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天使と呼ばれた白い悪魔  作者: 伊勢
6/13

5


旦那様の後に続き、私達は屋敷の中へと足を踏み入れました。


中は広く、とても閑散とした場所でした。

ですが思ったより荒れ果てている感じはしません。

外見はアレですが、中は割としっかりしているようです。


「さて、君達の新しい仕事場はこっちだよ。ついてきて」


カツカツと歩く足音が静かな屋敷の中に木霊します。

ここには今、私達以外誰もいないようでした。


はて、先に来ているはずの方々は一体どこにいるのでしょう?



旦那様は奥へ奥へと進んでゆき、やがて書斎らしき部屋へと辿り着きます。中は薄暗く、窓はあるものの納戸が閉めてありその上から分厚いカーテンがかかっています。壁には天井にまで届く大きな本棚が並び、所々抜けたところはありますがそれでも沢山の本が埋まっていました。文字の読めない私には何の本が埋まっているのかは分かりませんか、随分と古そうな印象を受けます。

旦那様は徐に本棚に近づくと、そこに埋まっている本のいくつかを並べ替え始めました。どんな規則性があるのか、数冊の本を入れ替えた後、これまた埃を被った古い机の上にあるランプの捻りを3度ゆっくりと回しました。


ーーすると、どこかでカチャっと、まるで鍵の開く音がなるのです。


旦那様は今度は反対側の本棚に向かうと、重そうなそれを軽々と横にスライドさせました!

すると、どうでしょう。本棚の裏にはなんと下へと向かう階段が現れたのです。そう隠し通路です!


これは、一体なんなのでしょう?

この下には何があるのでしょう?!


驚きで呆然と立ちすくむ私達を振り返って、旦那様はいつもの笑みを浮かべて言いました。


「さぁ、おいで」


この怪しい雰囲気に後ろにいる2人はビクビクと身体を震わせています。


森の奥深くに待ち構える、お化け屋敷のような不気味な屋敷に存在する隠し通路…本当に、何処までも怪しさ満点ですね!私は正直この状況にワクワクが止まりません。



旦那様は一体ここに何を隠しているのでしょう??



◇◆


恐らくここは地下、なのでしょう。


階段を降りきった先、そこは以外にもとても頑丈そうな岩の通路となっていました。入り組んだ迷路のような道を右に左に旦那様の後を進むと今度は大きな扉が現れます。


「さて、この先が君達の新しい職場だよ」


「あ、あの…ここは?」


仲間の1人が我慢できなかったのでしょう。

怖々と旦那様に訪ねます。


「ここかい?ここは…僕の秘密の部屋さ」


でしょうね。

それは見れば誰でも分かりますよ。誰もそういうことを聞きたいのでは無いのですが…まぁ、中に入れば分かることなのでしょう多分。恐らく、きっと…そう信じたいものですね。旦那様はいつものニコニコとした優しげな笑みを浮かべるだけで、それ以上は何も教えてくださいませんでした。


「まぁ、とにかく入って」


「は、はい…」


部屋の中はとても広い作りになっていました。

しかし、雑多に積まれた本や紙が色んなところに散乱し、怪しげな薬品なども多々置いてある為でしょうか?広いはずなのにとても狭く感じます。

ここは、何かの実験室…?なのでしょうか。

仕事とはここの片付けでしょうか?

旦那様は床に散らばる紙や本を者共せず堂々と部屋の奥へと向かって行ってしまいます。慌ててあとを追いかけるとまた壁の前にやってきました。


ーーまた隠し通路でも出てくるのでしょうか?


旦那様が壁に手を当てると、ボコっと音を立てて壁の一部に四角い穴が開きました。今度のはこの部屋の扉とに比べると随分と小さな入口です。


「さてと、じゃあ仕事の説明をするよ。なに、簡単な事さ。君達には今日からこの部屋の中にいる彼のお世話をしてもらいたいんだ」


世話?彼?


「お世話…とは、動物かなにかでしょうか?」


「んー、動物では無いかなぁ。厳密に言えば生き物ですらないかもね」


「それって、どういう…」


「見ればわかるさ」


動物でも生き物でもない?ということは無機物?

お世話?無機物のお世話とは一体なんなのでしょう…?


中に入ると、そこは一面真っ白な部屋でした。

光源は見た限り見つからないのに、その部屋は何故か明るく部屋全体が見渡せます。


「お世話してもらいたいのはアレだよ」


旦那様が指さす方向。

部屋の中心には大きな丸みを帯びた壁…いえ、大きな岩の塊でしょうか?それもまた真っ白で、白い部屋に同化しており目を凝らさないとよく見えない程です。それでも良くよく見てみれば、ゆうに2mは超えるであろう大きなその岩は地面から生えるようにしてそこにありました。


…旦那様の言う彼とは、あの岩のことでしょう…?

岩の世話とはどういう事でしょう?


マジマジとそれを見つめるも、やはり唯の岩にしか見えず、どういう事かと旦那様の方へ視線を向けようとした時です。


「ひっ!」


突然、隣から引き攣った声が上がりました。声に釣られて振り返ればそこには顔を真っ青に染めた仲間の姿があり、何故かガタガタと震えているのです。もう1人の仲間が彼女のその脅えように驚き声をかけました。


「ど、どうしたの?」


「あ、あれ…何かいるっ!!」


「え…?」


顔面蒼白でカタカタと震えながら、彼女は白い岩を指さしました。もう一度、よーく目を凝らして見れば…石はただの石ではなくそこには何か埋まっているようでした。

頭と肩だけが飛び出し、項垂れているそれは…人間のような形をしています。


「な、何あれ…」


「ま、まさか人…?」


2人の言葉を聞き、内心呆れてしまいました。


そんなまさか。

あんな所に人が埋まっているわけないです。

そもそもどうやって埋めるのです?

私にはあれは唯の彫像に見えました。


ーーだって、アレには顔がないのです。


下を向いているので詳しくは分かりませんが、見た限り髪も耳も鼻もありません。髪はともかく、耳や鼻がない人間なんているはずがないじゃないですか。

なら、あれは作り物でしょう?

何故そこまで怖がり震えているのか…理解ができません。


「あははっ、アレは人じゃないよ」


旦那様は笑って否定されました。

それはそうでしょうね。


「彫像でもないけど」


え?


「あれは、生きてるよ」


は?


その時、旦那様の言葉に答えるようにソレは動きました。項垂れていた頭をゆっくりと上げて…此方を見たのです。

のっぺりとしたソレにはやはり顔のパーツがありません。

目も鼻も耳も、何も無いのに。


アレは此方をジッと見つめていました。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


突然、隣から悲鳴が上がりました。

しかし私はソレから目を逸らす事が出来ません。


いえ、逸らしてはいけない…そう、本能的に感じました。


ソレの意識は悲鳴を上げた仲間へと移ります。

小さく首を傾げたその瞬間。


ガパッ!


突如、大きな口を開いたのです。


「っ…!!」


ゾワリ、と背中を虫がはうような悪寒がはしりました。

あまりの気味の悪さに声も出ません。いえ、正確には恐怖で喉が引き攣っているのです。しかし、この時ばかりは声が出せない事に感謝しました。ここで声を上げていたら、標的は私に移っていたことでしょうから。

ニイィ…と気味の悪い笑みを浮かべたアレを見て、カタカタと震えが走ります。今にも膝から崩れ落ちそうになりますが必死に力を入れて姿勢を維持します。


ーー今、動けば殺される…!


そう、思った時。

真っ白な部屋に真っ赤な華が咲きました。


岩に埋まり動けないはずのソレの口元にベッタリとついたそれは一体何でしょう?


それが何か理解するよりも先に、隣から何かが崩れ落ちる音がしました。しかし、其方に目を向けることは出来ませんでした。いえ、きっと体が恐怖でピクリとも動かせなかっただけです。その赤い色が何を示すのか、隣で崩れ落ちた音は何なのか…理解してしまった瞬間、ドッと全身に冷や汗が伝います。


真っ白な部屋で、鉄臭い匂いが私の鼻を擽ります。


「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!!」


仲間のもう1人が悲鳴を上げて走り出しました。

すると、直ぐにビシャっと嫌な音が響き渡ります。

更に増した血の香りに吐き気が込み上げますがそれを耐えます。

体は芯から冷えきり、呼吸が浅くなり酸欠でか頭がガンガンと痛みだしましたが、それでも私はその場から1歩も動くことは出来ず、唯ソレを見つめることしかできませんでした。ソレはいつの間にか全身を真っ赤に染めて声もなく楽しそうに笑っていました。


目を逸らしてはいけない。

動いてはいけない。

声を出してはいけない。


私は瞬きもせず、ただジッとソレを見つめ続けました。

ソレもいつしかジッと此方を見ていました。


ーーどれほど、そうしていたのか?


長いようで、短い時間。

ソレはやがて、血を浴びて満足したのか大きな口をスゥと閉じるとまたゆっくりと頭を下げて元の体制に戻っていきました。部屋の中を満たしていた異様な威圧感が無くなり、私の体からは一気に力が抜け床に崩れ落ちてしまいました。あまりの疲労感に、指1本動かすこともできません。



朦朧とする意識の中、最後に見たのはーー

嬉しそうな笑みを浮かべるいつもの旦那様の姿でした。




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