
「すごかったねー!」
「もうかっこよすぎ!」
「あ~眼福~」
「内容も為になったし!」
聞こえてくるのは賞賛の声ばかりだ。
それを確認するように、講義内容を思い出す。
「ふむふむ」
剣の師匠──ザンとは違った教えだけど、そういう考え方もあるのかなって勉強にはなった。
すぐに違う教えを取り入れるのは難しいから、頭の片隅にでも置いておこうかな。
「グローリアさん……か」
それと、自己紹介や講義を聞いて、自分なりに情報をまとめてみた。
光の剣士グローリア(さん)
肩書き:『光の剣士』『英雄に最も近い者』
『生ける伝説』『次なる英雄』など多数
性別 :男性
見た目:かっこいい、髪も装備も金ピカ
武器 :すごく重そうな大剣
出自 :不明
「うーん」
出身が不明なのはどうしてだろう。
質問された時にも「事情があってね、はははっ」と誤魔化していた。
貴族だったら家の名誉にもなりそうだけど……真意は分かんないな。
「あとは……」
グローリアさんの功績についても、いくつか聞くことができた。
『国が滅亡する程の魔物の大群を一人で倒した』
『Sランク魔物が蔓延る未開の地を切り開いて、人々が住める土地にした』
『出自不明なのにミリウム王国の最高騎士』
「どれもすごいけど……」
特に気になるのは最後。
この『ミリウム王国』はエルガ君の出身国だ。
ここは軍事国家で出自を重んじるって聞いた。
なのに、出自不明でこの地位に登り詰めるのはすごい。
相当に信頼を積み上げたんだと思う。
「ふーむ」
「何悩んでのよ」
「ニイナ。ううん、なんでも」
まあ、いっか。
ここは切り替えて次のことを考えよう。
「二人ともこの後はどうするの?」
「わたしは何も入れてないわ。一度帰ろうかしら」
金色の髪をふぁさってしながら、ニイナは立ち上がった。
「シンシアは?」
「……私も帰る」
「え、でも!」
この後は『剣技学』があったはず。
前々からシンシアが楽しみにしていた講義だ。
「次は──」
「ごめんグラン。やることがあるから」
「……! そ、そっか」
「じゃあまたね」
「──!」
でも、立ち上がったシンシアの腕を掴む。
黒く歪んだ目、なんとなく心配になるような様子だったから。
「シンシア。本当に大丈夫?」
「……大丈夫」
「!」
だけど、俺の手は軽く振り払われる。
シンシアにこんなことをされるのは初めてだ。
「これは私の問題だから」
「え? ……あ、シンシア!」
「じゃあまた。ニイナも」
「え、ええ……」
そうして、シンシアは振り返ることなく行ってしまった。
「どうしたのかしら」
「分からない」
あの様子にはニイナも心配をしているよう。
こんな時は「ほっとけばいいのよ、ふんっ」なんて言うかと思ったけど、ニイナもシンシアを友達って認めているんだな。
「やっぱりあの時なのかな」
「あなたも気づいたのね」
「……! ニイナも?」
「ええ」
俺のつぶやきにニイナがうなづく。
「原因はあの人、でしょ」
「多分」
そう言うと、ニイナはグローリアさんが出て行った方に目を向けた。
俺と同じ考えみたいだ。
シンシアの態度が変わったのは、グローリアさんを見た瞬間からだ。
あの、今にも剣で襲いかかりそうな目にニイナも気づいたらしい。
「そういえば……」
以前から「英雄」に対しては、憎悪にすら見える感情を持っていたように見えるシンシア。
もしかして、グローリアさんと何か関係がある?
「何か心当たりがあるのかしら?」
「いや、分からない」
「そう」
確信が持てないことはしまっておこう。
それよりも今はシンシアだ。
「もう一回聞いたら話してくれるかな」
「難しいでしょうね」
「……だよね」
こんな時、友達って何をしてあげられるんだろう。
「……」
「はあ。まったく」
「え?」
そうして考え込んでいると、ニイナは手の平を上げた。
「シャキッとしなさい!」
「うわっ!」
からの背中をバシンとひと叩き。
相変わらず物理防御が機能しない。
「それでも、なんとかしてあげるのがあなたでしょ!」
「ニイナ……」
「わたしも協力するけど、やっぱりあなたからの方がいいわ」
「う、うん!」
返事をするとニイナの顔も少し晴れる。
「あなたは引き続き声をかけなさい。……相手に塩を送ることになるけど」
「ん? うん」
後半は何のことか分からなかったけど、一応うなづいた。
「ニイナは?」
「わたしは──」
そうして聞き返すと、ニイナは口元に手を当て、細目のまま視線を横に移した。
「少し調べたい事があるわ」
「そっか。分かった」
★
数日後、午後の学院。
再びグローリアさんの講義の時間。
「!」
教室を見渡して、見つけた一つの席を目指す。
フード付きコートに、左目を隠した栗色の前髪。
そんな姿の生徒は一人しかいない。
「シンシア」
「! ……グラン」
今日は初めて顔を合わせる。
朝はすでに寮にいなかったみたいで、他の講義でも見かけなかった。
「来てたんだね」
「……うん」
ここ数日、何度か顔を合わせることはあっても、「忙しい」とすぐに逃げられてしまっていた。
それでもシンシアに声は掛け続けた。
その内、事情を話してくれるかもしれないと思って。
「隣、いい?」
「……ごめん。一人になりたくて」
「そっか」
そう言われれば仕方がない。
少し離れた席に座る。
「今日もダメだったのね」
「ニイナ。……うん、ごめん」
そこに、すぐにニイナが隣に来た。
俺とシンシアの様子を遠くから見ていたのかな。
「あなたが謝ることじゃないわ」
「だけど──」
「それに悪いことばかりじゃないわ」
「?」
ニイナを顔を覗くと若干のドヤ顔を見せられる。
「調べ事が終わったわ」
「……! それってシンシア関係の?」
「ええ」
さらにニヤリとした顔を浮かべるニイナ。
「やっと違和感を拭えたわ」
「俺にも教えて!」
「まだよ。その時が来れば公にするわ」
「……ふーん」
ニイナは頭がキレるし、何か考えがあると思う。
ここは素直に下がっておこうかな。
そしてタイミングよく、
「集まってるね! 輝かしき学院生!」
美声と共にグローリアさんが姿を見せる。
「今日も僕と一緒に学ぼうではないか」
「「「わあああああっ!」」」
相変わらず、すごい人気だ。
「それでは、講義を始めよう」
講義終了の時間。
「今日はここまでだね。今日も受けてくれてありがとうございました」
その宣言で講義は終える。
シンシアの事を考えていると、あっという間に過ぎてしまった。
シンシアの動きは特になしか。
そう思い油断していると、
「それから一つ」
グローリアさんが最後に口を開く。
「シンシアさん」
「──ッ! ……はい」
「この後、少し残ってくれるかな」
「!」
そうして、事態は動き出す──。
なぜか様子が変わってしまったシンシア。
そんな彼女をグランとニイナが心配してます。
次回、英雄に最も近い者グローリアの正体が明らかに……?