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2 理想のお姫様?

 結局、彷徨っても彷徨っても何をすればいいのかわからず、歩き疲れて店と店の間にある細い裏路地に入ってすぐの所で(しゃが)み込んでしまった。

 これだったら、体力を使わないように噴水のとこに座ってる方がマシだったなと思う。


 あー、腹減ったな。もう昼くらいなんじゃないか? 朝からなんも食べてないし。


 と、学校で()った昼食以来の食を欲している俺がいた。つまりあれだ。まずやらなきゃいけない事は金を手に入れる事だったんだ。

 でもどうやって? 働くにしても何をすれば? そもそも俺はここで働けるのだろうか。履歴書とか必要だったら持ってないし金も無いわけで買えないから無理。

 せめて朝のおっさんの店さえわかれば可能性はあるかもしれなかったのに。俺、このまま野垂れ死ぬんじゃね?


「あのー、このようなところでどうされました?」


 そんな不安を感じていると、なんとも聞き心地の良い声が顔の近くから聞こえてきた。


 「――うわぁっ! あだっ……?!」


 顔を上げてその人を見たら、驚いて思わず後ろに仰け反り、頭を壁にぶつけてしまった。


 何故なら——この世界に来てしまう直前、目蓋の奥で妄想した理想のお姫様とほとんど同じ顔をした美少女が俺の顔を覗き込んでいたのだから。


「――だ、大丈夫ですか?! 驚かせるつもりではなかったのですが、ごめんなさい。どうかお許しを……」

「許すも何も、こっちこそごめんなさい――」


 と、言いながらこの子の顔を直視してしまったのだが、マジヤバイ。思わず魅入ってしまう。

 金髪のセミロングに、澄んだ碧眼、腕回りの太すぎず細すぎず程よい肉付き。容姿は俺の理想そのものだ。

 故に理想のお姫様――と言いたいところだが、身なりに関しては至って普通。この世界の基準はわからないが、多分普通の庶民くらい? だから、俺の中のお姫様のイメージ、清楚なドレスとは程遠い。


 事実、歩いていて見かけた人の中にはこの子よりもっと豪勢な衣装を着ている人は結構いた。

 それでも、やっぱりこの子が俺の理想のお姫様に限りなく近い、ほぼ一致している事は間違いない。


「えっと……そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしいのですが……」

「――はっ! ご、ごめんなさい!」


 ちょっとだけ、ちょっとだけにするつもりだったのに、無意識にガン見してしまっていた。

 顔を少し赤くし、左目の外側にある小さなホクロを掻きながら目を逸らし気味にそう言う少女の言葉で我に返り、顔を逸らす。


 と、ここで、グルルルっ……と、お腹が鳴ってしまった。聞こえてしまったのか、少女がキョトンと目を丸くしている。


 や、やべ……何も食べてないから仕方ないとはいえ、めっちゃ恥ずかしいんですけど……。


 羞恥心から目を泳がせ誤魔化そうと試みると、突然少女は立ち上がりこの場を立ち去ってしまった。


「で、ですよねぇ……」


 きっと気持ち悪がられたに違いない。あの子は悪くない。そう言い聞かせて納得しようとしたが、結構ショックは大きかった。



◇◇◇



 さてと、これからどうしようか。


 体感、十分程度掛けてどうにか立ち直った俺は、なんとか今日を凌ぐ術を考えていた。

 まずはこの空腹をなんとかしたい。どこか探せば試食とかやってる所があるだろうか? もし無かったら……その時は万引き――いやダメだろっ……!


 窃盗は世界が変わろうが共通して悪であるはずだ。それに、そこら中を歩いてる身体中武装してる人や、ハンターみたいな人に追い回されたらひとたまりもない。もしや彼らはこの世界の警察だろうか? 特に全身武装した人たち、衛兵、みたいな? それはさておき、試食探しの旅に行きますか。


「お待たせしました!」


 そんな事を思いつつ立ち上がろうとした時、さっきの少女が、両手に包みを抱えて戻ってきた。


「えっ……な、なんで?」


 さっきのは俺の誤解だったのか、もう会うことはないと思っていたから驚きだ。


「向かいの喫茶店で買ってきました。お持ち帰りもできるので便利なんですよ。どうぞっ」


 そう言って少女が包みを渡してくる。


「い、いいのか……?」

「その為に買ってきたのですよ?」


 正直、今の俺の状況では非常に有り難かった。それに、わざわざ買ってきてくれたのに受け取らないのも失礼な気がした。


「では、遠慮なく」

「はい、どうぞ召し上がれっ」


 少女は俺の隣に座り込み、背後の壁に背を預ける。

 受け取った包みを開いて中身を見ると、サンドイッチと飲み物が入っていた。


「どうですか?」


 サンドイッチを一口(かじ)ると、隣に座る少女が興味深そうに聞いてきた。


「うまく言えないけど、めっちゃ美味しいよ! なんて言うか、改めてありがたみを感じるというか、マジでありがとう」


 至って普通の、レタスとチーズとハムが入ったサンドイッチであるが故に、それ以上他の感想が浮かばなかった。向こうの世界にいた時に、同じ事を言えるとは思えない。だって、当たり前に食べれてたから。


「ならよかったです。どういたしましてっ」


 少女は左目の外側のホクロを掻きながら微笑した。


 ここで一口飲み物を口に含んでみると、多分お茶の味がした。この世界にお茶があるのか知らないけど、サンドイッチがあるくらいだから多分あるはず。


「まだお昼なので、お酒はやめといた方が良いかな? と思いまして、無難にお茶にしましたけど、お口に合いましたでしょうか?」

「うん、飲み慣れてるから全然美味しく飲めるよ。それより、お酒とは? 俺まだ未成年だけど?」

「――そうだったのですか?! 意外です! 私と同い年くらいだと思っていましたので」


 ――ちょっと待てぇっ! 俺も同い年くらいかな? とは思ってたけど、その言い方だと……まさかの二十越え?! み、見えない……童顔なんですね、いや、めっちゃ可愛いけど。


「えっと……十六歳です」

「私の一つ上ですね。全然未成年ではないじゃないですか」


 俺が自身の年齢を明かすと、少女は予想外の切り返しをしてきた。


「……お酒は二十歳からでは?」

「んん? 何を言っているのです? お酒は十五歳からですよ?」


 な、なるほど……当然といえば当然の事だった。この世界、俺のいた世界とは別の世界だし、法が全く同じなわけがない。というか、地球も国ごとに違うんだっけ? ま、いっか。


「へぇー、そうだったんだ。教えてくれてありがとう」


 俺がそう言うと、少女は不思議そうな顔をした。


 というか、もらってばかりで俺だけ食べてるけど……。


「キミは食べないの?」


 と、尋ねたところで気づいた。


 こんな薄暗くて少しばかり小汚い場所でこの子が食事などすべきではないということに。

 後ろの壁、背もたれにしちゃってるけど大丈夫?! よ、汚れるよ?!


 とは今更言えず、言葉を飲み込む。


「私は帰ってから食事をすることになっていますので。ここで食べてしまうと、戻って食べられなかったら隠れて外出しているのが父にバレてしまうかもしれないですし、それは避けたいのです」


 少女は悪戯な笑みを浮かべ事情を説明した。

 先程は服装から勝手に普通の庶民だと判断したが、この理由からもしかしたら結構裕福な家庭の子なのかもしれないなと思った。言葉遣いも非常に丁寧だしその可能性は大いにある気がする。


「あなたのご両親はどんなお方なのですか?」

「うーん、放任主義。特に厳しくもなく、自由に生きろ的な?」


 犯罪とか、道徳から道を外れた行いさえしなければ良いと言われ今まで生きてきた。当たり前のことだが、それを子に教えるのも親の役目なのだろう。


「自由……それが普通ですよね。エトワールの奴隷の方々も自由になれると良いのですが……」


 少女は哀しげな表情を浮かべ、ポツリと呟く。


「あー、まぁ、確かにさっき本物を見てビックリした。ホントにあるんだなー、こんなのって」


 驚きはしたものの、世界が違うから気にしているわけではない。だが、自分がなるのは真っ平御免だ。


 「もしかしてあなたは、エトワールに住んでるわけではないのですか?」

 「あ、いや、それはなんと言いますか……なんか知らないけど目が覚めたら、ここに居たというか」


 実は別の世界からやってきた、なんて信じてもらえるわけがないし、この子は笑ったりしないだろうけど言う必要はないだろう。


「そうだったのですか。大変でしたね……それでは、私はそろそろ戻りませんと、父にバレてしまうといけませんし」


 名残惜しいが、ここでお別れか。


 この世界に来て、靴をくれたおっさんに非常に親切にしてもらったが、この子もそれに同じくだ。もしかしたら、この世界は親切な人が多いのかもしれないな。


「今日は色々とありがとうございました」

「いえっ――あっ! そういえばまだ名前を伺っていませんでした。教えてくださいますか?」


「俺の名前? 天鷲一輝」


 教えて損するわけでもないし、親切にしてもらったせめてもの礼儀だと思い素直に答える。


「アマワシ・カズキ……ちょっと珍しい名前ですけど、素敵な名前ですね!」


 そう言って少女は立ち上がると、一度俺の顔を見てくる。


「私の名前はリラです。またいつかお会いしましょうね! それでは」


 去り際に少女は自分の名を名乗り、軽く会釈して今度こそこの場を立ち去った。


 一言で表すと、まさに女神だった。もらったサンドイッチを口に運んでいっては、リラへの感謝が溢れてくる。とりわけ、この世界に来て唯一の楽しい時間だっただけに虚無感が襲いかかってくる。


「何を泣いている? 青年」


 声の聞こえた方に顔を向けると、路地の入り口に、スーツのような服装に腰に剣を携えた結構なイケメンのおじさまが立っており、その人の目線俺を真っ直ぐに捉えていた。


「――泣いてねぇよ! ……じゃなくて、何ですか?」


 泣きたいのは事実だが、どこをどう見れば泣いてるように見えるのか。


 涙なんて一滴も出てねぇよ!


 とまでは言わずに、とりあえず否定だけして用件を聞く。


「ほら、受け取れ」


 そう言っておじさまは巾着袋のような物を投げてきた。


「――おっとっ?!」


 それをキャッチすると、そこそこの重量感があった。


「……えっと、これは?」

「金だ。それだけあれば普通に生活する分にはひと月は保つだろう。中に手頃な宿の場所を示した地図も入れておいた。ケチらず宿には必ず泊まれ。あとは自分でなんとかしろ」


 おじさまさそう告げて立ち去ってしまう。


「――ちょっと待って! ……って、行っちゃった」


 礼を言う為、また金をくれる理由を聞く為に急いで後を追おうと路地を出たが、既におじさまの姿は見当たらなかった。


「……な、何だったんだ? 助かるけど、わっけ分かんね」


 どこの誰かも知らない人が、どこの誰かも知らないはずの俺に金をくれるなんて、物好きも良いとこだ。しかも一ヶ月は保つらしい。


 ……というか、何で?


 急展開に頭が混乱しかけたが、予想外なことに簡単にお金が手に入ってしまった。他にお金を手に入れる方法は今のとこ無いから、出来る限り節約していかなくてはならないのだが、ひとまず生きていけそうで安堵する。


 本当に、この世界の人はお人好しというか、親切な人が多いのかもしれないな。

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