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仕事の時間、私はあることに気づきました。
なんと、岩の表面に小さな凹凸がポコポコっとできているのです。それは日に日に増え、次第に大きくなっていきました。初めは気の所為だと気にしていなかったのですが…
今ではそれが何なのかはっきりと分かるまでになってきました。この凹凸は恐らく…指、なのでしょう。
今では手のひらまでもがうっすらとですが浮かび上がってきています。
…もしかして。
このまま聖水を掛け続けたら、旦那様の言う穢れを落とし続けたらコレはここから抜け出せるのかもしれません。
ーー旦那様はこのことを知っているのでしょうか…?
いえ、恐らく知らないのでしょう。
コレを天使と呼び崇拝している彼はコレが抜け出し自由の身になることを許しはしないでしょう。
では、何故聖水をかけるのか?
そもそも、聖水とは何なのか?
穢れとは一体なんの事なのか?
本当に、これは彼を浄める為のものなのか?
もし、旦那様の言う穢れを落としきったら…
そんな考えが頭の中を過ります。
もし…もしも、アレがここから抜け出せたとして。
天使と呼ばれる彼はどこへ行くのでしょう?
協会の言う天界、というものがあるのでしょうか?
彼の帰る場所はそこなのでしょうか?
帰る場所なんて、あるのでしょうか?
もしかしたら、己を閉じ込めた者たちへ復讐へしに行くのかも。まぁ、その前に私が殺されそうですけど。
それとも、あの時のように手当たり次第に残虐の限りを尽くすのでしょうか?
コレは、何処から来て一体何処へ向かうのでしょう…?
目の前にある、白いのっぺりとした顔の天使は未だ動く気配はなく、顔のパーツがそもそもないので表情を読み取ることすらできませんでした。
何となく触れたソレの頬はやはり石のように冷たいけれど…
微かな温もりを感じました。首に触れれば、トクントクンと脈も感じられます。
生きてる…
なぜ、でしょう?
いつの間にか私の頬をポロポロと涙が零れ落ちていました。怖いはずのそれに触れて、コレは生きているのだと。
そう、感じたら何故だか感じたことの無いほど多くの感情が溢れて胸を締め付けるのです。
止め方も分からないそれらは私の中でグチャグチャに混ざって溶けて、そして…涙となって零れてゆきます。
元々、感情の起伏が薄い私は今まで泣いたことなんて無かったはずなのに。
怖いから、でしょうか?
それとも…哀しくて泣いているのでしょうか?
ずっとずっと狭い世界に囚われ続け自由のないその姿に
自分を重ねてしまったのでしょうか…?
私はーー
徐に服の袖でグッと目元を拭い、未だ零れ続ける涙から意識を逸らします。
滲む視界の先に映る真っ白なソレに聖水をかけて、私は今まで以上に慎重に…そして、丁寧に作業を再開するのでした。