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大きなケヤキの樹には蔦がからまり、根元には草花が風に揺れている。


「ティンキー。そろそろ行くよ」


オース様の声に振り返ると、頭の中に声が響いた気がした。


『行かないで…』


え?誰?


キョロキョロ辺りを見渡してみても、別れの挨拶をしたケヤキの樹が、ただ葉を揺らしていただけだった。


アンサ邸は、国境付近にある街なので、3日もあれば隣国へ入る事が出来た。


手紙の住所へ向かうと、初老の男性が屋敷へ迎い入れてくれる。

オース様と別々の部屋に通されると、旅の疲れか、逃げてきた緊張感か、ソファに深く座り込んでしまった。


「隣国まで、来ちゃった…」


1人呟くと、開いた窓から花の香りがした。のそりと立ち上がり窓辺に行けば、大きなブナの樹があった。風に葉がゆらゆら揺れると、別れの挨拶をしたケヤキの樹を思い出す。


行かないで…あの声は誰だったのだろう?


もしかして、ケヤキの樹が。

そう思って首を横に振る。樹が話すなど聞いた事が無い。私の感情に寄り添う草花と言葉を交わした事など一度も無いじゃないか。


太陽にキラキラ光る葉は、何故か寂しいと言ってる気がした。


「どうしたの?何が寂しいの?」


返事など、ある筈も無いのに、私はブナの樹に話し掛けた。


しかし、誰の声も聞こえず、再びソファへ座ると、いつの間に眠ってしまった。




気がつくと、私はベッドに寝ていた。

疲れすぎて夢を見ていたのか?樹の感情が分かる気がしたなど、オース様にも言えない。


喉の渇きを覚え部屋を出ると、オース様の声が聞こえた。


こっちからだわ。


少し開いた扉からボソボソ聞こえる。そして、部屋の中の声がはっきり聞こえる場所まで来ると。


「本気ですか?貴方様は、サンソニア公爵家の長男。ゆくゆくは公爵家を継ぐお方。


それを離縁もしてない、しかも隣国の女と婚姻したいなど、アンサ様がお赦しになっても、ご両親はお認めになられませぬ」


「では、弟が継げば良い。俺はティンキーと離れるつもりは無い!」


「ヴィアン様には、すでに婚約者殿の家に婿入りが決まっております。


それに、オースティン様にも婚約者のラマダ様がいらっしゃるではないですか!


考え直して下さい。お願い致します」



足音をたてないように、部屋に戻った。


頬に伝う涙は、誰にも見られてはいけない。


『泣かないで…』


誰?私は誰の声を聞いているの?やはり、私はバケモノなの?


オース様を愛している。でも、私がいる限り不幸になる人々がいる。


ならば、選ぶ道はひとつ。



愛しています。さよなら。



******


「くどい!私はティンキーと共に生きると決めたのだ!


彼女は、多分【プランツェの愛し子】だ。


この国の人間なら、その意味が分かるだろう?」


俺はティンキーの力を、この目で見た。


プランツェの愛し子。おとぎ話と思っていた。しかし、本当に彼女が愛し子なら、この国にこそ必要なのだ。


隣国とは違い、冬が厳しい我が国では、作物が育ちにくい。愛し子の力があれば、田畑は甦り、民衆は彼女を崇めるだろう。


彼女の事は愛している。しかし、私は貴族であり、王家に仕える身。愛だけでは生きては行けない。


せめて彼女の隣で、ずっと支えられるようにするのが、俺の愛であり贖罪。


王家に捕られる前に、俺の庇護下へ置かなければ!


「話は以上だ。おばば様は、ティンキーを古い知り合いの孫娘を預かったとしか思っていない。


まだ、王家には知らせるつもりは無い!誰にも言うな。例え両親だろうと知られる訳にはいかないのだ」


椅子から立ち上がり、部屋を出ようとすると、少し扉が開いていた。


まさかな……


よほど疲れていたのか、ティンキーの部屋に入ると、彼女はソファで寝てしまっていた。


ベッドへ運ぶ為、抱き上げた身体は、とても細く、守らなければならないと思うのと同時に、この国の未来が変わる期待と背負わせる重圧を考えてしまった。


全てを話していない俺を許してくれ。


ベッドへ下ろすと、ふわりと花の香りがした。額にひとつキスをして、柔らかな若草色の髪を撫で、部屋を出た。



大丈夫、まだ彼女は眠っている筈だ。


そう思うが、俺は足早に彼女の部屋の扉を開けた。


「ティンキー。まだ眠っているのか?」


声をかけたが、返事が無い。


ベッドへ近付いたが、姿が見えない!


「ティンキー!!どこだ!」


部屋を飛び出し、屋敷中を探す。


「オースティン様。どうされました?」


先ほどまで、話していた元執事のバースに聞かれ、ティンキーの姿が見えないと一緒に探したが、どこにも居ない。


どこへ行ってしまったのだ!


ティンキーの使った部屋に戻ると、彼女の荷物は無くなり。ローテーブルに1枚の紙があるのに気付いた。



〈オース様。


偶然、お話を聞いてしまいました。


私が居たら、きっとオース様を不幸にしてしまう。ごめんなさい。貴方に甘えていた私を許して下さい。


黙って立ち去る事を、どうぞお許し下さい。


オースティン様の幸せを祈っております〉



あぁ、何で早く全てを話しておかなかったのだろう。


許しを請うのは俺の方だ。どこへ行ってしまったのだ。帰ってきてくれティンキー。


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