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夢の中の私は子どもだった。
別荘へ遊びに行った私は、男の子と遊んでいるの。
『これ以上行ったら、危険だよ』
男の子は私へ言ったけど、この先に綺麗な湖があると聞いた私は、男の子の手を引っ張って森の中へ進む。
『大丈夫よ、綺麗な湖があるんだって』
私は男の子に、笑いかけると、
『しょうがないな』
男の子も一緒に歩いてくれる。たどり着いた湖は、水面がキラキラして宝石みたい。ほとりに咲く花は、風にゆらゆら揺れていた。
私は男の子の耳に手を当て内緒の話をしたの。
『あのね。私は……』
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別荘へ遊びに行った私は、湖のほとりで水濡れになっていたらしい。
男の子の事は、誰も知らなかった。本当は私1人だったのかな?あの男の子は私の夢?
そんな夢も見なくなった私は、16歳になり、デビュタントの日を迎えていた。
ルーニー伯爵家令嬢、二女ティンキー。
穏やかな家族に恵まれて幼少期は過ごしていたが、何故か私だけ、祖父母と7歳から暮らしていた。
厳しい祖父母に育てられ、家族とは何年も会っていない。デビュタントが終われば、私は祖父母が決めた人との結婚が決まっている。
「あの方が、あなたの婚約者よ」
祖母に言われ、扉から現れた男性は、私を一瞥してソファへ座り、祖父と話始める。
背が高く、金色の髪と瞳をもつ彼は、見目が悪い私との結婚がイヤなのだろう。
若草色の髪と瞳。厳しいながらも祖母は、私を誉めてくれるが、家族の誰とも違う髪と瞳が、私は嫌いだ。
「ティン、あちらでお茶でも飲みましょう」
祖母の言葉に、こくんと頷き部屋を出た。挨拶さえしない人と結婚はイヤだと、本当は言いたいけど、それは許されないだろう。
話が終わったのか、彼が迎えに来た。
「グレグル侯爵のアストラ殿だ」
じっと私を見て、視線を反らす。私へ直接名乗るつもりすら無いらしい。
「はじめまして。ティンキーと申します。本日は宜しくお願い致します」
裾を持ち礼をするが、顔をあげると又、視線を反らされた。
馬車に乗り王宮へ着けば、色とりどりのドレスがすでに会場を埋め尽くしていた。
私は淡い緑のドレスを着て、隣をエスコートするのはアストラ様。会場に入ると、令嬢達から、何やら見られていると感じて、とても居心地が悪い。
隣を見上げると、眉目秀麗な彼が原因かと思い、腕に乗せた手をスッと引いた。
それに気付いた彼が、私を見たが領地から出た事が無い私は、お友達もおらず壁だけを見て、そこへ歩いていく。
追いかけては来ない事に、ホッとするとアストラ様は、男女問わず沢山の方々に囲まれている。
「早く帰りたい…」
人は沢山居るのに、私1人だけ異質な存在だと思い、誰もいないテラスへ向かった。
テラスからの眺めは、色とりどりの花が溢れる庭で、笑みが浮かぶ。
祖父母に昔からキツく言われていた事。
『人前で涙を見せるな』
あのまま壁際に居たら、ちょっと泣いてしまったかも。テラスへ来て良かったわ。
しばらく庭を眺めていると、会場から声が聞こえる。王族の方が入場したらしい。
誰かに見られている訳では無いが、テラスで頭を下げるティンキー。静かになってカーテンの隙間から中を覗けば、陛下のお話が始まっていた。
そそくさと中へ入り、順番に呼ばれた令嬢達が、陛下から祝いの言葉を頂いている。
人混みから、何とか中央へ行くと急に腕を掴まれ、振り返るとアストラ様が居た。
「どこに居た」
低い声で問われ、テラスへ。と答えたが、やはり返答は無く、陛下に呼ばれる令嬢達の元へ連れて行かれた。
名前が呼ばれ、陛下から祝いの言葉を頂いてから、証明書を受けとる。あとは、ダンスや歓談をするのだが、私はもう帰りたく、アストラ様へ言ってみた。
「この度はエスコートをありがとうございました。私は先に帰ります」
失礼とは思うが、彼の傍には先ほど同様、沢山の方々が居たので、軽く礼をして王宮を出た。
一緒に乗ってきた馬車に行くと、怪訝な表情の従者がいたが、アストラ様には伝えてあると言えば、先に送ってくれる事を了承してくれた。
王都にあるペントハウスへ戻ると、祖父母から、アストラ様の事を聞かれ、従者へ伝えた事を繰り返し、部屋に戻る。
着替えが済み、椅子に腰かけた私は、アストラ様の事を思い浮かべ、これからの事を考えると憂鬱になる。
会場で感じた視線。きっと、アストラ様は令嬢達に好意を向けられ、隣に居た地味な私が邪魔だったのね。
見知らぬ人々からの悪意を、初めて知ったティンキー。その人の隣に立つ自信など無い。
庭に降りて、花の傍に座るとツーっと涙が頬を伝う。ポトリと花びらに涙が落ちた時。
ブワッと花の香りに全身が包まれ、まだ蕾だった花も、一斉に咲き誇る。
何が起こったの……
目の前の状況が理解出来なくて、呆然と見つけていた。