10女神の微笑み
王都エトワール、東の門を出てゲージを引きずりながらミネラ街道を歩いていく。
「なんかさぁ、西の原っぱより、地面がゴツゴツしててゲージ引きにくくね?」
カルーナ草原と比較して、草木が異様に少ない。何だこの岩盤地帯は。
「そうですねぇ。ガタガタいって安定しませんね。だからリザードランが良いんです」
と、アルネは未だ夢物語を諦めていない様子。
つーか、さっきからチラホラとブルサンを見かけるんですが……クエストに関係ないから無視するけど、顔も見たくなかったから視界に入るのが妙にムカつく。
それを極力視界に入れないようにしながら、我慢して歩くこと、数十分。
「あっ、あそこ見てください。いましたよ、多分あれがルナードですよね? しかも三体一緒に」
と、アルネが指差す先を見てみると、なんかキツネみたいな奴らが三匹、大きめの岩の上にちょこんと乗ってこちらの様子をうかがっていた。
アルネの言う通り、おそらく奴らがルナードで間違いないだろう。ここまでブルサンとかいうクソザルしか見掛けなかったし。
他に強力な魔物がこのミネラ街道に出てないかちゃんと受付のコルヌに確認したら、『今はルナード以外報告はありませんからご安心を』とも言われたわけだし、奴ら以外考えられない。
――いやいや待てや! 三匹まとめて掛かって来いとか口が裂けても俺には言えないし、一体ずつバラけてくれてなきゃ困る。
というわけで、俺は全力で防御に徹させていただきます。
「よし、いけアルネっ! フラムだっ!」
「命令しないでもらえます? まったく……グレスッ!」
と、アルネは俺が指示した火系統の魔法ではなく、氷? 系統の魔法をルナード目掛けて放つ。
が、あっさり外れた。
「……あれ? おっかしいですね。ええぃ、グレスッ!」
外れ。
「グレスッ!」
外れ……。
「すばしっこい奴らめっ……グレスッ!」
外れ…………。
おいおい、何もしてない俺が言うのも何だけどさ、全然当たんねぇじゃねーか。
ルナードたちのすばしっこさが凄いのか、それとも単純にアルネのコントロールが悪いのか俺にはわからない。
「――こうなったら……!」
アルネの体の周りに小サイズの氷柱のようなものが十個程度現れる。
「うげげっ……! なんじゃそりゃぁ!」
「デ・グレスッ!」
瞬きする間もなく、アルネの体の周りからルナードたち目掛けて一斉に氷柱が放たれる。
と、その内の一つがルナードのうちの一体に命中した。
命中した一体はその場に倒れ、その他二体は散り散りに逃げ出す。
「ふっふっふぅー! 見ましたか? 私の実力……ん? ボサっとしてないでトドメ刺してくださいよ。その腰の剣はお飾りですか?」
「――えっ?! あぁ、はいはい……! てかあれ、まだ死んでないの?」
「さっきの技は威力が弱いんです。なのでまだ息はあり――ではなくて、早くしてください!」
アルネに言われるままに横たわるルナード近づき、腰の剣を引き抜きルナード目掛けて斬りつける。
と、ルナードはそのまま動かなくなり、息絶えた。
――フフッ、フフフッ! フフフハハッ! 倒した! 倒したぞぉー!
ここに、大剣士・天鷲一輝誕生だ。
「なにキメ顔してんですか。ほとんど私が倒したようなもんですけど?」
「良いじゃねえか別に……ちょっと嬉しかったんだよ……!」
俺の手柄ではなくアルネのおかげなのは重々承知してるから、そこにいちいちイチャモンつけないでくれ。
「ま、良いですけど。じゃあそれ、片付けといてくださいね。私、逃げた一体追うんで」
「おぉ、わかったー」
アルネは俺の返事を聞くと逃げた二体のうち一体を追いかけていった。
さてと、このルナードをゲージに入れるとしますか。
と、岩の目の前に倒れたルナードを拾い上げようとしたその時、岩から放たれる光が目に入った。
「なんだ?」
近づいて見てみると、透き通った透明な色をしている何かが既に姿を現しており、岩に含まれていた。
もしやこれ、宝石というやつでは……?
――さ、採掘しなきゃ!
一度ルナードをゲージに入れてから、ゲージを岩の近くまで移動させる。
さて、どうしたものか。
周りを見渡し、採掘道具になりそうなものを探してみると――ん? あそこに結構鋭そうな石が落ちてるな。試しにこれで叩いてみますか。
鋭利な石の先端を岩に含まれる何かに目掛けて力強く突き刺してみた。
「――あたっ! いっててぇ……」
衝撃が肘に伝わり少し、ジンジンした。
「あ……」
と、岩を見てみるとその何かは意外と脆かったのか、割れていくつかの石となり、地面に落ちていた。
……これは、価値があるのでしょうか? よくわかんねーけど、一応拾っとこ。
と、その石たちをそのままポケットに突っ込む。
ふぅ……さてと、俺なにしてたんだっけ?
ゲージに入ったルナードが目に入る。
そっかそっか。俺今クエスト中だったんだっけ。
と、その時、奴が戻ってきた。
アルネが追いかけたルナードではない方のもう一体が、俺の方を見てやがる。
「うげっ……なんで戻ってくんだよ、逃げたんじゃなかったのかよ」
ええぃ……しょうがない。ここでやられたらお終いだ。やるしかない……!
剣を抜き、左腕の盾を構えるが、依然としてルナードは俺の様子をうかがっている。
「え? なに? 何もしてこないの? よしっ! ならこっちからいくぜっ……!」
調子に乗った俺はルナードに近づき剣を振った。
が、ルナードはヒラリと飛んで躱す。
おっと、避けられたか……!
「次だ……!」
と、何度も何度も剣を振るものの当たらない。避けられ避けられ、避けられる。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……おっかしいな当たんねぇ……。こっのぉ……!」
と、再び剣を振るが当たらない。
「カーズキさーん、いつになったら当たるんですぅ? ねぇ? 早く倒してくださいよぉ」
と、いつの間に戻ってきたのやら、アルネの声が後方から聞こえた。
「おい、アルネ! ちょっと見てないで何とかして! 当たんないんだけど?!」
「えぇー、私、もう疲れましたぁー」
振り返りアルネに頼むと、胡座をかいて眠そうに俺の様子を見ていた。傍らには少々焦げた様子のルナードが置かれている。
お、おぉ……流石アルネ。
「そんなこと言わずに、お願いしますよ女神さまー」
「えぇー、こんな時だけ煽てて、しょうがない人ですねぇ」
そう言って立ち上がるアルネ。いざという時は手助けしてくれる女神さま。
と、その時――。
「ん……? ――ぎゃあっ!」
何が視界に入ってきたと思ったら、ルナードが俺目掛けて体当たりしてきた。
瞬時に盾でガードしたもののそのまま後ろに尻餅をつきながら倒れ、倒れたところにあった岩に背を打ちつけてしまう。
「――がはっ……! くっそ――って?!」
再びルナードが俺に体当たりを仕掛けてくるのが視界に入った。
「ぎゃぁー! やめてぇー!」
連続で体当たりをしてくるルナードと、それを盾で必死に防ぐ俺。ただの防戦一方。
「ア、アルネーッ! 早く! 早くしてぇー!」
と、叫んだところでルナードの攻撃が止んだ。
「……あぁ、死ぬかとおもたぁ……。助かったよ、サンキューアル――」
と、アルネの方を見ると、
「ププッ……ル、ルナードに攻撃されてる……しかも、一方的に……! しかもしかも、『ア、アルネーッ!』って、男のくせに女の私に必死に助け求めてるし……ダッサァ……プププッ!」
座って大笑いしていた……が、確かに今のはダサかった。それは認めよう。けどな……。
「おいおい、必死だったんだからそんな笑わなくてもいいだろ。それに、お前にお礼だって言おうと思ったんだぞ?」
「ププッ――えっ?! お礼って? 私、今の見て笑ってただけでなんもしてないですよ?」
「――ふぇっ?! そうなの?」
確かにここにルナードは倒れてるんだけど……アルネがなんとかしてくれたわけではないなら、何故ルナードは倒れているんだ?
「盾に体当たりしすぎてそのダメージで気絶でもしてんじゃないですか?」
な、なるほど……ということはっ?!
「俺の勝ちじゃん」
「いやまだですけど。早くトドメ刺してください」
早とちりする俺に冷静に指示を出すアルネ。
「おっとそうだった」
気絶しているらしいルナードを剣で斬りつける。
と、今度こそ死んだのかまるで生気を感じられなくなった。
「一人でも勝てたではありませんか」
「ホッ……そうだな、よかった」
アルネの一言で、ルナード一体を自力で倒した実感が湧いてきて、安堵した。それとともに、それなりの満足感すら感じてしまう。
「どんなにダサくても、勝利という事実は変わりませんし、それはカズキさんのものです」
若干言い方はあれだが、褒めてくれているのはわかる。今日のところは素直に受け取っておくことにしよう。
「だからきっと、カズキさんとこの女神たる私が力を合わせれば、明日からももっと楽しくなりますよ。さぁ、帰りましょうか」
これまでのムカつく笑いとは違って、今回のアルネはちょっと女神っぽく思えてしまうほど、優しく微笑んだ。




