第1話 英雄たちに育てられた少年
「荷物よし。装備よし!」
とある里、とある家の玄関にて。
今年で十六歳になる少年──『グラン』は、荷物を持って立ち上がった。
「出発しよう!」
今日この日、少年グランは故郷であるこの里を出て行く。
念願だった『学校』に行くためだ。
これまで学校というものに行ったことがないグランは、今までにないほど心を躍らせていた。
「いってきまーす!」
後ろを振り返り、別れの挨拶をするグラン。
途端にドタバタと出てくるのは三人の家族だ。
「剣は持ったか!」
腰に剣を差したおっさん。
父親代わりの『ザン』。
「魔力はちゃんと回復させた!?」
紫色の三角帽子を被り、箒で飛んでいる女性。
母親……否、お姉さん代わりの『デンジャ』。
「試験勉強は問題ないかの?」
長いふさふさの白髭を生やしたじいちゃん。
祖父代わりの『ウィズ』。
それぞれ「代わり」なのは、全員血が繋がっていないから。
彼らはグランの育ての親というわけだ。
それもそのはず、三人の正体は──『英雄』だ。
英雄。
剣、魔法、知識など、“何かの道を極めた者”を指す呼称である。
数々の善行や奇行から、人々から尊敬され、畏怖され、長く語り継がれる者たちを『英雄』と呼ぶのだ。
しかし、英雄たちは、いつの日か人前に一切姿を見せなくなる。
歴史から消え去り、突如として消息不明となってしまった。
そんな彼らは……こぞってこの里で暮らしていたのだ。
一振りで大陸を斬り崩すと言われる剣の達人──『剣聖』ザン。
「向こうでも剣は振るんだぞ!」
千を超える魔法を扱うと言われる魔法使い──『魔女』デンジャ。
「魔力も毎日操っておくのよ~」
知らぬ事は存在しないと言われる知の最高峰──『賢者』ウィズ。
「知の探究を忘れてはならんぞ」
彼らは、英雄の中でも最も有名な三人。
それが三人の家族の正体である。
だが──
「も~。ザンにデンジャ姉さん、ウィズじいちゃんも。本当に心配症なんだから」
少年グラン、その事実を全く知らない!
物心がついた時からこの里で育ったグラン。
そんなグランに、三人は完全に正体を明かすタイミングを失い、結局この日までズルズルときてしまったのだ。
「俺だってもう十六なんだよ」
なんなら、グランは三人をちょっとお節介な家族としか思っていない。
そんなお節介な三人の英雄は続けた。
「せめて大陸を切り裂いて道を作るぞ!」
「いいえ! 私が転移魔法を!」
「天と地をひっくり返せば一瞬じゃぞ」
対してグランは、いつものように若干うんざりしながら答える。
「とにかく大丈夫だって。学校はみんなで仲良く学ぶところなんでしょ」
こんな会話を何度したことか。
三人のことは良い家族だと思っているが、毎日毎日同じ事を言われても飽き飽きしてしまうだけなのだ。
グランは呆れ気味に荷物を背負い直す。
「里の外の景色も自分の目で見たいんだ。一人で行ってくるよ」
そうして、グランは三人に手を振りながら家を出て行く。
そんな我が子の後ろ姿を、英雄三人はハンカチ片手に見送った。
「立派になったもんだなぁ」
「お友達をたくさん作るのよ~!」
「逐一報告するんじゃぞー!」
何やら「もしいじめられたら核魔法を……」なんて物騒な会話も聞こえるが、グランは聞き流して真っ直ぐに駆けていく。
これから初めての学校生活が始まると思うと、ワクワクしているのだ。
「あ!」
家からしばらく走ると、里の知り合いとも顔を合わせる。
この里には三人の英雄以外にも人が住んでいるようだ。
「気を付けてな、グラン!」
「いつでも帰ってくるのよ~!」
「ウォォォォン!」
行く先々で手を振って別れの挨拶をするグラン。
この里の住民はみんな仲良しだ。
笑顔でグランを見送り、時には寂しがっているように見える。
「みんな、行ってくるね~!」
ただ、今笑顔でグランに手を振っている者達。
世間一般には『武神』『破壊神』『獣王』などと言われる、これまた英雄たちである。
この里は──『英雄たちの里』。
いつの日か一切姿を見せなくなったという英雄たち。
彼らは揃いも揃って、この里で仲良く暮らしていたというのが歴史の真実である。
だが、純粋無垢な少年グラン──
「里のみんなは本当に良い人たちだなあ」
やはりその事実を知らない……!
家族である三人の英雄はおろか、里に住む他の英雄たちに対しても「良い人たち」としか思っていなかったのだ。
「よし。跳ぶか」
そうして、里の外付近まで辿り着いたグラン。
魔法で異次元の扉を開き、目的の場所へと元気に転移した。
★
グランが去った後の家。
三人の英雄──剣聖ザン、魔女デンジャ、賢者ウィズは話し合う。
「グランの奴、大丈夫かな」
「お姉さん心配」
「そうじゃのう」
彼らはまだグランの心配をしているようだ。
十数年、我が子のように育ててきた親代わりならば当然だ。
だが、もちろん親ならではの心配もある一方で、世間一般の親とは少し違った心配の仕方もしている。
「あいつ規格外だからなあ」
「そうねえ」
「うむ。あの子は特別じゃ」
この『英雄たちの里』で育ったグラン。
彼は幼い頃から英雄たちに囲まれ、類稀なる才能で次々に英雄の業を吸収した。
また、それを見て楽しくなった英雄たちもグランに教え続けた。
その結果、
「まじでバケモンになっちまったな」
「私じゃもう勝てないわあ」
「わしも敵わんわい」
剣、魔法、知恵……その他あらゆる英雄の極めし道を“全て”身に付け、規格外も規格外の少年が出来上がってしまっていた。
だが、それが普通のことだと思っている少年グラン。
彼自身は自分がすごいことに全く気づいていないのだ。
「うまくやっていけるかは心配だな。……色んな意味で」
グランはすでに、どんな国家戦力よりも強大な力を持つ。
そんな少年が突然下界に現れると、世界のバランスが崩壊する恐れがある。
当然、そのことにも賢者ウィズをはじめとした英雄たちは気づいていた。
では、どうしてそれを許したのか。
「でも、同年代の友達がほしいって言われたらなあ〜」
グランが「同年代の友達がほしい」と言ったから。
ただそれだけ。
それだけで規格外の少年を世に送り出してしまったのだ。
つまり、英雄たちが親バカだったせいである。
「剣は教えられても友達って年じゃねえしなあ」
「そうねえ」
「わしなんか一番遠い存在じゃろうて」
英雄たちはもれなく全員頭のネジが外れている。
とにかく我が子の願いを叶えたいと思ってしまうような、困った英雄さん達なのであった。
「じゃがまあ、色々と常識というものを学んでくるが良いわい。グランよ」
かくして、規格外の少年グランは、常識というものをまるで持たずに『英雄たちの里』を旅立ってしまった。
これは、少年グランが英雄と呼ばれるまでの物語だ──。
第2話も更新してます!
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