3
ここに来て早3ヶ月。
私達は掃除や洗濯など主に下働きをしています。
御屋敷はとても広いのでやり甲斐のある仕事でした。
奴隷としてでは無く、人として扱われる日々はとても楽しく幸せなことで…あの日、旦那様に買って頂いた私達は本当に運が良かったとしみじみ思うのです。
そんなある時。
ふと、奴隷仲間が少しずつですが居なくなっていることに気が付きました。なんでも今やっている下働きの仕事ではなく旦那様のお仕事のお手伝いに駆り出されているらしいのです。直接旦那様のお役に立てるなんて、とても羨ましいと仲間達は話をしていました。
ーー旦那様のお手伝いとは一体どんなものなのでしょう?
少し気になりますが現状に満足している私には特に其方に行きたいとは思わず、それ以上詮索することはありませんでした。
ですが、その時もっと詳しく話を聞いていればよかったと後の私は思うのです。
どうして旦那様が奴隷に過ぎない私達に優しいのか?
手伝いに行った彼らはどこへ行ったのか?
その手伝いとは何なのか?
今はもう虐げられるだけの奴隷ではなく普通の人間の様な生活に騙されて、なぜ今も私達は奴隷の首輪をつけられたままなのか…よく考えるべきだったのです。
ーー旦那様のお手伝いに行った彼等がこのお屋敷に再び戻ってくる事は二度と無かったのですから。
◇◆◇
ある日、私は旦那様に呼び出されました。
私の横には他にも2人、奴隷仲間がいます。
旦那様は私達に何の御用なのでしょ?
態々名指して呼び出すなんて相当なことです。
私の横を歩く2人は何か粗相をしてしまったのかとビクビクしています。しかし…下働きの粗相って何でしょう?
旦那様の執務室にやってきた私達は部屋の中に入ると、優しげな笑みを浮かべて旦那様は早速要件を述べました。
「やぁ、よく来たね。今回君たちを呼んだのは僕の仕事の手伝いをして欲しいからなんだ。やってくれるかい?」
旦那様の仕事のお手伝い…。
それには既に沢山の仲間達が行っているはずです。
当初、15人はいた奴隷はこのお屋敷には既に私達3人だけなのですから。
そういえば…先に行った彼等はいつ戻ってくるのでしょう?
「は、はいっ!」
「勿論ですっ!」
思考に耽る私の横で、2人は嬉しそうに頷いています。
今の生活があるのは目の前の旦那様のお陰です。恩義を感じているに相手に頼られて嬉しくない訳が無いのでしょう。
「うん、そう言ってくれると助かるよ。ありがとう…君はどうかな?やってくれるかな?」
じっと、今度は私を見つめてニコニコと旦那様は私に問いかけます。動かない表情筋の代わりに、私は深々と頭を下げました。
「…はい、謹んでお受け致します」
「ありがとう…よしっ!じゃあ明日の朝には出発するからそのつもりで準備しておいてね」
ニコニコと微笑む旦那様の姿に、白々しい思い私は再度頭を下げました。
…所詮、奴隷の私達には拒否権はありません。
奴隷の私達には主人である旦那様の言葉は絶対なのです。
私達は部屋を辞するためお辞儀をした後、明日の準備のために早々に部屋へと戻りました。
当初相部屋だったはずの部屋は今は誰おらず、すっかり個室となっています。準備と言っても、特に荷物もなく少ない着替えを小さな鞄に収めて終わりです。
静かな部屋から、少し陰った空を見上げました。
ーー今夜は雨でも降るのでしょうか…?
どんどんと増え続ける黒い雲の群れと共に、私の胸の中には3ヶ月前の狭い馬車の中で感じた先の見えない不安が広がってゆきます。
ザワつく胸から目を背けるように私は目を閉じました。
ーー明日の私は一体、何処へ行くのでしょう。