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「ティン…貴女」
祖母の声がして、振り返ると泣きそうな顔をしていた。いつも強気な祖母の初めてみる顔に、どうすれば良いか分からず俯く。
ふわりと抱き締められ、祖母が僅かに震えているのが分かる。何が起こったのか分からない私は、動く事が出来なかった。
祖父が来て、やはり泣きそうな顔をしたが、祖母を立たせて私も屋敷の中へ一緒に向かう。
「ティン、何が起こったか話してくれ」
祖父に言われ、泣いたらいきなり花が咲き誇ったと告げると、隣に座っていた祖母が泣き出してしまった。
「おじい様。私に何が起こったのですか?」
祖母は泣いて話が出来ないと思い、祖父へ聞くと、私が湖のほとりで見つかった時の事を話してくれた。
私が湖のほとりで倒れていたのを見つけたのは、従者の1人。その時、私は蔦に包まれていたらしい。
数人の従者を引き連れ、蔦を切って助けだされた私は、数日間、熱があり目を覚まさなかった。
目覚めた私に、両親が何故1人で湖へ行ったかを聞いたが、男の子と一緒に行った。別荘に来てから、その男の子とずっと遊んでいた。と言ったらしい。
けれど、家族だけじゃなく従者達も、私が1人で遊んでいたのは見たが、男の子を見た事は無いと言った。
元々、家族と同じ茶色の髪と瞳の色が、日を追うごとに若草色に変わってしまい。医者にみせたが、原因不明と言われた。
完全に髪と瞳の色が変わった頃。私はそれまでの記憶が無くなってしまった。
髪と瞳の色が違うから、家族じゃない。と誰かに言われ、鬱ぎ込んでしまった私を受け入れたのが祖父母。
「儂も色々と調べたが、産まれながらの色が変わる事は、今までの記録には無かった。
黙っていて、すまない」
私に何が起こったのか、全く分からない。髪と瞳の事も、花が咲き誇った事も……
「おじい様。彼との結婚は無しに出来ませんか?何が起こったのか、私自身分からないんです。
こんな私と結婚するのは相手に失礼です」
すると、祖父から意外な言葉が出た。
「私たちも、お前を嫁に出す気はなかった。だが、グレグル侯爵殿がいきなり訪ねて来て、ティンキーと結婚したいと言ってきたのだ。
最初は断ってたが、何度も訪ねて来て。お前を幸せにする。その言葉を信じたのだ。
髪と瞳の色が変わったお前は、草花に涙を流すと、急激に草花が成長した。だから人前で泣くなと、強く言ってきた。すまなかったな。
私たちが、ずっと傍に居れば良いが、それも出来ん。だから望まれて結婚するのが、お前の為だと思ったが、イヤなら断ろう」
祖父の顔は、今まで一番優しかった。
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デビュタントの次の日。アストラ様が訪ねて来た。
「昨日は、すまなかった」
私に会うと、そう言って頭を下げたから、慌てて、止めて頂いた。
アストラ様から二人で話したいと言われ、私は了承する。昨日、失礼な態度をしたのは私の方だ。
「昨日は、ごめんなさい。ずっと屋敷に居て、あんなに人が多い場所は初めてで…」
向かい合わせにソファへ座り、私も謝罪した。祖父母には、私から結婚の話をしたいと言ってある。
「いや、大丈夫だ」
一言、そう言うとまた、黙ってしまう。やはり私には興味が無いみたい。なのに何故?とは思うが、
「アストラ様。私のワガママですが、今回、結婚の話は、無かった事にして頂けませんか?」
自分が何者かも分からないのに、結婚はムリだ。しかも、目の前の人は、私じゃなくても結婚相手には困らないだろう。
「何故?誰か好きな人がいるのか?」
鋭い目付きで問われたが、そもそも私は彼を知らないのだ。
「逆にお聞きします。アストラ様なら、今すぐにでも、結婚したいと仰るご令嬢がいると思います。
何故?私なのですか?」
「それは…」
ほら、言えないじゃないの。ルーニー伯爵家とグレグル侯爵家の領地が隣合わせらしい。祖父から聞いた話では、姉が子どもの頃、アストラ様と婚約の話もあったが、お互い長子の為。流れたと言っていた。
「姉がダメだったから、私なのですか?
婚約の書類もまだ交わしてませんので、今回のお話は白紙にさせて下さい。
爵位が下の者が普通、お断り出来ませんが、私が貴族籍を放棄しますので、それでお許し下さい」
そう言って頭を下げた私に、やはり何も言わない。
「アストラ様?」
「君は……いや、結婚はする。書類も全て揃えたから、イヤでも従ってもらう」
それだけ言うと、部屋を出て行ってしまう。祖父母のところへ行くと、既にアストラ様は帰ってしまったらしい。
「おじい様。書類が揃ってると言われてしまいました。まさか両親が…」
祖父母も知らない内に両親が勝手に了承していた。二人は両親に怒っていたが、時既に遅し。
私はアストラ様と結婚しなければならなくなった。