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09:紺碧とは

「ぷは……あっははは!」



 突然笑い出したゲオルクに、フランシスカは目を丸くした。

 ――笑い出した? なぜ? あまりに綺麗ごとを言ったから?



「フランシスカ嬢は真面目な人だとは知っていたけど、思っていた以上に真面目な人なんだなあ、いや、そのあたりは俺が侮っていたと言うしかないよ」



 そう言うと、またあははと笑う。つまり、フランシスカが想像以上のバカ真面目な人間だったことに思わず笑ってしまったということだろうか。ゲオルクの言葉から笑った意図を推測するが、確信には至らない。

 フランシスカが困惑しているうちにゲオルクは笑いを収めた。それでもまだ笑みの残る口で「いや、これは参ったな……」とつぶやいたのが聞こえる。何が『参った』なのかと考えようとした途端に、ゲオルクが声を出した。



「君の誠実さに応えて、正直に言おうか」



 息をのむ。本当だろうかとか、嬉しいとか思うよりも、フランシスカは後に続く言葉に集中しようと気を張り詰めた。



「俺は、自分で自分のことを全て理解して説明できるわけじゃない。だからなぜ、という問いには、わからないとしか答えられないよ」



 ゲオルクの言葉を聞いて納得した。『なるほど』に感じた客観的な響きはそういうことだったのだ。

 小説では人物の心の動きが細かく描写されるが、それはあくまで書き手がその人物に与えたものである。実際の人間は己の心を全て把握しているものではない。わからないというのが正直な気持ちだという言葉は、違和感なくフランシスカの中に馴染んだ。



「そもそも、楽しいからという理由だけではどうして許されないのだろう。己の趣味についてなぜそれをするのか理由を聞かれて、楽しい以外に答えられる人間はどれだけいる? チェスならそれで許されるのに、どうして女装は許されない? 女装をする人間は必ず何か欠陥があったり、心を病んでいなければいけないのか?」



 続いてゲオルクが提示した疑問の数々に、フランシスカは何一つ答えられなかった。

 『ゲオルクが夜な夜なチェスをしている』であったなら誰も、何も思わなかっただろう。それが女装というだけで、誰もがおかしなことをしていると思う。そして、そんなことをするのは何か問題があるからに違いないと決めつける。

 それらはまさに今、自分がしたことだ。



「すみません……殿下に、私の考えを押し付けるようなことを言いました」



 まっすぐに向き合うも何もない。自分は最初から間違えていたのだ。こんな謝罪で済むことではないかもしれない。

 しかし返ってきたのは、明るい笑い声だ。



「いや、ごめんごめん、後半は意地悪を言ったんだ。もちろん正直な気持ちでもあったけど、屁理屈だということもわかっているからね。どんな趣味だって偏見を持たれることはあって、万人がよしと言う趣味などない。本当は、女装だけが特別なわけではないんだ」

「いえ、殿下のおっしゃったことはもっともです」

「けれど、君が言ったことだってもっともだ」



 すぐに言い返される。フランシスカに反論の言葉はなかった。



「俺だって、女装がばれたらただでは済まないことは理解している。それでもやめることができないのは、きっと理由があるということも」



 ゲオルクは自分を客観的にとらえている。ただしそれは、自分が他人にどう見られているか理解しているということだ。



「ああでも、心配しないでくれ。兄上が言うように女性に興味がないとか、男色の気があるとか、それは違うとはっきり言える。まあそこらの女性より自分のほうが美しいと思っているんだろうと言われたのは、少しあるけれど」


 ――それは少しあるのか。


「だって考えてもみなよ、王の若かりしころにそっくりだと謳われたこの美貌で、兄上と違って極上の笑顔をふりまくことのできるこの俺が、どうして女装をして似合わないというんだい?」



 ――と、言われても。

 途端にそんなことを言い出したゲオルクの姿に、フランシスカは困惑した。

 これは、本気で言っているのだろうか? それとも冗談?



「に、似合うかどうかは、私には判断できかねます……」

「おや、それは残念だ。一度見てもらえばわかると思うんだけど、夜に俺の部屋に招くわけにもいかないからなあ、まあそのうちいい手を考えるよ」

「……お、お待ちしております」



 顎に手を当てたり、肩をすくめてみせたりという身振りはいかにも芝居がかっている。冗談なのだろうか? しかし先ほどまでの言葉は確かに正直な気持ちを話してくれていたはずだ。なぜ突然冗談になるのか?

 フランシスカがすぐに思ったのは、己の理解不足ということだった。

 ゲオルクという人間を理解するのはきわめて困難なことであると判明した。それに加えて、まだゲオルクを理解するための努力が足りていないのだ。

 もっと、集中してゲオルクに向き合わなければ。フランシスカは大いに奮起して紺碧の目を見つめ返す。

 それは、どこまでも広がる、際限のない空の色だった。



「さて、二回戦をやろうか。エリオット」



 にこりと笑ったゲオルクの一言で、従者が傍へ来て駒を盤上に並べ始める。

 結局その日も、フランシスカが勝利することはなかった。





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