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百話奇談Ⅱ ―眠らぬ町の怪―【コミカライズしました】  作者: 冬野ゆな


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第六十九夜 汚部屋

 辺見が部屋に入ると、酷いゴミが散乱していた。


「あーあーあー。これはもう……。ひっでえなあ」


 この仕事の長い先輩が思わず口に出した瞬間に、咳き込みそうになっていた。


「大丈夫ですか? ……げほっ!」

「ぐえっほ、げっ、げほっ、お、おい、辺見、マスク取ってくれ。ダメだよこりゃ」


 辺見たちはいわゆるハウスクリーニングの仕事をしていた。

 遺品整理や生前整理などの部屋の片付けといえばわかるだろうが、それ以上に多いのが汚部屋の清掃依頼だ。整理整頓ができないなどの性格上の問題に加えて、仕事の忙しさにかまけてそんな暇が無いということもある。

 今日の部屋はとにかく埃が凄い上に、それ以上に凄いのが生ゴミがそのまま放置されていることだった。今年の夏はかなり暑かったし、その間に臭いはたまるわ虫は発生するわでとんでもないことになっていた。

 この仕事を数年やっている先輩ですらこんな有様なのだから、かなりの重傷なほうだろう。


 そのうえ、この部屋に住んでいた住民は部屋をこんな状態にしたまま行方不明になってしまったらしい。

 一軒家ならばともかく(それでも問題はあるが)――マンションの一階部分だったので苦情が殺到した。管理会社がようやく親族を探し出したが、やっぱり本人の足取りはつかめなかった。とにかくマンションの中はどうにかしてほしい、このままなら訴えるという手段は一応は効いたらしく、遠い親戚だという人が(実際はどうなのかわからないが)ハウスクリーニングの会社に連絡したのだった。


 経緯はどうあれ、仕事は仕事。

 辺見たちはさっそく仕事に取りかかった。


 いつもやるようにゴミ袋を持ち込み、その中にそれぞれ担当のゴミを入れていく。どうやらこの部屋の持ち主は常に同じものを食べていたらしく、近所の牛丼屋の持ち帰り用カップだった。プラスチックの器で、中身は綺麗に食べきってある。それに加えて、緑色の同じ柄のペットボトルがそこかしこに投げ捨てられていた。

 まったく同じ食事に、同じお茶。


「これはこれで、楽ですねえ」


 ペットボトルは中身を確認しつつ、専用のゴミ袋の中に入れていく。


「中身入ってるのは段ボール入れといてくれ。後で捨ててくるわ」

「へーい」


 そんな会話をしながら、部屋を片付けていく。

 辺見が何かの切れ端のようなものを引っ張りあげると、他のゴミがぐいっと持ち上がった。


「あ、これたぶん布団かシーツみたいですね。引っ張りあげまーす」


 元は白かったのであろう敷き布団は、他のゴミを撒き散らしながら引っ張り上げられた・くたくたになり、ぺちゃんこになっている。もはや鼻は麻痺しかけているが、それでも変な臭いがした。

 辺見の会社では、まだ使えそうな衣類や布類は古本などと一緒にリサイクルに回すのだが、このぶんでは無理そうだった。浮いたお金は依頼者料の補填に使って金額を下げるので、会社としても少しでも売れるものは売ってあげたいところだ。しかし、現実はそううまくはいかない。


「これはもうゴミ袋行きですね」と言うと、新しいゴミ袋の中に突っ込んだ。


 何かに濡れたような長い髪の毛がいくつも絡みついていて、一瞬ウエッと思いながらもゴミ袋に突っ込んでいく。一瞬だけ床が見えた。本来の茶色とは違う、赤い色が見えた気がした。

 何がくっついたのだろう。それともひっかいたのか。

 向こうのほうでは何度目かの牛丼カップの搬送が行われていた。中身が無いのでどんどん積み重ねられ、外へと運ばれていく。


「おー、ちょっとここ床見えてきたわ。なんか床に赤いのついとるなあ」

「あ、そこやっぱ牛丼専用エリアだったんですね」

「楽でいいわぁ」


 牛丼エリア担当者が笑いながら言った。いったいどれほど牛丼のカップをため込んできたのだろう。キッチンのほうもだいぶゴミで埋まっているし、そのあたりが使えなくなってからはほとんど牛丼で夜を過ごしてきたに違いない。

 次第に下のほうが見えてくると、たまに落ちている硬貨なんかも発見しはじめた。


「お。百円みっけ」

「こっちも見つけましたー。硬貨置き場作ったんで、こっちにお願いしまーす」

「はいよ」


 こうしたものは部屋にあった使えそうな箱を隅の方へとおき、硬貨置き場としている。あとで依頼人に渡すためだ。

 ここまで来るとだんだんとゴミも減ってくる。

 やはり人海戦術は強い。


 ――下、やっぱりなんか書いてあるな。


 床に書いてあるのはミミズがのたくったようなものだった。下が見えていくにつれ、何かが偶然ついたというより、何か意図的に描かれたようなものだと気がついた。


「これ、下なんか書いてありますよね」


 辺見が言うと、誰かが反応した。


「書いてあるのか? なんか引きずった跡かと思ったわ」


 首を傾ぎながら、時々出てくる虫を退治したりする。時々、ガザッ、というような大きな音がする。かなり虫がいるようだった。

 衣類はほとんど何がしかで汚れていて、少なくとも部屋の中に積み上げられている分にかんしてはリサイクルできるものは無かった。

 ひとつひとつ、パーツを剥ぎ取るように上のゴミを捨てていく。

 そしてようやく、床が見えてきた。細かいゴミのほうが目立つようになってきた頃、誰かがその落書きのようなものを読み上げた。

 床に描かれた赤いものは、確かに何らかの意図をもって書き上げられたものだった。

 おそらく赤い口紅のようなものだろう。


「えーっと、これは、『し』、か。なになに……? し……ん……」



 しんでしまえ



 ……その文字を読み取った途端、全員が黙った。

 もしこれが遺書や何かだったとしても、このゴミの量で果たして上からこんなに大きな字を書けるものなのだろうか?

 少なくとも愉快なものではない。けっして。


 ……そういえば、この部屋の住人は男だったらしい。髪が伸びるのにも限度があるだろう。それなのにどうして、あんなに長い髪の毛が絡みついていたのだろう。

 そのとき、どこかでガサガサガサッ、と大きなものが移動するような音がした。床からでも壁からでもなく、天井からだった。


「……片すぞ。それが仕事やき」


 ぽつりと主任が言うと、皆、はい、と小さく言っただけで仕事に戻った。


 辺見の仕事では凄まじい事故物件というのが色々とある。しかし、その中でもシンプルともいえるこの体験だけ、妙に頭に残ったという。

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