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婚約期間は2週間しかなかった。小さな教会で参列者は祖父母のみ。
私はアストラ様の花嫁になりました。
グレグル侯爵家は、趣のある屋敷で古くから続く家柄だと、まるで私へ見せつけているよう。
アストラ様の後から入れば、使用人達が出迎えてくれたが、やはり私の紹介は無いみたい。
軽く挨拶をし、用意された部屋に入ると、思っていたより女性らしい壁紙や家具で、少し気持ちが明るくなった。
窓際へ行き窓を開けようとしたが、よく見れば、はめ殺しで。まさかと思い部屋の窓を全て確認したら、開く窓は1つも無かった。
一体、彼の目的は何だろう?
彼の家族にすら、私は会った事が無い。
ぼんやりと外を眺めていると、アストラ様と女性が二人で庭を歩いているのが見えた。
とても仲睦まじい様子で、ふと横顔が見えて、私が見た事が無い笑顔で話す二人。
私は何故、1人で此処にいるのだろう。
何も考えない。何も見ない。そう、この時、私は決めたのだ。
アストラ様は、仕事が忙しいと言って、屋敷では、たまに朝食を一緒にする以外、話す事も会う事も無い。
たまに屋敷の庭で、アストラ様はいつもの女性と会っているが、もうどうでも良い。白い結婚が半年も続けば、彼女に何かしら理由があり、結婚出来ない為。私が妻に選ばれたのだろうと思う。
使用人や私に付いた侍女達と、話そうと声を掛けたが、用事以外、誰も話をしてくれない。
結婚してから1年が過ぎた。3ヶ月ぶりにアストラ様と朝食をとっていた時、
「何か不便な事は無いか?」
偶然、会った時や朝食の度に聞かれるが、毎回、何もありません。と答えてきた。
「お願いします。私と別れて下さい」
もう、心が壊れそうだった。外へは行けず、屋敷内ですら、勝手に歩かないでと言われ、窓さえ開かない部屋にしか私の居場所は無い。
「……それは出来ない。私はもう行く」
席を立ち、私に背を向けて歩き出すアストラ様。
部屋に戻り、椅子に座りぼんやりと外を眺める。すると、あの女性が上を向き私と視線が合わさった。
ニタリと笑った顔は、とても怖く窓から離れる。
私の監視をしている侍女へ、返事はこないと分かっていても、つい声をかけてしまった。
「あの女性は、どなたかしら?」
「あぁ、彼女はアストラ様の義理の妹ですよ。血の繋がりは無いので、ゆくゆくは彼女と結婚すると、屋敷の者達も皆思ってましたけど」
返事がきて、びっくりすれば、いつもの侍女じゃないと気付いた。
「少し1人になりたいの」
渋る侍女を部屋から追い出し、鍵をかけた。
結婚が出来る女性と恋人同士なのに、何故、私と結婚したの?
椅子に座り。チラリと外を見れば、女性の姿は無かった。またぼんやりと外を眺めていると、涙が溢れて止まらない。私しか居ない部屋に嗚咽が響く。
もう、堪えられない。誰か助けて!!
はめ殺しの窓が、パリンと割れる。庭から伸びた蔓が私の身体に巻き付く。
次々と伸びてくる蔓は、私を外へ出すと庭に足が着いた。
私は、この蔓が助けてくれたんだと、優しく撫でると、スルスルと私の身体から離れる。
「何事!!キャー!!」
屋敷の使用人達が、集まり私へ向かおうとするが、蔓が彼らの足元へ伸び邪魔して近寄れない。
「バケモノ!!」
誰かの叫び声で、私へ向かおうとした使用人の足が止まる。ハハ、もしかしてアストラ様は、私のこの力を利用したかっただけで、私がなかなか泣かないから、閉じ込めてたのね。
「ふふ、私ってバカなバケモノだったのね」
いきなり笑った私に、恐怖を覚えたのか、使用人達が、後退る。
「一度、部屋に戻り荷物を纏めたら私は出て行くわ」
誰も何も言わない。私は小さなトランクに自分の荷物を入れ、屋敷をあとにした。
辻馬車に乗り、祖父母の屋敷を目指す。結婚してから一度も会えなかった私の本当の家族。
三日後。祖父母の屋敷へ裏口から入ると、二人は温かく迎えてくれた。
逃げてきた理由を話すと、祖母の古くからの友人への手紙を渡される。
「しばらく、アンサのところへ行きなさい。彼女にこの手紙を見せれば大丈夫」
ここに居れば、力を欲して探しにくるかも知れない。手紙を大切にカバンへ入れ、祖父母と別れの挨拶をする。
「ごめんなさい」
私は二人を抱き締めながら、涙を流すと、近くの花も別れを惜しむかのように咲き誇る。
あぁ、私は泣いてはいけなかった。
溢れそうな涙を、唇を噛み我慢する。祖父母をバケモノの家族にしてはいけない。
外套をしっかり着込み、目深に帽子を被る。この若草色の髪と瞳は珍しく、地味な私でも、誰かの記憶に残ると、探された時に私が逃げた場所へたどり着いてしまう。
注意深く、目立たぬように旅を続けた。
約1週間の旅は、誰にも怪しまれる事無く、無事に祖母の友人宅へとたどり着いた。
「ここね」
街の人に尋ねて、すぐに教えてもらえた。祖母の友人は、この丘の上に建つ屋敷で孫と暮らしているらしい。
もし、力がバレたら逃げなきゃダメね。あまり仲良くならないようにしよう。
また閉じ込められたら……震える手を強く握りしめ首を振る。きっと大丈夫…