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目の前には、背が物凄く高い男性が居る。
「子どもが何しに来た」
見下ろす男性の声は、言葉より怖くない。
「ここは、アンサ様のお屋敷でしょうか?私はルーニー伯爵家のティンキーと申します。この手紙をアンサ様へお渡し頂けませんか?」
カバンから手紙を取り出し男性へ渡すと、中へ入って行く男性は、扉を閉めてしまった。
扉の脇に移動して、しばらく立って待っていると、中から女性の怒鳴り声とバタバタ走る足音が聞こえ、バンッと扉が開く。
「このバカが、ごめんなさいね。さぁ中へ入って。疲れたでしょ」
祖母の知り合いと聞いていた女性は、見た目は私の母位に見えた。背が物凄く高い男性と同じ、黒い髪と瞳を持っている。
「あ、あの…私…」
背中へ添えらた手が温かく、私を見る瞳がとても優しくて。上手く言葉が話せない私を女性はふわりと抱き締めてくれた。
「大丈夫。ここには貴女を苦しめる人は居ないわ。私はアンサって言うの。ティンキーちゃん、宜しくね」
ふふ、と笑うアンサ様の顔につられ、私も頬が緩む。温かい手が離れ、中へ招かれる。すると後ろから、
「さっきはすまん」
ぶっきらぼうな声がして、振り返ると困った顔をした男性が居た。
「そんな怖い顔を向けるんじゃない!ニコッと笑えないのかー!」
アンサ様が叫ぶと、さらに困った顔をした。その姿が可笑しくて思わずクスッと小さく笑ってしまった。
「ごめんなさい…」
子どもと間違えられた私に笑われたら、気分が悪くなると思い謝ると。
「いや、ティンキーちゃんが謝る事なんて無いよ。デカイ図体して顔も怖いクセに気がちっちゃい!」
明け透けな話し方に、又クスッと笑ってしまう、しまった!とチラリ、アンサ様を見ると目が合い二人でクスクス笑った。
通されたのは、応接室。ソファへ座るよう進められ、腰を降ろす。対面にアンサ様と、男性が座るとアンサ様が口を開いた。
「今日から、ここがティンキーちゃんの家だよ。私の事は母親だと思って甘えてちょうだい」
「はい。ありがとうございます」
まだ、完全には信じられないが、少しずつでも、アンサ様の優しさを受け入れていきたい。
「ティンキーちゃん、このデカイのは、オースティンって言うんだ。
同じティンなのに、ティンキーちゃんは可愛いが、オースは無愛想だね」
アハハ!と、笑うアンサ様と、ブスッとするオースティン様。
いきなりの来訪なのに、嫌な顔をせず迎えてくれる事を感謝して伝えると、アンサ様がふわりと微笑んだ。
オースティン様に客間を案内され、中へ入ると、落ち着いた雰囲気の部屋で、閉じ込められたら部屋より少し狭いが、バルコニーがあり、開かれた扉からカーテンが揺れていた。
「オースティン様。ありがとうございます」
出入りする扉以外に開く事が出来る扉がある。それだけで私の心は軽くなった。
「オースだ。これから一緒に住むらしいからな。そう呼べ」
******
アンサ様とオース様との生活は、最初。とても大変で失敗ばかりした。
慎ましい生活を祖父母としてたとは言え、一応、貴族として使用人が居る生活をしてきた。それがここでは、全て自分たちがやらなければならない。
掃除、洗濯、料理……
料理はなかなか上達しないけど、それ以外は一通り出来るようになってきたのは、半年も過ぎた頃。町外れにある屋敷を訪ねてくる人は少なく、私はいつものように裏庭で洗濯物を干していた。
「今日は天気が良いわ!これならすぐに乾きそう」
泣いてはいけない。ここに来るまでは、そう思っていたのに。
屋敷に来て、慣れない生活と毎夜あの閉じ込められた部屋に自分が戻る夢を見て、私は疲れ果てていたのだ。
夢の恐怖で深夜に目覚めると、ここは違う。と自分の身体を抱き締める日々。
ある夜、また閉じ込められた夢を見て目覚めた時、カーテンの隙間から月がとても優しく輝いていた。寝間着の上にショールを羽織り、庭に降り立つと、ふわりと花の香りがして涙が流れる。
草花に涙がポトリと落ち、花が咲き誇り、草の蔓が私を慰めるように伸びた時、後ろからオース様に声をかけられたのだ。
「どうした?……これは…」
私へ伸びる蔓に、オース様の足が止まる。
「ふふ、私。バケモノなのです。不気味でしょ?
オース様。明日、私は出ていきます。短い間でしたが、受け入れて下さり、ありがとうございました」
向きを変え、オース様へ頭を下げると、急に抱き締められ、何が起こったのか分からなかった。
「バケモノと誰に言われたか知らん。でも、俺はお前の事をバケモノと思わない。
コレが何か俺には理解出来ないが、お前はそのままで良い」
抱き締めた腕が強く、オース様のドクンドクンと響く心音が私の耳に届く。
「私が泣くと、草花が成長し、私へ絡み付くのです。だから、だから…」
初めて知った温もりに涙が止まらない。それに反応する花は、辺り一面咲き誇り、蔓は私たち二人を包み込む。
「我慢するな。泣いて良い」
子どものように泣く私を、オース様はずっと抱き締めてくれた。