涙の秘密 ~ゆいこのトライアングルレッスンH~
最近、ゆいこの様子がおかしい。放課後、いつもはひろしと三人で帰路についていたのだが、ここ数週間のゆいこはそそくさと先に帰ってしまうのだ。
理由を訊いてみれば、「見たいテレビがある」とか「母親と買い物の約束がある」とか、何の変哲もない些細な用事ばかりが返ってくる。とはいえ、こう何日も毎日続けば、怪しいことこの上ない。しかも、何か俺達に隠しているような素振りが見え見えで、正直腹も立っていた。
ひろしは「年頃の女子なんだから、秘密の一つや二つはあるだろう」と蛋白な反応だが、俺はそう単純に受け止められなかった。そりゃあ、俺達に言えない秘密だってあるだろうが、何も言わずに態度を変えられると気になって仕方がない。
今日もゆいこは先に帰ってしまい、ひろしもバイトがあるとかで俺は一人帰り道を歩いていた。
そうして話し相手もなく悶々と歩いていると、気になっていることはより膨らんでいくもので……。
「ああ、もう!」
俺は道端に身を寄せて、スマホを取り出した。ゆいこの番号を呼び出して、通話ボタンを押す。
こうなったら、本当のことを話すまで問い質してやる。
いつもより少し長めに流れていた呼び出し音が途切れて、ゆいこの声が鼓膜に響いた。
「……あ、たくみ? どうしたの?」
それを聞いた途端、準備していた言葉が吹き飛んだ。
「どうしたはこっちの台詞だ。何……泣いてるんだよ」
電話越しのゆいこの声は僅かに掠れて、明るい声は無理に出している感じがする。それは、泣いていたことを誤魔化す、昔からのゆいこの癖だ。
俺が泣いていることを指摘すると、ゆいこは慌てたように声を裏返した。
「え、何言ってんの、私、泣いてなんか……」
「噓吐け! 何があった!?」
「何もないって」
尚も誤魔化そうとするゆいこの声の合間から、犬の吠える声が聞こえた。あの吠え方は、あいつの近所で飼われている犬に違いない。
「お前、家にいるな? ちょっと待ってろ、今行くから」
「え!? わわ、待ってたくみ!」
俺は通話を切ると、ゆいこの家に急いだ。あいつが悲しんでいると思うと、胸が締めつけられるような思いがした。
ゆいこの家に辿り着くと、インターホンを無視して玄関を開ける。無用心だが、いつも鍵は開いているのだ。
中に入ると、廊下の中央でゆいこがオロオロしていた。俺の姿を見るなり、動きを止めてぎこちなく微笑む。
その目が赤いことを確認した俺は、反射的にゆいこの頭を自分の胸に引き寄せた。ゆいこは驚いたように、俺の腕の中で真っ赤になる。
「え……ええ!? あの、たくみさん?」
「泣くくらい困ってんなら、早く言えよ、馬鹿」
「…………あ、えっと、その……」
ゆいこはモゴモゴとバツが悪そうに、泣いていた理由を教えてくれた。
「はあ!? そんなことで泣いてたのかよ!」
「そ、そんなことって何よ! こっちは一生懸命だったのに!」
ゆいこが泣いていた理由ーーそれは、明日のバレンタインの為に数週間前からこっそり練習していたお菓子作りが全く上手くいかないということだった。想像とはあまりにかけ離れた理由に、思わず力が抜ける。
キッチンに行ってみると、成程、形も歪な焦げかけの何かがテーブルの上に並んでいた。
「たくみとひろしを驚かそうと思ったのに……はあ、失敗した上に見つかっちゃうとか、カッコ悪い……」
溜め息を吐くゆいこの隣で、俺はその菓子を一つつまんで口に放り込んだ。目を丸くして見てくるゆいこに、俺は笑顔を返した。
「美味しいよ。ありがとう」