スローガンその6「Law of the hungry」
会議室に響いていた紙の擦れる音が、何枚もの紙の束が重なる音に掻き消された。
「さて……と。こんなものかしらね。こっちは特に問題無かったわ。そっちはどう?」
「ふむ。こちらの帳簿にも不審な点は見当たらない。適切な執行がされているよ」
「ま、台帳や経理簿は定期的に本社の監査を入れてるもの。変な箇所が無くて当たり前ね」
「こういった提出されてくるもの以外にも目を通すのが今回の僕らの任務だ。この作業は通過点に過ぎないからね」
「……結構な物量だったけど、静かだったから集中できて予定より早く終わったわね」
「今日は4月1日、まだ春休みだからな。この校舎にいるのは職員と僕らと、部活動の部員くらいだろう。僕のいた中学とは大違いだ。あそこは毎日がパーティーさ」
「碧って確か中卒だったわよね」
「ああ。うちの社長は幅広く雇うからね。中卒、家なし、戸籍なしに前科持ち。彼女は自らの会社に貢献し得る人材ならたとえどんな経歴の人間でも招き入れる。実に貪欲な経営者だよ。おかげで僕はこうして、君と同じくエリートになることができた」
「……ま、それだけ碧が優秀だったってことね」
「そんなことはないさ。学生時代の僕は怯えてばかりだったからね」
「……怯えてた?」
「ああ」
◆
僕の通っていた中学校は荒れていてね。バイクが校舎の中を走っていたよ。タイヤが横向きに回転するもの、竜の頭が付いたもの、外装がパージできるもの、前後で真っ二つに割れるもの…………あーそうそう。ハンドルの前に丸ノコ、リアに大量のペットボトルを取り付けていた改造バイクなんかもあったね。
なんか急に回想始まったわね……。
「ヒャッハー! 俺達の自由と平和は、俺達が掴み取ってやるぜー!」
ユーがショック受けそうな世紀末感が漂ってる奴もいたのね……。
彼の名は矢部井桐生。「鋼のデストロイヤー矢部井」の二つ名で恐れられていた、人間の自由を愛するヤンキーさ。彼は校則をはじめとした決まりごとが大嫌いで、仲間の「マグマチャージ黒須」「ブリザードファーム呂母富」「モジャ」の三人をよく連れていたね。
一人だけ名付けの法則からずれてない? もうちょっと手心加えなさいよ……。
名付けの法則は決まってなかったみたいだよ。……そんな彼らを倒して、ヤンキーとしての地位を上げようと他校からたくさんの男子学生達が毎日のように襲撃してきていたのさ。まるで戦争のようだった。混沌を極めていたよ。「スゲスゲスゲスゲスゲスゲスゲスゲスゲスゲェ!」「アチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャァ!」「ブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラジャー!」「ドラドラドラドラドラドラドラドラドラドリヤァン!」なんて怒号が学校中に響き渡っていて、僕は巻き込まれないようにするので精一杯だった。乱闘に巻き込まれた物理教師の顔がぐしゃっとなったのは衝撃的だったねぇ。
◆
「……とんでもない環境にいたのね」
「もう昔の話さ。……っと、もうそろそろお昼の時間だ。昼食はどうする?」
「まだ春休みだし、ここの食堂は開いてないはずよね……。この近くに商店街があったはずよ。そこへ行きましょ」
「賛成だ」