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百話奇談Ⅱ ―眠らぬ町の怪―【コミカライズしました】  作者: 冬野ゆな


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第七十二夜 出口君

「今ね、いい物件があるんですよ!」


 出口が薦められたのは、なんと世見町のど真ん中であった。

 ど真ん中といっても、どちらかいうと北東部のあたりのマンションや住宅の密集地のあたりである。

 確かに「駅に近くて便利な場所」を探してはいたが、世見町なんていう繁華街が出てきたので驚いてしまった。


「どんな物件ですか?」


 でもそれ以上に興味は湧いた。見るだけならタダだし、断ればいい。一応予算は伝えてあるから、その範囲内ではあるはずだ。

 そして写真を覗き込んで驚いた。

 テレビの撮影で使われるような対面式キッチンに、十二帖の洋室と、隣には七帖の洋室。トイレと風呂はもちろん別々になっていて、写真も気を遣っているのかちゃんとはっきりと白い。しかも風呂だけ白くないと思ったら、大理石作りのような壁になっている。さすがに大理石ではないだろうが、かなりオシャレだ。


 ――えええ……!?


「ええ。世見町っていうと、皆さん繁華街のあたりを想像されるんですけどね。」


 ――これが六万? ほんとに? 角部屋だろ、ここ!


「実は角部屋ではあるんですけど、繁華街とも近いので夜に多少声がするなんかの騒音がありまして。近くにラブホテルなんかもあるんで、そのへんの心理的瑕疵物件ですね。それでこのお値段なんですよ。それに、多少年数も経ってますから。だからここは結構なお値打ちなんです」

「うーん……」


 利便性を取るか、心の安らぎをとるか。


「まあ他にも良い物件はありますけど、ここまでのはそうそう無いですよ。空くとすぐに皆さんここに決められる方は多いですねー」


 そんなことを言われて、出口は思わず物件を借りることにした。

 一ヶ月もしないうちには引っ越しを決めて、出口はあれよあれよという間に入居した。


 件の物件は確かに駅にも近い、繁華街にも近い、そして夜中に多少の声もしたが、気にならない程度だった。

 だが、おかしなことが起こったのはそれからすぐのことだ。


 一通り仕事をしながらとはいえ家の中を片付け終えると、ようやくゆっくり寝られることができた。ここ数日ずっと動いていたから久々に体を休めようと、早いところ眠りについたのだ。

 せっかく二部屋あるのだから、七帖の部屋のほうにいずれベッドを置く予定ではあったが、まだ買いに行けずに十二帖の部屋に布団を敷いて寝ていた。

 出口はふと夜中に目を覚ました。時間は二時半。まだ夜中だ。久々に十一時前に眠れたので、早い時間に起きてしまったのかとなんだかもったいない気分になる。もう一度眠ってしまおうかと思ったが、そのとき突然、ひた、ひた、と足音が聞こえてきた。

 足音は玄関前の廊下からまっすぐこっちに近づいてきている。


 ――泥棒か!?


 思わず硬直する。

 それでも確認だけはしようと、うっすらと目を開けた。


 ――……なんだ?


 人が歩いている。

 それも一人や二人じゃない。五、六人はいる。それが一心不乱に窓に向かって歩いているのだ。怪盗団じゃあるまいし、と、無理矢理自分を落ち着かせようとする。

 だが五人もいてはやばい。起きたのを気が付かれないようにするには、そのままじっとしているしかなかった。


 ところがだ。


 その一団は何か物色しているというより、まっすぐに窓のほうへと歩いていくのだ。

 そのままではぶつかってしまうが、一団は、ひた、ひた、と妙に肩を落としたまま歩いていく。そしてそのまま、すうっと消えてしまったのだ。

 出口はすぐさま起きてあたりを見回したが、何も無かった。ひょっとして疲れて夢でも見たのかとそのときは思ったのだが、それはその日一日だけではなかったのだ。


 だが、悪いことだけではなかった。

 一週間もしたころ、休日の出口がコンビニから帰ってきた時のことだった。玄関で鍵をあけようとすると、急に声がしたのだ。


「あれっ!?」


 思わず振り返る。声の主は男で、隣の部屋の玄関から出てきたところらしかった。しばらく出口のほうを見ていたが、やがてぱっと表情を明るくさせた。


「もしかしてお隣の方ですか?」

「はあ、そうですけど」

「あっ、そうなんだ! ……ああ、いや、実は前の人と苗字が一緒なんですよ。前の人も出口って名前だったんで、引っ越したはずなのにおかしいなーと思ってて。表札が変わってなかったんで、まさか違う人が入ってるとは思わなくて」


 隣に住む彼は言いつくろうように言った。


「へえ。前の人も出口って人だったんですか?」

「ええ。……あっ、ちょっと待っててください!」


 男は急いで自分の部屋の中に入ると、しばらくしてから何か持って出てきた。


「これ。お近づきの印です」


 手渡されたのは買い置きとおぼしきお菓子と缶ビールが二本だった。

 出口は思わず驚いた。


「すいません、こんなものしかなくて。酒とか大丈夫ですか?」

「酒は飲みますけど……えっ、いや、こっちこそすいません。ほんとはこっちが持ってこないといけないのに」


 子供の頃は近所に引っ越してきた人から和菓子か何かもらった記憶があるが、ここの所はあげることも貰うこともしていない。だが、たいていこういうお菓子は引っ越してきた人間がやることだ。

 元からいた住人から貰うなど初めてで、出口は思わず嬉しくなった。


「また今度ちゃんとしたもの持ってきますね」

「ええっ? そんな、いいですよ。それよりオレのほうが……」

「いいんですよ。これからお世話になるんですし。お互い様ってやつでしょ」

「そうですか……じゃあ遠慮なく」

「はい。これから宜しくお願いしますね」


 男はそう言うと、軽く自己紹介をしてから自分の部屋に入っていった。

 まさか世見町の真ん中で人とのコミュニケーションを取るとは考えられなかった。

 何より、夜中のあれさえなければと思うほどに、同じ階の人々は優しかった。

 引っ込み思案そうな女の人でさえ、出口の顔を見れば挨拶くらいはしてくれる。実家から送られてきたといっては果物や

 一度なんて結構な美人の隣人から、「作り過ぎちゃったんでどうぞ」などと言われてカレーをお裾分けされる、なんていう夢のような事態にまで発展した。さすがに家に招いたりということはなかったが、東京のド真ん中の土地にしてはずいぶんとイメージと違ったし、今までともずいぶん違った。


 ――ほんとに、あれさえなければな……!


 夜中の二時頃になると、必ずといっていいほどざわざわとまた人が集まってくる気配がして、黒い人影が扉をすり抜けてきた。そしてぺた、ぺた、とゆっくりと部屋を横断し、窓のほうへと出て行くのだ。

 それが黒い人影だけならばまだいい。ただ無視していればいいだけなのだから。時にはおかしな方向に首が曲がっていたり、足がついたとおぼしき場所に赤い土汚れが付着していることもあった。

 それもまだマシなほうで、一度などは静かになったから行ってしまったのかと思って目を開けたら、見知らぬ人間たちがじっと青白い顔で出口を見下ろしていたこともあった。

 さすがにそんなことが続けば涙も出てくる。


 場所としては最高なのに、あれのせいでおかしくなりそうだった。


 お守りでも買おうかと思ったが、どこで買えばいいのかわからない。三ヶ月もした頃には、げっそりとやつれてしまった。

 とうとうその見た目に心配した先輩に相談すると、良い人がいると言って紹介してもらった。

 その先輩が連れてきたのは、あまりに空気の違う人だった。雰囲気がチャラいというか、そのへんの俳優のようなレベルで見た目も良かったし、そんなことを言うような人には見えなかったのだ。出口は思わず尻込みし、それどころか先輩とは普通に世見町のバーで出会ったというので、ますます信憑性に欠けた。

 マンションに入った時から「ふうん」とか「へえ」とか面白そうな声をあげるので、余計に大丈夫かと思っていた。

 部屋まで案内すると、彼はいきなり笑い出した。


「面白いことになってるねえ!」

「お、面白い事って……」

「これね、きみの部屋が出口になってるよ」

「は?」


 出口は言われたことに若干混乱した。

 確かに「入り口と出口」の出口と、出口本人の苗字は同じ読みと漢字だが、一瞬それで混乱したのだ。


「きみの苗字、『出口』君なんだろう? きみという『出口』君がこの部屋に住むことで、この部屋そのものがここに迷い込んでる者たちの出口になるんだ。呪いのようなものさ。きっと他の苗字だとダメなんだろうね」

「何を言って……」

「もしかしてきみ、近所の人からやたら感謝されたり、物を貰ったりしなかったかい?」


 ぎくりとする。


「そ、それはありますけど……でもそれは」

「出口君がいなくなったら、このマンションに迷い込んでくる奴らは、他の部屋をうろつきはじめるんだろうね。だけど、出口君という人がいることで、他の人たちは安心して寝ることができる。一人の犠牲か、多くを救うかって話だよ。単純明快だ!」


 芝居がかったような物言いに丸め込まれるように、出口は声をなくした。


「この部屋に出口という人間が何人住んだか、聞いてみるといいさ。そしてこの部屋の心理的瑕疵が騒音やラブホテルの近くというだけじゃないことも確認することだね」


 彼はにこやかに言った。

 あまりに爽やかな物言いなので、どうしようもできなかったくらいに。そして彼は玄関まで歩いていくと、出口を手招きした。

 今度はなんだと思ってついていくと、彼はいきなり玄関の扉を開け放ち、出口の首根っこを掴んで無理矢理外に出したのだ。


「な、何す――」


 その声はそれ以上声にならなかった。

 同じ階の住人たちが一斉にこちらを見ていたのだ。まるで心配するような、何かを不安視するような目だった。そして出口と目が合うと、慌てて自分の部屋の中へ入っていったのだ。それは隣にいた気のいい男も、少し向こうの美人の女性も、全員だった。

 出口は少なくとも、その光景に何も言えなくなってしまった。


 それから妙に隣人たちがよそよそしくなった頃、出口は賃貸業者の制止を無視して、次の引っ越し先を決めたのだった。

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