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7 初クエストの傷

「「かんぱーい!」」


 と、呑気に祝杯を挙げるのは他ならぬ俺とクソ女神ことアルネだ。

 俺の初ブルサン狩り大成功? を祝し、宿の目の前の食堂で大盤振る舞いをしている。


「ぷはぁ~! ぜんっ、ぜん美味さがわかんねーけどテンション上がるなこれっ!」

「あぁー! いっけないだぁー! カズキさん、元の世界ではまだ未成年じゃないですかぁ?!」

「ここじゃ違うから良いんだよ。そうゆうお前はどーなんだよ。実際の年齢自分でもわかんねーんだろ?」

「私は大丈夫なんですぅー!」


 アルネはプレッシュというお酒が入ったジョッキを片手に豪語する。そんな俺もプレッシュを頼んだ。


 アルネ曰く、俺の世界では、『生ひとつ! って、言われてるイメージ』って言ってたから、まぁあれなんだろう。


「おぉ、このステーキ美味えなぁ!」


 エトワール牛のステーキ。なんと三千セルク。


 アルネからもらった冊子、まず最初のページがこの食堂のメニュー一覧だった。その中でも気になっていた一品。何せ高いから。

 クソ女神、昨日注文しやがったけどね。


 高揚した気分と、アルネの『いっちゃえいっちゃえ!』という一言でついつい注文してしまったが、三千セルクで納得できる美味さだ。


「なんで泣いてんだお前……」


 同じくエトワール牛のステーキを食べているアルネが何やら目をうるうるさせている。


「だって、だってぇ……! 毎日毎日、オムライスオムライスって、同じものばっか食べてたんですよ?! そりゃオムライスも好きですけど、毎日は流石にキツいじゃないですかぁ!」


 と、勇者に逃げられてから過去三週間ほどの食生活を嘆くも、どこか嬉しそうなアルネ。


 一瞬、いやお前、昨日我が物顔でステーキ注文しやがったじゃん。今日も昨日と同じ物食べてるじゃん。


 と、ツッコミたくなったが、今は気分が良いからまぁいいだろう。


「お、お客様、もう少しお静かにお願いします……」


 二日前にうるさかったことで顔を覚えられていたのか、昨日のウェイトレスがまたか、といった表情で言ってきた。


「「ごめんなさい……」」


 これも二日前と同じく、アルネとハモった。


 というかこいつ、俺に学習能力がどうたらって言ってなかったっけ? お前も無いじゃん……。



◇◇◇



 夕食を終え、食堂から外に出る。


 向かいの宿まで歩くのだが、僅かに吹いている風が身に染み、酔いを覚ます。


「……なぁ、アルネ」

「はい……」

「俺たち今日、頑張ってブルサン十二体も倒したよな?」

「倒しましたね……なのにどうして――」


 そう、アルネの言いたいことはわかる。だって、俺も同じだから——。


「「——残金千セルクしかもないんだよぉー!」ですかぁー!」


 ブルサン十二匹、二人合わせて一万二千セルク。夕食後残金、二人合わせて二千セルク……。


 あぁ、どうしてこうなった。夕食前に戻りたい。バカな俺を殴りたい。


 とは言っても……。


「また明日から頑張りましょう……」

「そうだな……」


 今更後悔しても遅い。


 でもやっぱり後悔しながら、宿に入った。



◇◇◇



 浴場から戻ると、まだ部屋にはアルネの姿はなかった。


「これはチャンス……」


 アルネは月の半分は俺にベッドを使わせるなんて言ってたが、絶対あり得ない。


 だからベッドに直行してそのまま布団に入った。流石に寝てる俺を落としたりしないだろう。


 ――いや待て?! やっぱ今の無し、昨日落とされたわ。


 とりあえず寝たフリをして、落とされるか落とされないか様子を見よう。

 その為に落とされるのを念頭に入れて、受け身を取れる準備だけはちゃんとせねば。


 と、ここで部屋の扉が開く音が聞こえた。


 あいつ、昨日俺にはノックしろとかほざいてたくせに、自分はしねーのかよ。


「……そこは私の場所なんですけどねぇ」


 やはりか、そうだと思ってたよ。だってアルネだもんな。


 受け身を取れるよう意識を集中すると、俺を覆う布団が上半身の部分だけ捲られた。


 あれ? 落とすなら全部捲るのでは?


 と、アルネがベッドに乗ってきたのがわかった。


 ――こ、この展開は!


 このまま一緒に寝る感じですか?! そ、それならそれで全然あり……ありがとうございます女神さまっ! やべぇ……ドキドキしてきた。


「ほっぺにちょっとした傷なんか作っちゃって、ブルサンに攻撃されるなんて、ホント笑っちゃいますよ。それに肘も」


 おい、うるさいぞ。さっさと布団に入ってくんない? ねぇ、まだぁ? はーやーくー!


「ふぅ……まったく、世話が焼けるんですから」


 なぁ? それはこっちのセリフな? てか早くしてくんない?


 と、思っていたところ、左頬に違和感を感じた。


 な、なんだ……?

 ――まさかこれって、キス……?! 


 でも何かが触れたって感じではなかった。


 今度は左肘? え、何これ?


「今日は一日、お疲れ様でした!」


 アルネの一声とともに俺の体が転がった。完全に警戒を解いていた俺は、当然受け身など取れずそのまま床に敷いてある布団に落下した。


「いっつぅ……この野郎、テメェ。何しやがんだ」

「ベッドで寝たフリしてるカズキさんが悪いんじゃありませんか。ホントに寝てたなら流石の私も落としたりしなかったのに」


 嘘つけ……昨日ホントに寝てても落としたよな?


「それにしても……寝たフリしてただけのくせに、受け身も取れないなんて鈍すぎませんかぁ? プププッ!」

「マジで一回殴らせろや……」

「――ちょっとちょっと、私、女の子っ……! それだけでなく女神たる私に暴力なんて、普通ありえませんよ?!」


 なんでこうゆう時だけ、か弱い乙女アピールするの? あ、女神はアピールポイントにならないからな? お前、女神じゃなくてクソ女神だし。


「とりあえずそこをどけや。今日は俺がベッドで寝る」

「嫌です。ほっぺの傷と肘の傷、治してあげたんですから私がベッドで寝るんです」

「はぁ? 何言って――」


 あれ? もしかしてホントに治ってる?


 左肘を見るとブルサンに引っ掻かれた擦り傷は完全に消えていた。


 立ち上がり、部屋に備え付けられている鏡の前に移動して、それに映る自分の頬にも傷はない。


「え? どゆこと?」


 と、ベッドで体育座りしているアルネに確認する。


「あんな擦り傷程度でわざわざ治してあげるのなんて、今日が最後ですからね」

「お前がやったの?」

「言いませんでしたっけ? 腕がもげても足が引きちぎられても治してあげるって」


 そんなことも言ってた気がする。

 

 てことはあれか。これ、治癒魔法とかいうやつか。


「それは痛すぎるからそもそもゴメンだけどな。でもまぁ、ありがとよ」


 そう伝えてから、敷かれた布団に入った。


 今日だけは、しょうがないから今日だけは、ベッドは譲ってやることにしよう。

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