6 初クエスト
ローラー付きゲージを転がし、王都エトワールの西の門を通り街から出てしばらく歩く――。
「いました。ブルサンです」
「え?! どこどこ?! つか、こんなとこに平然といるの?! てっきり森の中とかにいるもんだと思ってたんだけど?!」
そう思うのも当然、所々、木々が生えてはいるものの……だって原っぱじゃん? ここ。
カルーナ草原。それがこの原っぱの名前らしい。
「あそこです」
と、アルネが指差すのは一番近くにある木。
「おい、ハエみたいなもんなんだよな?」
「はい、そうですよ」
初クエストで気が大きくなっていたのかもしれない。アルネに確認した後、無警戒にその木に近づいてしまった。
あれ? ハエなんていなくね? と、木の裏に回った時目に映ったもの――。
「……サル?」
これ、もしかして魔獣なのか? しかも、身を小さくして両手で頭を隠してブルブル震えてるんだけど……。
――なんだぁ、子供のサルかぁ!
「よーし、怖くない、怖くないよ――ってぇ!」
頭でも撫でてやろうとした時、サルの右手が襲い掛かってきて引っ掻かれた。
「おいっ! アルネ! サル! サルがいて引っ掻かれたんだけど?!」
すぐにその場を逃げ出しアルネの元に戻り、左肘に受けた擦り傷を見せる。
「あれ、ブルサンですけど?」
「――はぁっ?! お前、ブルサンはハエって言ったよな?! 話がちげーぞ!」
なんだそれ。ハエって聞いてたから付いてきたのに、普通に騙された。
「ハエのようにうじゃうじゃ出てくるって意味ですよ! バカですか?! あれはただの例えですけど?!」
紛らわしい例えだ……どうやら騙したつもりではなかったらしいが、サルなんて俺にはとても倒せるとは思えない。
「それにしても……プププッ! ブルサンに攻撃されるなんて、どんだけ弱く映ったんでしょうねカズキさん! 初めて聞きましたよそんな人!」
褒められてる気が全くしないのは気のせいではない。アルネは急に大笑いし始めた。
「それはともかく、こんな場所に魔獣なんかいて大丈夫なのか? ほら、あそこに人だっているぞ」
と、魔獣が当たり前のようにいる原っぱで、何やら草むしりしている人を指差す。
「あぁー、あれは商人が薬の材料かなんかを集めてんじゃないですかね? ブルサン以外の魔獣はこんな原っぱに滅多に現れませんから大丈夫です。もっと向こう、ほら、例えばあの山とか、あっちの森の中にはいるでしょうね。……プププッ!」
そうゆう事が聞きたいんじゃなくて……。
「――笑い過ぎな?! ……ブルサンは、この原っぱにいるじゃん」
「ですからぁ、ブルサンを倒せない成人なんていないんでぇ! それに、ブルサンが自ら人を襲うとかないんでぇ! ここにいても特に問題はないんですよぉ?」
と、アルネはブルサンを倒すことは愚か、逆に攻撃された俺を馬鹿にするかのように言う。
「言い方クッソウゼェな……じゃあなんでブルサン狩りなんてクエストあんだよ?」
「それは、成長してフォルサン、まぁフォルサンはともかく、さらにその上のプリュフォルサンになるとマジでヤバイからですね。今のところ一体しか存在しませんけど」
あー、なるほど。進化前に倒そうってわけか。
プリュフォルサン……ムッキムキゴリラみたいな奴かな?
なんて、想像してみる。
「ふーん、それはわかった。でさ、あいつ、どんどん離れてくけどあれって逃げてんだよな?」
先程の木から離れ俺たちから距離を取っていくブルサンを指差す。
「――あぁっ! 逃がしませんよ!」
アルネはブルサンに向かって駆け出し腰に装着していたステッキのような物を手に持つ。
「フラムッ!」
アルネの謎の掛け声とともにステッキの先端から炎の球のようなものが放たれた。
「――なんじゃそりゃぁ?!」
炎の球はブルサンに命中し、ピクリとも動かなくなる。
「ほら、ボケッとしてないでさっさとあれ拾ってきてゲージの中に突っ込んでください」
「――えっ?! あ、はいはい! ちょっとお待ちを……」
激しく動揺しつつも、言われた通りちょっと焦げたブルサンを回収しゲージに入れる。
このゲージに倒した魔獣を入れたものを、西、南、東の各門に用意された魔獣処理場に持っていけばクエスト完了らしい。
デカイ魔獣の場合は、倒した旨を伝えると役員が確認しに行くようで、虚偽報告とかは通用しないようだ。
ちなみに役員は確認の際以外には基本その場を動かないとも聞いた。つまり動く場合は報告を受けた場合のみである為、仮に虚偽報告などをして役員がその魔獣によって死亡するようなことがあれば、こちらの首が飛ぶらしい。
クエスト受付時に受けたことが記録されてるからバレるとも言われた。
ついでに、北に門はない。そこにあるのは王宮だから。
「アルネさん、さっきの炎の球はなんですの?! あなたやっぱり神様ですの?!」
「今まで散々この女神たる私に無礼な態度とってきたくせに、急になんです? 今更気持ち悪いんですけど……」
ちっ……! 人がわざわざ敬意を払ってやったというのに。
「あの炎の球はなんだ?」
「魔法です」
そういえば、こいつと初めて会った日に魔法がどうとか言ってたっけな。それがあれか。
「なぁなぁアルネ、そのステッキ俺にも貸してくれよ」
「はぁ? まぁ、良いですけど」
と、困ったような顔をしながらもアルネはステッキを貸してくれる。
「フラムッ! ……て、あれ?」
「何やってんですか、バカですか?」
「このステッキ使えば俺にも魔法が使えると思ったんだけど」
「いやいや、無理でしょ。第一、あった方がカッコいい気がしてこのステッキ使ってるだけですし」
はて……? つまりは……?
「あっ、ブルサン。――グレス!」
アルネの掌から氷の塊みたいなものが現れ、飛んでいく。
あー、はい。アルネだから使えるんですね。
「とゆうわけで、別にそのステッキ持ってるからって魔法使えるわけじゃないですよ? あ、あれ拾ってきてください」
アルネが指差す方を見てみるとブルサンが倒れていた。
またもや一撃……これってもしかして……。
ひとまずブルサンを拾いゲージに入れる。
うん、やっぱあれだよな?
「なぁ、アルネ。お前、毎日三体とか言ってたけど、ホントはもっと倒せるんじゃねえのか?」
「ええ、倒せはしますけど一人でそのゲージ運ぶのって、ぶっちゃけ面倒じゃないですか。数が増えれば重くなるし。だから三体に止めてました」
ですよねぇ、なんとなくそんな気がしてたよ……だから俺がここにいる意味ってさ……。
「でもカズキさんもいますし、これからは倒す数増やしても大丈夫ですよねぇ! やっと収入が増えるってやつですよ!」
「……まさか俺、運ぶ要員だったの?」
流石に十体とか、いくらローラー付きとはいえ一人じゃ運べない気がするんですが。
「まっさかぁー! 二人で運ぶに決まってるじゃないですか。いかにももやしなカズキさんに一人で運ばせるなんて、私はそんな鬼じゃありませんよ!」
なんかこいつ、毎度毎度いちいち失礼な言い方しやがるな。まぁ、一人で運ぶわけじゃなくて安心したけど。
「では次、カズキさん。あのブルサンを倒してください」
と、アルネは別の木の後ろに隠れているブルサンを指差す。
「は? どうやって? 魔法教えてくれよ」
「教えて今できるなら教えてますよ。でもどーせ無理なんで、素手で倒してください」
「はぁ?! 素手なんかで倒せるわけねーだろ!」
何を言うかと思えば、そんなんで息の根を止めれるとはとても思えない。
「ハッ……! この意気地なしが。しょうがないんで、私が見せてあげますよ」
アルネは鼻を鳴らし悪態を吐いた後、木に向かって走っていき、ブルサンを一発殴った。
そのまま、倒れたブルサンを抱えこちらに戻ってきて、ゲージに入れている。
お、おぉ……。
「か、怪力なんだなお前……で、でも女の子が全力で殴ってる姿見たくないからこれからは魔法でお願い……」
「ハッ……! 女の子がって、これまで女の子らしい扱い、受けた記憶無いんですけど? ていうか、怪力じゃありませんから! 言ったでしょう? 誰だって倒せるって。成人くらいの腕力なら男女問わず一撃ですよ! それがたとえもやしカズキさんでも……!」
だってお前、容姿こそ良いものの、それ以上に性格に難あり過ぎだもん。
そういう扱いしてほしかったらそれ相応に言動くらい気をつけてほしい。
今だってほら……いちいち、もやしって言う必要ないじゃん。
「ボケッとしてないで、次こそはカズキさん、お願いしますね。ほら、行きますよ」
「行くっつっても、このゲージ、移動させるのめんどくね? ここで他のブルサン現れるの待ってた方が楽な気がすんだけど」
もう三体も入ってるし、これを次のブルサンを見つけるまで引きずるのは、いくらローラーが付いてるからって大変な気もする。
「ではここに置いときましょう」
「それって、盗まれたりしねーのか? 一応一体千セルクなんだし」
「大丈夫です、クエストを受けてないと報酬はもらえませんし、そもそもブルサンのクエストなんて私たちくらいしか受けてないはずですから、盗まれたりしませんよ」
盗まれる心配がないなら、置いとく方が楽だしそれでいい。
「へー、じゃあ置いといて探しに行くか」
ゲージを置いてこの場を離れ、ブルサンを探す。
「あっ! あそこ、呑気に寝てるブルサンがいますよ!」
と、アルネは岩を背もたれにして寝ているブルサンを指差す。
「えぇー、寝込みを襲うってこと? サルに夜這いなんかしたくないんだけど……」
「いちいちいやらしい言い方しないでください! もしかしてあれですか?! 女神の私と同じ部屋で寝てるから、やっぱ夜這いしたいとか思っちゃってるんですか?! やめてください! なんで女神たる私が人間のカズキさんとそんなエロいことしなきゃいけないんですか!」
想像力豊かなやつだなぁ、なんて思っているとブルサンが目を覚ました。
「あーあ、お前がギャーギャー騒ぐから起きちゃったじゃねーか」
「誰のせいだと思ってんですか?! 早く倒してきてください!」
アルネが力強く俺の背中を押した。
はいはい、わかりました。やればいいんでしょ、やれば。
なんて余裕ぶってるが、内心ちょっとビクビクしてる。
恐る恐るブルサンとの距離を詰めると、俺に気づいたのか両手で頭を抑えだす。そのままブルサンの目の前まで行き、右の拳を後ろに引く。
いかんいかん、ちょっと慈悲の心が……と、躊躇った時だった――。
シュッとブルサンの手が俺の目の前を通過した。
「――ってぇ! 引っ掻いた! アルネ! こいつまた引っ掻きやがったぞ! しかも今度は頬を!」
一度ならず、二度までも……舐めやがってっ……!
慈悲の心はもう捨てた。許すまじ。
「てぇーりゃぁー!」
全力でブルサンを殴った。というか、生まれて初めて何かを全力で殴った。
「いってぇ……本気で殴るとマジでこっちも痛いんだな」
と、呟きながらブルサンを見ると、ピクリとも動かなくなっていた。
え……? たった今のだけでマジで死んだの? 弱すぎん?
確認の為、突いてみてもピクリともしない。
――勝った! 勝ったんだ! 俺は、魔獣との戦いに勝利したんだ!
「プププッ! またブルサンに攻撃されてやんの! しかもなんですかパンチする時の掛け声! プププッ……!」
俺の勝利の余韻を妨げる、非常にムカつく笑い声が近づいてきた。
「んだよっ、うざってーな。悪いかよ」
「べっつにぃー! ププッ……はぁ、おもしろ。はぁ、はぁ……ではカズキさん。無事ブルサンを倒せることが理解できたみたいですので、ここからは効率重視で二手に分かれませんか?」
笑いを隠せてないのは気になるが、俺もブルサン狩りには自信を持てたし、報酬を増やすにはそれもいいかもしれないと思った。
「よしわかった。それでいこう」
と、了承してから、一度倒したブルサンをゲージに入れに戻った。