表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

芸術の秋

作者: 紫李鳥

 




 秋色に染まった紅葉のように、あなた色に染まった私は、……もう、元の色には戻れない。





 私は気付いていた。あなたに女の影を……。


 だって、抱き方が変わったもの。


 それに、接吻もしてくれなくなった。


 判るわよ、そのぐらい。


 私より若い女?……多分、そうでしょうね。






「ね、別れてあげるわ」


「えっ?」


 驚いたように目線を上げた史朗の目が、一瞬、笑ったように見えた。


「その代わり、最後の旅に付き合って」


「…………」


 目を伏せた史朗の表情は、いかにも迷惑そうだった。


「旅費は私の奢りよ」


 その言葉で、また史朗の目が笑ったように見えた。





 “妻”と書かれた宿帳に目線を落としながら、口許を緩めた。


 仲居に案内された離れ家の庭に立つ楓が朱く染まり、一片の葉を落としていた。


 檜の風呂に浸かりながら、庭を眺める。


 久し振りに一緒に入浴しながら、三十を目前にした同い年の史朗の肉体に若さを感じるのは、恋を喪った女のジェラシーだろうか……?


 さて、最後の宴は石灯籠の明かりに浮かぶ紅葉を愛でながら、酒池肉林の豪華版と参りましょうか。




「ね、どんな女なの?新しい彼女」


「…………」


「別れるんだから、いいじゃない、教えてくれたって」


「……ニ十三歳のOL」


「どこで知り合ったの?」


「友達の妹だよ」


「結婚したいの?」


「……ああ、ま」


「私達、恋人というより友達感覚だったよね。……新鮮味がなかったかもね」


「……友達だったら続いてたかもな」


「あなたにとって私は、女じゃなかったんだ?」


「……そうじゃないけど」


 ……でもね、私にはあなたが凡てだった。


 口にしなかったその言葉を呑み込むと、涙が溢れた。


 そしてその涙を零さないように瞬き一つせず、史朗を睨み付けた。


 史朗は言葉を返すこともせず、視線を反らした。


 それが、史朗の返事なのだろう……。





 あなたが好きだと言ってくれた黒髪も、愛してくれた乳房も、何もかも染まりゆく。


 白いシーツのカンバスに描かれる私の裸体は、淡く、艶やかに……。


 やがて、焔のように、丹く、赭く、赫く、……染まりゆく。


 あなた色に染められた私の体は、もう、どんな色にも染まれない。


 どんなにホワイトを混ぜても……もう、他の色には変われない。


 今度はあなたが染まる番よ。


 紅葉より美しいスカーレットレッドに染めてあげる。


 白いシーツに、広がる赤い絵具。


 紅く、朱く、緋く……。


 私色の絵具に塗り替えたあなたの裸体。





 秋色に染まった紅葉のように、あなた色に染まった私は、……もう、元の色には戻れない。


 だから今度は、あなたを塗り替えてあげたの。








 私色の絵具をたっぷり付けたペンチングナイフで……。










     完

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ