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陽生 建築士の仕事をする

【建築士 田中陽生の仕事】


陽生の本業は建築士である。

本業は、という言い方に引っ掛かる向きもあるかもしれない。


年齢性別、あらゆる階層、職業の人たちの衆知を集めるのが地方議会。

地方自治法の建付けでは「地方議員はアマチュアが原則」とされている。

・・・国会議員とは違うのだ。

国会議員の給料は「歳費」と呼ばれる。

英国のチャーチスト運動に端を発するが、国会議員とは、片手間で出来る仕事ではなく、一年365日すべての時間を議員活動に捧げる尊い活動で、その「身分」を保証するだけの金額を受け取るという考え方に基づいている。

一方、地方議員の給料は「議員報酬」である。これは議員活動をしている時間に対する報酬であり、議会に出席するために本業を休まなければならないことを想定して、「費用弁償」を受けていると考える。

そして、陽生は市議会議員に当選した今も建築士を続けている。


陽生はNPOで長いこと「欠陥住宅問題」に取り組んできた。

欠陥住宅の裁判は2年とか3年かかるのが当たり前で、その上、日本の司法は消費者に厳しい。

住宅紛争を単なる「契約問題」として考える傾向が強かったのだ。

例えば、柱が足りなくて床が傾いているような住宅でも、昔は「柱一本分の20万円を支払え」という程度の判決しかもらえなかった。長い裁判の末、勝ったとしても雀の涙。これでは泣くに泣けない。

陽生は泣き寝入りする被害者たちを見守り、寄り添い続けてきた。


・・・今の日本は供給側、企業側の力が強すぎるのだ。

供給者側サプライサイドではなく消費者側デマンドサイドに立つ、そんな政治を地方に持ち込もうと、陽生は市議会議員への立候補を決意した。


そして、いま陽生が関わっている裁判が一つある。

知り合いの弁護士さんから持ち込まれた案件で、欠陥の存在に気付いた被害者が、工事のやり直しを求めて、建設業者を訴えている。


調査の結果、雨漏りしているのは間違いなかったのだが、原告は修理ではなく、建物自体の建て直しを訴えている。

国立公園内の別荘地に建つ、カフェを兼ねた瀟洒な洋風建築。

傾斜地に建つその建物は、一階からも二階からもアプローチできる複雑な構造を持っていた。


敷地の状況は宅造法でいう「がけ」にあたり、小段等によっていくつかのがけに分離されているが、斜面は現地流用の石を積んで構成されており、がけ崩れを防止するための「安全な擁壁」が設けられていない。これは「がけの高さが2メートルをこえるがけの下端からの水平距離ががけの高さの2倍以内の位置に建築物を構築する場合は、がけの形状若しくは土質又は建築物の位置、規模若しくは構造に応じて安全な擁壁を設けなければならない」という、がけ条例の規定に違反している。

特にウッドデッキで隠れている食堂基礎の南側斜面は45度をこえる勾配があり、いつ崩れても不思議ではない。

又その布基礎の立ち上がり部分には鉄筋のかぶり厚さの不足による鉄筋の爆裂があり、これは建築基準法施行令第79条(鉄筋のかぶり厚さ)に違反している。


ただし、こうした「瑕疵かし」に対して、業者側は「補修すれば問題ない」との主張を続けている。

確かに、あとから堅固な擁壁を作るのは不可能ではないし、基礎コンクリートも補修が可能だ。


しかし、被害者と業者の信頼関係は完全に壊れている。

(後にこの事件は、被害者が監禁され脅迫を受けるという刑事事件に発展する)


タブレット内の住民と化した陽生は、何か見落としは無いかと、あらゆる法律を検索していた。

『?!』

…建築関係法規ではなく「自然公園法」にその規定はあった。


自然公園法施行規則第11条第4項(特別地域、特別保護地区及び海域公園地区内の行為の許可基準)第2号

「二 分譲地等内における建築物の新築、改築又は増築にあっては、当該建築物が二階建以下であり、かつ、その高さが十メートルを超えないものであること」


建築法規でいう「高さ」と、自然公園法の「高さ」では、その定義が違う。

測定方法の違いといってもいい。


陽生は以下のように裁判所に提出する「意見書」を書き上げた。

 

『建築基準法で建築物の高さは「地盤面からの高さ」による(建築基準法施行令第二条)と定められている。このためまずは平均地盤面を算定し、平均地盤面(GL+2.613)からの高さは凡そ7.4mであることを確認した。 

 しかし自然公園法における「高さ」は地階を含めた最も低い床面からの高さを言うのであり、原告が要求する駐車場の有効高さを得るために当初設計どおりに地下駐車場のベースコンクリートを打設すれば、乙第9号証の断面図にあるように3.27+7.84=11.11mになることが判る。これは自然公園法施行規則第11条第四項第二号「分譲地等内における建築物の新築、改築又は増築にあっては、当該建築物が二階建以下であり、かつ、その高さが十メートルを超えないものであること」に違反している』


別荘地に立つこの建物の、平均地盤面からの高さは7.4m。

しかし、このままでは自然公園法の「最も低い床面から10m」という高さ制限をクリアできない。

建築基準法と自然公園法の「高さの定義の違い」を、この設計者は見落としている。

『勝ったな・・・』


『いや・・・もしかしたら?』

陽生は、この建物を調査した時の「違和感」を思いおこしていた。

『たぶんそうだ・・・』

・・・南斜面の陽当たりの良いこの別荘地に立つ大きな建物は、その殆どが法解釈を誤っている。

つまり、この別荘地は違法建築だらけなのだ。


しかし「建築確認申請」は通っている。・・・だとすると、

見落としたのは特定行政庁、つまり役所のほうだ。

このまちは、陽生の住むS市ではない。

だから、陽生が口を挟む筋合いではないのだが。


・・・実は、2014年の日本工業新聞の調べで、技術職員のいない自治体が全体の約6割に上ることが明らかになっている。

あまり考えたくないことだが、小さな町や村では、一番大きな就職先は「役場」だったりする。

そうした役場に、まちの有力者が、自分とこの次男三男を押し込もうとした。

技術系の職員採用が、いきおい後回しにされてきた結果が、こうした状況を生んだとは言えないだろうか。


地方の衰退は、その地方自身にも責任がある。

もはや、役所おかみは「無謬むびゅう」ではない。

「団体自治」の無謬性むびゅうせいに疑問符が付く現代社会。

大切なのは、自らの両の足で立とうという覚悟だ。

「国の補助金が入るので、ハコモノを作っておこう」というような、今までの地方自治体は、これからの時代を生き残っていけないのではないか。

交付金を当てにして、国や県の言うことを聞いていれば間違いない、などと考えていると、いつか大きなしっぺ返しを食うことになりはすまいか。

陽生はそんな思いに沈んでいった。


今回は、固くなりすぎたかもしれませんが、実際の経験に基づいて書いています。読み飛ばしてください。

ずっと欠陥住宅問題に取り組んでいるのですが、調査に行ったその途上で「メガソーラー建設反対」の看板がたくさん立っているのを目にしました。

この問題では、複数の裁判が進行中であり、最初に漁師らが起こした事業差し止めの仮処分申請は棄却されています。

法律はそれが施行される以前の行為については「遡及性」を持ちません。よく考えずに合意して、事業が始まってから規制をかける条例を慌てて制定する、という一連の流れは合理性に欠いているのではないかと心配になります。

逆に、河川占用不許可で事業者が市を訴えた裁判の判決が5月にあります。

このままでは多額の損害賠償請求を受ける可能性があります。


※(その後の経過)市側の敗訴となりました。そしてこの河川の占用不許可に関わる訴訟で市が敗訴した場合に許可を約束した「確約書」があることを業者側が明らかにし、市を相手取り、市のメガソーラー規制条例に基づく市長の同意義務や事業の中止義務がないことの確認を求める訴えを起こしています。

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