8 次なるクエストに行く為に
初クエストからおよそ一ヶ月、毎日毎日、せっせとブルサンだけを狩り続けた俺とアルネ。
一日大体十体から多い時は十四体まで倒してきたおかげで、十万セルク程度の貯金ができた。
「あぁ……サルがっ……サルがぁっ」
しかし、毎日毎日見なきゃいけないブルサンが逆に嫌にもなっていた。
例えると、シュークリームって美味いよねって思っても、毎日食べ続けると吐き気を催すようなもの。
いや、シュークリームでなくとも、毎日同じものを食べ続けると頭がおかしくなりそうなものだが、俺の場合はシュークリーム。
「――どどど、どうしたんですか急に! 公衆の場で、恥ずかしいんでやめてください! ほら、あと少しでギルドに着くんで、落ち着いてください……!」
「えぇ、もう着いちゃうの……? ――そうだ! 今日はこの際お休みにしようぜ」
着いたら最後、またブルサン狩りに行かなくてはならないし、マジで嫌だ……。
「何言ってんですか? ほら、早く行きますよ」
と、俺の腕を掴み強引に引っ張るアルネ。
「やめろっ、サル嫌だ、もう顔も見たくないんだぁっ……!」
俺の叫びも虚しく、アルネは無理やりに俺を引きずった。
◇◇◇
「おぅー! アンさんたち! 今日も来たかっ!」
今日も討伐ギルドの外に張り出されたクエストを眺めていたリドルが、ご機嫌そうに手を振ってくる。
着いてしまった。あぁ、今すぐこの場を立ち去りたい。こんな建物、もう見たくない。
「んん? 今日は仲良く手を繋いで出勤か! お勤めご苦労さん! ……はて? どうしたカズキ、微妙な顔して。それにアルネ、なんか顔が赤くねぇか? 熱でもあるんか?」
おい、手は繋いでねぇ。強引に腕を引っ張られてるだけだ。
「熱じゃありません。カズキさんが、人目も憚らず街中でピーピー泣き喚くから、恥ずかしくってしょうがなかっただけです……」
「ん? そうなんか、カズキ?」
喚いてたのは事実だけど、認めると子供っぽいからどうしたものか。
「はははぁー、そんなわけないだろ、そんなわけ……」
と、誤魔化してみたものの……。
「ハッ……! 『サルは嫌だ、サルは嫌だ。ブルサンなんてもう見たくない』って喚いてたくせに。いい年して、こ、子供……! プププッ!」
アルネは俺を小馬鹿にしたように笑う。恥ずかしかったのか、面白おかしかったのか、どっちなのかはっきりしてくれ。
「おぉー! そうかそうか! カズキもそろそろブルサンじゃなくて、他のクエストに行きたいってこったなぁ!」
「……はい?」
何を勘違いしてるの? 違うよ? 行きたくないよ?
「なんだぁ、そうゆうことなら早く言ってくださいよぉ。このこのっ……!」
と、アルネは肘で俺の腕を突いてくる。
「――ちょっと待てぇっ! んなわけあるかぁ!」
「これなんかどうだぁ? 初級一つ星、ルナード討伐。これなんか今のアンさんたちに丁度いいだろ」
リドルは張り出されているクエストのうちの一つを指差す。
「えー、どれどれ? 『エトワール、東の門よりミネラ街道にて、三体のルナードが出没。これにより、その先のミルニステマへの旅客減少の恐れ、僅かにあり。念の為、討伐を依頼します。討伐報酬二万セルク』ですって!」
と、アルネが書いてある内容を読み上げる。
一体あたり大体七千セルクか。全部倒さないとそもそも貰えないんだろうけど。
それよりなんだその、『旅客減少の恐れ、僅かにあり。念の為、討伐を依頼します』ってのは。
「人の話を聞け。俺はそもそもクエストに行きたくなかったんだけど? それにそれ、あんま問題視されてなさそーじゃねーか。行く必要あんのかよそれ」
「ただのルナードは自分より強いと判断した奴は基本的に襲わねぇんだ。並みの人間ならほとんどがルナードより強いけどよ、中にはほら、子供だったりじーさんばーさんもいるだろ? そういった連中が襲われる可能性は、僅かにあるってことよ」
と、リドルがルナードについて説明してくるが。
だから、なんだよその『僅かに』って。ほぼ大丈夫としか聞こえないんだけど?
「それにですねカズキさん! ミルニステマは温泉の街なんです! いつか私たちが温泉旅行にでも行く日に、ルナード如きが邪魔してきたらムカつきませんか?!」
「仮に温泉に行くとして、その頃には誰かしら倒してんだろ。それに、ルナードは自分より弱い奴しか襲わねえんだろ? なら大丈夫じゃん」
なーんでわざわざ俺たちが危険な事する必要が――ん? いや待てよ? き、危険……?
「大丈夫じゃありませんよ! カズキさんが襲われるかもしれないじゃないですか!」
ですよねそうですよねー、何が大丈夫だ。全然だいじょばねーよ、俺が……!
「よし、温泉旅行は未来永劫行かない。そしてルナード討伐も行かない。死ぬから」
「何でですかぁ……行きましょうよ温泉っ。ね? 良いでしょ? ねぇ、カズキさぁーん!」
「うるさいな。行かないったら行かない」
「おいおい落ち着けアンさんたち。まぁカズキが不安なのもわかるっちゃわかる。その丸腰じゃ心許ないよなぁ?」
リドルが何やら俺をじろじろと見ている。
「あ? 丸腰じゃわりーかよ」
「ダメとは言わねぇよ? 初級一つ星くらいならなんとかなるしな」
その言い方、お前も見た目通り大概強いんだな。
「よしっ、これならどうだ? 俺が昔使ってた剣を一本譲ってやる。それなら、万一にもルナードに殺されることなんてないはずだぞ」
お、マジか。武器くれんのかこのヘビ野郎。見かけによらず優しい奴だなぁ……。
が、その程度で俺は揺らがない。
「いや、無理。だって剣じゃ身を守れねーもん」
「攻撃は最大の防御とは言うがぁ、カズキにとっちゃそうみたいじゃないらしいなぁ。しょぉーがねぇ、大サービス、今なら盾もくれてやらぁ」
お? それは飛躍的に良い話になったぞ? 無償で両方手に入るなんて、これを逃したら今後ないかもしれない。
つーか何? なんでこの世界、親切な人ばっかなの? 偶然か?
「おいアルネ、お前ルナードは倒せるのか?」
「えぇまあ。どんな魔獣か知りませんけど、普通に倒せるはず——行く気になりました?!」
「リドルの話は悪い話じゃなかったからな。……お前、絶対俺が死なないようにしてくれよ!」
「ガッテンです!」
と、アルネは自分の胸をポンっと叩く。
「そうと決まりゃ、ちょっくら家に取りに行ってくらぁ」
リドルは自宅があるらしく、俺にくれるらしい剣と盾を取りに戻った。