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アストラ様は、終始悲しい顔をしていた。
「私を知っていた事は分かりました。しかし、何故、私と婚姻し閉じ込めたのですか?
バケモノの私を利用しようと考えてたのですか?」
自分がバケモノと呼んだ女と婚姻したい等。どう考えても不自然だ。ならば理由が必ずある。義理の妹との婚姻を止めてまで欲しかった力。
「違う!そんな事を考えてはいない!
私は、愚かにも君を守っていると思っていたのだ。
君の力を知れば、きっと王家が利用しようと考えるだろう。その前に俺の妻になれば、簡単には手出しが出来なくなる」
「私の力。アストラ様は何か知っているのね?
私は自分の力が何か知らない。バケモノと呼ばれて、その通りだと思いました」
アストラ様の屋敷で言われた言葉、そして使用人達の顔が、
『ティンキーはバケモノ!』
そう示していた。驚愕し、恐怖し、嫌悪した人々。
「ティンキーは、【プランツェの愛し子】の話は知っているか?」
知らない。と答えた私に、アストラ様が説明して下さった。
【プランツェの愛し子】
ある森に1人の少女がいた。
少女は、緑の髪と瞳を持ち。森で静かに暮らしていたが、ある年、麓の村は不作で食べる物が無くなった。
少女は麓の村へ行くと、草花へ語りかけた。
すると、枯れていた作物は育ち、乾いた土は色を取り戻し、麓の村の住民は少女へ頭を下げる。
それから、麓の村では毎年、実りが沢山あり、飢餓に苦しむ事は無くなった。
プランチェの愛し子は、草花と話が出来て、しかも、成長させる事や、自由に草花を操る事が出来た。と伝承されている。
愛し子の特徴は、若草色の髪と瞳。
「これが、【プランチェの愛し子】と呼ばれる話。プランチェとは、草花の神の名だ」
「それが……私?」
もし、アストラ様の話が真実なら、私は何処かへ閉じ込められ、利用されるだろう。でも……
「そうだ。閉じ込めたのは、君の存在を隠す為。でも、俺は君に一度バケモノと言ってしまっている。
だから、嫌われるのが怖くて、全てを話せなかった…すまない」
テーブルに頭が付く位下げ、謝り続けるアストラ様。
「でも、アストラ様が愛したのは、義理の妹御ですよね?
ならば、私に嫌われても良かったではありませんか」
最初から、全て話し、私が祖父母と共に屋敷から出ない事も出来たはず。わざわざ婚姻を結ばなくても、アンサ様のように街の片隅で生きる事も出来た。
「義理の妹には、二度と会わない。勿論、君にも手出しはさせない!
君との婚姻は、俺のワガママだ。あの夏の日々から、ずっとティンキーの事を想っている。俺が好きなのは君だけだ。
だから、嫌われたくなかった」
私は、アストラ様の告白に返事が出来ない。私を好き?
「愛しているんだ。久しぶりに会った君は美しすぎて、どう接すれば良いか分からなかった。
君が嫌がる事は二度としない。顔を見せるなと言うなら二度と会わない。だけど、少しでも、許してもらえるなら俺は君の力になりたい。
答えは、今すぐじゃなくて良い。考えてくれないだろうか?」
俯きながら話すアストラ様。
「分かりました。今すぐお返事は出来ませんが、考えてみます」
「そうか。ティン、ありがとう」
アストラ様が、ふわりと笑った。
頭の中に映像が流れる。
『ティン、ありがとう!』
『これ以上行ったら、危険だよ』
『大丈夫よ、綺麗な湖があるんだって』
『しょうがないな』
『アズには、私がついてるから大丈夫よ』
これは、あの湖に落ちる前?
「アズ……」
何も考えずに零れた言葉に、アストラ様が目を見開き、私へ近付いて来る。
「ティン!!もしかして、思い出したのか?そうだ、俺がアズだ!」
急に抱き締められて、何が起こっているか分からない。あの映像の男の子アズが、アストラ様?
「待って!急に頭の中に思い浮かんだの。アズが、アストラ様なの?」
抱き締めた腕が強く、身動きが取れない。
「そうだ、アズだ。あぁティン!!やっと思い出してくれた!あの時はごめん」
私の肩に顔を押し付けながら、嬉しそうに話すアストラ様。私は彼の背中をポンポンと叩く。
「アストラ様。一度離して下さい」
「あぁ悪い」
バツが悪そうに離れるアストラ様。全てを思い出した訳じゃない私は、戸惑いしかない。
「ミナと偽名を使ってますので、外ではミナとお呼び下さい」
許せるかどうかは分からない。けれど、今のアストラ様は信じられる気がする。
「分かった。俺の事はアズと呼んでくれ。また会ってくれるんだよね?」
頷くとまた、アストラ様…アズはふわりと笑っていた。