飯田橋博士
【ニャイト2000はどこへ?】
「おっかしいなあ」
小春は困惑していた。
事故後の実況見分の後、警察から修理工場に引き渡されたはずの「ニャイト2000」が行方不明になっていたのだ。
「すみません。お客様のおクルマは、現在こちらではお預かりしておりません」
「なんやて?」
「あのクルマ、ブラックボックスが多すぎて手に負えず、メーカーに電話したところでした」
そして先日、開発を担当した研究所に運ばれていったのだとか。
「田中様宛に、メッセージをお預かりしております。この方から連絡が欲しいと」
渡された名刺には「帝都理科大学 自動車工学研究室」と書かれていた。
「帝都理科大学? 陽生の出た大学だわ・・・そう言えば、マルエスの新社長と同期だとか、いらん自慢してたわね」
・・・大体、そんなエライ人と知り合いなら、仕事もらってくるとかすればいいのに、あの宿六。
などと思った覚えがある。思っただけで、口には出してはいない。
とりあえず、書いてあった携帯に電話してみることにした。Dr.(ドクター)飯田橋とある。
・・・飯田橋博士? 水道橋博士なら知ってるわ、お笑い芸人でしょ。きっと似たようなものね。
小春が田中の妻だと名乗ると、
「あ、お待ちしておりました。ようせいさん、いや陽生さんは、あの、ご無事なんでしょうか」
と、なんだか慌てている様子なので、陽生はもう退院できると伝えた。
すると、どうしても研究室に来て欲しいと言う。
「でも、クルマ持ってかれちゃったので、代車とか、いろいろ大変なんですけど」
と皮肉たっぷりに言うと、博士自身が迎えに来てくれることになった。
うーん、なんだかVIP待遇。
次の日、飯田橋博士のクルマを見て、小春は目を丸くした。
「なによこれ、軽じゃないの」
「あの、別に、奥様は来ていただかなくても・・・」
「行くに決まってるじゃない。陽生は病み上がりなのよ」
「はかせー!ひさしぶり」
「なに?あんたら知り合いなの?」
博士は大慌てで、ミスドで買ってきたらしいボンデリングを陽生の口に突っ込むと、
「詳しい話は、走りながら」
と言って二人をクルマの中に押し込んだ。
「せっまいわね。博士というくらいだから、もっと高級車で来るかと思ったわ」
「これからの時代、高級車という概念は大きく変わりますよ」
博士はドライブしながら、語り始めた。
かつて、板金技術が稚拙だった時代のクルマは、四角くて大きいのが当たり前でした。
大きくて重い車体を運ぶために、ターボとかスーパーチャージャーとか、エンジン出力を競う時代もありました。
2000シーシーとか2800シーシーとか言ってるうちは良かったけれど、そのうちに3リッターとか4リッターとか言い出して、今じゃ6リッターが当たり前です。
高級車に乗る人は「大きい方が安全だから」と言いますけど、ぶつけられた方はたまったもんじゃない。子どもなんてはねられたら、まず助かりません。
・・・昔のクルマのCMで「隣のクルマが小さく見えまーす」とかあったなあ
と思っていると。
大きいから安全というのは、運転側の自分勝手な発想です。これからの安全というのは、
「要はぶつからなきゃいいんです。ほら」
と博士はハンドルから手を放して見せた。
「知ってるわよ。自動運転でしょ」
その自動運転が進化して、とうとうクルマが自分で考えるようになりました。
・・・なに言ってるのよ。ばっかじゃないの
「陽生さんに贈られたのは、世界でたった一台の、自分の意思を持ったクルマでした」
後部座席で陽生は、ボンデリング食べ終わって、スピスピ寝息をたてていた。
博士の話、その意味するところを、ぼんやりと反芻しているうちに、クルマは都内に入って行った。
・・・あ!
「ちょっと説明しなさいよ。事故原因はクルマにあったってこと?」
「違います。陽生さんが助かった原因が、クルマにあったということです」
意味不明の会話を打ち切るように、クルマは帝都理科大学に到着した。大学とは思えない単なるオフィスビルの群れだ。
クルマから降りて「駐車場へ」と博士がひとこと言うと、その軽自動車は近くのコインパーキングへと、自分で走って行った。
「大丈夫。呼べば戻ってきます。都内は駐車場も狭くて」
・・・おお、流星号ね。いや、ジェッターだったかしら。知らんけど。
「ロボットってこと?」
「命令を受け、判断したことを電気信号に変え、アクチュエーターが動作する、という意味では、ロボットですね。あれは」
「でも、ロボットには自分の意志はないわ」
それを聞いた博士は、目を少し細めて、こちらを見つめながら
「そこまで解っているのなら、説明が早い」
と言って身をひるがえし、研究室の入り口のセンサーに触れた。
2019年のモーターショーで、トヨタの社長が「これからのクルマは走るスマートフォン」と言ってました。
https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1801/25/news058.html
少子化で国内の販売台数は間違いなく落ちる。日本ではカーシェアリングも当たり前になるでしょう。つまりクルマを買わなくなる時代。輸出で稼ぐ余力のあるうちに、国内自動車メーカーは「次の製品」に取り組んでいます。
僕が学生時代のモーターショーでトヨタが「エコプロジェクト」なんて言い出した事がありました。当時「馬鹿じゃなかろうか」と思ったことをよく覚えています。最高のエコは、排ガスを撒き散らすクルマを減らすことだと思ったからです。
その後、トヨタは「プリウス」を発表し、ビッグスリーを蹴散らしました。
今後、クルマのスマホ化は確実に進みます。それはどういうことか、とても楽しみです。
自動車関連で働く人たちは自動車が無くなるのではないかと危機感を持っています。
おそらく、無くなるのは「自動車」ではなく「免許」つまり「道路走行を許す証」の方です。